第25話 はじめてのおつかい④
小説書き担当とゲーム担当と漫画読む担当と仕事担当の自分が欲しい……
「さて、<魔力探知>を使えると便利だということは分かって頂けたと思います」
「見えないところにある魔力も探し出せるのはすごく便利ですね」
すり鉢状の魔石採掘場で、唯一人の生徒を前に行われている野外授業。教科書代わりの魔導書を広げ、教鞭を執るマキオの後ろには案内係を務めたゴーレムも鎮座している。
ククルゥの手元にもマキオの持つ物と同じ魔導書があるが、全ページに描かれているのは独特の文字と円や三角形といった幾何学模様を組み合わせた魔法陣だけ。つまりは魔道具としての魔導書であり、その内容を読み解くには専門の知識が必要である。
残念ながらククルゥにはまだそれだけの知識は備わっていないが、彼女に魔導書が渡されているのはもちろん魔法陣の解読をさせる為ではない。魔力を通すだけで魔法が使えるという魔道具最大のメリットは、術者の知らない魔法を実地に学ぶのに都合が良いのである。
「実はですね、ククルゥさんは使おうと思えば既に<魔力探知>を使えるんです。<魔力探知>と魔力放出は殆ど同じものですから」
「どういうことですか?」
魔力放出。読んで字の如く、体外に魔力を放出する技術。それは大抵の魔法使い志望者が魔法の訓練を始めて最初に覚えることになる基礎技術であり、ククルゥもその例外ではない。
何故これが最初かといえば理由は単純で、魔法を使う為には必須の技術だからだ。極論してしまえば、魔法使いとそれ以外の差とは『意識的に魔力を放出・操作・変化させられるかどうか』ということになる。そして魔法使いとしての腕前はその技術の練度と応用の幅だ。
そこまでは日々の訓練――授業と言い換えてもいい――を通じてククルゥも知っている。が、それだけに遠く離れた場所や隠れた場所の魔力をも感じ取る<魔力探知>と、ただの基礎技術である魔力放出が同じというマキオの言には頷き難いものがあった。
「魔法とは何か、というお話は以前にしましたね」
「はい。ある現象に付随する魔力の動きを人為的に起こすことで間接的に現象を再現するもの、ですよね」
教科書を暗記したような堅苦しい表現でククルゥが回答する。生徒の優秀さに(主観では)表情を緩め、元の世界だったら優等生タイプだな、と益体もないことを思いつつ、マキオは首肯した。
「そうです。何らかの現象が起きるとき、必ず魔力も動きます。逆に言えば、魔力が動いたならそこには何らかの現象が発生するということですね。ただし、魔法と呼ばれるものには幾つかの種類があるのです」
「……?」
「火を付けたり、水を出したり、風を起こしたり、というのは先程ククルゥさんが挙げてくれた『現象を引き起こすもの』ですが……では<魔力探知>はどのような現象でしょうか?」
マキオとクロは、ククルゥの魔法訓練の際、これまで意図的に魔法の種類について説明を省いていた。最初から広範囲を少しずつ教えるのは効率が悪い、というのが理由の一つだが、最も大きな理由は別にある。マキオが魔力探知について解説するのではなく、質問しているのも同じ理由によるものだ。
「ええと……」
魔力探知について、現状ククルゥが理解していることは少ない。それでも一度――幼少期も含めれば厳密には二度――目の前で見ているのだから、どのような現象か検討するくらいはできる筈だと、ククルゥは思考の海に潜る。
<魔力探知>でマキオ先生がしたことは?
周囲に魔力を放つ。周囲の魔力を探知する。それだけに見えた。
前者は魔力放出と同じ。魔法を使う為の下準備ではあっても、魔法そのものじゃない。後者は魔法の効果ではあるけれど、起きている現象じゃない。
何かを見落としているのだろうか。でも見て分かる範囲では何かをした様子はなかった。魔導書を使っているからかもしれないけれど、それなら「どんな現象か」なんて質問はしない筈。
考え方が違うのかも。考えるべきはマキオ先生がしたことより、それで何が起きたかの方。
魔力を放出した後、何が起きたっけ?
