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第40話 生きるために

デスマーチからはじまる例のアレになるかと思いましたが幸か不幸か生き残りました……定期更新途切れ途切れで申し訳ありません。

 自分の手伝いをしないか。そう問うた金色の目を持つ魔法使いは、溢れ出る涙を拭いながらもこちらを睨む幼い少女に目線を合わせたまま穏やかに言葉を重ねる。


「先にも言ったがの、王都では法律上お主くらいの子供を雇うことは出来ぬ。丁稚奉公は例外じゃ」


 ならば自分も、と言いたげに口を開きかけたミカを片手で制し、クローネは言葉を続けた。


「商家というのは何よりも信用を重んじる。少なくとも昨日今日やって来たばかりの、天涯孤独の子供を採用することはほぼ無い」


 残酷な言葉だが、事実であった。皆無という訳ではない。一部の大店おおだなでは身寄りのない子供を受け入れて雇う、慈善事業に近いことをしている所もあるし、待遇に頓着しないのであれば――事実上の奴隷として扱われることをよしとするならば――働き口自体は存在するからだ。


 ただし、前者はほんの一握りの好事家による気まぐれであり、常に門戸が開かれているとは限らない。

 大別すればクローネの誘いもこれに分類されるが、これはあまり健全とは言い難い。労働をさせるとはいっても子供にできることなどたかが知れている以上、実態は『施し』であり雇用主が身銭を切る必要があるからだ。

 いつでも、いつまでも継続できるものではない慈善事業はどこまでいっても『慈善』であり『次善』なのだ。


 後者に至っては敢えて選択することに意義を見出す方が難しいだろう。

 むしろ場合によっては奴隷の方がマシなことすらある。何故かといえば奴隷ならばあくまでも『所有者の財産として』ではあるが、一定以上の扱いが保証されるのに対し、丁稚奉公となると従業員見習いという扱いになり、給金や休暇、待遇などは全て雇用主と奉公人の間に同意があったと見做されることになる為、よほど劣悪な環境で強制労働をさせたという証拠がない限り行政が動くことはない。甚だ遺憾なことではあるが訴え自体を揉み消されることもあり得る。

 その上、仮に訴えが通った場合は自身も含め従業員全員の働き口がなくなるという恐怖から訴えたくとも訴えられない状況に陥る場合もある。このあたりはブラック企業に勤めている人間が「辞めたら迷惑がかかる」「次の働き口が見つかるか不安」という考えから離職に踏み切れないのと近い感覚だろう。


 ゆっくりと噛み砕いてそう説明したところでクローネは一度言葉を区切る。涙で潤んだ幼い二つの瞳には悔しさが滲んでいたが、それでもしっかりと理解の色が浮かんでいた。それを確認し、クローネはさらに言葉を続ける。


「お主がそうしたいと言うなら孤児院へ入るという手もあるが――」


 ミカが開拓村の出身であることや両親を亡くした事実は少し調べれば確認が取れる。孤児としての要件を満たしている以上、手近の役所にでも駆け込めば直ぐにでも実行可能な、最も現実的な手段と言える。

 懸念があるとすれば孤児院の質についてだ。


 孤児院というのは基本的に慈善事業の側面が強いが、先に挙げた例との違いはその規模。つまり受け入れている人数の多寡たかだ。

 商人によるそれが一人か多くとも二人程度なのに対し、孤児院では数十人を超えることもしばしばあり、多ければ百人以上を抱えるのも珍しくない。

 人数が増えればそれだけコストが掛かるのは言うまでもなく、孤児達を収容する建物の維持管理一つとっても道楽で済ませられない金額が必要になる。

 これを人材育成や人的投資だと強弁することも出来なくはないが、それにはただ養育するよりも更に人件費がかかる為、結局の所その収支はよほど上手くやったとしてもマイナスからは抜け出せないのである。

 結果、多くの孤児院でその生活水準をお世辞にも高いとは言い難いものにせざるを得ない。現場レベルでは孤児達にもなんとか人並みの生活を、という工夫や配慮もあるが、如何いかんせん経済的な問題は出資者パトロンがどの程度いるかで決まってしまうこともあり各孤児院毎に大きな格差があるのだ。


