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第34話 王都からの手紙

ウソ予告の内容が一部ウソじゃなくなりそうなことをお詫び申し上げます。

 魔石採掘から数日、ククルゥの魔法訓練は覚えたての<魔力探知>へと比重が置かれるようになった。これはククルゥ本人の希望もあったが、それを強く後押ししたのはむしろクロの方で、曰く「<魔力探知>は全ての基本」なのだそうだ。

 その為、ここ最近のククルゥの生活は午前中にマキオによる魔力放出と魔力操作の基礎訓練、午後からはクロ立ち会いの元で<魔力探知>の訓練という割り振りになっている。

 つまりここ数日は丸一日魔法漬けの毎日が続いているのだ。


「……っ……はわあ~……」


 訓練を終えて夕食を摂り、たっぷりのお湯を張った湯船に浸かって浴槽に背中を預けると一日の疲れが溶け出していくようで、ククルゥは無意識にとろけた声をあげた。

 そのままふやけてお湯に溶けてしまうのではないかと思うほどに、ここ『黒猫印の魔導書屋さん』のお風呂は心地よい。

 住み込みの弟子となってからは入浴も日常と化しているが、庶民生まれ庶民育ちのククルゥの中では湯船にお湯を張っての入浴イコール贅沢という意識は未だ根強い。こうして入浴する度に自分がこんなに高待遇を受けてしまって良いのだろうかと小さな罪悪感が頭をもたげるのだが、弟子となってすぐのある日、恐る恐るそんな相談をしたところ、この店舗兼自宅の所有者であるクロからは「魔法使いともあろうものが常識に囚われてなんとする」と笑いながらお叱りを受け、マキオからも嘘か本当か分からない笑顔で「日常的に魔道具を扱っておいた方が魔法を使う上でも有利ですよ」と優しく諭された為、せめて感謝を忘れないようにしようと心に決めて、今日もククルゥは温泉スライムとなるのだった。

 因みに、時折クロが一緒に入ることもあるが専ら黒猫姿のままでの入浴で、初日のように暴力的なまでに均整の取れた体を見せつけられるような事件は今の所ない。


(そういえば……魔導書は欲しがる人が限られてる、ってマキオ先生は言ってたけど……じゃあどうしてここでお店を開いてるんだろう?)


 湯船の中でゆったりと手足を伸ばしながらククルゥが考えるのは、この『魔導書屋さん』の生業について。先日思いがけず知ったところによれば、魔導書屋と名乗りつつもその売上は僅かだという。思い返せば、ククルゥが来て最初の一週間ほどはマキオとクロの二人共がその訓練に付き合ってくれていた。その間、店番などは置いていなかったが、今にして思えばそれも来客がない前提だったからなのだろう。

 そもそもが王都から馬車を乗り継いで四日、そこからさらに徒歩で数時間という場所だ。建物の横には小さな畑があるし、少し行けば川も流れている。それほど深くはないが森も近い為、自給自足の隠遁生活には困らないだろうが、ただでさえ需要の限られる魔導書屋を営むには全く向いていない立地なのは明白である。

 まさかクロやマキオがそんなことに気付かない筈もない。


(いっそ『黒猫印のお風呂屋さん』とか開いたら……ってそうじゃなくて)


 ククルゥが王都で冒険者生活をしていたとき、数日に一度の頻度で通っていた公衆浴場と比較しても引けを取らない――むしろ個人用だからこそできる採算度外視の造りは快適性という面では遥かに上を行くこの浴室なら回転率次第では十分に商売になるだろうな、と横道に逸れ始めた考えを頭を振って追い出し、ククルゥはさらに思索を巡らせる。


(クロ師匠もマキオ先生も、お金にこだわる人ではなさそうだけど……魔石の一部は売るって言ってたし、収入源は実はそっちだったり? それにしては定期的に商人さんが来るっていう訳でもなさそうだよね……ここまで馬車の轍もなかったし)


 ククルゥが初めて魔導書屋さんを訪れたときから今日まで、魔導書を買いに来る客はおろかそれ以外の来客もなかった。記憶を辿れば町から丘の上まで続く道も、辛うじて人が行き来していることが分かる程度に地面が踏み均されてこそいるものの半ば雑草で覆われていたし、もしも商人が魔石を買取に来ていてそれを収入源としているなら必ずある筈の馬車なり荷車なりの車輪の跡も見当たらなかった。即ち、定期的に行き来はあるものの、その移動は徒歩に限られているということの証明に他ならない。