急に周りに魔力が現れた。結局あれは魔石だったけど――それまで魔力の反応がなかった所に急に魔石が? どうして?
ククルゥが頭を悩ませているのを、マキオは静かに見守っていた。既に数分が経過しているが、急かす必要はない。彼女は今、魔法使いとして大切なことを学んでいる最中だからだ。
不意にククルゥが顔を上げたが、眉根が寄っているところを見れば完全に考えが纏まったという訳ではなさそうだった。
「マキオ先生、<魔力探知>がどんな現象かを考えるために、魔石の性質について確認したいことがあります」
「どうぞ」
確認したい、と言うからにはある程度の考察はしたのだろうとマキオは判断する。魔力視という生まれつきの能力に加え、地頭の良さと素直さで教えたことをぐんぐん吸収してきたククルゥがどのように問題を解こうとしたのか。師としても魔法使いの端くれとしても興味があった。
「魔石は普段から……例えば地面に埋まっているときから魔力を放っている訳ではないですよね?」
「そうですね」
魔石が常に魔力を発しているのであれば、未だ不安定な状態のククルゥの魔力視が不安定だからこそそれを見逃さないだろう。だが実際には、採掘場に足を踏み入れたときからマキオが<魔力探知>を使用するまで魔力が視えていない。つまり、最初の時点では魔石は魔力を発していないことが分かる。
そのことに気が付いたククルゥは、ある仮説を立てた。
「ですが、さっきマキオ先生が<魔力探知>を使ってからは魔石は魔力を放っています。だから魔石が魔力を放つ条件は何かを考えてみたんですが……もしかして『魔力を通すこと』ですか?」
「そうですね……魔力を通された魔石が、魔力を発することがあるのは間違っていませんよ」
ククルゥの仮説を概ね肯定しながらも、マキオは思わせぶりな回答に留めた。魔石の性質としては間違いとは言い切れないものの、正確に表しているとは言えない。半分正解、といったところだろうか。
だが、ククルゥにとってはそれで十分だった。魔石の性質を確認したのはあくまでも<魔力探知>がどのような現象を起こすものかを考えるため。そしてククルゥが思いついた仮説を裏付けるには、離れた位置にある複数の魔石に魔力が通るという事実さえ分かればよかった。
「<魔力探知>で遠くの魔石が魔力を発生させるようになった、つまり<魔力探知>は『魔力が流れる』という現象を起こしているんだと思います」
ククルゥの答えを受けて、マキオは笑みを深めた。導き出された解答は決して満点ではない。
だが、まだ魔法を学び始めて一月も経たない少女が手持ちの情報と推測から組み上げた穴だらけのそれは、確かに魔法使いとして最も大切な『探求』という行為の結晶だった。
感慨にふけっていたマキオはふと気が付いた。身長差のせいで自然と見上げるような体勢のままジッと自分を見つめるククルゥの視線。どうやら答えを待たせてしまっていたようだ。
「よく自分でそこまで考えましたね」
「ど、どうですか……?」
「<魔力探知>を使うことで離れた物にも魔力が流れている、という部分は正解です」
「やった……!」
回答を提示したときからずっと、やや緊張した面持ちでマキオの判定を待っていたククルゥだったが、その言葉を聞いて一気に表情を綻ばせる。嬉しそうに胸の前で一度だけ手を打ち鳴らす様子は小さく零した言葉も相まって、年相応の幼さを感じさせた。
微笑ましくはあるが、しかし言わない訳にはいかないこともある。心を鬼に、というほど大層なものではないが、口元を引き締めてマキオは言葉を続けた。
「ですが、魔力を流したからといって必ずしも<魔力探知>となる訳ではありません。もしそうなら魔導書をはじめ、魔道具を使うときには必ず<魔力探知>が発動してしまうことになりますからね」
「あ……確かに……」
<魔力探知>で対象に魔力が流れるのはあくまでも結果としてそうなっているだけであり、本質ではない。
否、そもそも出発点が違っているのだ。ククルゥの考察は。もっとも、魔法の種類については教えていないのでそれが当然なのだが。
