第30話 閑話・猫の昔話①
今週は予定通りに投稿できてホッとしています。
近頃は日中気温がファッキンホットなので体調管理には気をつけたいですね。
冒険譚を聞くのは昔から好きだった。
寝る前にお母さんがしてくれたずっと昔の英雄のお話も、晩御飯の前にお父さんがしてくれた狩りのお話も、わたしにとってはドキドキする冒険のお話で。
でも、わたしが住んでいたところは小さな、村とも言えないくらいの集落で、大人になったら男の人は狩りをして、女の人は畑仕事や布仕事をして暮らすことが決まっているような場所で。そんな冒険の日々がやってくるとはちっとも思っていなかった。
だからこそ、だと思う。せめてお話の中でくらいはドキドキしたいと思ったのは。奇跡みたいになんでもできる魔法使いに憧れたのは。
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いつもより押しの強いククルゥに先導されるように、丘の上の魔導書屋さんへと戻ってきた二人と一匹は、一先ず採掘場まで出掛けた最も大きな理由の一つである魔石の整理を始めた。
その殆どを掘り出したのはマキオでククルゥの成果は一つに留まったのだが、こと魔石の整理となれば魔力視を持つククルゥは天職と言っていいほどに効率が良い。マキオはマキオで経験なのか独自の手法なのか、手にした魔石に一瞬だけ魔力を流しては次々に振り分けていく。
「お、そうじゃククルゥ。ちとお主が掘り出した魔石を見せてくれんか」
「あ、はい」
専用の踏み台に乗り、起用に操る四本の<魔法使いの腕>でひょいひょいと積まれた魔石を選別していたクロが不意に手を止めて言った。
ククルゥは「おつかいで掘り出したものなのだから」と提出しようとしたのだが、戻るまでの道中で「折角だから記念にとっておくがよい」と戻された為、今でもククルゥの手元にある。
両手を皿にし、クロの目の前に魔石を差し出す。ククルゥの拳よりも少し大きいそれは、内包する魔力量も比較的高く、原石の状態でなお光を反射して淡く銀色にも見える輝きが美しい。朝露のように透き通る色合いからして単なる宝石としての価値も間違いなく一級品だろう。
じっくりと魔石を検分したクロが、満足そうな吐息と共に顔を上げた。
「うむ、よい魔石じゃな。これならば不足はあるまい」
「……? あの、クロ師匠……何の話ですか?」
「ふっふっふ……そのときが来るまでのお楽しみというやつじゃ。ともかく、その魔石は大切に保管しておくのじゃぞ」
「は、はい……」
猫姿のままでも分かるほど楽しげにそう言い残して魔石の選別に戻ったクロは、明らかに何かを企んでいるようだったが、少なくとも今のところはそれを明かすつもりもないらしい。
首を傾げつつ元の作業に戻ったククルゥに、既に選別作業も終わりかけているマキオが話しかける。
「魔石の保管については次の講義でお教えしますから、それまではとりあえずこの袋に入れてなるべく身に付けておいてください」
「マキオ先生、クロ師匠は何をするつもりなんでしょうか?」
差し出されたのは竜皮の小袋だ。ひょい、と稀少かつ高額な品であることを忘れそうになるほど無造作に渡されたそれを慎重に受け取りながら、ククルゥは自分よりも黒猫との付き合いが長いマキオならば真意を推し量れるのではないかと期待して尋ねる。
「師匠の考えは僕にも分かりかねますが……まあ、魔法に関してだけは誠実な人ですから心配はいらないと思いますよ」
真面目な顔で考えている、と思いきやちらりとクロを窺うマキオの視線は悪戯っぽく笑っていた。わざわざ聞こえるように強調した二文字は挑発というよりも遊びの誘いに近い。
そして黒猫は誘いを断るような無粋はしない。
「こら、誰が魔法以外は適当じゃ」
「そこまでは言っていませんが、そういう自覚があるということですか?」
「『だけ』とはそういう意味じゃろうが」
「ははは、では魔法以外のことにも誠実だと?」
「ぐぬぬ……ククルゥ! マキオがいじめるのじゃ!」
