第39話 王都よいとこ一度はおいで
久しぶりにちゃんと時間が取れました! ヤッター!
……来週またデスマーチの予定が入ってるのは見なかったことにしたい……
宿屋で些細な大事故があったものの、孤児の少年改め孤児の少女が加わった一行はしっかりと睡眠を取り、翌朝の出発以降も順調に馬車の旅を続けていた。
なお、事故が起きた責任の所在については入浴後直ちに緊急法廷が開かれ「事故当時まで原告である被害少女以外の全員が性別を誤認していた」「少女側にはやむを得ない事情からそもそも性別を偽る意図があった」という二つの理由から相殺とするのが妥当であろうとクローネ裁判長及びククルゥ陪審員による見解が一致した為、原告と被告は誠実な話し合いによって一応の和解を済ませている。
「…………」
とはいえ、気まずげな笑顔(のようなもの)を浮かべる青年と、その向かいで努めて平静を装いつつも頑なに流れていく景色だけを眺める幼い少女との間に多少のわだかまりが残っているのは仕方のないことだといえよう。
「すっかり警戒されとるのう」
「あはは……げ、元気だして下さいねマキオ先生……!」
「ありがとうございます。不幸な事故だったと理解はしてくれていると思いますが……」
「そう簡単に割り切れるものなら苦労はせんじゃろうて」
未だにギクシャクとした二人の様子には、流石のクローネも苦笑いだ。これがマキオだけの不注意によるもの――例えば自分は事前に気が付いていたとか――であれば嬉々としていじり倒す所であるが、他ならぬクローネ自身もミカのことをすっかり少年だと思いこんでいたものだから、それについて言及することは即ち自身の不注意を責められることに繋がってしまう。
完全に棚上げしてしまわないだけの良心が、この大魔法使いにもあったのである。
なお、さして広くもない車内かつ固まって座っている以上、会話はミカの耳にも届いている。届いてはいるが、何を言うべきか分からずにいるのだ。
事故だったのは分かる。性別を男だと思われるように振る舞ったのも自分自身だ。そもそも王都まで連れて行って貰えるだけありがたいと思うべきなのだろう。だが、それはそれとして裸体を見られたというのも事実。幼心にも恩人に対する態度ではないと思いつつも割り切れないでいた。
乗客の一部にはそんなぎこちない空気を伴いつつも、馬車は進んでいく。
乗り合い馬車の平均速度は時速にして約十キロメートルほど。一日あたりでは八十キロほどを進む計算だ。
日本でいうと東京~箱根間に相当する。もっとも、これは直線距離での話なので実際に行こうと思えばは山越えをしたり迂回したりでもっと時間がかかるだろう。
王都からの街道は比較的しっかり整備されているものが多い。特に乗合馬車が通るような町では、自然に踏み均されているだけでなく、事前に重石で以て地均しされているのが普通である。
とはいえ、アスファルトなどで舗装されている訳でもない為、長く使われる内に雨でぬかるんだり、馬車による轍が出来たりといった不具合も発生する。それが何を及ぼすかと言うと――
「尻がいてえ……」
「だから言ったじゃろうに」
座っている人間に与えられる振動と衝撃は往々にして痛みに変換されることとなる。
はしたないと嘆くなかれ。切実な問題なのだ。一応車内にはクッションの類が置かれているものの、それだけで衝撃を完全に防ぐことは難しい。
昼休憩の最中、馬車の周りで思い思いにくつろいだり体を伸ばしたりする乗客に混じって、しかめっ面で臀部をさするミカと、その横に立つクローネがいた。前日の移動では気を張っていたせいかそこまで気にしていなかった様子だったが、身体にかかる負担が無くなる訳ではない。二日続けての馬車の旅で顕在化してきたのだろう。
「いや……だって……なんかソレ『ぶみっ』とするんだもん……」
ミカが言っているのはクローネが差し出す四角い物体――車内で魔導書屋さん一行が使った自前のクッションについてだ。
