第27話 はじめてのおつかい⑥
星渡りにはなりましたが、私は元気です。
「つまり……<魔力探知>が遠くまで届く性質を使って、埋もれている魔石を探知しつつ魔力を蓄積させる……ってことですよね。これ、もしかして魔石を人工的に作れるってことになりませんか?」
採掘前の魔石未満の鉱石に魔力を充填できる。常識を覆すような話だが、ククルゥとて期間は短くとも伊達にクロとマキオの弟子をしていない。きっと常識外れなことが起こるに違いない、師匠と先生に常識を求めてはいけないのだと悲壮な(?)覚悟を決めて恐る恐る尋ねたのに対して、何でもないことのようにマキオが口にしたのは――
「時間はかかりますが、より高品質な魔石を生み出すこともできますよ」
「大発見じゃないですか!?」
さらなる爆弾だった。
魔石を利用した魔道具が普及しづらい現状には魔石の希少性も少なからず影響している。これが手軽に手に入るのであれば?
技術革新が発生するだろう。
『黒猫印の魔導書屋さん』店舗兼自宅のように、家のあちこちに魔道具が当たり前に存在する生活が普通の暮らしになる。
仕事にも魔石動力が導入され、能率は格段に上昇する筈だ。労働時間や労働力の削減、それによる余暇の増加で文化的な発展も望むことができるに違いない。
高品質な魔石を人工的に生み出す技術が存在する――魔石商が聞いたら夢物語だと笑うか、或いは全財産を投げ売ってでもその秘密を探ろうとするか。
残念ながらその魔石商達はどちらも大損することになるだろう。前者は凝り固まった固定観念故に、後者は無計画な性急さ故に。
この方法を使う為には幾つかの前提条件を満たしている必要がある。
その一つは当然魔石の鉱脈を確保していること。そして<魔力探知>が使える魔法使いがいること。最後に最も重要な条件だが、その魔法使いの保有する魔力が多いこと。一つ一つの条件には当てはまる者もいるだろうが、それら全てを備えるとなると中々難しい。
いくら魔石を扱っていると言っても、商会が鉱脈を所有していることはほぼ無い。<魔力探知>はその仕組の単純さに比べて修得難度が高く、使い手が少ない。その上で保有魔力が多いとなればその人数は推して知るべし、である。
「でもマキオ先生、それならどうして『探知採掘』なんて呼ぶんですか? 確かに探知もしてますけど、どちらかと言えば人工的に魔石を作ることの方が主目的のような……」
そう、ククルゥの指摘は正鵠を射ている。『探知採掘』と名は付いているがその本旨は魔石の養殖にあるのだ。
「仮にですが、この方法が公になったとしたら、魔石を収入源にしている人間はどのような行動に出るでしょうか。<魔力探知>を使える魔法使いは現状そう多くありません。その上、この方法は術者に一定以上の魔力量がなければ成立しません」
僕はちょっとしたズルをしていますが、と付け加えたマキオは一瞬だけ自虐のような、どこか負い目を感じているような表情で目を伏せたが、ティーカップに口をつけるといつもの飄々とした笑顔に戻って言葉を続けた。
「情報を精査する前に魔法使いを確保しようとする短慮な人は必ず出ます。<魔力探知>を使えない魔法使いでも構わずにです。そうなれば多くの魔法使いに迷惑がかかることになるでしょう。『探知採掘』と言っておけば少なくとも<魔力探知>が使える魔法使いが徴用され、重用されることはあっても無関係の魔法使いが巻き込まれることは防げる、というのが理由の一つ」
カップを持っているのとは逆の、左手の人差し指を立て、ここまでを理解できているか確かめるようにマキオが視線を送れば、両手で包むようにカップを持ったククルゥがコクコクと頷き返す。まさに家庭教師と生徒の図だが、アルプスの草原でないのが残念だな、とどうでもいいことを頭の片隅で考えながらマキオは二本目の指を立てた。