「残念じゃが儂は孤児院に伝手ツテはない。お主の行く孤児院の環境が良好かどうか、ある程度なら見分けられるじゃろうが、将来にわたってそうであるとは保証できん」


 多くの人は赤の他人であるクローネがミカの将来まで責任を持つ必要は無いと考えるだろう。だが、発端が気まぐれだろうと一度面倒を見たならば少なくともしっかりと引き継ぎを済ませるか、独り立ちできる程度までは投げ出さないというのがクローネの矜持だった。

 クローネの後ろに控え、静かにことの成り行きを見守っている弟子二人はミかを助けることについて口を挟むつもりはない。

 特に、かつて異世界から身元不明の異邦人として王都に流れ着き、その保護下で今に至るまでの生活基盤を築いたマキオにしてみれば眼前のミカをはじめ妹弟子のククルゥやこれまでに師匠クローネが助けてきた人々も他人事ではないという意識が強い。

 ある程度は現実を見ている為、何でもかんでも諸手を挙げて賛同するということはないにしろ、なるべくなら師のやりたいように――ひいては困窮する人が助かるように――したいというのが本音である。

 ククルゥに関しても今まさにその厚意を受けて魔法の手ほどきを受けている身であるというのもあるが、そもそもが善良な心根をしており、困っている人がいたらなるべく助けようという行動方針はクローネのものと大きく乖離することはない。

 要するにこの場にいる三人が三人ともお人好しということだ。


「どうするかは自分で決めて良い。馬車の前で気概を見せたお主ならばできるじゃろう」


 それを最後にクローネは言葉を切る。合わせていた目を外すことはしないが、膝をついてしゃがんだ状態からは立ち上がり、少女の選択を待つことにした。


「なあ……なんで助けてくれるんだ?」


 答えより先に返ってきた疑問の言葉は以前にも出たもの。しかし前回と違ってその声色は疑うというよりも困惑している様子だった。


「理由がなくては助けてはいかんのか」


 シンプルだがあくまでも柔らかく返したクローネの声にミカの目が一瞬見開かれ、再び視線が下に落ちる。俯いたことでクローネ達からは見えないその顔はぎゅっと唇を引き結び、何かを堪えているように見えた。


 傍からは旅装の大人三人がかりで幼い少女の前に立ち塞がっているようにも見えるが、王都の玄関口であり、良くも悪くも人通りが多いこの場所ではそんな彼らに対して通りすがりにちらりと目をくれる者はいても積極的に声をかけて関わろうとする者はいなかった。

 今まさに人攫いをしているだとか、明らかに暴行や脅迫が行なわれているのでも無い限り――場合によってはその現場を目撃したとしても――他人に必要以上の関心を払うことがないのが王都という街の風潮である。


「…………で」


 ダボダボのシャツの裾を握りしめ、気丈にもクローネを睨み続けていたミカだったが、やがてその視線を上げぬままボソリと何かを呟いた。小さすぎて誰の耳にも届かなかった声は、その主のまなじりから溢れた雫のように小さな唇から零れ落ち始める。


「なんで? なんで今さら助けてくれるのっ……どっ……どうせなら父さんっ……母さんっ……死ぬ前に助けてくれればよかったのにっ……!」


 涙を拭うのも、男のフリをするのも忘れて、少女は泣き出した。

 嗚咽混じりに投げかけられる言葉は理不尽極まりないものだが、それを責められるものは一人もいない。たとえ全知全能の神でもなければ到底叶えられないようなものでも、それこそが少女の心からの願いだったから。

