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第31話 閑話・猫の昔話②

暑さで体力が削られていくたびに思います。どうせ削るなら腹の脂肪を削ってくれと。


※度々申し訳ありませんが、少々立て込んでおりまして来週8/4の更新は難しそうです。

 ほう、と息をついた黒猫が、ティーカップ(猫サイズの特注品)に口をつける。少し冷めたお茶が、長く話して乾いた喉を潤すのには丁度よかった。カップを持ち上げるのは<魔法使いの腕>だ。礼儀作法に特別詳しい訳ではないククルゥだが、クロの所作は見るからに洗練されていることが分かった。


「ん、なんじゃジッと見て。話の続きはちゃんとするから少し待て」

「あ、いえ。クロ師匠の<魔法使いの腕>って自分で動かしてるんですよね。なんていうか、本物の腕みたいだなって」


 人間じみた動き、と言えばいいのだろうか。魔力で作られ、その制御は完全に自力で行なっているにもかかわらず、人間が元々持っている腕と遜色ない動きをするのが不思議であった。

 例えて言うなら、水や空気を腕の形に固めて動かすようなもので、そもそもイメージすることが難しく、その上それを動かす――それも大雑把に振るとかではなく手指まで揃った腕として使うとなればその難度は想像してもらえるだろうか。


「ただの慣れじゃよ」

「慣れだけでそんなに動かせるようになるんですか……」


 思わず自分の右手を見るククルゥ。

 現在、ククルゥが出来るのは単純な魔力の放出と単一方向にゆっくり魔力を動かすこと、それから普段の訓練では禁止されているが魔力を力任せに圧縮することだけだ。以前<魔法使いの腕>はそれらの応用だと聞いたものの、ここからそこまで精密な動きができるようになるとはとても思えなかった。


「そうは言うが、ククルゥだって普段手を使うときに一々考えたりはせんじゃろう。同じことよ。そら、赤ん坊だって数年かけて細かく手を動かせるようになるじゃろ」

「そ、そうですね……?」

「師匠が言うと説得力がないかもしれませんが、本当にそんな感じですよ。僕でも十年くらいで出来るようになりましたし、ククルゥさんならもっと早いかもしれませんね」


 クロの昔語りが始まってからは完全に傍聴席の人となって焼き菓子をつまんでいたマキオが久々に口を開く。魔法に関して、クロは紛うことなき天才であるが、それ故に初心者からすると参考にしづらい点が多い。そもそもの感覚が違いすぎて、それこそ猫が人間に獲物の捕り方を教えるような自体になりがちなのだ。

 もっとも、才能という点で言えばククルゥも大概であり、今は子猫でも経験さえ追いつけばまず間違いなく虎か獅子になるだろうというのがクロとマキオの共通見解だったりするのだが。


「うむ。まあ<魔法使いの腕>を()()()()()基礎が一通り出来るようになってからじゃが――」

「……そうですね、基礎は大事ですから」

「がんばります!」


 頬張った焼き菓子と共に飲み込んだクロの言葉を察しつつも、マキオは敢えて補足しない。基礎訓練が大切なのは事実だ。家でも化粧でも基礎がしっかりしていなければあっという間に崩れてしまう。

 だが、技術の習得には明確な近道が存在する。見取り稽古、見学とも呼ばれる方法で、いわゆる『見て盗む』というものだ。


 マキオの元いた世界では特に職人などにその傾向が顕著だったが、技術は親方の作業から見て盗め、などと言われていた。この言葉を盾に教育を疎かにしてしまうことも多かったせいで随分槍玉に挙げられることも多かった言葉ではあるが、本来の意味は『身近に手本があるのだからそれを観察し、模倣することで自分の技術を磨け』というものだ。

 特にククルゥの場合は、稀少な魔力視という能力を持っている。普通の人間に比べて有利な条件であることは言うまでもなく、加えて魔法を覚えることに対するモチベーションも高い。


 クロが普段の雑用にすら<魔法使いの腕>を使っているのは、ククルゥにその動きを見せることで無意識的にでも学習出来るようにという狙いがある。直接ククルゥに「見て覚えろ」と言わないのは、ククルゥのモチベーションの高さが裏目に出て自主練習をした挙げ句に魔力暴走などをさせない為だ。


