第35話 王都へ向けて
大遅刻&短めで申し訳ありません!
クロによる王都行き宣言から、慌ただしく日々は過ぎて――あっという間に王都へ出発する日がやってきた。早朝、まだ薄暗い中『黒猫印の魔導書屋さん』前には三人の人影が並んでいる。
「忘れ物はありませんか?」
「大丈夫です!」
「あー、うむ。問題ないぞ」
出発前の最終確認にもそれぞれ性格が出るものだ。
マキオが事前に作っておいた確認リストから顔を上げて尋ねれば、ククルゥは手慣れた様子で旅装の目視確認をし、珍しく人間の姿に戻っているクローネはあくび混じりの返事と共におざなりに確認する。
ククルゥの服装は初めて魔導書屋さんを訪ねてきたときのもの。マキオとクローネも動きやすさと耐久性に重きを置いた旅装の為、ぱっと見では揃いの衣装を着ているようにも見える。異なる点を挙げるとすれば、マキオとクローネが殆ど手ぶらであることだ。
勿論、本当に手ぶらという訳ではない。嵩張る荷物はマキオの<空間収納>に入れているのだ。
「では出発しましょうか」
軽く扉を引いて施錠されていることを確かめ、『本日休業』の木札をかければ出発準備は完了。
三人の王都への旅が始まる。
まず向かうのは丘の麓にある町、アンメルだ。元々は開拓村だったが今では王都へ続く街道も整備され、住人も増えている。とはいえ、千人に届かない程度の田舎町であることは否定できない。
主産業は農業だが、それも税として収める分を除けば殆ど自給自足で消費してしまう程度、狩猟もそれなりに行なわれるがこちらは完全に食料調達の為である。
「じゃからあの町は物々交換が主流なんじゃよ。無論貨幣が使えん訳ではないが」
「ああー、それで……ちょっと実家を思い出しました」
ククルゥを中央に、三人並んで歩きながら雑談まじりに行なわれるその解説に思い当たるフシがあるのだろう。頷く少女の納得顔を手元からの仄かな明かりが揺らめいてぼんやりと照らした。
王都からやってきたククルゥは、『黒猫印の魔導書屋さん』を訪ねる際に当然ながらアンメルの町を経由している。情報収集は冒険者の基本だが、情報提供者への報酬は様々な形がある。所変われば品変わるとはよく言ったもので、いつもどおりに貨幣を取り出したときの、町人の珍しいものを見るような目が印象に残っていた。
「ほれ、乱れておるぞ」
「あっ、とと」
クローネの指摘でククルゥは意識を手元に戻す。手のひらの上には直径十センチほどの光球が浮かんでいた。だが、よく見ればそれがただの球体ではないことに気が付くだろう。
それは無数の微細な文字の集まりだった。現在公用語として使われているものではなく、魔法陣に使用される魔法文字である。
一つ一つの文字は小指の爪の上にさえ五、六文字は乗せられそうなほどに小さく、厚みは殆どないに等しい。それらがククルゥの手の上で球状に集まり、小さな銀河のように渦巻いて光球を形作っているのだ。
この二ヶ月で、魔力操作を含む基礎訓練はより高度なものへと変化し続けた。その結果がこれだ。
自身の魔力を文字の形に変え、それを動かすには二つの異なる操作を同時に行う必要がある。文字数が増えれば比例して操作の難易度も高くなるが、ククルゥの手のひらに踊る文字は数千に届く。
いくら彼女が才能豊かだとしても、ここまで出来るようになるのは異常と言わざるを得ない――が、これにはカラクリがあった。
「一つずつ動かすよりは楽ですけど、やっぱり気は抜けませんね……」
「それはそうじゃろ。いくら型通りとは言ってもの」
文字に変化させた魔力を一つ一つ操作するのは、例えて言うなら両手両足の指一本ずつにそれぞれ別の文字を書かせるようなもの。やってやれないことは無いだろうが、やはり難しいだろう。
しかし、魔力が元々持っている性質を利用すればそれも可能になる。
魔力の操作を行なうのは意志の力。言い換えれば思考することがそのまま操作に直結する。そして人間の思考は随意的に行なわれるものだけではない。
走っていて、横から何かが飛び出してきたとき、人は「避けよう」と思ってから避けるだろうか。作り慣れた料理を作るとき、一々「次は何をしよう」と考えてから動くだろうか。
人は過去の記憶や経験から、或いは条件付けすることで、無意識的に判断することが出来る。
つまり、予めどう動かすかをイメージ出来てさえいれば、多少動きが複雑だろうと文字が数千に及ぼうと出来ぬ道理はない――とはクロの主張だ。
「お言葉ですが師匠、型通りにやれば誰にでも出来るようなものではありませんよこれは。ククルゥさんの努力あってのことです」
「それと儂の指導の賜物じゃな!」
「…………そうですね」
クローネが快活に笑う。同一人物なのだから当たり前といえば当たり前なのだが、人の姿でもどことなく猫のときの面影を感じさせる笑顔だ。
一瞬口を開きかけ、直ぐに渋いものでも食べたかのような顔で口を閉ざしたマキオがどんな言葉を飲み込んだのかは本人のみぞ知るところである。
そんなやりとりを聞いていたククルゥからはくすくすと笑いが溢れた。クローネとマキオの目が同時に中央に向く。
「王都にいた頃はこんなに早く魔法が使えるようになるなんて思いませんでした」
楽しそうに、愛おしそうに。光球を目線の高さへ持ち上げ、更に上へ。夜の紺色から徐々に朝の淡紫色に染まり始めた空に捧げるように腕を伸ばす。
