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第21話 幕間・異世界転移したら美女の弟子になった話③

みなさんはゴールデンウィークをいかがお過ごしでしたか? 私はいつも通りお仕事でした。

でも今年は期間中に何日かお休みがあったので友人とオンライン飲みをして、悪くない休日でした。

「師匠に助けられた僕が、その後弟子入りすることになったのはご覧の通りですが、そのきっかけは師匠の目の前で起きたある特殊な出来事にあります」

 

 腰を据えて話すつもりなのだろう。お茶のおかわりを注ぎつつ、マキオが語る。いつもと同じ、笑っているような顔ではあるが、その細い目は遠くを見るようで。


「その一つは、魔力暴走。そしてもう一つ、僕から魔力が感じ取れなくなるという現象でした。とは言っても元の世界では魔力なんて無いのが当たり前でしたからね。僕自身は師匠に言われるまで『生きている人から魔力が感じ取れない』ということの意味に気が付きませんでしたが」

「知っての通り、この世の全てのものには魔力が宿る。それが無くなるということは即ち、そのものの終わりを意味するのじゃが……こやつはピンピンしておっての。逆に儂の方が驚いたものじゃ」


 生物、非生物問わず、万物はその多寡に差はあれど魔力を有する。

 これは不変にして普遍の法則であり、仮に物質から魔力を抜き出せば存在を保てずに塵となって崩れ去り、生物であれば死に至った後に崩壊する。

 魔法使いのさきがけにして魔法研究の祖、『全ての魔法使いの父』とも呼ばれるアルバトール・ノワコルツが提唱し、実証したこの法則は物質と魔力の関係性を明らかにしただけでなく、後に現象にも魔力が影響を与えていることを解明し、魔法という技術の確立に大きく寄与した。即ち今日こんにちの魔法、魔道具の存在は彼の研究なくしては有り得なかったのだが、それは一旦置いておこう。


「魔力が……って、でも、マキオ先生は」


 魔力と物質、生命の関係性については当然ククルゥも学んでいるが、その常識からすればマキオは生きているはずのない人間ということになる。にも関わらず、こうして目の前で暢気のんきに茶をすすっているどころか魔法使いの弟子となり魔道書屋を営み、更には日々ククルゥに魔法の指導までこなしているのはどういうことなのか。

 ククルゥが抱いた疑問は尤もなものだ。


「ええ、今も生きていますし、魔力も使えます。魔力が無くなった訳ではなく、感じ取れなくなった、というのがミソですね」

「うむ。生きておる以上は、逆説的に魔力があるということでもある。なのに一切の魔力が感じ取れん。控えめに言っても異常事態じゃ。一度助けた以上は放っておけまい」


 聞きようによっては人情味溢れる話。ククルゥからは尊敬の眼差しが注がれる。

 が、真実には少々情報が足りていない。


「最初は弟子入りと言うよりも実験動物の確保とか、よく言って珍獣の保護みたいな扱いでしたからね」

「クローネ師匠……?」


 その補足は、当事者である青年からもたらされた。ククルゥが尊敬の目から疑惑のジト目へとシームレスに移行する。

 魔法使いは自身の研究を進める為なら多少非人道的だったり非合法な行為でもやる、とはクロ本猫ほんにんが日頃から口にする魔法使いのさがについての言葉だ。もっとも、普段これを口にするときは「じゃから魔法使い同士であっても信用しすぎてはいかん」という自衛の心得として、注意喚起に繋がるのだが。


「そこまではしとらんじゃろ! ……しとらんかったよな?」


 即座に反論に移る黒猫だったが、その言葉には若干の躊躇ためらいが混じる。

 何しろ自他共に認める大魔法使いだ。自分では常識的な振る舞いをしているつもりでも、知らぬ内に倫理の壁を蹴破っている可能性が皆無とは言えない。

 そんな(魔法使いとしてはむしろ善良すぎるほどの)良心というブレーキが、しかしこの場においては逆効果となった。弁論において、付け入る隙を与えてはいけない。例えそれが揚げ足取り、強引なこじつけ程度であっても。