 おろおろと、或いは冷静に、若しくは哀しげに、三者三様の反応であったが、それでも見守り続けた。


 一方ミカ本人はといえば、ひどく混乱していた。よりにもよって、ここまで連れてきてくれた恩人に対して何を言っているのかと。

 自分でもそんな言葉が出てきたことに驚き、続けて恐怖した。馬車に乗る前や宿屋で厚意を疑ったときとは訳が違う。

 今自分を助けてくれただけでも十分に感謝すべきことだ。なのにその上もっと早く助けろだなんて。


 じゃり、と靴底が立てた音を聞いたとき、ミカは覚悟した。ああ、このまま置いていかれるんだな、と。

 こんな恩知らず、今度こそ見捨てられるに決まっている。助けてくれるのは当たり前ではないのだから。

 仕方ないことだと諦めた。両親が死んだときのように。村を出る自分を誰も引き止めなかったときのように。

 それでも少女の中で小さな抵抗があった。馬車に乗せてくれたときも、ご飯を食べさせてくれたときも、身体を……拭いてくれたときも、宿に泊めてくれたときも、お礼一つ言えなかった。王都に着いたら言おうと決めたくせに、まだ言えていない。

 ここでお礼だけでも言えなければ、きっと自分は駄目になる。

 何一つ根拠はないが、ミカはそう考えていた。

 だから、遠ざかっている背中が見えなくなる前に声をかけよう。ぽろぽろと目から転がり続ける弱気を振り切る為、勢いよく顔を上げたところで――ゴッともガンッとも言い難い音と同時に額に強い衝撃を受けた。


「「あだっ!?」」


 火花が飛び散るような痛みと共に、奇しくも全く同じ言葉が重なる。

 思わずうずくまったミカがジンジンと痛みを訴え続ける額を押さえ、ソロソロと顔を上げると、そこには中途半端にかがんだ状態で涙目になって顎を押さえる大魔法使い。そしてそれを愉快そうに眺める男弟子とびっくり顔の女弟子がいた。


「だ、大丈夫ですかクローネ師匠?」

「見事なカウンターでしたねえ」

「ククルゥはともかくマキオはもう少し心配せんか!」


 ミカが顔を上げるのと時を同じくしてクローネがしゃがみ込もうとした結果、正面衝突を起こしたのである。


「あ、あの、ごめん……」

「う、うむ。気にするな。ちょっとした事故じゃ」


 クローネが言いながら数度顎をさすれば、僅かに赤くなっていた箇所も何事もなかったかのように元の肌色を取り戻していた。続いてその右手がミカの頭に伸ばされる。

 ポン、と軽く撫でられたようだった。

 それだけで、ジンジンとした痛みは幻か何かのように跡形もなく消えていた。


「え……今の……?」

「治癒魔法じゃよ。まあ、この程度なら使う必要もなかろうが、話をするのに痛みがあっては邪魔になるじゃろう?」

「あ、うん……」


 呆けたように痛かった額を擦る。堪らえようとしても流れ続けていた涙も、突然の痛みで逆に引っ込んでしまったようだった。

 頬に残る足跡をグシグシと拭ってしまえば、泣いていた形跡は殆どなくなる。


「さて、改めて聞くがどうするミカ。儂の手伝いをしてくれるか? それとも孤児院を探すか? ああ、もし望むのなら故郷に戻るという選択肢もあるな。まあ、その場合は儂らも一月ほどは王都でやることがある故、その用事を済ませてからになるがの」


 どうする、と問いかけるように、クローネが小首を傾げた。そう、結局はミカ次第なのだ。


 泣いている場合じゃない、とミカは考え始める。

 ここまで連れてきてくれて、あんな風に癇癪かんしゃくを起こした自分にさえ変わらない態度で接してくれた。下心があってのことならそうはならない。激高するか、懐柔しようと甘やかすか、いずれにせよ全く変わらないということはない筈だ。

 実際にはもっと子供らしい抽象的なものだったが、概ねこのような思考を辿ったミカの出した結論は『この魔法使いは信用できる』だった。

 年齢からいっても、ミカの人生経験は浅い。それでも子供なりに見てきた大人達の反応のどれとも違って、まるでそうするのが当然という様子でこちらの意見を聞こうとしている姿は、なんだか自分を対等に扱ってくれているようでくすぐったかった。