 そうしてどれだけの時間ぼんやりと宙に視線を彷徨わせながら考えていただろうか。手持ちの情報では答えに辿り着きそうもないと考察を打ち切り、ククルゥは入浴を楽しむことに専念した。

 ちゃぷん、と水音を立てて体を反転させたククルゥは湯船の縁に腕を乗せ、その腕に顎を乗せて寄りかかる。ほう、と溜め息をついた少女の上気した肌は薄桃色に染まり、水滴を弾く小さな背中の艶めかしさは元々の色の白さも相まって瑞々しい色香を放っていたが、幸か不幸かそれを目撃する者はいなかった。

 やがて、機嫌の良さそうな鼻歌が浴室に反響し始める。

 

 お風呂上がりにクロとマキオから歌声を褒められ、ククルゥが湯上がりの肌を更に赤く染めるのはもう少し先のことだ。


 ▼


 遠くそびえる霊峰の山際から朝日が顔を見せる頃、一羽の小鳥が窓辺に舞い降りた。コツコツと小さな嘴で窓に嵌められたガラスを叩くと、何かを待つようにじっとその場に留まる。

 しばらくすると、窓の向こうでのそのそと黒い影が動く。よく見ればそれは影ではなく黒い猫だ。

 起き抜けなのだろう、半ば眠ったままのような顔であくびを噛み殺しつつも淀みなく魔力を操作し<魔法使いの腕>を発動させ窓を開けた。

 小鳥は逃げるどころか自ら猫の前へと跳ねていき、短いさえずりと共に小首を傾げる。


「うむ、ご苦労」


 黒猫の前足が小鳥に触れると、小鳥はまるで編み物が解けるように姿を変えた。窓辺に残ったのは一枚ひとひらの手紙。しっかりと封蝋が押された封書であった。

 手紙を動物に変えて送る<言伝>は、魔法使いの典型的な手法。そして『黒猫印の魔導書屋さん』にいる魔法使いといえば、その筆頭は今しがた手紙を受け取った黒猫、クロことクローネ・ノワコルツその人だ。


「やれやれ面倒じゃの……今年もこの時期が来てしまったか」


 受け取った手紙を開封もせずに封蝋の印だけをちらりと確認して、クロは溜め息とともに呟いた。金色の目はしっかりと見開かれ、先程までの寝ぼけ眼が嘘のようだ。

 押された印璽は開かれた本と交差する二本の杖、そしてフクロウの顔。

 フクロウは知恵の象徴。開かれた本は積み重ねた知識を、交差する杖は互いの研鑽を表す。これらが指し示す差出人は――


「ククルゥの訓練を急がねばな。差し当たっては――」


 にやりと口の端を上げて、黒猫はひとりごちる。面白くなるぞ、と。言葉にしなくとも期待が高まっているのが分かった。見る者が見れば大魔法使いとしての貫禄を感じ取っただろう。

 威厳たっぷりの優雅な足取りで、黒猫は足を進める。目的地は唯一つ。


「二度寝じゃな」


 まだ温もりの残るベッドであった。


 ▼


 早朝の一幕から少し後。朝食当番のマキオが右手におたまを、左手にフライパンを持って繰り出した『秘技・死者の目覚め』により()()()()()()()クロはぶつくさと文句を言いながらも――恒例の食卓戦争テーブル・ウォーも戦い抜いて――用意された朝食をしっかり平らげると真面目な顔を作って切り出した。


「ククルゥよ、魔法学校に行きたいという気持ちはまだあるか?」


 突然の質問に面食らったのはククルゥだ。

 確かに魔法学校への入学は長年掲げてきた目標であり、ククルゥが故郷を飛び出した理由でもある。

 しかし、その根底にあったのは「魔力を完全に制御できるようになりたい」という意志であり、その手段は問題ではないと気付かせてくれたのはクロとマキオだ。

 まだ殆ど基礎訓練しかしていないとはいえ、弟子入りした今になって魔法学校への入学を打診されるのは何故なのか。

 ひょっとして教えを授けるに相応しくないと思われたのだろうか。

 そんな不安も一瞬頭を過るが、これまでの日々で培ってきた信頼がそれを否定した。クロもマキオも、真摯に魔力の扱いを教えてくれていた。一度約束したことを何の説明もなく反故にするような人間ではないという確信もある。

