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第41話 魔導書屋さんのお仕事?

貨幣価値の設定はだいぶ適当です。フレーバーテキストだと思って読み飛ばして頂いて構いません。

 夕方から夜へと移ろい始めてなお人通りの絶えない王都の商区を、四つの人影がいそいそと歩いて行き、やがてある建物の前で立ち止まる。

 石造りのそれは左右に隣接する建物とそっくりな外観ながら、一つだけ違いがあった。


「ここです、ここ! 古着屋さんの中では一番だと思いますよ!」


 軒先に掲げられている古びた木製の看板を見上げ、弾むように言いながら後から来る三人に振り返ったのは絹糸のような金髪も美しい翼耳族の美少女だ。


「ほう、ここがククルゥおすすめの」


 少女に続けて金色の目で看板を見上げたのは艷やかな黒髪の美女。頭の動きに合わせてローブの上をサラリと流れる髪はビロードを思わせるしなやかさである。


「こ、ここで服を買うの?」


 店構えに気圧されたのか、やや腰が引けているのはぶかぶかのシャツと、その裾から半ズボンを覗かせている少女。一見すると少年と見紛いそうな吊目がちの面差しは常であれば勝ち気な印象を与えただろうが、隣に立つ黒髪の美女のローブを――恐らくは無意識に――掴んでいる今はどちらかというと周りを警戒する小動物を連想させる。背中まで伸びた茶髪は毛先が荒れており、長い間手入れされずに放って置かれたことが見て取れた。


「……ああ、思い出しました。一度だけ荷物の搬入をしたことがありますね」


 この場に到着してからずっとなにがしかを考えている様子だった細い目の男は、ようやく合点がいったという口調でそう言って、懐かしむように頷いている。脳裏に浮かべているのはこの王都に初めてやって来てから間もない頃の出来事だ。


 この国において、衣服は基本的に手作りするものである。

 その為、王都以外に住む一般庶民の普段着といえば長方形の布に首を出す為の穴を切り抜き、腕を出す部分を残して両側面を縫い合わせただけの貫頭衣に近いものに、必要に応じて袖を縫い合わせるという簡素な作りが主流であり、ズボンはズボンで腰から下の形に合わせて切った布二枚を縫い合わせ、ずり落ちないよう腰部分で紐を締めるというこれまた簡素な作りだ。

 

 ではいわゆる既製服はないのかといえば、そんなことはない。

 着用者の身長や体格が平均値に近いものであるという条件は付くが、概ね形の決まっているシャツやズボン、外套マントなどはほぼ同一のものが作られ店頭に並ぶ。

 それを各自で手直ししたり調整したりして使うのが王都に住む平民階級の一般的な被服事情である。

 ほぼ、と付くのはあくまでも手作業で作られる為に細かな仕上がりの差やごく僅かなサイズの違いが出てくるからだ。

 こういった微妙な差は無視しようと思えばできる程度のものから、着心地や使い勝手に影響が出るようなものまで様々であり、そんな個体差を店頭でしっかり吟味するのが良い買い物をするコツだったりする。


 一方、貴族階級においては、専門の職人に採寸をさせ、体に合わせて服を作る受注生産オーダーメイドが主流となる。

 しかしながら、こうして作り出された衣服は寿命が短い。といっても物理的な寿命ではなく、使用機会の話である。

 極端な例だが高位の貴族ともなれば一度きりしか使われない肌着や、季節ごとに替えられるドレスや礼服が存在する。現代日本の価値観を知っているマキオが聞けば「なんて無駄遣いを……」と嘆かずにはいられないことだろう。

