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第22話 はじめてのおつかい①

この話はいったい何処へ向かっているんだ……? と思った方。

それは僕にも分かりません。

 町外れの丘に建つ、見かけ上は小さな木造一軒家。その実、建物の中には空間拡張の魔法が掛けられており、控えめに言っても豪邸と言って差し支えない部屋数と、最新式の更に先を行く特別性の魔道具がさも当たり前のように備え付けられた魔法使いの家。

 ただし、それを知るのはその家に住む一人と一匹(ふたり)。そして――


「おはようございます! 朝ごはん、できてますよ!」


 半月ほど前から住み込み始めた、翼耳族の少女。名前をククルゥという。


「おはようございます、ククルゥさん。朝食、ありがとうございます」

「くぁ……ふ……ご苦労、ククルゥ」


 にこやかに挨拶をしたのはここ、『黒猫印の魔導書屋さん』店主であり、ククルゥの兄弟子でもあるマキオ。作業着姿の彼は早朝から家庭菜園(というには少々規模が大きいのではないかとククルゥは思っている)の手入れをしてきた為、額には薄っすらと汗が浮かんでいる。

 続けて寝起きであることを隠そうともせず、あくび混じりに歩いてきてテーブルの上に飛び乗った寝ぼけ眼の黒猫は二人の師匠であるクロ。当番制で持ち回りにしている朝食の用意がない日は、猫の本能に倣ってギリギリまで寝ることにしているのだそうだが、生来の猫ではないのにその必要があるのかどうかは本猫ほんにんのみぞ知るところだ。


「マキオ先生も、お疲れさまです。クロ師匠、ちゃんと起きないとご飯取られちゃいますよ?」


 この二人と一匹(さんにん)での生活が始まった当初は設置された魔道具の数々に圧倒されていたククルゥだったが、今ではしっかり使いこなせるまでになった。

 といっても、ククルゥ自身はそれを自分の手柄だとは思っていない。何故なら、魔道具のデザインは使う側の利便性を第一に考えられており、一度使えば自然と操作を覚えてしまえるほどに洗練されている。

 一例を挙げるならば、設計発案者たる兄弟子マキオが『コンロ』と呼ぶ、調理に使う竈の魔道具。

 平たい天板に五徳が載せられ、その下に火を発生させる魔法陣が刻まれたそれは、一度魔力を通して魔法陣が起動すれば備えられた魔石の魔力を使って炎が燃え続ける。つまり、着火も消火も、火力の調整も自在。その上、天板部分は滑らかな石板で傷や汚れに強く、非常にシンプルな形状故にその手入れも簡単と、ご家庭から王宮まで遍く存在する台所を預かる者が聞けば注文が殺到しそうな代物である。

 当然、これはマキオが元の世界で当たり前に存在した物を再現した結果に過ぎず、ついでに言えば設計思想は発案できても実際の魔法陣の設計や造形といった実用化までの道のりはクロの手によるものである。


「むぅ……大丈夫じゃ……起きておる……くぁ……」


 言葉とは裏腹に船をこぐ様子は今にも夢の中へ戻ってしまいそうではあるが、それもテーブルに朝食が並ぶまでの短い間だった。

 なにしろ、食は闘争。それこそがクロ自身が掲げる主張であり、弟子二人にも周知されている。ここで眠気に負けてしまえば、その先に待つのは昼まで空腹に耐えるという拷問である。

 大皿に盛られたメインはウサギ肉のソテーと肉団子、そして各自の皿には定番となっている自家製野菜のサラダ、スープはうさぎの骨で取った出汁と根菜類、焼きたてのパンも籠に山盛りで用意されている。


 料理を前に、それぞれ短く瞑目する。食材となった命に、或いは今日の糧を与えてくれた神にとその対象は信仰や文化ごとに異なるが、感謝の祈りを捧げるのはどの国でも共通した儀礼だ。

 しかし、三者三様の祈りが終わればあとは戦場である。いかに早く、確実に自分の分を確保するか。相手の狙いを読み、自分の狙いを隠しながら目的を達成する戦略眼が試されるのだ。


