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第32話 閑話・猫の昔話③

大変お待たせしました。改めて、第32話です。チラ見せ版は削除されていますのでご注意ください。

「目を瞑れ!」


 そうオクタが叫んだ。

 魔物を前に目を瞑れとは無茶を言うと思うじゃろ?

 それでも儂は勿論のこと、今まさにドラゴンと相対しておったナックもイアンも即座に従った。オクタが無意味なことを言うはずがないという確信にも似た信頼があったのでな。


 次の瞬間、瞼の上からでも閃光が目を灼いたのが分かった。


 オクタがしたことは単純明快。ドラゴンの鼻先に魔道具を投げつけたのじゃ。

 じゃが、男とは言えオクタはそれほど力に優れる訳ではない。投擲武器でもないただの道具が当たったところで、魔物相手には大した効果は見込めん。ドラゴンともなればなおさら、精々が一瞬気を引く程度の効果しかないじゃろう。

 普通に考えればな。

 あやつが投げたのは灯火とうかの魔道具――宝石を加工して、魔力を流すと光を放つようにしたものじゃな。今も冒険者の携帯用や一部の大都市だけじゃが街の灯りとしても使われておるあれじゃ。

 オクタは投げつけたその魔道具に向けてありったけの魔力を撃ち込んだ。


 現在の魔道具には、予め定められた範囲の魔力が流れるように術式が刻まれておる。使い手によって魔力量が違っても効果を一定にする為でもあるが、一番の役割は安全装置としての働きじゃ。

 起動に必要な魔力に足りない場合は魔道具が動かんだけで済むが、必要以上の魔力が流れた場合、ものによっては想定外のことが起きる恐れがあるからの。

 しかし、そのような術式が刻まれるようになったのは十年ほど前からじゃ。それまでは使う側が意識して魔力を調節しておった。今でも中古品や安物にはこの制御術式が無いものもあるから、魔道具を買うときには気を付けるのじゃぞ。

 と、話が逸れたな。


 灯火の魔道具に魔力を多く流した場合、光が強くなりその持続時間も伸びる。

 では、魔道具の許容量を超える――自壊するほどの魔力を一瞬で流し込んだらどうなるか?


 太陽の光をさらに何倍も強くしたような強烈な閃光。目を瞑っていてさえ世界が白く塗りつぶされたかと思うほどの光を、あのドラゴンは間近で見せつけられた訳じゃ。

 後から知ったことじゃがな、生物というのは突然強い光を見せられると目が眩むだけでなく動きが止まってしまうのだそうじゃ。これは体の強さや魔力の強さに関係のない生物としての反応でな。

 さしものドラゴンも生物という枠からは逃れられんかったらしい。一瞬じゃが、完全に棒立ちになっておった。

 ドラゴンのすぐ傍にいたナックもやはり目が眩んではおったようじゃが、止まることなく後ろに転がって距離を取っていた。このあたりの判断は流石に熟練の冒険者というところじゃな。


 おかげで儂も安心して<地縛>を発動させられた。

 足場を崩し、捕らえる。ただそれだけの地味な魔法じゃが、効果は絶大じゃ。足が動かなければこちらの攻撃はかわせぬ。一方で相手の攻撃は限定されるからこちらは攻めるに憂いがない。

 吹き飛ばされておったイアンも戦線に復帰して儂らに有利な形で仕切り直しとなった。

 じゃが、ナックが助かった代償にオクタの魔力は枯渇寸前になってしまってな。この戦闘中、治癒魔法は使えても二度、それもあまりにも大きな怪我は治せんという制限付き――事実上の戦線離脱じゃ。

 幼体であっても相手はドラゴン。四足を拘束してはおるがいつまで保つかは分からん。まして鋭い牙や強靭な首、そして最大の脅威であるブレスを封じた訳ではない。

 足を止めた程度で楽な戦闘になるというのはいささか希望的観測が過ぎるじゃろう。


 ▼


「クロ師匠でも失敗することなんてあったんですね……」


 クロの話に熱中していたククルゥが、大きく息をつく。のめり込みすぎて無意識に息を止めてしまっていたようだ。日頃は――少なくとも魔法に関することだけは――どこか超然とした姿のみを目にしていただけに、クロの失敗談というのは新鮮である。