普通、クッションといえば厚手の布を折り畳んだものや、少し上等なものだと布の袋の中に綿や羽毛を詰めたものを指す。
乗合馬車に備え付けられているのは大抵が畳まれた厚手の布で、木製の座面に直接座るよりはマシ、という程度の耐衝撃性能しかない。その代わりに、天候不順や馬車の故障といった不測の事態で町まで辿り着けずに野営をすることになっても毛布代わりに使えるという利点があるが、今は置いておこう。
黒猫印の魔導書屋さんは自称大魔法使いことクローネをはじめ、異世界からの漂流者であるマキオが運営している。とはいっても、国家運営の中心であり商業の中心でもある王都から遠く離れたアンメルからさらに離れた場所に店を構えているだけに、店舗を訪れる客人は殆どいない。
ではどうやって生計を立てているのかといえば、その多くは短期間の出張販売によるものだ。
販売するものは主に魔法関連の品。以前採掘した魔石や、店舗でも取り扱っている魔導書、魔道具は勿論だが、魔法を伴わないちょっとした道具も取り扱っている。
馬車の中で使用したクッションも、そんな便利グッズの一つである。
ミカが「ぶみっとする」と評したのは、クッションの中に詰められているものが既存のものとは全く異なるせいだ。といっても、特別なものが入っている訳ではない。
詰められているのはただの空気。つまりただのエアクッションなのだが、こちらでは全くと言っていいほど普及していないのだ。
その理由の一つが感触。独特の弾力と反発感は布や綿に慣れた人間からはあまり好評ではない。しばらく使えばその有用性から高評価を貰えることもあるものの、そもそも使ってくれる人が少ないという状態である。
もう一つの理由としては破損した際の修復が難しいこと。クッション用に使うのはある魔物の皮であり、風船のように薄いゴム状の物質という訳ではないのだが、それでも破れるときは破れる。そうなってしまえば中の空気は抜けてしまい、当然クッションとしての役目は果たせなくなる。折った布や綿を詰めたものであれば修復は比較的容易だが、エアクッションのような特殊な品はちょっと縫って終わり、とはいかない。中の空気が抜けないように、それでいて圧力が掛かっても破損しないように縫い合わせるには知識と技術が必要となる。
そして最大の理由はやはり値段だ。特殊な技術が必要ということは、当然それだけのコストが掛かる。自然、利益を出すつもりなら売値は高くせざるをえず、それを買う余裕のある人間は少なくなる、ということだ。
そんな訳で世間には普及していないものの、発案者のマキオや製作者のクローネは馬車での移動中は勿論、自宅や宿泊先でも積極的に使用しているし、同居しているククルゥも最初こそ独特の感触に戸惑っていたものの今ではすっかり慣れて、快適なクッション生活を送っている。
「午後からは毛嫌いせずに使っておけ。王都に着いてから『尻が痛くて動けませんでした』となるのは嫌じゃろう?」
「うー……わかったよ……」
唸りつつも背に腹は代えられない――この場合は尻だが――と素直に頷くミカであった。
「ああ、よかった。ミカちゃんも使ってくれることになったみたいです」
「ほんのちょっとしたことですが、やはり快適な方がいいですからね」
「クッションは本当に大事ですよ!」
仕事柄、基本的に自宅兼店舗と近隣にしか出向かない引きこもりの魔導書屋二人よりもよほど馬車に乗る機会が多いククルゥの言葉には熱がこもっている。身体が資本の冒険者稼業ではほんの僅かな体調の狂いで、大きな失敗に繋がることも珍しくない。快適な暮らしに慣れすぎると野営などで不便に耐えきれなくなることもあるというが、それはそれとして休息や食事といった体調管理に関係するものは出来る限りよい装備を揃えるのが長く冒険者を続けるコツ、というのが業界全体の共通認識である。ただし、実際にお金をかけられるかどうかは別問題の為、多くの冒険者はそれぞれに工夫をこらしてやりくりしているのだが。