「詳細については黙秘させていただきます」

「クローネ師匠…… (やっぱり)……」


 弟子二人からの情け容赦のない追撃。一番弟子に至っては敢えて『語らない』ことで疑惑の輪郭すらも覆い隠し、より陰惨な事実があったかのように誤認させる悪辣さだ。

 素直な二番弟子はその無垢な瞳をかげらせて過去をいたんでいる……と見せかけて、さり気なくクロを疑っていたことを匂わせ心にダメージを与えてくる。


「いや、本当にそんな扱いは……ちょっと待て、やっぱりってなんじゃ!?」

「ふふっ、冗談です」

「ええ、冗談ですとも」


 半ば悲鳴のようにツッコミを入れるクロだが、弟子二人は笑顔で受け流した。同時に茶をすするところまで息ピッタリである。


「……ククルゥがマキオに似てきた気がするんじゃが……」

「僕も昔、師匠に似てきたなと言われましたね」

「…………そんなことより、話の続きじゃ!」

「はいはい」


 これ以上の追求はよくない流れになる。そんな確信めいた予感に逆らわず、話の続きを促しつつ自らは菓子の山を崩すことに専念する素振りを見せることで強引に話を打ち切る黒猫。それを見る弟子二人からの生暖かい視線は努めて気にしないことにしたようだ。


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 ある日の学校帰り。いつものように図書館に向かっている途中で、轢かれそうな子供を助けてトラックに撥ねられたり、或いは線路に落ちたり、また或いは通り魔に襲われたりするなんてこともなく、本当に突如として異世界の街中に迷い込んでしまってからの数日間。

 最初こそ混乱したものの、なんとか落ち着いた僕は創作フィクションを武器に現実リアルに立ち向かった。つまり、異世界転移もののお約束を試してみたのだ。

 元の世界に帰るにしろ、この世界に定住するにしろ、少なくとも生きている限りは食べなければ死んでしまう。狩猟や採取といった技能も知識もなく(仮にあったとして、そもそも元の世界の知識がどの程度役に立つかも不明だけど)、文明から離れての自給自足生活ができない以上、僕が取れる方法はどうにかして金銭を得て衣食住を確保すること。それも継続的に。

 幸いなことに言葉だけは何故か通じたので(ご都合主義万歳!)交渉の末、鞄の中にあった未使用のルーズリーフや筆記具の一部を雑貨屋に売り。それで得た僅かなお金を冒険者登録の費用に充て。街中での雑用を中心に、なるべく危険のなさそうな依頼を受けてその日の宿代を稼ぐ。

 日雇いバイトのその日暮らしを絵に描いたような生活だった。正直なところ、帰る手段の模索とか言ってる場合じゃないほどギリギリでカツカツだ。

 そして今日、午前の仕事終わりに生憎の雨に遭い、傘も持っていなかった僕はともかく急いで宿に戻ろうと走っていたところをあの男達に絡まれた。


 という僕の話を、クローネさんは時折相槌を挟みながらもただ聞いてくれた。

 間が悪いことに元の世界の持ち物は電池の切れたスマホと生徒手帳くらいしかなかったけれど、異世界転移ものなら何気ない道具が現地よりも技術が進んでいたり、品質が高かったりで異世界人の証拠になるのが定番だからと見せてみたり、スマホの説明をする過程で元の世界には魔力がないこと、代わりに電気やガソリンを使って動く道具が発達していることなんかも僕が知っている範囲でだけど話してみた。残念ながら動かないスマホではあまり興味を惹けなかったみたいだけれど。


「異世界、のう」


 最後まで話しを聞いたクローネさんは、そう言ったきり瞑目して黙り込んでしまった。ああ、流石に異世界からの訪問者がよくあるなんてことはなかったか。であれば、恐らく信じられないのだろう。