「あ、あはは……」
結局ククルゥの疑問は和やかな(?)言葉の応酬で有耶無耶にされてしまい、その後は適度に雑談しながらの仕分け作業に終始することになった。
作業後、集めた中でも小振りの魔石は懇意にしている宝石商に卸すからと木箱に詰め替えたり、質の良い物は自宅で使うからと地下の一室に運び込んだりと雑務を終えて魔導書屋さん一階のカウンターに突っ伏し、労働後の心地よい疲労感に浸っているククルゥをクロが手招きした。
「ご苦労じゃった。茶でも飲みながら休むとしよう」
初めてここに来たときと同じく、店内に丸テーブルと椅子にお茶のセットが用意されている。
まだ数週間前のことなのに少し懐かしさを感じるのは、弟子入りしてからの日々が濃密だからだろうか。
そんなことを頭の片隅で考えながら、ククルゥはいそいそとテーブルに付く。その席もあの日と同じ位置だ。
先に座っていたマキオが慣れた手付きでカップにお茶を注ぎ、ククルゥの前に置いたのを見計らって、テーブルの上に座ったクロが口を開く。
「さて、約束通り話をするかの」
「お願いします!」
「まあ落ち着け。茶飲み話と思って気楽に聞くがよい」
「えへへ……すみません。ドラゴン討伐のお話を直接聞ける機会だと思うとつい……」
「ふむ……そんなに冒険譚が好きとは知らなんだな」
「実は昔から好きなんです」
その言葉を裏付けるように、ククルゥの両眼は魔石にも負けないほどの輝きを見せ、翼のような耳も大きく動いていた。
幼い子供のように素直な感情表現をするククルゥを見て微笑ましげに目を細め、クロは語り始めるのだった。
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先に断っておくがの、儂は先ほど言葉の綾で冒険譚とは言ったが、この話はそんなに大したものではない。ただ単に、冒険者の一行が不運にも強力な魔物に遭遇して死物狂いで足掻いた結果生き延びたというだけのよくある話じゃ。
どこぞの英雄のように崇高な使命を帯びていただとか、運命に導かれて云々だとかは一切ないということを念頭に置いておくのじゃぞ。
儂らがこの竜と遭ったのは儂がまだククルゥと同じくらいの年頃じゃった。儂は既に魔法使いとしてそれなりに有名になっておってな。自分でも腕のある方じゃと自負していた――今にして思えば思い上がりもいいところじゃったがな。
とはいえ、若気の至りというのは悪いことばかりではない。後先考えずに動けるというのは時に思いがけず良い結果を生むこともあるからの。
さて、先に竜を討伐した仲間を紹介しておこう。
まずはイアン。図体がでかくて声もでかい茶色熊みたいなやつじゃが、懐も大きいやつじゃ。こやつは主に剣を得物に使っておったが、一番得意じゃったのは盾じゃったな。そう、使い方が上手くての、大きな熊の魔物に思い切り殴られても受け流してピンピンしておったよ。それどころか盾で殴り返したりしておってな、熊同士の喧嘩にしか見えんかったわい。儂らの中で一番年上で、一行の頭目のようなことをしておった。
次にナック。線の細いやつでの、金髪碧眼で見た目だけなら女と間違えられるほどじゃったが、口が悪くてのう。じゃが槍さばきは見事なもので、一突きで心の臓を貫いては石突で殴り倒し、槍を振るえば群がる魔物共が切り伏せられるような有様じゃった。それに、見た目によらず腕力もあってな。長槍と短槍をそれぞれ片手で振り回すなんて曲芸じみたこともやってのけたもんじゃ。本当に、口さえ開かなければ絵になるやつじゃったよ。
それからオクタ。まだ二十といくつかといったところじゃったが老人のように真っ白な髪でな、詳しくは聞かんかったが遠い異国の出身じゃと本人は言っておったよ。回復魔法が異常に得意なやつでな、日頃から「生きてさえいれば死の淵からでも治してみせる」と豪語しておったが、まさに一行の命綱とも言えるほど危機を救われたもんじゃ。竜の討伐で誰一人死なずに済んだのは間違いなくこやつのおかげじゃ。儂の回復魔法はオクタに教わったものじゃからある意味では師匠とも呼べるかの。