 クロはといえば、己の失敗談を語りながらも余裕のある態度を崩さず、ニヒルな笑みを口の端に浮かべて言う。


「若かりし頃の苦い思い出というやつよ――今の渋かったじゃろ?」

「はいはい、そうですね」


 格好つけたかったらしいが、どうにも長続きしないのがクロという人間だ。自分で言ってしまうのが主な原因なのだが。

 雑に受け流すマキオを、面白くないとでも言いたげに軽く睨みつける。

 そのような反応も慣れっことばかりにマキオが軽くティーポットを持ち上げて見せると、鼻を鳴らして顔を背けながらもソーサーごとカップを差し出すクロである。


「そういえばクロ師匠、普段は詠唱なんてしてないですよね?」

「うむ、魔法の使い方には幾つかの種類がある。普段儂がやっておる魔力操作式、魔導書でも使う魔法陣による回路式、そして一般的に普及しておる詠唱式じゃな」


 魔力操作式、回路式、詠唱式、と確かめるように口の中で呟いて、ククルゥはさらに尋ねる。


「……どんな違いがあるんですか?」

「どんな現象にも魔力の動きが伴う、というのは最初に教えたじゃろう?」

「はい。それを再現することで現象を引き起こすのが魔法、ですよね」

「うむ。じゃがそれには現象ごとに魔力がどう動くのかを知らねばならん。儂やククルゥのように魔力視を持っていればそれも容易じゃが普通は分からんし、何より現象ごとの魔力の動きを全て観測することなど不可能に近い」

「確かにそうですね」

「そこで古来から使われてきたのが詠唱式じゃ。元々魔法は強くこいねがうことで起こる奇跡じゃった。しかし、頭の中だけで()()()()()()()()()()()明確に何かを思い描くことができる人間というのは案外少ない。言葉にし、或いは体の動きや儀式といった目に見える形で認識することで魔法の発動を補助したのが始まりと言われておるな」


 新しく注がれたばかりのお茶に息を吹きかけて冷ましつつ、クロの講義が続く。中々お茶に口をつけないのは猫舌だからだ。


「魔法を簡単に使う為の工夫なんですね……あれ、じゃあどうして普段は詠唱式を教えてくれないんですか?」


 初心者であるククルゥが扱うならば、詠唱式の方が楽なのではという質問。ある意味当然の疑問であるが、クロは落ち着き払ってカップを置くと不敵な笑みを浮かべた。


「せっかくの才能を凡庸な魔法使い程度で終わらせるのは惜しいじゃろう?」

「が、がんばります!」


 大魔法使いの期待が思っていた以上に大きいことを知って、ククルゥのやる気が上がる。応えることができるのかという不安も無いではないが、これほど真っ直ぐに期待を向けられては奮い立つしかない。

 素直で可愛らしい弟子を微笑ましく思いつつ、ようやく冷めてきたお茶を口に運んでクロは話を戻す。


「さて、儂が立て続けにやらかしてなお無事に済んだのは、あのドラゴンがまだ幼体で、なおかつ儂ら人間というものを脅威として認識しておらなんだのが幸いしたと言えるじゃろう」

「どういうことですか?」

「高度な魔法を難なく操り、戯れに人に試練を課し、力を認めた者には財を、叡智を、力を与える。伝説に残る竜の行動というの事実に基づいたものがほとんどじゃ。経験を重ねた老練の竜種は人語をも自在に操るというが、儂ら人間も含めて、他種族の意思疎通手段を単に模倣するのではなく、完全に理解して使いこなすものはおらぬ」

「ドラゴンは人間よりも遥かに頭がいいってこと、ですか?」

「うむ。魔力の使い方など人間は足元にも及ばんかったよ」


 ティーカップの底に情景を思い描いているのか、彼方を見るような目でクロがぽつりと言った言葉はまるで見てきたかのようで。


「ま、まさか――」

「さて、続きじゃ続き」


 尋ねようとしたククルゥをはぐらかすように、クロは話の続きに戻っていくのだった。


 ▼


 巨体を持つ魔物と戦う場合、爪や牙の危険性は言うに及ばんが、最も気をつけねばならんのは伸し掛かりや踏みつけ、体当たりといった体の大きさそのものを武器にする攻撃じゃ。四肢を拘束することで動きを制限し、最大の脅威である重さという武器を封じた隙に目や喉といった急所を貫くというのは大型の魔物を相手にする際の定石でもある。