 であるならば、とククルゥは考える。

 今すべきことは勝手に不安になることではなく詳細を聞くことだ、と。


「ええと……正直に言えば興味はありますけど、魔法はクロ師匠とマキオ先生が教えてくれますし、行く必要はないって言ったのはクロ師匠じゃ……?」

「うむ。魔法を覚えるだけならば勿論そうじゃ。魔法学校とはあくまでも後進の魔法使いを育て、その知識と技術を研鑽する為の施設じゃからな」


 ククルゥからの返答と疑問を肯定しながらも、黒猫は「しかし」と言葉を続ける。


「魔法学校に通うことに利益が無い訳ではない」


 魔法学校は公に認められた魔法使いの育成機関にして研究施設。故に、その卒業生という肩書は非常に大きな意味を持つ。

 例えば冒険者。例えば魔道具店。例えば魔法学校の教師。魔法使いが活躍する場所は多くあるが、それらのどこに行ったとしても魔法学校の卒業生であるというだけでその実力がある程度保証される。

 言い方は悪いが『保証書付きの製品』と『誰かの手作り品』では信用が違うのだ。


「特に師弟関係は、やろうと思えば詐称することもできるからの。昔から高名な魔法使いの弟子を名乗る輩は跡を絶たん。実力以上の評価なんぞ得たところでどうせボロが出るというのにのう」


 かつて魔法使いが胡散臭いものの喩えとして使われたこともあるのにはそういった側面もある、とクロは呆れたような寂しいような顔で言ったが、すぐに気を取り直してククルゥの目を見る。


「で、じゃ。ここからが本題なのじゃが……二月後、儂は特別講師として王都魔法学校に行く。期間は一月。当然その間は帰ってこられん」


 ククルゥは大いに動揺した。

 たかが一月、されど一月。ククルゥがこの二週間あまりで『全く魔法の使えない素人』から『魔法練習中』まで到達したことを考えれば、やはり長い中断と言わざるを得ないだろう。


「えっ、それじゃあ魔法の訓練は――」

「マキオを残していって任せるかとも思ったのじゃが、マキオが教えられるのは基礎だけじゃし、嫁入り前のおなごを男と二人きりで一つ屋根の下に置くのも問題があるじゃろ?」


 愛らしい肉球を向けてククルゥの言葉を遮ると、クロは大真面目な顔で宣った。ここまで成り行きを見守っていたマキオも流石に黙っていられない。

 どこかで開戦の合図が鳴ったような気がした。


「僕を何だと思ってるんです」

「一般論じゃよ」

「悪意のある一般論ですねえ」

「『男はオークだと思え』と言うじゃろうが」

「僕は人間です。仮にオークだとしても虎紋楢オークです」

「獲物を油断させる為の擬態ということかの?」

「そういう男性がいることは否定しませんが、僕にだって分別くらいありますよ」

「そうは言ってもやはり外聞も悪いしの」

「外聞を気にするなら黒猫が喋る方がよほど奇妙では?」

「ええい、ああ言えばこう言う! ……どこまで話したかの?」


 口喧嘩をしているようにしか見えないが、あくまでもじゃれ合いである。ククルゥも慣れたもので、いそいそと使った食器を片付けていた。

 クロが反論を放棄することで()()()()が一応の決着を見せ、テーブルを拭いていたククルゥへと話が振られる。


「あ、はい。クロ師匠が魔法学校で特別講師をするのでその間の訓練をどうするか、という……」

「おお、そうじゃった。それでじゃな、ククルゥさえよければ儂らと一緒に王都へ行かぬか? 一月だけの特別編入という形じゃが、成績次第では卒業資格を取れるように取り計らおう」

「えっ」


 クロからの提案に、ククルゥの時が止まった。

 魔法学校への特別編入。しかも成績次第とはいえ卒業資格付き。いくら特別講師として招かれたからと言ってそんなことが可能なのだろうか。それとも自分が知らないだけで元々そういう制度が?