 それはそうだ。普通に考えたら別の世界って何だ、って話だもんな。僕が聞きたいけど。

 ところが、


「なるほど、そう考えれば合点の行くところもあるか」


 クローネさんの次の言葉は僕の主張を受け入れるものだった。


「信じてくれるんですか?」

「嘘ではないのじゃろう?」


 反射的に口をついたのは疑念混じりの確認。でも、クローネさんは怒ることなく、むしろ確認し返してくる。

 勿論嘘などついていないので頷いてみせる。


「この世に存在する全てのものは魔力を内包する」


 そんな言葉から始まったクローネさんの話を纏めると、この世界に魔力がないものは存在し得ないのだという。そして現状僕は、魔法使いとして最上に近いクローネさんですら魔力が感じ取れない。

 最初からそうならば、魔力を隠蔽いんぺいする道具か何かを使っているのだと思ったらしいけれど、少なくとも出会ってから目を覚ますまで、もっと厳密に言うなら僕の眼を魔法で治療するまでは普通の人と同等程度には魔力が感じられ、僕があの頭痛を発症した瞬間にはむしろ莫大な量の魔力が溢れ出していた。

 つまり、魔力が感じ取れなくなったきっかけがその魔力暴走にあるのではないか、というのがクローネさんの見解だった。ただし、魔力暴走そのものの原因は分からないとのこと。


「そんなことが起こり得るんですか?」

「全く同じとは言わんが、前例はある。魔力暴走によって一時的に体内の魔力が枯渇し、回復するまでの間は魔力が感じ取れぬほど弱まった者がおったそうじゃ。じゃが――」

「……な、なんです?」


 じっと僕の眼を覗き込むクローネさん。別に距離を詰められた訳でもないのに視界いっぱいに金色が迫ってくるような錯覚に、少し気圧されてしまう。

 意識に引っ張られて、ベッドの上で起こしていた上体が仰け反るような形で無意識に下がろうとする。そんな僕を見つめたままで、クローネさんは言葉の続きを紡いだ。


「お主は元気そうじゃな」

「え、ええ。おかげさまで……」


 元気という言葉の定義によれば、状態を指す場合は体の調子が良いとか健康であるという意味になる。あの酷い頭痛から数分も経っていないというのに、僕の体はその残滓すら感じさせない。むしろ元の世界にいたときよりもむしろ調子がいいとすら感じるほどだ。

 あの頭痛を除けば体の怪我は治癒魔法で治して貰ったのだから、当然といえば当然だけれど。


「普通、一時的にでも魔力が枯渇すれば体も衰弱する筈なんじゃがのう……」


 今ひとつピンとこないけど、魔力と体力――むしろ生命力?――には密接な関係があるらしい。


「それにじゃ。魔力暴走自体は魔力が安定しない時期によく見られる故、まあそれほど珍しくもないが、あれだけの魔力を自覚していない、などというのはまずあり得ん。それこそ()()()()()()()()でもしておらん限りはじゃ」


 そう話しながらも、クローネさんは僕から目を離さない。僕の様子を観察するように向けられた二つの金色。けれど、体調を心配しているにしては、なんというか『圧』みたいなものを感じる。身近なところで言えば姉が公式から開示された設定を土台に作品全体の考察をしているときのような、もう少し一般的な例えなら肉食動物が獲物の隙を狙っているときのような。

 いや、落ち着け。どちらの例えも割と失礼だ。見ず知らずの僕を助けてくれた恩人だぞ。少なくとも悪い人ではない、筈。


「あの……」

「…………」

「クローネさん……?」


 会話だ。理性ある人間同士なんだから、会話で意思疎通できるはずだ。そう考えて話しかけてみたけれど、クローネさんは無言のまま。

 どうしよう、意思疎通の糸口が掴めない。怒っている訳ではなさそうだけど、この雰囲気は凄く話しかけづらい。


「マキオ」

「はい」


 と思っていたら、クローネさんの方から話しかけてきた。反射的に返事をしたのは名字呼びされたせいで、先生に呼ばれたような気分だったからかもしれない。年齢的にも近いし。


「お主を儂の弟子にする」

「はい?」


 短く告げられたのは、提案ではなく決定事項の通達。僕は多分、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていたと思う。

 弟子にする、ってなんだ?