最後にティピィ。南の小国出身で本名はもっと長いんじゃが、本人がその名前は嫌いじゃと言って仲間内ではティピィで通しておった。弓が得意での、昔から鳥や獣を獲っておったそうじゃ。赤い髪に褐色の肌でな、無口じゃが可愛らしいやつで美味いもの――特に果物に目がなかった。ああそうそう、一行ではこやつと儂だけが女でな。同い年ということもあって男共にはわからん悩みもよく相談したもんじゃ。
うむ、こんなところか。
身内の贔屓目を抜きにしても、儂らの一行は今で言う上位冒険者に相当する実力があったと思うておる。魔物の群れを討伐した実績もあったし、向かうところ敵なしと勢いづいておったところじゃった。
そんな折に冒険者ギルドで一つの依頼を見つけたのじゃ。
うむ、もちろん『魔物化した猪の討伐』じゃよ。大雑把な流れは昼間話したとおりじゃ。村の周囲で魔物化した猪が出たので討伐して欲しい。ただそれだけの単純な依頼じゃと儂ら一行は疑いもせずに依頼を受けた。
冒険者ギルドからは先に三組の冒険者達が依頼を受けて未帰還じゃと説明されたが、まあ魔物退治ではよくあることじゃからな。気の毒じゃがそういうことじゃろうと疑問に思うことはなかった。そやつらの二の舞にならぬよう気を引き締めてかかろうとは考えたがの。
これについては特にオクタが入念に準備をしておった。元々一行に加わった頃なぞは心配性のきらいがあるやつでな、儂らと一緒に行動するようになってからはそれも随分和らいだと思っていたのじゃが、このときは久しぶりに心配性が出たな、と儂含め一行の全員が笑っておった。
この心配性がなかったら、少なくとも儂は今この場におらんじゃろう。
依頼のあった村は東の霊峰に連なる山脈の、山裾にほど近い長閑なところじゃった。王都から見れば東南東といったところか。到着したときには日が傾いておってな。夕日を受けて赤く染まった霊峰の万年雪が見事じゃった。
到着早々に、依頼を出した村長に話を聞いた。
主産業は林業で霊峰由来の霊木を輸出するのが最大の収入源。村の人々は基本的に狩猟と採取で日々の糧を賄っておるとのことでな。魔物化した猪が歩き回っておる状況は仕事にも生活にも大きな損害を与えておった。冒険者ギルドに依頼を出してから既に二月ばかり過ぎておったからな。食料の蓄えはあってもジリジリと減っていく一方ではな。不安は積もるばかりじゃったろう。
最初の内は村の男衆で狩れぬものかと試したらしいが、毛皮が分厚くて矢も通らず、罠に掛けようとしても力押しで突破され、既に幾人かが霊峰に登ったとのことじゃった。
流石に夜も近いのに森の中に突撃するなんぞ愚の骨頂じゃが、イアンのやつは話を聞くなり飛び出しそうになっておった。固く拳を握って堪えておったのをよく覚えておる。
翌朝、ティピィの提案で儂らはまず周囲の地形と猪の行動を把握することに努めた。魔物化しているとは言え猪。その習性や行動が大きく変わった訳ではない。そして獣を狩ることについてはティピィの意見が最も参考になる。反対する者はおらんかったよ。
知っておるかもしれんが、猪という動物は基本的に臆病で神経質じゃ。特に見慣れぬものや脅威と認識したものに対しては非常に警戒心が強い。餌場や寝床、水場は頻繁に変え、自分の行動を読まれぬようにする他、食料を貯蓄する知恵がある。
反面、慣れた場所やものに対しては大胆な行動をとることも多い。この依頼の場合じゃと完全に餌場と認識されておったようで、人間がいようがお構いなしに現れておったらしい。
そんな訳で一日を費やして周囲を確認して回ったのじゃが、その日は猪に遭遇することはなかった。地形を調べるには丁度よかったがの。さっきも言ったように基本的に警戒心の強い動物じゃから、見慣れぬ装備をした儂らを避けていたのじゃろう、とティピィは言っておったが――イアンのことを茶色熊と言ったのを覚えておるか?