「魔法には幾つか種類があると言いましたが、そもそも<魔力探知>は現象を引き起こす魔法とは系統が異なるのです。例えば先程挙げた<水生成>は、寒い日の朝、金属に水滴が付くのと同じことを魔力で再現しているのですが、これは『条件さえ整えば魔法でなくともできること』です。もっと言うと、井戸や川といった水源があれば<水生成>を使う必要はありません」
解説の為に長広舌を打ちながらも、マキオはククルゥの様子を確認することを忘れない。前提を理解しない内に話を進めてしまっては学習に支障が出る。それでは意味がない。
幸いにもククルゥはしっかりと理解しているようで、真剣な眼差しで頷いていた。
「一方で<魔力探知>はどうでしょうか。通常、魔力視などの稀少な能力がなければ自分以外の魔力というのは非常に曖昧にしか感じ取れません……ククルゥさんも、魔力視が発動していないときには魔力を感じ取れないでしょう?」
「はい……それが系統が違うってことですか?」
「そうです。魔力の操作やその感覚の制御を自動化する、という魔法ですね。傾向として、魔力に関することは同じく魔力を使うことでしか解決できないことが多いようです。そして、魔力放出とほぼ同じと言いましたが<魔力探知>は自分の放出した魔力で周囲のものを触って確かめている、というのが分かりやすいでしょう」
「魔力で、触る?」
聞き馴染みのない言葉にククルゥは首を傾げる。頭に思い浮かぶのは以前に見た<魔法使いの腕>だ。魔力で作り出した腕は第三の手として使ったり、様々な形に変化させたり出来るが、<魔力探知>とは似ても似つかないものだった筈である。
「ええ、まずは実際にやってみましょう。そうですね……この石に向けて、なるべく薄く魔力を放出してみてください。ただし、魔力操作の訓練と同じように魔力を手放さないイメージで」
そう言って、マキオは地面に転がっていた石を一つ拾い上げて見せると、ククルゥの前に置き直した。どう見てもなんの変哲もないただの石だ。大きさで言えばククルゥが掘り出した魔石とほぼ同じだろう。
薄く、という言葉からククルゥが連想したのは絹織物だった。頭の中でイメージを固め、石に向けて右手を伸ばし魔力放出を開始する。自分の魔力が右手から石へと広がっていくのが視えた。
「こう、ですか?」
「もう少し薄く……うん、いいですね。ではそのまま放出を維持しながら目を瞑ってみてください」
「はい……あっ……?」
放出量の微調整の後、言われたとおりに目を瞑ったククルゥは思わず声を上げた。
「何か感じましたか?」
「うまく言えないんですけど、手の平に何かが当たってるというか」
手と石の間には拳二つ分程度の距離がある。本来なら何も当たる筈がないのに、明らかに何かが当たっている感覚があった。だが、その輪郭は判然としない。モヤモヤとした何か、としか分からないのだ。
「流石に感覚が鋭いですね。では次、これが何か分かりますか?」
「ええと……すみません、さっきより感触ははっきりしてるんですけど……」
マキオの声に続けて、先程までのモヤモヤとした感触が無くなり、代わりにどこか硬質な感触がその場所に現れる。置かれているものが入れ替わったのだろう、ということはなんとなく予想がついたが、何が置かれたのかまでは分からない。
「では目を開けてみましょうか」
「これ、さっきの……」
置かれていたのは握り拳より少し大きな魔石。透明度が高く、星のように魔力が瞬くそれはククルゥが掘り出した魔石に間違いなかった。
「今ククルゥさんがやったのが<魔力探知>の一歩手前……言うなれば<魔力感知>といったところでしょうか。目を閉じていても手触りで何があるか分かるのと同じようなものですね」
「なんとなく分かります」
無論のこと、触った物が何であるかを判別するには経験が必要だ。特に物質としての感触と魔力の感触にギャップがある無機物に関しては。魔力の手触り(?)は基本的に魔力含有量が多ければはっきりと、少なければ曖昧になると考えて良い。