「もう一つの理由はもっと単純で、この方法で魔石の養殖ができると分かったのがつい最近だからです。要するに元々は名前通りの技術……というよりも手法だったものが、偶然にも副作用を発見したものの隠れ蓑としても丁度よいということで名前はそのままにしている、という訳です」
「ああ、なるほど……」
言われてみれば単純な理屈ではあるが、先に有益な使いみちがあることを知ってしまうと案外見落としてしまうものであった。陰謀論の好きな人間であれば「魔石商が既得権益を守るために口裏を合わせているのだ」とか「魔法使いによる利益の独占だ」とか騒ぎ立てるところだろうが、生憎というべきか幸いというべきかこの世界において情報の伝達はまだまだ遅い。口伝や文書による伝達が主流であり、遠距離通信という概念自体が存在しないのだ。その上、政治形態は王政や帝政といったトップダウン方式。そもそも『自分より上位の者に疑いをかける』という発想自体が生まれづらい状態なのである。
「あれ……? でもそれなら……?」
一連の話を受けて、ククルゥの中にはある疑問が育ち始めていた。それは過去の雑談の中に出てきた魔石についての基礎知識。
「マキオ先生、使い切った魔石って放っておいても自然に魔力を蓄積していきますよね?」
「そうですね、充填完了までは小さなもので数年から数十年単位の非常に長い時間がかかりますが……」
「それならどうして宝石は魔石にならないんでしょうか?」
ククルゥが気になったのは以下の点。
魔石の元となる鉱石に魔力を充填することで魔石を生み出せるならば、その鉱石を磨いたもの、即ち宝石も将来的には魔石になるのが道理なのではないか。
仮に時間とともに宝石が魔石に変わるのであれば、魔石の流通量はもっと増えてもおかしくない筈なので恐らくそうならない理由があるのだろうが、ククルゥにはそれが思いつかなかった。
「ふむ、良い所に目をつけましたね」
高校生だった頃にこの世界に迷い込んでしまったマキオは、当然ながら教員免許を持っている訳ではないが、教師になって教える側の喜びとはこういうものだろうかと実感する。生徒が既存の知識を組み合わせて疑問点を自ら見つけ出すというのがこんなにも高揚するものだったとは思ってもみなかったことだ。
しかし、ただ答えを教えてしまうのも教師としてはどうだろうか。せっかく興味を持ってくれたのだからこの機会に教えてしまいたいという想いもあるが、自分で気が付いたり発見したりする楽しさを味わってもらいたいという気持ちも同じくらいある。
「おさらいですが、魔石が魔力を蓄積させるにはどのような条件が必要でしたか?」
「非活性の魔石の周りに魔力があって外部と遮断されていること、です」
「そうです。非活性の魔石、これは分かりますよね」
「はい。魔力を放出していない状態の魔石ですね」
ククルゥが思い出すのはつい先程見た光景。革袋に入れられた小さな魔石が魔力を取り戻した瞬間。あの魔石は殆ど魔力を蓄積できないものだとは聞いたが、それにしてもやはり直接見るインパクトは強い。
「ではその周囲に魔力がある、というのはどのような状況でしょう」
「ええと、誰かが魔力を与えている……?」
「『探知採掘』ではそうです。でもそれだと自然に魔石が出来る理由が分からなくなりますね」
「あ、そうですね……うーん、じゃあ……魔力を含んだものが周りにある……?」
非常に短絡的な答えだという自覚はありつつも、ククルゥとしては大真面目に考えた結論である。とはいえ、魔力は基本的にどこにでも存在するのだから、ある意味では常に魔力に囲まれているとも言える。
流石に少し考えが浅すぎただろうかと思いつつちらりとマキオの反応を見ると、意外にも好意的なものだった。