あれは髪の色や体格だけの話ではない。あやつが好んで使っておったのがまさにその茶色熊の革鎧でな。魔物化した茶色熊の皮は下手な金属鎧なんかよりも斬撃・打撃に強いのじゃが、イアンのやつはその上から更に毛皮を被っておってな……。あれと山中で出くわしたら間違いなく熊と思うじゃろう。
まあ、つまりイアンという見慣れぬ熊がおったのが原因ではないかという話じゃ。
さて、猪の行動範囲はそれほど広くないのが普通じゃが、魔物化した影響で広がっている可能性が高い、というのがティピィの見立てじゃった。その根拠は猪が目撃された場所の周囲に水場とヌタ場が無いということ。ヌタ場というのは泥浴びをする為の場所――儂ら人間で言うと風呂場のようなもんじゃな。
水場、餌場、ヌタ場の三つは猪の行動範囲に必ずある筈のものじゃ。村の周囲でそれが見つからないということは、村から離れた場所にある可能性が高い。ティピィはそう考えたのじゃ。
猪を狩るときの基本は三つの場で待ち構えることだそうじゃが、現状で分かっておるのは村近くの森という餌場のみ。しかもその餌場に見慣れぬ熊がいる状態。これでは猪が警戒して出てこないことが考えられる。
そうなると儂らに出来ることは限られる。
一つは様子見。このまま暫く滞在して警戒を続け、ある程度のところで引き上げること。村としてはそのまま餌場を変えて出没しなくなればそれでも構わんのじゃからな。問題は猪がいなくなったと判断する為に数ヶ月は様子を見なくてはならんことじゃ。時間がかかりすぎるし、ついでに言えば冒険者ギルドへの依頼は『魔物化した猪の討伐』じゃからな。依頼未達成という形になるのも儂らとしては都合が悪かったというのもある。
となると次に考えられる方法は猪の捜索。餌場を中心に森の中を探して居場所を特定する、と口で言うのは簡単じゃがこれも現実的ではない。餌を食べたり歩いた痕跡を探すことは可能じゃろうが、広い森の中では当然相応の時間がかかる上に猪は鼻が利く。こちらを発見されれば当然向こうも逃げる故、猪相手にイタチごっこという訳じゃ。
……ごほん。
動物としての習性を利用することは難しいという結論に至って、ナックとイアンが提案したのは魔物としての習性を利用することじゃった。元々この二人は儂やティピィよりも冒険者としての活動が長いのでな。様々な魔物を見てきておる分だけ知識も豊富じゃ。
簡単に言うと、魔物は程度の差こそあれど共通して強い魔力に惹きつけられる習性がある。魔力が自分を強化するもの――ひいては生存競争に有利なものじゃと本能的に悟っているからではないか、などと言われてはおるが真相は不明じゃな。
それはともかく、強い魔力を出すものがあれば件の猪も近寄ってくる筈じゃということで白羽の矢が立たのが儂じゃ。
今ほどではないが魔力量は多かったし、魔力の扱いにも長けておった。魔力を放出しておびき寄せる役にはうってつけじゃった。
ティピィとオクタはその方法に少し不満そうじゃったが、かといって他に妙案が出るでもなし、最終的には渋々同意した。
ウソ予告:懐かしい音が聞こえた。もう何年も聞いていなかったそれは始まりの音。そして、終わりを告げる音。残響が消える前に、走り出す。遠くへ。遠くへ。少しでも遠くへと。決して逃れることは出来ないと知りながら。次回、『生きている人間が一番怖い』お楽しみに。