「原則として無機物は魔力の含有量がそれほど多くありません。また同一の物質であれば組成はほぼ同じですから、形が変わっても魔力の反応は殆ど変わらないというのも特徴です。例外は魔石ですね」
「魔力を多く含むからですか?」
「それもありますが、個体ごとに魔力の性質が異なるんです。これを魔力の固有波長と呼びます。生物と魔石だけが持つ特徴ですね」
物質には固有振動数というものが存在する。共振周波数という形でも表されるが、要は物質ごとに揺れやすい振動の幅が決まっているのだ。魔力においても同様のことが言え、特に無機物と生物・魔石ではその差が顕著である。この差は前述した魔力の含有量と密度によって決定されるというのが通説だ。
「魔力が揺れるとどうなるんですか?」
「良い質問です。魔力が揺れると、隣接している魔力にその揺れが伝わります。その揺らぎはさらに先の魔力を揺らして伝播していきます。ちょうど水の波紋が遠く離れた水を揺らすようにです。<魔力探知>が物質……特に無機物を透過するのはこの為です」
「ということは、<魔力探知>はどんなに遠い場所の魔力でも感じ取れるんですね!」
<魔力探知>の原理を聞き、その無限の可能性に期待を膨らませるククルゥだったが、いつだって現実は甘くないもの。マキオの苦笑とともにその期待は否定されることになる。
「そうですね……理論上は可能ですが、その為にはかなり長い間魔力を放出し続けなければなりませんし、そもそも距離が離れるほど揺らぎが小さくなって得られる情報が少なくなるので、現実的にはある程度の距離で限界を迎えてしまいますね」
「そうなんですか……」
実際、例えばクロやククルゥほどの魔力を持っていれば超長距離への魔力探知も実現できなくはないのだが、その場合微妙な魔力の制御をし続けることと、返ってくる膨大な情報の処理とを同時並行で行なわなければならない為、まず間違いなく破綻する。よしんばそれを克服したとしても時間をかけて超長距離の魔力反応を探るのであれば普通に偵察を出した方が早く、汎用性がある。実現難易度が高い上に成果が微妙な方法を採用する理由がないのだ。
「生物が魔力を揺らされた場合、軽度ならちょっとした悪寒や不快感を覚える程度ですが、重度になると立っていられないほどの酩酊感を覚えたり、最悪昏倒したりします……悪用してはダメですよ?」
「しませんよ!」
マキオは冗談めかして言っているが、魔力波長に合わせた魔力を撃ち込んで昏倒させるというのは非常に凶悪な攻撃手段になり得る。何しろ生物であればほぼ確実に効果があるのだ。拉致誘拐、暗殺など悪用方法は幾らでもある。対象を無傷で無力化できるという意味ではむしろ護衛にこそ向いているのだが、襲撃を受けてから護衛対象を守りつつ一人ひとり異なる魔力波長を看破し撃ち込む、などという芸当ができるかと言われると難しいと言わざるを得ない。
まあ、マキオやクロがククルゥにそんな危険な技術を教える予定は今の所ないので杞憂というものだが。
「さて本題ですが……普段、服を着ていてもしばらくするとその感触を一々気にすることはなくなりますね。これは無意識に感覚の優先度を下げているからです。魔力による認識も同じことが言えます。予め地面や石、金属といった無機物の反応を覚えておき、魔力探知から除外することが可能です。できれば今日はそこまで覚えてもらいたいですね」
ここはその訓練にうってつけですから、と笑うマキオの笑顔にククルゥは今日の訓練が一筋縄では行かないだろうという確信に近い予感を得た。太陽はまだ東の空にある。長い一日になりそうだ。
ウソ予告:ようアンタ、最近街を騒がせている怪盗の話を知ってるかい? なんでも狙った宝石は絶対に逃さない凄腕らしい。わざわざ予告状まで送りつけて警戒させた上で盗んでいくっていうんだから大したもんだよな。噂じゃあ大層な美人らしいが……ひょっとしてアンタじゃないだろうな? なんてな! 気を悪くしないでくれ。アンタがあんまり美人だから声をかける口実が欲しかったんだ。次回、『仮面の美人怪盗参上じゃ! ……仮面なのになんで美人だって分かるんです?』お楽しみに。