「魔法学校に入れるかどうかも分からなかったわたしが、素敵な師匠と先生に出会ってこうやって魔法で道を照らしてるんだなって思うと――」
満月の明かりにも似た柔らかな眩しさに目を細めながらも、止まることなく前へ前へと足を進めて、ククルゥは振り返った。
「わたし、今すごく楽しいです!」
頭上に掲げた魔法の明かりよりも輝く笑顔でそう言った少女の『師匠』と『先生』はどちらからともなく顔を見合わせて破顔する。
かくして、王都魔法学校への旅路は全員の笑顔で始まった。
「とはいっても暫くはひたすら歩くだけなんじゃがの」
「せっかく盛り上がってるんですから水を差さないで下さい」
「こういう感じもわたしは好きですよ」
▼
数時間後。幾度かの休憩を挟みながら、三人はアンメルの町へ到着した。獣避けの防柵がぐるりと囲む町の中へ足を踏み入れる頃には太陽が昇り、既に人々が行き交い賑わっている。
日の出と日の入りを一日の基準とするのが一般的なこの世界でも、農家は特に朝が早い。今歩いているのは一仕事終えて朝食を食べに帰宅する農夫達だ。
アンメルの町を上空から見ると、東西南北に四辺を置いた少し歪な四角形になっている。町を東西に貫く街道と、南北に貫く川が中央付近で交差して町を等分するように区切っているのが特徴的だ。
西側、王都に近い入り口付近には少ないながら訪れる行商人や王都からの旅行客向けに宿屋や乗合馬車の発着所があり、そこから街道に沿って家が建ち並ぶ。街道からは碁盤目状に道が伸びて家々の間を繋いでおり、更にその先には農地が広がっている。
南北を農地に挟まれた住宅街が川を挟んで東西に存在する、といえば分かりやすいだろうか。
東の入口から町に入った三人は真っ直ぐ西の入口を目指していた。
「お? 魔導書屋のあんちゃんじゃねえか! ずいぶん久しぶりだな!」
そこへ声をかけてきたのは年の頃三十半ばほどの男だ。背はそれほど高くないが、ガッシリとした体格に日焼けした肌が畑仕事に従事する人間であることを物語っている。人懐っこい笑みを浮かべて近付いてきたその男は、そこで初めて連れがいることに気が付いたらしく、ぱちぱちと目を瞬かせるとククルゥを、次いでクローネを見て、最後にマキオに視線を戻すと真顔で言った。
「あんちゃん、いつの間に結婚してたんだ? しかもこんな大きな娘さんまで」
一瞬の静寂の後、クローネは堪えきれないといった様子で吹き出し、ケラケラと笑い出す。マキオは盛大な溜息と共に男を見た。
「結婚はしてませんし、娘でもありませんよ」
「悪い悪い、ちょっとした冗談だ! でもよ、あんちゃんが誰かと一緒に来るなんて初めてのことだろ?」
ガッハッハ、と豪快に笑って、男は遠慮のない手付きでマキオの背中を叩く。力加減されてはいるが、それでもマキオの上半身が前に傾いた。
「いやいや、いつもクロと一緒に来てるじゃないですか」
「猫じゃねえか! ……で、こっちの別嬪さん達は結局何なんだ?」
「うちの師匠と妹弟子です」
「クローネじゃ」
「ククルゥです」
マキオの紹介に続いて胸を張って尊大に頷くクローネと、ペコリと頭を下げるククルゥがそれぞれ名乗る。男は照れたようにペコペコと頭を下げて応じた。
「お初にお目にかかります。この町で畑のついでに宿屋をやっとるダンと申します。あんちゃ……マキオさんには以前からお世話になって――」
「ああよいよい、そう畏まらんでも気楽に話してくれて構わんぞ」
「そ、そうか? いや助かるぜ! 堅苦しい喋り方はどうも苦手でよ!」
一度はよそ行き用に言葉遣いを改めたダンだったが、クローネの言葉でニカッと笑って自然な口調に戻る。
「あの、マキオ先生。こちらの方とはどういう?」
クローネとダンが世間話を始めたところで、ククルゥが小声でマキオに尋ねた。口にはしなかったが、片道数時間の丘の上で半隠居生活をしている『魔導書屋さん』と顔馴染みというのが少々腑に落ちなかったのだ。
「もう何年も前ですが、知り合ったのはダンさんの自宅を宿屋に改装したのがきっかけですね。あとは宿屋で使う魔道具を設置したり、定期的に魔道具の保守点検をしたり、といった関係です」
「魔導書屋さんなのに……ですか?」
「確かに魔導書屋さんの仕事ではありませんが、困ってらしたので」
自宅の改装に魔道具の保守点検と、およそ魔導書屋さんとは無関係そうな理由に困惑を隠せないククルゥだったが、マキオの答えでつまりは自分のときと同じなのだ、と得心がいったように表情を綻ばせた。
事も無げに言うが、建物の改装はそう簡単な仕事ではない筈だ。まして自宅として建てられたものを宿屋にするとなれば、それはもはや改築。なんなら建て替えと言った方がよいだろう。
魔道具の件だってそうだ。宿屋に設置するようなものであれば本来なら一つ売るだけで一財産になる。言い方は悪いが、こんな田舎町で閑古鳥が鳴くこと請け合いの宿屋にそんな大金があるとは考えづらい。
きっと、今のように何でも無い顔で手を差し伸べたのだろう。
どうして魔法使いになりたいのかも分かっていなかった自分にそうしてくれたように。
「マキオ先生は昔からマキオ先生なんですね」
「……? ええ、僕は今も昔も僕ですよ」
言葉の真意に気が付かなかったのか、それとも照れ隠しなのか、少しズレた回答をしたマキオに、ククルゥは笑みを深めるのだった。
ウソ予告:異世界。街道を進む馬車。美少女と美女。何も起きないはずがなく……。次回、『野盗、襲来。』お楽しみに。