 そんな師匠たちの内心などつゆ知らないククルゥは一瞬妙な間が空いたことを気にすることもなく、無邪気に基礎訓練への意欲を見せていた。

 裏を疑わない素直さは美点の一つだが、いずれ見取り稽古についても指示を出すべきか、と内心で今後の育成方針に付け加えてクロは思考を切り上げ、カップのお茶を飲み干して、クロは再開を宣言する。


「……さて、では続きを話すとするかの」


 ▼


 魔力を使って猪をおびき出すことにした訳じゃが、その為にいくつか解決せねばならん問題があった。

 まずは場所。当たり前のことじゃが、村の近くにおびき寄せてしまえば万が一があり得るでな。なるべく村からは離れつつ、しかし儂らが物資の補給をするのには不便がない、そんな都合の良い位置を探さねばならん。

 もう一つは猪の性質。特に慎重で臆病なところが厄介じゃった。先にも言ったが、奴らは見慣れんものや危険そうなものを避ける。闇雲に強い魔力を振りまけばそれを脅威と認識して姿を表さん可能性があった。魔物として強い魔力を持つものを捕食したいという本能と、生物として危険を避けたいという本能が背反する訳じゃな。


 前者は比較的簡単に解決できた。というのも、そもそも猪が目撃された位置から周囲を探った時点で、ヤツの痕跡自体は複数見つけておったからじゃ。

 生物が移動すればどんなに隠したところでその痕跡は必ず残る。踏みしめた地面や折れた草木、臭いや魔力の残滓といった痕跡がの。狩人としても腕の確かなティピィは勿論、冒険者歴の長いイアンとナックもそういった痕跡を見つけて追うのには慣れておる。ヤツの行動範囲の中で、村から程よく離れた場所を見つけるだけで済んだ。


 実質的に問題になったのはやはり後者じゃな。何しろ儂らの捜索から姿を隠す程度には知恵が回る相手じゃ。普通に魔力を放ったとして、ホイホイと寄ってくるかと言われればその答えは分かりきっておるな。

 そこで儂らは一計を案じた。

 といってもそう難しいことではない。要するに相手が魔力から逃げずに寄ってくればよいのじゃから、そういう状況を作ってやればよい訳じゃ。

 ヤツよりも少し弱い程度の魔力を放ち続けて、丁度よい餌がおると誤認させてやるというのが作戦の核。付け加えて、ヤツがこちらを脅威ではないと認識する必要がある。

 どうしたかと言うとじゃな、<探知>――今で言う<魔力探知>じゃが、これを使って遠距離から猪を捕捉、然る後に()()()()()。これを繰り返した。無論、探知はわざと無駄な魔力を使って『そこそこ強いがヤツよりは弱い』程度の魔物を装ってじゃ。


 ん? ああ、そうじゃ。<魔力探知>は元々とある魔物の習性を模倣して作られた魔法じゃよ。というか恐らく大概の魔物は範囲の大小や精度の違いはあっても<魔力探知>に近いことをしておるんじゃあないかの。でなければ魔力に寄ってくるというのが説明できん。

 ……と、話を戻すぞ。


 場所の選定と作戦の核を決めた儂らは早速実行に移った。おびき寄せる地点を中心に毎日ヤツの縄張りで<魔力探知>を使いながらウロウロして、ヤツを探知したら逃げ回る、というのを繰り返した。

 これが結構しんどくての。

 魔物を偽装するためにはあまり広範囲を探知するわけにもいかんから、どうしても移動距離が長くなる。それに魔物役のイアン以外は泥や落ち葉を全身に塗りたくって臭いを消しとったたんじゃが、花も恥じらう乙女が泥まみれで歩き回るのは体力的にも精神的にも疲れたわ。ティピィは慣れた様子じゃったがの。

 じゃが、イアンが羨ましいかと言われれば微妙じゃな。なにせ頭から爪先まで熊の毛皮をすっぽり被って歩き回るんじゃ。体力的な消耗は儂らの比ではなかったじゃろうし、何より暑くてかなわんじゃろう。