 聞きたいことが多すぎて言葉が渋滞してしまい、結果的に沈黙を貫く形になる。

 その沈黙を迷っているのだと判断したクロは更に畳み掛けた。


「儂からの推薦という形になる故、入学金は必要ないし移動についても儂が持とう。無論、編入にあたってちょっとした試験くらいはあるじゃろうが、それも心配は要らん。ククルゥなら出発までの二月で十分に卒業水準に達するじゃろう。……まあ、魔法を使えるようになった後も基礎を固めるのは無駄にはならんから留守番がよいと言うならそれも構わんが……」

「あっ、いえ、行きます! 行きたいです! ……でも、本当にいいんですか?」


 真っ先に抜け出してきた言葉は飾らない本心。クロに弟子入りして魔法の訓練を始め、確かに目的は達成されているが、それはそれとして魔法使いの、魔法使いによる、魔法使いの為の学校に興味がなくなった訳ではないのだ。

 それでもククルゥの中ではやはり躊躇いがある。正式な手順で高額な入学金を支払い、必死に勉強している他の生徒に比べて、偶々有力な魔法使いと知り合っただけの自分が特別扱いされることは、果たして許されるのだろうかと。


「良いも何も、儂はそうしたいと思っておるよ。では決まりじゃな! 覚悟しておくが良いぞ。今日からの訓練は厳しくいくからの!」


 悩むククルゥとは正反対にクロは歩き出す。向かう先こそ台所だったが、まるで最初からこうなることを予見していたかのように迷いのない足取りだ。

 食堂に残されたククルゥは揺れる尻尾を見送った後もぐるぐると考え続けていた。


「特別扱いは悪いことではありませんよ」


 音もなく目の前に置かれたティーカップから漂う湯気は、いつか嗅いだ香りがした。確かラーベラといった筈だ。

 見透かされているような気がして少しだけ気恥ずかしさを感じながらも、ククルゥはカップを手に取る。


「そうは言いますけど……なんだかズルをしているような気がして」

「人との出会いは時の運です。それが良いものか悪いものかにかかわらず。ですが、その出会いで何を得るかはその人次第ではないでしょうか」


 <空間収納>の魔導書を片手に、もう一つティーカップを取り出したマキオが席に着く。四角いテーブルの角を挟んで隣の席にマキオが、その向かいに今は席を外しているクロが座るのが定位置になっていた。

 一口だけお茶を啜って、マキオが続ける。


「例えばククルゥさんは、王都で僕らの『魔導書屋さん』の噂を聞きましたね」

「はい。聞いたときは半信半疑でしたけど……」

「そこで探しに来ないという選択もありました。ですが、ククルゥさんは探しに来た。ただの噂で無駄足になるかも知れないのにです」

「それは……」

「ああ、責めているのではないんです。ククルゥさんが()()探しに来て、()()師匠と出会い、()()才能を見出されて弟子入りした。そして今回は()()師匠が魔法学校と繋がりがあった」

「……そう聞くと偶然ってすごいなと思いますね」

「ええ。偶然は時として思いも寄らない結果を引き寄せます。ですが、その偶然を引き寄せるのに必要なのは小さくとも行動を起こすことだと、僕は考えます」

「行動を……?」

「ククルゥさんが噂が本当であることに賭けて探しに来たように。訪ねた先で自分の過去に向き合い、その上でやりたいことを見つけたように。そして一日中訓練漬けでも決して音を上げずに付いてきているように」


 そこまで言われて、ククルゥも気が付いた。

 確かにここへ来たのは偶然だったが、そこから後は自分で選んで来たのだ。

 魔法学校への入学を諦めて王都で冒険者暮らしを送る道もあった。

 過去を見た後、魔法使いになることを諦める道もあった。

 長距離走は死ぬほどキツかったし、魔法の訓練では毎日魔力を使い果たす寸前でヘトヘトになっている。

 それでも続けているのはククルゥ自身なのだ。


「師匠はあれで厳しい人ですから、どれだけ才能があったとしても慢心して怠けていたりすれば直ぐに追い出しますよ。ククルゥさんが今もここにいることが、そのままククルゥさんの努力を証明しています。だからきっと師匠はこう言うでしょう」


 普段のどこか胡散臭い笑みではない、心からの笑顔でマキオは断言する。


「愛弟子を特別扱いして何が悪い、とね」

ウソ予告:王都魔法学校の入学試験が始まった。第一の試験は「ユーモアセンス」!? 即興で組んだ相方と一緒に審査員を笑わせれば合格て、これのどこが魔法学校の試験やねん!? せやけどグズグズ言っとる暇はない。こうなったら笑わせたらあ! チートでハーレムな未来のために! 次回、『静かな大阪人もいてるんです』お楽しみに。

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