 そういったいわば新古品の数々は下級貴族や大店の主人へと下賜かしされ、そこからさらに数年を経て払い下げられたものが『古着』として仕立て直されることになる。

 古着とはいえ、平民向けの既製服に比べれば上等な布を使っており、専門家による仕立直しを経た服の完成度は高い。それでいて価格は庶民でも買える程度には抑えられるのだ。

 今ククルゥ達がやってきたのも、そんな古着屋の一つ。


「さあ、行きましょうミカちゃん」

「あ、う、うん……」


 ミカと呼ばれた幼い少女は翼耳族の少女に軽く背を押され戸惑いながらも、隣に立つ黒髪の美女をちらりと窺う。その視線を受け止めた二つの金色が笑みの形に細められ、背を押す手が一つ増えた。


「行くぞミカ。なに、選ぶのが難しければククルゥにも手伝ってもらえばよい」


 左右を固められ優しく前へと押し出されたミカが緊張の面持ちで店の扉をくぐると、石造りで硬そうな外観から一転、木製の床や梁と、それを照らすランプの明かりが暖かく出迎えた。ランプ内部で燃える火の揺らめきに合わせてかすかに影が動く。

 店内に入ってすぐ、店を二分するかのように大きなカウンターが設置されていた。その配置は日本からの転移者であればクリーニング屋の店内を連想したかも知れない。

 カウンターの向こうに立つのはやや薄くなり始めた白髪をピッタリと撫で付けた初老の男性。きっちりと仕立てられた白い襟付きのシャツに茶色のスラックスをサスペンダーで吊っている。

 男性の背後には左右で向き合うように背の高い棚が並べられ、商品である衣服が収められている他、工房も兼ねているらしい奥のスペースには人間の上半身を模した大小の木製人形が幾つか並べられ、製作途中なのであろう、まだ服と呼ぶには形の整っていない布を纏っていた。


「いらっしゃいませ。『ディア・シャロット』へようこそ」


 来客への歓迎の言葉と共に、店主が慇懃に頭を下げる。

 まだ旅装姿の『黒猫印の魔導書屋さん』一行と、見るからにみすぼらしい格好のミカ。一見すればとても上等な客とは言えない組み合わせであるにもかかわらず、見下したり侮ったりする様子は一切ない。

 この店の扉をくぐりし者須らく客として扱うべし。僅か数秒のやり取りから男の矜持が垣間見えた。


「店主殿、今日はこの娘の服を二、三見繕って欲しい。予算は……そうじゃな――」


 よそ行きの笑顔で白髪の店主へと話しかけるクローネに促され、おずおずと前に出たミカが縮こまるようにお辞儀をする。その傍ら、大魔法使いは店の奥、畳まれた状態で棚に並ぶ商品をざっと見回すと、少し考えてから金額を提示した。


「銀貨十枚以内といったところかの」

「――かしこまりました」


 店主の眉がほんの僅か――余程注意深く見なければ分からない程度に持ち上がったが、しかしそこは流石王都に店を構える商売人。露骨に表情を変えることなく丁寧に腰を折ってみせる。だが、内心では目の前の客に対する驚きと称賛が渦巻いていた。


 この店で取り扱っている古着の平均価格は銀貨二枚程度。提示された金額であれば上等なものまで含めて遠慮なく提案できる余裕がある――言い換えれば予算の心配はするなと言外に示されているのだ。

 だが、店主が驚いたのはそこではない。それだけならばただ見た目の割に金払いの良い客、で済む――いや、流石に見るからに孤児だと分かる子供を連れているのは非常に珍しくはある――が、問題は値札を置いている訳でもないこの店の商品の価値をどうやって把握したのかという点だ。


 棚に入った状態の服から得られる情報などたかが知れている。

 生地の質感からその素材や大雑把な状態くらいは分かるだろうが、それはあくまでも『布』としての価値にすぎず、『服』としての価値を決める判断基準を正しく理解していなければ適正価格を見抜くなどという芸当はできるはずがない。

 つまりこの客は、この薄暗い店内で、ただでさえ素人目には分かりづらい染色の質や縫製の良し悪し、仕立て直した後のデザインといった服の価値を、ぐるりと見渡しただけで看破してのけたのだ。