「基本的にはそうです。全ての物質には魔力が含まれており、地面も例外ではありませんが、その中でもいくつかの条件を満たしていると通常よりも多くの魔力を含んだ土地というものが生まれるのです」
「条件?」
「その話はまたいずれ改めて。そしてそこに宝石の鉱脈があると――」
「それが魔石の鉱脈になるんですね」
「ええ、魔力の強い土地に鉱脈がある、というのが大切です」
魔力の強い土地、というのが具体的にどのような条件で出来上がるのかも気になるククルゥであったが、宝石と魔石の関係についての話が先と我慢することにした。
いつの間にか空になっていたカップにお茶のおかわりを注ぎながら、ククルゥは尋ねる。
「その土地に宝石を埋めてもだめなんですか?」
「はい。宝石を地面に埋め直しても魔石にはなりません」
「それは……何故ですか? 魔石が魔力を蓄積した宝石なら……」
同じ条件を整えてやれば魔石になるのではないか。という言葉を続ける前に、マキオがゆっくりと首を横に振った。
「そうはならないのですよ。宝石と魔石、確かに原料は同じ。ですが決定的な違いがあるのです。さっき僕は高品質な魔石を作ることができると言いましたが、魔石の品質は何で決まったか覚えていますか?」
「はい。魔力の含有量、ですよね」
何故今更そんな質問をするのか、訝しがりながらもククルゥが答えると、マキオは頷きながら傍らに置かれていた収納袋を手元に引き寄せた。今日採掘した魔石が詰められている筈の袋の口を開け、取り出されたのはほぼ同じ大きさの魔石が二つ。
「そうですね。では、同じ鉱脈から採れた魔石でも魔力の含有量が違うのは何故でしょう」
マキオが収納袋から取り出した魔石に、ククルゥの魔力視が反応した。片方は秋空のような薄い青。もう片方は夏空のような鮮やかな青。同じ日に掘り出された同じ大きさの魔石だというのに魔力含有量の差は明らかだ。
「実はこの二つの魔石は出来てからの時間が違います。活性化しているのは採掘する際に僕の魔力が当たっているからですね。魔法で掘ることの弊害とも言えますが……それは置いておきましょう。通常の道具で採掘した場合でも、掘り出された魔石はほぼ確実に活性化します」
「堀り出しただけで活性化してしまうんですか?」
「いいえ、魔力を伴わない手作業で掘っていればそんなことはありません。ですが、非活性の魔石は魔力を放出していない……言い換えれば品質が分からない状態なんです」
「そういえば、わたしも最初は視えなかったんでした」
採掘場には――正確に表現するなら採掘場の地表には無数の魔石が頭を出していた。これらは誰かが掘り出した訳ではなく、採掘跡に雨が降った影響で表面の土が流れて比較的浅い位置の魔石が露出したものであるが、その時点では魔石が活性化していないことは他ならぬククルゥ自身が確認したことである。
「魔石の鑑定にはククルゥさんと同じく魔力視を持つ人が当たりますが、非活性状態ではそもそも鑑定が出来ません。その為、魔石の鑑定をするときには微弱な魔力を流すのですが――」
「魔石を活性化させて鑑定するんですね」
「その通り。それが宝石が魔石になれない理由です」
鑑定すると宝石が魔石になれない、とは妙な話である。魔石と一緒に掘り出された宝石であるならば、ただの宝石ではなくいわば魔石の卵だ。魔力を蓄えることがないのならば、仮に魔力を流したとしても非活性の状態を継続しているとも言えるのではないだろうか。
そんな疑問は続く言葉で否定された。
「魔力を蓄えておける量の上限は、最初に活性化したときに固定されてしまうのです。魔石の鉱脈から採れた宝石は魔石になる途中の状態ですが、そこで活性化してしまうとどうなると思いますか?」
つまり、魔石は時間をかけて孵化させある程度育てたところで食肉にするのに対して、宝石は卵の時点で食べてしまうようなものらしい、とククルゥは理解した。