 儂が<地縛>を選択したのもそういう理由からじゃった。


 地面に縫い止めたドラゴンに、イアンとナックが打ち掛かった。イアンは正面から、噛みつきや先ほどの首振りによる一撃を警戒しながらドラゴンの注意を引きつけ。ナックは目を狙ってドラゴンの左側面に回り込むように走り。

 儂もオクタも二人の攻撃が功を成すことを疑わんかった。

 じゃが、儂は――否、あの場におった誰一人としてドラゴンという魔物の特殊性を理解できておらんかったのじゃ。

 

 考えてみれば自明のことじゃがな、通常は四足歩行であれ二足歩行であれ四肢を封じれば身動きは取れぬが、竜種は四肢に加えて翼がある。拘束するのであれば翼も含めるべきだったと気づいたのは二人が同時に吹き飛ばされた瞬間じゃった。


 ドラゴンの翼はな、鳥の翼のように風を捉えて飛ぶ為のものではないのじゃ。魔力を纏って羽ばたけばその巨体をも浮かせるほどの烈風を巻き起こす、いわばそれ自体が魔道具のようなものでの。

 そんなものを受ければ人間なぞ例え鎧を着ていようが木の葉も同然よ。


 叩きつけるように振り下ろされた翼が風の壁を作った。下から上に吹き上がる風は至近距離にいたイアンとナックを大きく打ち上げたばかりか、ドラゴンの体を空へと運ぼうとした。

 辛うじて拘束が外れることはなかったが、打ち上げられた二人は何もしなければ数秒後には地面に激突して即死か、運が良くても重症を負うであろうことは間違いない。

 儂は詠唱しておった攻撃用の魔法を即座に破棄し、<旋風>の詠唱に入った。空を飛ぶ鳥型の魔物を落とす為に使うことが多い魔法じゃが、タイミングを合わせれば高所からの着地にも使える。

 間に合うかどうか難しいところじゃったがなんとか詠唱を終え、地面と飛ばされた二人の間に風を置くことに成功した。

 そのまま叩きつけられるよりマシとはいえ、高所からの落下。二人とも無傷とはいかんかったが、それでも果敢にドラゴンへと向かっていった。

 駆ける二人の背を見て、オクタは悔しそうにしておったよ。直接戦闘には参加出来ず、普段ならば治癒をかけるところでも何も出来ぬとな。あやつの機転が無ければ既に全滅しておったじゃろうし、回数制限があるとはいえ治癒の当てがあるからこそ二人も戦えるのじゃから気に病む必要はないと思うんじゃがの。


 ドラゴンはといえば、翼を使うのは諦めたのか力任せに足を引き抜こうと暴れておった。あの巨体を持ち上げるほどの風で飛び上がろうとしたところで、文字通り足を引っ張られた訳じゃからな。恐らくじゃが足にはそれなりの痛手を与えられたことじゃろう。

 勿論、それを黙って見ている儂らではない。儂は先程の反省も踏まえて翼を拘束するべく<重圧>の詠唱に入り、オクタは万が一に備えて戦況を把握できる位置取りを欠かさず、いつでもサポートに入れる体勢を維持しておったし、イアンとナックは翼の拘束が終わるまで足の拘束を外されぬようにちょっかいを出してドラゴンの気を引くことに専念した。

 一々何をすると言わんでも次の魔法が何かを察することができるのは詠唱式の利点じゃな。

 

 ドラゴンの体で動くのは首から先と翼、そして尾の三箇所。足の拘束がある以上、正面から攻める限り尾は届かぬ。翼を封じてしまえば形勢は一気に儂らに傾く――筈じゃった。

 残念ながらそうはならんかったがな。


 <重圧>によって翼を抑えつけることに成功した直後、盾を打ち鳴らしてイアンがドラゴンの元へ駆け寄る。

 ドラゴンは鬱陶しそうに首をふるい、最初と同じように弾き飛ばそうとしたが、イアンはそれを受けきった。構えた盾で身を守りつつ、当たる瞬間に強く踏み込んで体全体で殴りつけるかの如く踏ん張る。体重差は数十倍、普通なら為す術もないところじゃがイアンはさらに踏み込んだ。横から迫るドラゴンの頭に対して盾を当てつつ前に踏み込むことで力の方向を逸したのじゃ。