 この目利き、只者ではない――店主がそう考えるのは当然のことであり、彼がいつにも増して真剣に薦める品を吟味し始めたのもまた必然であった。


「ああそうじゃ。マキオよ、服選びにはしばらくかかる故、魔石屋連中に言伝を頼む。『王都に着いた』とな」


 店主がプロとしての矜持を大いに刺激されながら店の奥へ行く間に、後ろを振り返ったクローネからマキオへと指示が飛んだ。

 古今東西、女性の買い物は長い。特に衣類や服飾品においてはその傾向が顕著である。残念ながら衣類の――しかも女性向けかつ子供用の――良し悪しなど分からないマキオがこの場にいて出来ることなど何もない。

 であれば、その間に雑務の一つ二つ片付けてもらう方が手持ち無沙汰に店内を眺めるだけの置物でいるよりもよほど有意義であるのは論をたないだろう。


「わかりました。ついでに宿の手配も済ませておきましょう」

「うむ、任せる」

「では、また後ほど」


 ▼


 店を出たマキオは、迷いのない足取りで街中を進んでいく。目指しているのは宿屋、それも第四城壁にほど近い安宿ではなく、第三城壁内にあるものだ。

 無論、王城に近付けばその分だけ一泊あたりの料金は高くなるが、残念ながら水と安全はタダ、とはいかないのがこの世界の現状であり、安心と安全は相応の対価を支払わなければ得ることが出来ないのである。

 もっとも、安心はともかく安全という意味では魔法使い(見習い含む)が三名いる時点で大半の問題は解決される。では何故わざわざ高い宿へ泊まるのか。


 出入りの多い第四城壁側には、自然と旅人や行商人といった短期宿泊が目的の客が集まる。宿屋側もそれを見越して設備を整えている為、基本的に単身利用を想定した作りの部屋しかない。

 もしもマキオ達が宿泊するとなれば、ミカをククルゥかクローネと同室にするとしても最低三部屋を一月に渡って専有することとなる。

 口コミが最大の宣伝である以上、宿側としてはできるだけ多くの客に利用してもらい、評判を広めて欲しい。となれば単独のグループに長期利用されるのはあまり好ましくない。

 マキオ達としても宿に迷惑をかけるのは本意ではない為、敢えてそれを強行する理由もないのだ。


「止まれ!」

「身分証の提示を」


 第三城壁に設けられた門に近付いたところで、二人組の衛兵が道を塞ぐ。新人らしい年若い男と、落ち着いた雰囲気の中年の男だ。


「ご苦労さまです」


 各城壁では衛兵による出入管理が行なわれており、その審査基準は王城に近づく毎に高くなっていく。言わずもがな不審者対策の一環だ。

 マキオが持っているのは随分前に作った最低ランクの冒険者証と、もう一つ。手渡されたそれを見た中年衛兵の口から感嘆の声が漏れた。


「ほう……貴殿は魔石商か。その若さで大したものだ」

「ありがとうございます」


 魔石を扱うのは宝石商の中でも最上位に近い幾つかの店だけだ。即ち、魔石を扱うことができる商人というのはそれだけで信用が担保されるのである。

 なお、宝石商としての身分証は『黒猫印の魔導書屋さん』に対して発行されている。本人達はまだ知る由もないが、ククルゥやミカにも後日同じものが発行される予定だ。


「通ってよし!」


 中年衛兵がマキオに身分証を返却すると同時に、新人衛兵が生真面目さを感じるキビキビとした動きで門の横にずれて道を空ける。いちいち声が大きいのは業務に忠実だからというのもあるが、「きちんと確認していますよ」と周知する為でもあるのだろう。


 再び歩き出したマキオは、さほど時間を置かずに一軒の宿屋に到着した。レンガ造りの三階建て、間口の大きな扉を備えている。

 これまでにも何度か利用したことのある宿で、宿の主人や女将と顔馴染みになる程度には付き合いが長い。軽く足踏みをして簡単に靴底の泥を落とすと、外開きの扉に手をかけた。