「貰ったッ!」

「ではこの肩肉は僕が」

「それは儂が狙っておったやつじゃ!」

「大きい肉団子に目がくらんだのが敗因ですね」

「……」

「くっ……無言で量を確保しおったかッ!」

「ククルゥさんも立ち回りが安定してきましたねぇ」

「そう言いながらさり気なくモモを持っていこうとするな!」

「早いもの勝ちです」

「おのれ、せめて片方は……む、無いぞ?」

「(もぐもぐ)」

「ククルゥッ……いつの間に!」


 なんとも騒々しい、もとい賑やかな食卓である。遠慮をすれば容赦なく持っていかれる何でもあり(バーリトゥード)、大物狙いか小物で量を確保するか、積極攻勢か暗躍か。一瞬の判断が明暗を分けるテーブル・ウォー。朝の勝者が昼の敗者など日常茶飯事だ。

 ただし、デザートだけは不戦協定により各自の取り分が保障されている。これに反した場合は厳しい処罰が待っているのは言うまでもない。


「ふぅ……さて、今日の訓練についてじゃが」


 食事時も終われば人心地がついて、訓練が始まるまでの僅かなひと時はゆったりとした空気になる。

 訓練内容は前日の終わりに告げられることもあれば、当日の朝に告げられることもあるが、今日は後者だった。


「魔力操作による水流発生はもう十分にできるようになった。そこで今日はククルゥにおつかいを頼もうと思う」

「おつかい……ですか?」

「うむ。実はの、家の魔道具に使っておる魔石が、幾つか寿命になりそうなのじゃ」

「魔石の質を見極めるには魔力が見える人がいると助かりますからね」


 そも、魔石とは何か。

 全ての物質には必ず魔力が内包される。その量は物質によって異なるが、中でも特にその容量が大きく、最低限物質としての形を保つ為に必要な量を超えて魔力を貯蔵する性質を持つものが魔石と呼ばれる。

 これらはマキオが元いた世界にも存在した鉱石によく似たもの、特に宝石と呼ばれるカテゴリに属するものが多くを占めていた。奇妙な一致に好奇心を覚えたマキオが調べた限りでは、ダイヤ、ルビー及びサファイア、クォーツなどの鉱物類と、一部の金属類、及びその化合物が該当することが判明している。

 魔石は当然宝石としての価値も高いが、魔道具の動力源として欠かせない。しかし、魔石には一つ弱点が存在する。魔力を放出しきってしまえばただの宝石となり、再び魔力を蓄積するには長い時間が掛かるのだ。質の高い魔石は魔力の貯蔵量が多く、それだけに魔力が切れると代替品を探すのに苦労する羽目になる。


「なるほど、分かりました! ……でも、魔石って高価いんですよね?」


 おつかいでそんな高価なものを買いに行かせて大丈夫なのか、というのは至極まっとうな疑問である。

 魔石を取り扱うのは宝石商の中でもごく少数。魔石の質(=蓄積された魔力の多さ)を鑑定する為の技能が稀少であることからそうならざるを得ず、そして利用価値の高い商品であるからこそ当然その値段も価値に準ずる。経済における需要と供給のバランス、そして商品価値そのものの高さという二つの面から、高品質な魔石は非常に高価である――市場という流通に乗ってしまえば。


「うむ、買えば高価いの」

「ええ、買えばですけど」

「あの、買う以外にどうやって……あっまさか……」


 盗掘――と言葉に出しこそしなかったものの、意味深に笑う師匠クロ先生マキオの様子に、ククルゥが悪い想像をしてしまったことは責められまい。

 繰り返すが、魔石とは要するに『魔力の籠った宝石』であり、宝石とは地中で生成される鉱物の結晶である。即ち、理論上は条件さえ整えば採掘することが可能ということ。

 ただしそれはあくまで理論上の話。

 まず大前提として魔石の採掘できる鉱脈の所在を知る必要があるが、字義通りの宝の山を放置する者などいない。大抵は秘匿された上で厳重に管理され、採掘権が独占されている。

 無論、未発見の鉱脈であればその限りではないが、新たな鉱脈が発見されたとなればその土地を有する領主が黙っているはずもなく、結局のところ買う以外で魔石を手に入れる方法など悪事を働く以外にないと結論づけてしまうのも無理からぬことだった。


