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第23話 はじめてのおつかい②

おつかい……おつかい?

 <転移>。それは距離という障害を飛び越える奇跡の御業みわざ

 かつて『奇跡』であった数多くの魔法が時代を経てその原理を解明され、理論さえ知っていれば誰にでも使える『技術』へと形を変える中で、今なお神秘としての格を喪わない魔法。

 その存在こそ確認されていても、誰にも再現できていない伝説級魔法(レジェンドクラス)のうちの一つ。

 狭く薄暗い部屋の中、床一面を覆い煌々(こうこう)と魔力を放つ魔法陣が眩しくて、ククルゥは目を細める。実際には光を放っている訳ではなく、ククルゥの持つ魔力視がそう見せているだけであるが、それでも幾らかは光量が抑えられたようだった。


「<転移>……そんな魔法も在るんですね……」


 ククルゥは元々魔法に関して造詣ぞうけいが深い方ではない。クロに弟子入する以前は魔法と言えば一部の優れた冒険者が使う攻撃手段の一つ、という程度の認識だった。

 これはククルゥが初めて目にした魔法がクロの<風弾>であったこと、その後に間近で見た<発火>を真似ようとして魔力暴走による事故を起こし、その記憶を封印してしまったことによって、原因不明となった魔法への強い憧れだけを持って王都へと出奔しゅっぽんし、冒険者となったことで『魔法=攻撃手段』という図式ができあがってしまったことによる。

 なお魔法が活用される場面はむしろ戦闘以外の方が多く、クロの育成方針としては日常生活で魔法の理解と実践を経て経験を培うことを重視している。その為、現在ではその認識も随分改められているのであるが、いかんせんククルゥが魔法を扱う以前の基礎訓練期間ということもあり、具体的にどのような魔法が存在するかは教えられていない。

 さらに、クロたちにとって魔法とは『日常生活を便利にする手段』であり、例えば非常に繊細な制御が必要な魔法を家事の効率化というだけの理由で鼻歌交じりにやってのける。「魔道具がなければ魔法を使えばいいじゃない」と言わんばかりの師の姿を見ているおかげで、その弟子であるククルゥにとっても魔法は非常に身近な存在となっていた。

 結果として、伝説級魔法を目の当たりにしても彼女が動揺せずに済んだのは幸いだったのだろう。


「ええ、とても便利ですが乱用すると……ちょっと面倒なことになるのでこっそり使っているんです」


 そんな事情を知った上で伝説級を『とても便利』扱いするマキオは面の皮が犀の尻より厚いに違いない。

 因みに、伝説級魔法の再現に成功したことが公になった場合、『ちょっと』では済まないほどに面倒なことになるのは言うまでもない。


「これで鉱山まで行くんですよね?」

「はい、転移先は鉱山の管理事務所――といっても管理自体は師匠のゴーレムがしているので使っている人はいませんから、実質転移専用の建物です」


 先導する形で部屋に入ったマキオはククルゥに手招きするとしゃがみ込んで床に右手を置く。その傍らへ足を進めながらククルゥは興味深げに首を巡らせて魔法陣を観察していた。

 一際目を引くのは部屋の中央に中心を合わせた円の中に四角形二つを重ねた八芒星を内包する大魔法陣。さらに八芒星の八つの頂点のうち、部屋の四隅に対応した四つの頂点を中心とする小魔法陣が重ね合わされている。

 それらは遠目に見れば単純な線の組み合わせに見えたが、よく目を凝らせば陣を構成する線の一本一本が蔦模様を思わせる曲線の連続で出来ていることが分かった。ククルゥがこれまで目にした他の魔法陣――主に訓練で使った<水生成>や朧げにしか覚えていない<記憶遡行>と比べても一層緻密で複雑。陣の空白部分を埋めるように書き連ねられた文字の数々は術式を制御する為の記述であり、魔法陣を理解できる者であればその構成が合理的かつ効率的に処理されていることが分かっただろうが、生憎ククルゥにはそこまでの知識はない。ただひたすらに初めて目にする大型魔法陣に感嘆するのみだ。