「いらっしゃいませ……あら、今年もご利用ですね」


 中に入ってすぐ左手、帳簿とにらめっこしていたふくよかな女性が扉の開く音で顔を上げ、マキオの顔を見ると人懐っこい笑みを浮かべる。この宿の女将だ。


「こんばんは。また一月ほどお世話になります」

「かしこまりました。二名様、でしたよね?」


 以前宿泊した際のことを覚えているのだろう、確認するように尋ねる女将だったが、マキオは小さく首を振ってそれを否定する。


「いえ、今年は四名でお願いします」

「まあ、ありがとうございます。お部屋はおいくつ?」

「女性三名と僕なので二部屋に分けることはできますか?」

「少々お待ち下さい……ああ、申し訳ありません。ただいまお一人用のお部屋が満室でして……四人部屋か二人部屋をお二つでしたらご用意できますが」


 宿泊台帳を捲って確認していた女将が済まなそうに言った。残念ながら男女で部屋を分ける案は通らないようだ。途中の町でも全員で同室に宿泊したのだから今更、という話ではあるが。


「わかりました、では四人部屋を」

「ありがとうございます。それでは四名様、一ヶ月のご利用予定ですね。お部屋は三階の角です、ご案内いたします」


 部屋に案内されてから、宿のサービスについて追加で説明を受けた。

 一階は食堂になっていること。

 食事は朝夕、それぞれ大銅貨一枚で利用できること。

 お湯は桶一杯で銅貨三枚だが、近くに公衆浴場もあること。

 どれも既知の情報ではあるが、一年の間に変わっていないとも限らない。毎回きちんと説明してくれる親切さも師匠共々この宿を気に入っている理由の一つだ。


「さて……<空間収納>、<使い魔作成>」


 女将が立ち去ったところで、もう一つの雑用を果たすことにする。不思議空間に繋がる魔導書から数枚の手紙を取り出し、更に手紙を材料にした使い魔――クローネに送られてきた手紙と同じものを作り出す。

 手紙の宛先は王都内に店を構える宝石商の内、魔石を扱う者達。内容は全て同一で、王都への到着と商談の場を設けることを知らせるものだ。


 以前ククルゥに課せられたおつかいで採掘した魔石は品質毎に選別され、マキオの空間収納へと収められて王都へ持ち込まれていた。

 高品質なものは自家用として事前に取り除かれている為、有り体に言ってしまえば残り物なのだが、魔石需要の大きい王都においては年に一回程度とはいえ纏まった数を持ち込んでくれる『魔導書屋さん』は大口の取引先なのである。


 しかし、いくら得意先とはいえ約束もなく押し掛ける訳にはいかなかった。ビジネスマナーがどうという話ではなく、支払いに使う貨幣を揃える時間が必要だからだ。

 何しろ魔石の大量買取ともなれば金貨でなければ支払いが追いつかない。政治的には勿論、経済的にも王国の中心である王都に拠点を構える大商人と言えども――否、幾つもの商談を同時に抱えている大商人であるからこそ、手持ちの金貨を無計画に使ってしまうことは出来ないのだ。


 故に、マキオやクローネが魔石を持ち込む際には王都行きが決まった段階で各商店へ通達し、到着次第複数の商店と合同で商談を行なうのが常であった。

 なお、この商談で得る大量の金貨が『黒猫印の魔導書屋さん』最大の収入である。

 魔導書屋さんとは?


 宿の窓から手紙(使い魔)を放ち、マキオは小さな達成感に息をつく。これでひとまずの仕事は完了だ。

 あとはあの古着屋へ戻るまでに服選びが終わっていることを祈るばかりである。

ウソ予告:夜の王城に、人外の唸り声が低く響く。国王の寝室から聞こえるそれは果たしていかなる怪物のものなのか。王の側近達は揃って口を噤むばかり。遂には魔物が王に成り代わっているのではないかなどと噂される始末。新人衛兵は隠された真実を暴くことができるのか!? 次回、『王都頂上決戦・夜想曲編』お楽しみに

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