 そうそう、待ち伏せする上では依頼を受けた時点で長期戦になることを想定して保存食を多めに確保しておったオクタの判断が生きておったな。

 後でそう言ったら本人は猪の生態を教えてくれたティピィのおかげじゃと謙遜しておったが、依頼が長期間解決されていないことから村での補給が出来ない事態を想定しておったのは間違いなくオクタの手柄じゃろう。


 そうして三日ほど経ったとき、それまでは儂らが逃げても探知範囲外に出るまでじっと動かなかったヤツが、初めて儂らを追う動きを見せた。

 掛かった、と儂らの誰もが思っておったじゃろう。実際、間違いなくヤツは儂らを獲物と見做して追ってきていた筈じゃ――()()()()()


 当然ながら儂が<魔力探知>を担当しておったんじゃがな、どうも動きに違和感があった。それまではまっすぐに儂らを追いかけてきていたヤツが、どういう訳か右往左往し始めての。頻繁に探知の範囲外に出るようになった。

 不審に思って立ち止まったとき、その理由がすぐに理解出来た。ヤツの後ろから()()()()()()()が迫っておったのじゃ。

 その正体は今更言うまでもないな?

 じゃが、当時の儂らにはその正体は分からなんだ。これまで見たこともないような魔力を持つ何かが猪を追い回しているということは分かっても、まさかそれがドラゴンじゃとは思いもせんかったよ。


 儂らは判断を迫られた。撤退か、それともこの場に留まり迎撃するか。

 留まった場合、猪はともかく正体不明の強力な魔物と鉢合わせになるのは確実。魔力量が全てではないが、魔物の強さはやはりある程度それと比例する。正直なところ生き残れる保証はない。じゃが四人が時間を稼いで一人が村に伝令に行けば、少なくとも村人が避難することは出来るじゃろう。

 一方で撤退した場合、謎の魔物が猪を喰らう間に逃げられる。儂らが生き残る確率は高くなるじゃろう。じゃが猪を喰った魔物がそのまま大人しく去るとは限らん。儂らに向かってくるならばまだ逃げ切ればよいだけじゃからマシじゃが、村に向かわれればどのような被害が出るか。

 迷う時間はなかった。イアンとナック、そして儂の三人は迎撃を、ティピィとオクタの二人は撤退を支持した。

 今でもどちらが正しい判断だったのかは分からぬ。どちらの選択にも理と利があった。それでも、あの選択をしたことを後悔はしておらぬ。脅威が迫っていることすら知らぬ村人たちを見捨てて逃げることはできんかったし……結果論じゃが、皆無事に帰ってきておるしの。


 迎撃すると決めてからの動きは早かった。まずは伝令役としてティピィが走り出した。儂らの中で最も脚が速かったのはナックじゃったが……何が来るか分からん以上、戦闘力に長けるナックを外すことはできんかったのじゃ。

 イアンは熊の毛皮を脱いで動きやすく、ナックは両手に槍を、オクタは後方に下がって支援の準備を。そして儂も魔法の準備に入ったが、儂らの準備が整うか整わんかというところで森の木々をなぎ倒しながら猪が儂らの前に飛び出してきた。

 否、逃げ込んできた。


 あの瞬間のことは今でも鮮明に思い出せる。

 咄嗟に儂らを庇うように前に立ったイアンをも凌ぐ巨体は、目測じゃが体高二メートル、体長四メートルに迫ろうかというところでの、口元に生えた牙はそびえる岩塊のようで、体毛は毛というよりもむしろとげと言われた方が納得できるような代物じゃ。それでいて走る速度は並の獣を凌駕する、まさしく化け物と呼ぶに相応しいヤツじゃった。

 なるほど矢も通らず、罠も力づくで突破される訳じゃ。


 じゃが、儂の記憶に焼き付いて離れぬのは猪の威容ではない。

 猪に僅かに遅れて――いや、これは正確ではないな。飛び出してきた猪の後ろ脚に喰らいついて、そいつは現れた。

 一目見た瞬間に悟ったよ。儂らの敵う相手ではないとな。

 ()()は爪も角も未だ短く、目はつぶらで見るだに幼い顔付きじゃというのに。鱗に覆われた体躯はずんぐりむっくりの頭でっかちで、大きさで言えば猪と同じかむしろ少し小さいくらいじゃったというのに。それでも格が違うと直感せざるを得なかった。

 <魔力探知>では魔力の塊にしか見えなかったが、見間違いでもなんでもなく単純に桁外れの魔力量じゃったという現実を直視してしまった儂は、恥ずかしい話じゃが腰を抜かしてしまってな。


 幸運だったのは、ドラゴンが食事に夢中じゃったということじゃの。


 信じられるか?