「いやいや、盗掘ではないぞ」

「流石にそれは大問題ですからね」


 幸いにも(?)、魔導書屋さんの元祖師弟コンビは色々と非常識ではあっても悪人ではなかった。

 ほっと胸をなでおろしつつも、それではどうやって入手するつもりなのかと目で問うククルゥへの返答は黒猫から発せられた。


「ちょっと鉱山に行って掘ってくるだけじゃよ」

「やっぱり盗掘じゃないですか!」


 思わず声が大きくなる。舌の根も乾かぬうちに何を言い出すのかと、問い詰める勢いでテーブルに両手をついて身を乗り出すククルゥだったが、それを制したのはクスクスと笑うマキオであった。


「落ち着いてください、ククルゥさん。大丈夫です、本当に盗掘ではありませんから」

「でも、鉱山に行って掘るって……!」

「ええ。師匠の所有している鉱山に行って、僕たちで採掘します」

「……へ?」


 唐突な爆弾発言に、乗り出した姿勢のままククルゥの目が点になる。

 個人で鉱山を所有している。そんなことがあり得るか。

 結論から言えば、あり得る。ただし、誰でもという訳ではない。

 大前提として、土地を所有できるのは貴族以上の身分に限られる。市街地や町村の中であれば個人の邸宅や商店の敷地という形で土地を所有している場合もあるが、逆に言えば領地内の道や鉱山、森林、河川といった『住居以外の土地』に関しては貴族の所有物とするのが原則である。

 つまり、個人で鉱山を所有しているということは本人が貴族であるか、若しくは貴族からその利権も含めて鉱山を譲り受けるほどの功績を上げているということに他ならない。


「クロ師匠って貴族様だったんですか……?」


 身分社会において、貴族と平民の間には大きな隔たりがある。対等に言葉を交わすことは許されず、原則として貴族の命令に対し平民は従う義務が生じる。一応異議申し立ての権利はあるとされているものの、それを許している貴族は稀だ。王より賜った領地においては絶対的権力を有する者、それが貴族。

 今日の今日までそのような素振りを見せることのなかった黒猫が、まさか。いや、普段は黒猫として振る舞っているとはいえ、元の姿は絶世のという装飾が過言でない程の美貌を持つことを考えれば、案外貴族というのも納得がいく――と、ククルゥが少々暴走気味に思考を重ねているところへ、苦笑交じりの声が届く。


「いやいや、貴族なんて面倒なものになった覚えはないとも。鉱山は儂の祖父の物を相続したのじゃ」


 クロは軽く言っているが、採掘権まで含めた鉱山の権利を賜り、あまつさえその相続まで許されているというのは十分に大事おおごとである。しかし――


「クロ師匠のお祖父様って、あの……?」

「うむ、『魔法使いの父』アルバトールじゃ」


 そう、それまでは生まれつき魔法を使える者にしか存在しないと考えられていた魔力が、全ての生物、物質に存在していることを発見し、さらに魔法というものが現象を魔力の動きで再現したものであると突き止めたことで『奇跡』を『技術』へと変革せしめた男。

 それこそが、クローネ・ノワコルツの祖父、アルバトール・ノワコルツその人であり、当時の王より功績を称えて名誉貴族の位を与えられ、その貴族位こそ当代限りであったものの、代わりに与えられた山の永代相続を許されたという。


「まあ、当時は魔石なんぞ存在すら知られておらなんだからの。王としては開拓もしておらぬ山を一つくれてやる程度のつもりだったのやもしれんが……今では一財産というわけじゃ」


 今となってはその真意を知る者はいないが、いずれにせよクロにとっては好都合であった。なにしろ個人所有の魔石の産地である。魔法使いであり、魔導書という魔道具を商う者であり、店舗兼自宅にも豊富に魔道具を取り揃える身としては(限度があるとはいえ)湯水の如く魔石を得られる条件が揃っているというのはイコール無尽蔵の財があるのと同義なのだから。


「クロ師匠が規格外なのは今更ですけど、ここまでとは思ってませんでした……」


 へなへなと半ば腰を抜かす様に椅子へ座り直したククルゥが感心を通り越して呆れ混じりに呟く。


「まだまだ叩けばこの手の話は幾らでも出てきますよ」

「わたし、とんでもない人に弟子入りしてたんですね……」


 師の逸話をホコリか何かのように扱うマキオの言葉には妙に実感が籠っていた。恐らく本当に数が多すぎてエピソードに事欠かないこと、そしてその恩恵や被害を自分よりも先んじて受けてきたのだろうとククルゥは察する。