「ククルゥさん、少し手伝って頂けますか?」

「あ、はい! 何をすれば?」

「魔法陣に魔力供給をお願いします」

「分かりました!」

「普段と同じように、ゆっくりと魔力を注いでください」


 マキオの声で我に返ったククルゥは、同じようにしゃがみ込んで右手を床に。目を閉じて思い浮かべるのは魔力放出の訓練で言われていること。


 魔道具でもそうだが、魔法陣に魔力を流すときに大切なのは速さよりも正確さ。通常、魔道具であれば必要以上の魔力供給をカットするリミッターが設けられていることが殆どだが、古い物や自作品はその限りではない。魔法陣に関しても同様である為、初めて使うものに魔力を流す際には少量から始め、手応えを見ながら徐々にその量を増やしていくこと。


 教えに忠実に、ククルゥは体内の魔力を静かに外へ導いていく。タライと柄杓ではなく、台所に設置されている『ジャグチ』のように、魔力の栓を少しずつ開いていくイメージ。

 これは何度かの訓練を経て、魔力放出に慣れてきた頃に教わった放出法だ。両手や足裏といった任意の場所に、魔力の放出口ともいえるものを予め定めておき、そこへ向けて直接魔力を流す、というのを手作りの模型を使って説明されたときには画期的な方法より先に、マキオの手先の器用さに感心してしまったものだ。

 ひっそりと思い出し笑いをしながらも魔力放出の制御は乱さず、徐々にその放出量を上げていくククルゥだったが、抵抗を感じるようになったことで魔力放出を終える。


「完璧です。魔力放出はもう問題なくできそうですね」

「ありがとうございます。師匠と先生のおかげです」


 未だ基礎訓練のみの段階なれど、教えたことを確実に吸収している様子の妹弟子に満足げなマキオと、褒められて照れながらも得意げなククルゥ、膨大な量の魔力を注がれ、今や魔力視がなくとも見えるほどに輝く魔法陣の中で自然と並び立つ二人は顔を見合わせて笑う。


「さて、それでは出発しますよ」

「はい!」


 トン、とマキオの靴が地面を叩く軽い音がした途端、魔法陣は一層輝きを増した。室内を光の奔流が駆け巡り、魔法陣の中心に立つ二人の姿を覆い隠したが、すぐに元の薄暗さを取り戻すとそこにいた筈の二人は影も形もなくなっていて。

 初めから誰もいなかったかのように静かな部屋で、淡く光った魔法陣だけが薄っすらとこの部屋を訪れた存在の残滓を感じさせたが、やがてそれも消えてしまえば、後には静寂だけが残っていた。


 ▼


 一方、転移した二人は無事に鉱山の管理事務所へと辿り着いていた。魔導書屋さんの地下室とほぼ同じ作りの部屋へと転移した為、始めて来るククルゥは暫く移動したことに懐疑的だったりと微笑ましい反応を見せたが、部屋の外に出てしまえば否が応でも場所の違いに気が付く。

 この場所は、元の田舎町よりも肌寒い。何より、周囲の景色が違う。小高い丘ではあっても草原といって差し支えない程度には草木が茂る魔導書屋さんの周辺とは打って変わって、むき出しの地面に岩肌の露出した山中である。


「<転移>ってすごいですね……魔導書屋さんは……あっちですか?」


 そう言ってククルゥが指差すのは真南の方角。鉱山の具体的な場所は聞かされていなくとも、気候や太陽の位置から北方の山脈地帯であることを察したのである。冒険者生活の中で身につけた技術は今もしっかりと息づいているらしい。


「そうですね、もう少し東寄りですが概ね合っています」


 ククルゥに答えつつ、マキオは管理事務所からさほど離れていない山肌に手を当てて魔力を流す。次の瞬間、岩肌が()()()()()()。ゴリゴリと重いものを擦り合わせる音をさせながら直立したそれは、高さ二メートル超、重心を安定させる為か体格に比して脚は太く短く、対して肩幅は広く腕が長いずんぐりとした体型の大雑把な人型をしている。