 村一つを簡単に滅ぼせそうな巨大な猪じゃぞ。そんな猪がな、泣いておった。

 ただ単に鳴き声を上げていたのではない。明らかに怯え、許しを請う悲鳴じゃ。

 その哀れな願いが聞き届けられることはなかったがな。

 あっと言う間だったのかもしれんし、案外じっくりと味わっておったのかもしれんが、ともかく猪は骨も残さずに喰われて消えた。

 するとどうなるか。当然、ドラゴンの興味は目の前にいる儂らに向かう。

 とりわけ魔力量の多い儂、次いでオクタには強い興味を持ったようじゃった。無論、()()()()じゃ。


 あのときははっきり言って死を覚悟したというよりも感覚が麻痺しておったな。じっとこちらを見たままドラゴンが近寄ってくるのを、どこか他人事のように見ておった。鼻先を近づけられ、大きく口が開いて下手なナイフよりも鋭い歯がずらりと並んでいるのを見たときでさえ「ああ、喰われるんじゃな」とひどく冷静に考えておったよ。


 そんなときじゃ。轟音を立ててドラゴンの首が真横にすっ飛んだ。同時に儂は襟首を掴まれて後ろに引きずられ、しこたま尻を打った。

 そこでようやく我に返って周りを見たんじゃ。

 轟音の正体は盾を構えたイアンじゃった。あやつがドラゴン相手に全身全霊の盾撃をぶちかました音じゃ。儂を引きずって下がったのはナック。オクタはどうにか自力で下がったらしかった。

 ナックは尻の痛みで顔をしかめる儂にこう言った。「いつまでボケっとしてやがんだ。さっさと魔法を撃て。死にてえのか」と。

 そして次の瞬間にはもうドラゴンの元へ飛び出していった。


 儂は慌てて魔法の構築を始めた。最初に用意しとった魔法は完全に霧散しとったよ。一生の不覚というやつじゃな。

 改めて<地縛>の詠唱を始めたが、すぐに失敗じゃったと気が付いた。<地縛>は足元の地面を操って脚を絡め取り動きを封じる魔法じゃが、その性質上乱戦などでは味方を巻き込む恐れがある。

 つい最初と同じ魔法を使おうとしてしまったが、待ち伏せていたときと今とでは状況が違う。やはりドラゴンを相手にするという動揺から立ち直りきれておらなんだからじゃろう。

 今なら絶対にやらないような初歩的な失敗をしてしまったのは、痛恨じゃった。まあ今ならそもそもドラゴンを相手取ろうなどとは思わんし、仮に相手をするとしても一々詠唱なんぞせんがの。


 儂が立て続けにしくじったことで、前線を張る二人への支援が遅れたかに思えた。戦場で一秒の遅れは死に直結すると言っていい。実際危ないところじゃった。ドラゴンが軽く首を振っただけでイアンが吹き飛び、連携して攻め込んでいたナックを守る盾がなくなった。そのままでは返す頭で同じように吹き飛ばされるのは確実。そうなれば軽装のナックはひとたまりもない。


 窮地を救ったのはオクタじゃった。

ウソ予告:朝目が覚めると、見知らぬ場所にいた。ふかふかのベッド。美味しい食事。美しい風景。繋がれた足鎖。どうしてこんな場所にいるのか。記憶を辿ろうとして、何も思い出せないことに気が付くわたし。ふと視界に映り込んだ紙片にはたった一つの指示。「ドアを開けるな」 次回、『ドアがだめなら窓から出ればいいじゃない』お楽しみに。

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