「そんな訳で、おつかいを頼む。まあ、魔石の採掘じゃな。確か冒険者として採集依頼は受けたことがあったの?」

「え、あ、はい。あの、クロ師匠? 採掘はいいんですが場所は……」

「うむ、鉱山へは()()()()()()じゃ。道具も現地に保管してあるはずじゃから、用意するのは採掘した魔石を運ぶための袋だけで良いぞ」


 ここからすぐ、という言葉にククルゥは違和感を覚えた。ここ『黒猫印の魔導書屋さん』は町外れの丘の上に建っている。町の外は基本的に平野であり、山といえば遠く北方にそびえ、裾野の森にはククルゥの故郷もある山脈か、東の果てにある霊峰くらいだが、どちらもすぐに行って帰ってこられるような距離ではない。


「マキオ、一応お主も付いてやれ。ククルゥは初めての場所じゃし、非力とはいえ男手があるだけでもマシになるじゃろ」

「おや、師匠のおつかいにしては過保護ですね」

「どっちが過保護じゃ、儂が言わんでも行く気じゃった癖に」

「それは勿論、可愛い妹弟子で生徒ですからね」


 訝しがるククルゥをよそに、二人は話をまとめていく。

 かくして、ククルゥはじめてのおつかいが始まろうとしていた。



 そして、十数分後。


「……あの、マキオ先生」

「はい、なんでしょう」

「採掘に行くんですよね?」

「ええ、その通りです」

「鉱山に、行くんですよね?」

「ええ、そうですよ」


 厚手の作業ズボンに、同じく厚手の上着と床革の手袋、足の甲からつま先にかけて鉄板の入ったブーツ型安全靴と、格好を見れば採掘作業に向かうのに不足はない。そんな準備万端のマキオを目の前にして、ついでに自分も同じく作業着を着用して、それでもなおククルゥは問わない訳にはいかなかった。


「どうして地下に向かっているんですか?」


 地下に向けて階段を降りるごとに徐々に照明の数が減り、薄暗くなっていく中で声が僅かに反響する。

 渡された服に着替えて準備をしながらも鉱山へはすぐ、という言葉の意味をククルゥが飲み込めないでいるうちに「出発します」と告げて歩き出し、後ろを付いていけば何故か床に隠されていた地下室への階段を降り始めた兄弟子は、一足先に廊下を進んでコツコツと響かせていた足音を止めると振り返って言った。


「これからククルゥさんには、僕たちの秘密を一つ打ち明けます」


 その顔はいつもと同じ、薄く笑っているような穏やかなものだったが、薄暗さのせいもあって少し得体のしれない不気味さを感じてしまうものだった。

 そんなククルゥの内心が顔に出ていたのだろうか、マキオはぐにぐにと自身の頬を引っ張りながら苦笑し、


「失礼。胡散臭い笑顔でしたか?」


 そう尋ねつつ、再びククルゥに背を向けて廊下を進み始める。ククルゥも慌てて後を追うが、さして歩くこともなくマキオが立ち止まった為すぐに追いついた。


「この地下にも幾つかの部屋がありますが、どの部屋にもなるべくなら人目に付かせたくないものが置いてあります」


 二人が立つのは奥から二番目、左側の扉の前。扉自体は何の変哲もない木製のものだがノブが存在せず、代わりに魔法陣が刻まれている。薄暗い中で魔法陣が見えるのは、今まさにマキオがその魔法陣を起動したから。


「この部屋には」


 ゆっくりと、軋むことなく扉が開いていく。開ききった扉の向こうには何の変哲もない、物置程度の手狭な部屋が存在したが、その中央、床が魔力をたたえているのをククルゥの目が捉え。


「<転移>の魔法陣があります」


 その正体がマキオの口から語られた。

ウソ予告:はじめてのおつかいを難なくこなし、採掘してきた魔石を届けると、今度はそれを使って魔道具を造ることになり、完成した魔道具は顧客の元へと届け、届け先で受けた依頼で言葉を解する珍しい魔物を捕獲することになり、いざ魔物に遭遇したら実はその魔物は魔法の実験に失敗した魔法使いで、元にに戻るための魔法の触媒を探すことになり……次回、『おつかいイベントは一度始まると中々終わらないがセーブして中断すると何をするのか忘れがち』お楽しみに。

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