「ククルゥさんも馬車で苦労したことが?」
「たくさんあります! 酷いときは一週間ずっと馬車と野営の繰り返しで、背中もお尻もガッチガチになっちゃって……そういうときは仕事が終わって宿のベッドに入るとものすごく幸せでしたね。あと銭湯も!」
「……そう、ですか」
苦労しただけ些細な幸せにも感謝できるのだと、まだ年若い魔法使いの弟子は笑う。それは嘘偽りない、心の底からの言葉だった。
嘘偽りがないからこそ、遠い世界から来た男にはそれが少し悲しく思えたが、そうして悲しむこと自体が傲慢なのだと直ぐに考え直す。
昔も似たようなことがあったな、とおぼろげに浮かんできた記憶に自分の成長の無さを自覚して苦笑を漏らすと、どうやら妹弟子には誤解を与えてしまったようだ。
「あ、ちょっとマキオ先生! 笑い事じゃないんですよ! 本当に痛いんですから!」
ぷりぷりと可愛らしく怒るククルゥをなだめるのには、貴重な昼休憩の幾ばくかを使うことになった。
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王都の基本的な設計は、国王の住まう城を中心とした同心円である。王城は小高い山の上に建ち、山肌を天然の石垣としつつも、それをさらに取り囲むように高い壁が四重に聳えているのだ。
建国初期は山上砦であったものを壁で囲い、徐々に山を切り崩しながら防壁の内側に兵士や商人の住まいを拡充。長大な都市計画を立てながら拡大していった結果そのような形が出来上がった。
城壁には城に近い順に第一から第四の番号が振られている他、その壁を支える柱を兼ねる塔の幾つかには歴代の重鎮や国に大きく貢献した人物の名が付けられており、反時計回りに次の塔までの区間を一つの地区として区切っている。
例えば第一城壁の南側、正門に当たる場所に立つ塔は初代近衛騎士団長の名前から「ガルドロワ」。東の塔は初代宰相の名前から「エルランテ」となっており、ガルドロワからエルランテの間をガルドロワ地区と呼称する。
なお、第一から第四城壁を合わせると塔は全部で六十本あるが、名前のついている柱は第一城壁にある四本と第二城壁にある八本の計十二本だけとなっている。
これは第三城壁が建設された当時、新たに十六本の塔が建てられたものの、歴代の偉人に並び立つほどの偉業を成し遂げた人物がいなかったからとされており、続く第四城壁完成後もその名前が空白のままであることから、いつか歴史に名を残したいという意味で「いずれ塔になる」という表現が使われるようになっていたりする。
その真偽はともかくとして、防衛機構を兼ねる巨大な城壁が見るものを圧倒する威容を誇ることは確かだ。それが貧しい開拓村出身の幼い少女であればなおのこと。
「どうした、そんな大口を開けて」
「いや……でっけーなあ、って」
クローネが問いかけた先、目と口を大きく開けていたミカがどこか怖気づいた様子で振り返る。
目の前にそびえる第四城壁の大きさもそうだが、都市そのものの大きさがこれまでに見たことのあるものとは段違いなのだ。右を見ても左を見ても地平線の代わりに城壁が見える。
門番の横を通り抜けて馬車が城壁内へと進んだことで見えてきた建物も石造りやレンガ造りが主であり、拙い木造小屋のようなものは見当たらない。
「まあ、ここは王都の玄関口。最も多くの人が行き交い最初に目にする、いわば王都の顔じゃからの。見栄え良く整えてあるんじゃよ」
圧倒され、感心しているようなミカとは対象的に、かつて王都に暮らしていたこともあるクローネの言葉は皮肉げだ。光の当たる場所では確かに小綺麗な街並みと豊かな暮らしぶりを見られるが、その裏には綺麗事の通じない場所が確かに存在している。
もっとも、そのことについて彼女が批難することはないだろう。良し悪しでいえば悪いことではあるが、同時にそれは人の営みに必ずついてまわるものだと考えているからだ。