 大きさからくる威圧感にククルゥが固まっているのをよそに、マキオはゴーレムへいつもの調子で話しかける。


「お久しぶりです。今日もよろしくお願いしますね」


 耳に相当する部分もなく、そもそも顔と呼べるほどの造形を与えられていないゴーレムが人語を解した訳でもないだろうが、岩巨人はやや前傾姿勢でノシノシと歩き始めた。

 先導するゴーレムに続けてマキオ、ククルゥの順で踏み固められた道を進むこと僅か数分。一行の前に土の山が立ち塞がった。


「あれ、道が……塞がってますね」


 道を見失ったからか、先頭に立つ岩巨人が身じろぎもせずに立ち尽くしているのを横目に見つつ、土砂崩れでも起きたのだろうかと不安げに側面にそびえる滑らかな山肌を見上げるククルゥ。一度土砂崩れが起きた場所というのは、何らかの対処をしていない限り再発する可能性がある。だが、同時にククルゥは違和感を覚えていた。

 斜面が綺麗すぎる。この土砂はどこからやって来たのだろうか?


「大丈夫です、ククルゥさん。この道は()()()()()んですよ」


 そんなククルゥの疑問を見透かしたかのようなタイミングで、落ち着き払った声。目を向ければ、数分前と同じように土壁に右手を添えるマキオがいた。

 そこまで見ればククルゥも察せるというものだ。果たしてその予想通りに、土壁はまるで組体操かスクラムのように肩を組んで積み重なった複数のゴーレムへと姿を変えた。ただし今回の土人形は、ここまで案内してくれた岩巨人の半分ほどの背丈で、全体的に丸いフォルムとどこかコミカルな動きも相まってマスコットのような可愛らしさがある。といっても、やはり顔に相当するパーツはないのであくまでも印象だけではあるが。

 一糸乱れぬ行進で道の左右に分かれ、整列したミニゴーレムたちの動きに目を奪われていたククルゥが顔を上げると、中央がぽっかりと空いた土砂の前でニコニコと見守るマキオと目が合った。隣に佇んでいる岩巨人までもが何やら生暖かい目を向けているように感じるのはククルゥの自意識過剰だろうか。

 子供っぽいところを見られた気恥ずかしさを誤魔化すように、わざとらしい咳払いを一つ。


「……目的地はこの先なんですよね? 早く行きましょう!」

「ふふっ、そうですね。おつかいは早く済ませる方がいいですから」




 天然の魔石が生成されるには非常に長い時間が掛かる。宝石、つまり特定の鉱石が結晶化し、さらにそこに魔力が蓄積していくという過程を辿るからだ。

 当然それを掘り出すには山肌なり地面なりを掘り返して鉱脈を露出させてやる必要がある。マキオをせっつきながら土壁の先へと進んだククルゥが立っているのは、そうして掘り返された場所。大きく円形に、というよりもすり鉢状の穴の縁から螺旋状に降りていくような形で掘り下げられていた。


 魔石の採掘には大きく分けて二通りの方法がある。

 一つは、通常採掘。鉱脈から無差別に原石を採取し、後から魔石と宝石に選り分ける方法で、魔石と同時に宝石も採掘できる為、魔石自体の採掘量が少なかったとしてもある程度の収入が確保できるというメリットがある一方で、魔石の原料ともなる宝石を採掘してしまう為に将来的な魔石の採掘量が減少するデメリットを抱えている。


「もう一つが、これから行なう『探知採掘』です」

「魔石だけを狙って掘る……本当にそんな事ができるんですか?」

「ええ、勿論です」


 頷いて、マキオは空中から一冊の小さな本を取り出した。文庫本サイズの魔道書、その青い表紙には筆記体で<魔力探知>の金文字が踊る。


「なんだか見覚えがあるような……?」

「ええ、ククルゥさんがこの本を見たのは二回目ですよ」


 見覚えがあるのも当然だ。元々<探知>として覚えた魔法を、後にその正確な効果に合わせた表紙に差し替えている為、厳密には初めて見るとも言えるが、外見的には大きく変えていない。