「それなら宝石は活性化させずに埋め直してしまえば……」
思いつきで言ってみたものの、すぐにその案が使えない理由に思い当たってしまい、言葉は尻すぼみになる。マキオも再び首を横に振るが、やや残念そうな顔をしているのはククルゥを慮ってのことだろうか。
「僕も同じことを思いつきましたが、掘り出した魔石の品質は鑑定してみるまで分かりません。掘り出した時点ではそれが魔石なのか宝石なのかを判断することはできないのです」
「どっちだとしても鑑定の為に魔力を流す必要があるんですね」
「そうです。魔石の採掘を生業にしている場合、鑑定はむしろ宝石を取り除く為に必須の作業と言えますね」
宝石が売れないわけではない。むしろ宝飾品として利用法が確立されている分だけ需要は高いだろう。それでも魔石を扱いたがる商人は多い。何しろ利益率が違うのだ。宝石を取り扱うのとほぼ同じルートで仕入れができるにも関わらず値段は数倍から数十倍。言うなれば宝石商の宝くじである。ただし魔石の鑑定ができる人材がいなければ、最悪の場合粗悪品を掴まされても見抜けずに富も信用も失う羽目になるが。
「なんだか勿体ないですね……。あれ、それじゃあ魔石の品質を高めるのはどうやるんですか?」
「先程の二つの魔石もそうですが、魔石は基本的に出来てから時間が経つほど成長します。魔石が成長……魔力の蓄積容量が増えるのは、非活性の状態で蓄積できる魔力の上限を超えて魔力を充填されたときなのです」
「……お腹いっぱい食べ続けると食べられる量が増える、みたいなことですか?」
昼食を食べたからだろうか、先程から若干食い気に思考を支配されているククルゥである。マキオはくつくつと笑いをこぼしながらもその例えの秀逸さに感心した。
「いい例えですね。その認識で構いません。魔石の大きさは鉱脈の質、宝石としての質とほぼ比例しますが、魔力の含有量はその土地の魔力量に依存します。宝石の鉱脈が周りを魔力に囲まれた状態でお腹いっぱい魔力を食べ続けると、徐々に大量の魔力を蓄えられるようになる訳ですね」
「なんだか食べすぎて太っていくみたいに思えてきました……」
冒険者として、年頃の乙女として、余分な肉を付けることを忌避したくなるものなのか。魔石の話だとは分かっていても無意識に腹を押さえてしまうククルゥである。
因みに昼食は残さず平らげたしお茶請けの菓子も同様にしっかり平らげた。美味しいものを食べるときには余計なことを考えてはいけないのだ。
「宝石と魔石については十分に理解して頂けたようですね」
「はい。あ、でも一つだけ思いついたんですけど」
「何でしょう」
「掘り出したばかりの魔石を鑑定する前にさっきの袋に入れて魔力を注いだら、簡単に高品質の魔石が作れるんじゃないでしょうか」
本当にちょっとした思い付きだったのだろう。気軽な口調でそういったククルゥは、マキオの渋い顔を見て首を傾げることになった。何かマズいことを言ってしまっただろうかと心配になって口を開くより早く、ため息交じりの苦笑が聞こえてくる。
「いやはや、宝石を魔石化できないかという発想といい、師匠から僕の失敗談を聞いているのかと思いましたよ……」
「え?」
「いえいえ、こちらの話です。結論から言うと『理論上は可能じゃが現実的ではない』です」
そう似てない師匠のモノマネをして、マキオはゴソゴソと小袋を取り出した。
ウソ予告:「過去の失敗をなかったことにできるならどうしたい?」そう尋ねるのは謎の老婆。シワだらけの手に握るのは大ぶりのナイフだった。命を喪うその瞬間に一度だけ過去に戻れるという。真偽も不確かなその凶器に縋ってまで変えたい過去が、君にはあるか。次回、『死んでしまえば過去の失敗なんぞ関係ねぇ!』お楽しみに。