「さて、当初の依頼通りお主を王都まで連れてきた訳じゃが……これからどうするつもりじゃ?」
馬車を降り、道行く人々の邪魔にならぬよう端に寄ってから、クローネが訪ねる。
クローネ、マキオ、ククルゥの三人が王都に来たのは魔法学校に用事があるからだが、ミカは違う。ここまで連れてきたのは言ってしまえばクローネの気まぐれ、或いは趣味のようなものだ。事ここに至っても本人が何故王都に行きたがっていたのかすら確認してはいない。
野良猫に餌付けするかのごとき所業である。
「あ、ああ……えっと、オレ、ここで仕事を探すよ」
「ほう、何かアテがあるのか?」
「アテはないけど……でも、王都なら何か仕事くらいあるだろ?」
クローネは半ば察していたことだが、案の定ミカは何の計画も立てていなかった。ただ子供なりに必死だっただけ。あまりにも世間知らずと言わざるを得ない。
否、この年齢で、平民とはいえ小さな開拓村の出身では世間に対する認識など甘くて当然なのだ。何しろそれを教えてくれる人間がいないのだから。
クローネは深い溜め息をついた。
「そんなことじゃろうと思ったわ」
「は? な、なにがだよ」
「よく聞くのじゃミカ。王都ではな、お主のような子供の働き口は無い」
「え……な、なんでだよ! オレ、小さいけど、でも父ちゃんや母ちゃんの手伝いは――」
「王都には確かに仕事がある。じゃが、それと同じくらい……否、それよりもなお人が多い。お主くらいの年齢でも丁稚奉公をする子供はおるが、どこの馬の骨とも知れぬ子供と、身元のはっきりしている子供ではどちらを使うかは自明じゃろう」
「で、でも……オレだって働ける!」
「もしお主を働かせるところがあったとしたら良くてどこぞの破落戸共の使いっぱしりか、そうでなければ違法な娼館か……いずれにせよ碌でもないことになるじゃろう」
「なんでさ!」
実のところ、ミカの場合は完全に身元不明というわけではない。両親は開拓奴隷上がりとはいえ平民となった際にきちんと平民用の戸籍も作られている。当然、その子供であるミカのものも。役所に問い合わせれば時間はかかるだろうが、身元の保証はしてくれるだろう。
だが、それをしてなお、就労は厳しい。
「ミカ、お主歳は幾つじゃ」
「……こんど十歳になる」
「つまり今は九歳じゃな。この国ではな、給料をもらって働けるのは十二歳からじゃ。家の手伝いくらいなら許されるが、金を払って雇う場合は年齢制限がある」
「な……」
「因みに、冒険者も同じく十二歳からじゃ。あれは自営業みたいなもんじゃからの」
呆然と立ち尽くすミカの耳には、既にクローネの言葉の半分以上が入っていなかった。なんとか理解できたのは歳のせいで働けないということだけ。
――それなら自分は一体何の為にここまで来たのか。もっと早く教えてくれればよかったのに。
王都に行く理由を言わなかったのはミカ自身だったのだが、子供らしい自己中心的考えによりミカの胸中にはクローネに対する黒い感情が渦巻き始めていた。
無自覚のことではあったが、それは確固たる悪意であった。
同時に、そんな風に考えるのはよくないと考えている部分もあったが、今の少女には到底許容できない考えだ。
じわりと目頭に熱いものを感じて、慌てて手で拭う。拭っても拭っても、熱は次から次へと零れ落ちていった。何度拭っても止まらない雫に、何をしても無駄だと言われているような気がして、それがさらに無力感を煽る。
不意に、歪んだ視界に金色が舞い込んだ。
「ところでミカ、儂を手伝う気はないかの?」
ウソ予告:未開の地を開拓する。それが冒険者のロマンってやつだ。ソレを理解してねえ無粋なヤツらは今日も代わり映えしねえもんで満足してやがる。やれやれ、冒険しねえなら冒険者なんて名乗るのはやめて欲しいもんだがね。その点オレは違う。日夜新しいことに挑戦し続けている。さて、今日の冒険は吉と出るか凶と出るか……! 次回、『メニューに独特の名前を付けてる定食屋は当たり外れが激しい』お楽しみに。