 雑談をしながら、マキオは魔道書に魔力を流す。ハタハタと音をさせながら捲れて行く魔道書が淡く光り、マキオを中心に全方位へ向けて微弱な魔力が放たれた。


「ああ、あのときの……!」

「懐かしいですね。さて、こうして<魔力探知>を使うと、一定以上の魔力……具体的には生物が持っている程度の魔力を探知できるわけですが、魔石の取れる鉱脈で行なうとどうなるでしょうか?」


 魔力が体の中を通り抜ける独特の感覚は、ククルゥの記憶を刺激するのに十分な効果があったようで、懐かしさとくすぐったさで小さく笑いを零していたが、続くマキオの問いかけには数秒だけ考える素振りを見せた。小さく首を傾げ、ぴこぴこと小刻みに翼のような耳が動く。


「魔力を蓄えた宝石なんだから……<魔力探知>に引っかかる……それで場所を特定したらそこを掘るってことですね!」


 探知採掘、という名前からして<魔力探知>を使用して魔石の魔力を見つけるのだろう、という予測に基づいた回答。かなり自身があるのか得意げな顔の横で耳の翼も大きく広がっている。

 そんな妹弟子の少女に笑いかけるマキオからは、当然正解を導き出したことへのお褒めの言葉が――


「残念ですが違います」


 ――出なかった。

 まさかの不正解に虚を突かれたククルゥは得意げな顔のままで硬直している。二度三度と瞬きを挟んで、ようやく再起動に成功した彼女が発した言葉は困惑に満ちていた。


「あの、違うんですか? 『探知採掘』っていうからてっきり……」

「探知を使うのはその通りですが、場所を特定するのが目的ではないのです」


 ククルゥは悟った。マキオが勿体ぶるような言い方をするときは、大抵この後に新しい訓練が始まるのだ。即ち、今日の『おつかい』は初めから新しい訓練の始まりだったのだと。

 だが、訓練ならばむしろ望むところだ。観念して――否、積極的にやってみせようじゃないか。

 そう思い直しつつもせめて内容くらいは確認させてもらおうと、ククルゥはマキオに尋ねることにする。


「……マキオ先生、これからどんな訓練をするんですか?」

「簡単ですよ。<魔力探知>を覚えます」

「なるほど、<魔力探知>を…………えっ?」


 事も無げに、それこそ子供に頼むおつかい程度の難易度だと言わんばかりにさらりと告げられたのは、訓練内容ではなく訓練目標だった。

 聞き間違いではないのかとマキオを見るも、いつも通りの笑顔を返された。


「……簡単?」

「ええ」

「魔法を覚えるのが、簡単……?」


 ククルゥがじっとりとした目付きになるのも当然である。魔法を覚えることがどれほど難しいことか、というのは日々の訓練で他ならぬマキオ自身が説いてきたことだ。それが手の平を返すように『簡単』とはどういう了見だというのか。

 問い詰めようとするククルゥの眼力にも動じず、マキオは答える。


「簡単ですよ。 (※感じ方には) (個人差があります)

「マキオ先生が時々する、その妙に小声で言うのはなんなんですか?」

「まあまあ、ククルゥさんなら多分……おっと、そろそろ始まりますよ」


 『お約束』は翼耳族の少女には通じないようだ。やれやれ、とかぶりを振るマキオに突き刺さる視線が一層湿度を増す。

 などと、他愛もないやりとりをしている間も<魔力探知>は継続しており、マキオにしか見えないレーダーは刻々と変化する周囲の状況をしっかりと捉え続けていた。


「……? 何が――」


 始まるんですか、と続けるより早く。その変化はククルゥの目にも視える形で表れた。

ウソ予告:魔石の鉱脈を管理するゴーレムたちの日常。それはとっても穏やかなスローライフ。穴を掘っては土を捏ね、捏ねては形を整えて、ゴロゴロ生まれる仲間たち。不埒な侵入者にはプラチナより重いパンチをプレゼント。次回、『ごろんぱ! ごーれむさん! 第1話 ゴーレムキックは破壊力』お楽しみに。

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