 如何に防具を着け、盾で防いだとしても受けた衝撃を全て無くすことはできぬ。イアンの左腕はこの時点で完全に折れておった。

 じゃが、その代償を払うだけの価値は確かにあったのじゃ。

 イアンの後ろにピッタリと付いて走っていたナックは、ドラゴンが首を揮う瞬間にも回避に移ろうとはせんかった。イアンがそれを防ぐと信じて、ただ自身の役割を果たそうとはしった。


 その瞬間、ナックはまさに槍そのものじゃった。


 イアンの盾とぶつかり合い、ほんの僅かな間だけ動きの止まったドラゴンの右目に、まさに全身全霊をかけたナックの長槍が突き刺さる。

 瞬間、絶叫が響き渡った。無論、ドラゴンのものじゃ。

 生まれて初めての深手だったのじゃろうな。ドラゴンは見るからに混乱している様子じゃった。

 これでドラゴンから見て右側は完全に死角となる。あとは拘束を外されぬように気を付けつつ、少しずつ体力を削れば勝てる。

 全員がドラゴン討伐に向けて確かな手応えを感じていた。


 そんな儂らの慢心を、一条の閃光が消し飛ばした。


 ブレス。ドラゴンの代名詞とも言えるその圧倒的な力の奔流は、痛みによるものか、それとも右目が閉ざされたことで狙いが定まらなかったのか、四人の誰にも直撃することはなかったが、ドラゴンの口元から一直線に抉れた地面はその威力を知らしめるには十分じゃった。

 ドラゴンが、儂らを『取るに足らぬ餌』から『明確な脅威』と認識し直したことは明らか。彼奴の警戒と怒りは残った左目が雄弁に語っておった。


 儂は見た。ただでさえ強大なドラゴンの魔力がさらに膨れ上がったのを。ただの現実逃避に過ぎんが見なければよかったとさえ思った。

 手負いの獣は恐ろしい。であれば手負いのドラゴンはいかばかりか。

 せめて万全の態勢で臨もうとオクタがイアンの左腕に治癒魔法をかけて離脱したのを合図に、儂らは散開した。固まっておればブレスの的になるだけじゃからな。

 幸いにして<地縛>と<重圧>による拘束はまだ有効じゃった。故に厄介なのはブレスのみと、イアンとナックが左右から挟み込むように突撃を敢行する。

 今回もイアンは盾を打ち鳴らし、注意を自分に向けさせようとした。イアンが引きつけ、ナックが攻め込む。これまでに幾多の魔物を相手に磨き上げた連携はドラゴンの片目を奪う大金星を上げておる。

 その戦法を選択したのは当然と言えよう。


 ドラゴンが相手でさえなければ、それで決まっていた筈じゃった。

 最初、ドラゴンは儂らの狙い通りにイアンを見ておった。鋭い牙の並ぶ口を大きく開けて噛みつきに来たのじゃ。

 イアンがそれを回避する為に急制動をかけた瞬間。

 ドラゴンのやつは()()()()()()()()()()()()ナックへと横殴りに叩きつけた。


 にわかには信じがたい光景じゃった。

 自身に傷を負わせた者を狙う、というのはまだ分かる。問題はその狙いを偽装し、あまつさえ拘束が解けておらぬと見せかけたことじゃ。

 狡猾に立ち回る獣も魔物もおるが、儂らの狙いを読んだ上でそれを利用した罠をしかけるようなものはこのときまで遭ったことがなかった。

 ドラゴンが魔物の――否、生物の頂点として崇められ畏れられる理由の一端を垣間見た。

 ナックの安否を確かめる間もなく、全身の鱗を逆立たせたドラゴンがゆっくりと儂らを睥睨する。


 咆哮が森を揺らした。

ウソ予告:荒くれ者が多いことで粗野な印象を持たれている冒険者たち。イメージアップ戦略として冒険者ギルドが打ち出した策は……アイドルユニットの結成だった!? ただの討伐には興味ありません。歌い、踊り、戦う姿で魅了しろ! 次回、『扉開けて、輝きの向こうへ。始まりの一歩』お楽しみに。

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