「手伝いって、何をするの?」

「基本的には儂の行くところに着いてきての雑用じゃな。部屋の片付けや掃除、ちょっとしたお使いや荷物持ち、探しものを手伝ってもらうこともあるかもしれん」

「探しものといっても、部屋のどこに置いたか分からなくなった物を一緒に探すとかですから安心してくださいね」


 クローネの回答をマキオが補足する。

 その話が本当だとすれば、それはどこの家の子もやっている手伝いと変わらないようだ。


「他には? 水汲みとか、畑仕事とか」

「ふむ、畑についてはそうじゃな。儂らの家に帰ってからになるが手伝ってもらえれば助かるのう。水汲みは……うむ、必要があればやってもらうかもしれんが基本的には無いと思ってよい」


 ミカの常識からいえば水汲みが要らないというのは首を傾げたくなる回答だったが、この魔法使いがそう言うならば何か理由があるのだろうと疑問を飲み込んだ。

 そして少女は一層真剣な顔になって、魔法使いに尋ねる。


「クローネさんの手伝いをしたら、アタシは生きていける? 悪いことしたり、嫌なことしないで、父さんや母さんみたいに生きていける?」


 それは少女にとって、最も大切なこと。別々に逝った亡き両親のどちらもが今際の際に自らの命よりもなお望んだもの。

 生きるだけならば如何様いかようにも生きられるが、日の当たる場所で胸を張って生きていくのは存外難しい。それが天涯孤独の身で、子供であれば尚更に。

 ミカの両親は開拓奴隷上がりだが、むしろそれ故に自らの力で生きる場所を勝ち取ったことを何よりも誇りに思っていたのだろう。その生き様が幼い娘にもしっかりと受け継がれていた。


「儂の元におる間、十分な衣食住を保証する。仮に儂の元を離れてもお主が胸を張って生きられるように知識も授けよう。もっとも、儂が教えられることといえば一般常識以外は専ら魔法に関することだけじゃがな」


 真っ直ぐなミカの目を正面から受け止めたクローネは鷹揚に頷き、少女へ右手を差し出す。

 数度の瞬きをする程度のごく短い時間を置いて、応じるように小さな手が伸ばされた。

 二人の間でしっかりと握られた手が約束の固さを、その手から伝わる温もりが人の心にある優しさを表しているようだった。

 王都の雑踏の片隅で、一人の少女が一歩踏み出した瞬間である。


「さて、早速じゃがミカよ。買い物に付き合ってもらうぞ」

「分かった! 何を買いに行くの?」

「そうさな、当座の食料品と……いや、まずは服じゃな」


 宿に泊まった際に身体を拭いた残り湯で一度洗ったとはいえ、長く着続けたミカのシャツは所々にほつれがある。そもそもサイズが合っていないこともあってそのままでは動きづらそうであった。

 ついでに言えば粗末な布の靴は王都の石畳を歩くには不向きでもある。歩けないことはないが、あっという間に擦り切れてしまうのがオチだろう。

 幸い、第四城壁のすぐ内側は仕入れの容易さから商業区域も多く、探せば子供用の服や靴も手に入る筈だ。クローネがそう考えているところに、ククルゥからも援護が入る。


「服なら確かあっちに古着屋さんがありますよ」

「おお、そうか。ではすまんが案内を頼む」

「任せて下さい!」


 つい最近まで冒険者として数年間王都で生活していただけあり、ククルゥの土地勘は錆びついていない。一時期は居を構えていたとはいえ今や年に一度程度しか訪れないクローネよりもよほど詳しいと言える。

 先頭に立って歩き出したククルゥの後に着いて行こうとクローネが足を踏み出した瞬間、後ろからローブの裾が引かれた。

 それをしたのはミカの小さな手。


「どうした?」


 何かあったのか、と振り返ったクローネが尋ねるより早く、うっすらと頬を薄桃色に染めたミカから発せられた言葉は――


「あの、クローネさん……あ、ありがとっ!」


 ずっと言いそびれていた彼女からの素直な言葉だった。

ウソ予告:王都でも有数の高級服飾店に現れた怪しいローブの客。聞けば連れている、いかにも見窄らしい子供に着せる服を探しているという。店員は適当にあしらって帰らせたが、それ以降店には様々な不幸が降りかかる。一方、追い払われた客が次に訪れたのはかつての栄華も今は昔、落ちぶれて細々と営業している店で――? 次回、『人を見かけで判断すると痛い目を見るってそれ一番言われてるから』お楽しみに。

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