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第38話 幕間・夜の宿で

またしても 時間が取れず 短編に。(作者、心の俳句)

来週はワクチン接種直後の為、更新をお休みさせていただく予定です。

 あなたの一番古い記憶は何だろうか。


 人によって答えは異なるだろう。何気ない日常のことだったり、喜怒哀楽の感情が大きく動いたことだったり、或いは何かショッキングな出来事だったり。

 そして、古い記憶は大抵の場合唐突に蘇るものである。

 何かきっかけがあることもあれば、本当に突然思い出されることもある。いや、ひょっとしたら思い出した本人が突然だと思っているだけで、無意識下では五感を通じて得た情報やそれまで考えていたことと記憶を結びつけているのかも知れないが、ともあれ。

 不意に記憶が蘇る体験自体は恐らく誰もが経験しうることだろう。

 とある宿の一室で、一人の少女が今まさに古い記憶を思い出しているように。


 少女は寝返りを打つともぞもぞと布団の中に潜り込む。

 ふかふかのベッド、カビの臭いがしない清潔な布団、顔をうずめられるほど柔らかな枕。少女を包み込んでいるどれもが、今までに体験したことのない快適さだ。

 一緒に泊まっているあの黒髪の美女が言うには、これも決して悪いものではないが、さらに快適な極上の布団というものが存在するらしい。

 本当にそんなものが、と疑う気持ちと、いつかそんな布団に寝てみたいというささやかな希望が少女の薄い胸に宿ったのは記憶に新しい。

 しかし、今頭の大半を占めているのは少女がまだ物心付くか付かないかといった頃の記憶。固くて、ジメジメしていて、狭苦しい寝床の記憶だ。

 何故そんな記憶を思い出したのかは少女自身にも分からない。何しろ今少女がいる場所とは似ても似つかない。

 分からない、と思いたかった。

 

「父さん、母さん……」


 完全に無意識だった。

 唇を殆ど動かさないまま小さく両親を呼んだ声に自分で驚いて、慌てて両手で口を抑える。

 聞かれただろうか。暗闇の中、胎児のように丸めた体を固くする。いいや、全身を覆い隠す布団が吸い込んでくれた筈だ。きっと誰の耳にも届かなかっただろう。

 暫く聞き耳を立てても、誰かが起き出したりする様子はない。音を立てないよう、そっと息を吐いて力を抜く。


 少女の両親は奴隷だった。正確には開拓奴隷という種類であり、未開拓地域に送り込まれて開墾作業を行なう労働力としての奴隷である。

 開拓奴隷の特徴は、その任期が流動的なことだ。村の開拓が終われば平民になれる、というのは奴隷から開放される条件としては緩い方だが、その危険度は高い。開拓中ということはまず生活基盤が作られておらず、食料を始めとした物資が不足しがちであり、仮に怪我や病気で体調を崩せばそのまま死んでしまうことさえある。そういう意味ではまさに生か死かの賭けとも言えるのだ。

 少女の両親が何を求めて開拓奴隷となったのか。今となっては直接聞くことは叶わない。しかし、危険を承知で可能性に手を伸ばし、それを掴む為に必死で働いたことは事実であり、その結果として少女は貧しいながらも平民の生まれという立場を手に入れている。


 少女は再び思い出す。

 方や固くて、ジメジメしていて、狭苦しい寝床。

 方や柔らかくて、快適で、広々とした寝床。

 どちらが優れているかなんて考えるまでもなく。

 けれど、ここに両隣で眠る両親のあたたかさはない。

 たったそれだけのことが、どうしようもなく寂しかった。

 だが、泣いている暇はないのだ。自分には後がない。

 生まれ育った村は未だ貧しく、両親のいない自分を養う余裕はない。

 これまでは運良く()()()に見つからずに済んでいたが、今後もそうという保証はないのだ。

 であれば。

 独りでも生きていく為には何でもしなくては。

 寝物語に両親が語ってくれた。

 王都にはなんでもあると。

 大きな街で、たくさんの人が働いているのだと。

 だから自分は王都に行く。

 王都で働いて、生き抜くのだ。

 無茶がたたって体を壊し、息を引き取る間際の両親が「生きろ」と言ったのだから。


 そうして、少女は手元に残されたほんの僅かな銅貨を手に、王都に向かうことを決意した。少女が村を出ていくと言ったとき、それを聞いた大人が浮かべた哀しそうな顔の後ろに、どこか肩の荷が下りたような安堵があったのは致し方ないことだろう。女だと知れば良からぬことを企む者もいるから、知らない人間と話すときは男のフリをしなさい、という忠告をしたのは善意だけではなく、せめてもの罪滅ぼしだったのかも知れない。


 もたもたしていれば、またいつ()()()がやってくるか分からない。急ぐ必要がある。王都への行き方は村の大人に聞いた。

 やってきた馬車を止めて、銅貨を見せた。これでは足りないと言うから、なんでもするからいっそタダで乗せてくれと頼んだ。

 馬の後ろに座っていた男が渋っている間に、あの美女がやってきた。

 追い払われると思ったのに、どうしてか自分を王都まで連れて行くと言う。

 なんだかよく分からない内に、そういうことになった。

 そして。

 宿の食事は美味しかった。両親が他界してからは残された畑を維持することもできず、他の大人に小さな野菜やパンの切れ端を貰っていたが、常に空腹だった。

 あの胡散臭い男に身体を見られた。両親からも人前で肌を晒すのは慎みなさいと口酸っぱく言われていたのに。男だと思われていたらしいからわざとではないのだろう。金髪の美女が慰めてくれたが、それでもやはり許し難かった。


 そういえば、と少女は思い出す。


 あの美女にお礼を言いたかったのに、それもあの男のせいで言いそびれてしまった。部屋に入ってきた間の悪さもだが、その後のドタバタで結局言う機会を逃してしまったのだ。

 ではいつ言うか。

 起き抜けに言うのは変な気がする。

 馬車に乗る前もきっとバタバタしているだろう。

 馬車の中では関係のない人間も多いからちょっと気恥ずかしい。

 王都に着いたら。そのときは必ず言おう。決めた。


 考え事をしている内に、少女の意識は薄く引き伸ばされるように曖昧になり、やがてゆっくりと沈んでいった。

ウソ予告:王都を騒がす美少女怪盗! 神出鬼没、正体不明! 私腹を肥やす悪徳商人や不正貴族からは富を奪い、故なき貧困に喘ぐ者や虐げられた人々には施しをする義賊。だがしかし、ある貴族がギルドを通じて高額の捕縛依頼を出す。実質的な懸賞金を掛けたことで冒険者の間でも捕縛派・反捕縛派に分かれて意見が対立、ギルドは分裂の危機を迎えていた! 次回、『正体不明なのに美少女だと分かるのは何故なんだ』お楽しみに。

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