 クローネさんは何かの職人なんだろうか?

 だとしたら手に職が付けられるのは結構助かるな。

 いやでも何の弟子?

 そもそも何で弟子?

 頭の中で次々に疑問と打算が浮き上がってその処理が追いつかないところに。


「単刀直入に言うがの、お主はこのままだと死ぬ可能性が高い」


 しぬ。シヌ。シぬ。死ぬ?

 ぐるぐると同じ言葉だけがループして、頭に血が上る。

 シンプルな言葉。言われていることはとても単純明快な筈なのに、心が理解するのを拒絶している。

 冗談でしょうと笑い飛ばしたいけど、このタイミングでクローネさんが、こんなにも真剣な顔で冗談を言う理由がないことくらい理解できる。理解できてしまう。


「そ……どういう、なんで、死ぬんですか……」


 自分で思う以上にショックを受けていたみたいで、言葉が上手く出てこない。

 対照的にクローネさんはひどく冷静に答える。


「落ち着け。可能性が高い、というだけじゃ」


 クローネさん、それで落ち着ける人は多分いないと思います。……あ、脳内でツッコミを入れたら少し気持ちに余裕ができた気がする。そうだ、落ち着け。

 とりあえず、深呼吸。

 大きく吸って、吐く。それだけで、今も生きていることを激しく主張する僕の心臓はほんの少しその声を鎮め、同時に熱くなった頭も冷えてきた。

 僕が息を吐ききり、多少なりとも落ち着いたのを見計らって、クローネさんは話を続ける。


「理由は大きく二つ。一つは、お主が冒険者として生きようとしていることじゃ。これは単純で冒険者は死亡率が高い。今日のように破落戸ゴロツキに絡まれることもある、依頼内容によっては危険な場所へ行く必要もある。じゃがお主は、身を守る術を持っておらんじゃろう。敢えて言葉を飾らずに言うが、このままでは長生きはできん。……お主も、分かっておったのではないか?」

「それは、確かに……」


 理由の一つは、なるほど納得のいくものだった。

 僕はこの世界に来るまで、いや、来てからも、暴力――武力と言い換えてもいいが――を用いることには極力関わらないようにしていた。

 それは現代日本の倫理観というのもあるけれど、自分自身、そういった世界に向いていない自覚があったからだ。身長は低くもないけど、体は鍛えていない。格闘技経験なんて当然無いし、多少なりとも暴力を伴うケンカなんてずっと昔にした姉弟ゲンカくらいしか経験がない。ましてや命のやり取りなんて、言うまでもなく。


 だが、現代日本においては大多数の人間が当てはまるそれは、この世界においてはむしろ少数派。いっそ異端とすら言えるほどにズレた考えになる。

 悪意を持った『人』は言うに及ばず。野生動物や()()が、人間の生活圏のすぐ隣に生息しているこの世界においては、自衛の為の武器、或いは生存するための手段、最低でも避難できるだけの備えをしないのは怠慢ですらある。


 そして、僕はそれを理解しながらも自衛を怠った。その結果が今日の路地裏での出来事。クローネさんの言葉はぐうの音も出ない正論だ。

 やや苦いものを感じつつ、話の続きを待つ。


「もう一つは、魔力の喪失による崩壊が起きる恐れがある。先にも言うたが、この世のものには魔力がある。生物にも、物質にもじゃ。それが無くなったとき、それは即ちそのものの終わりを示す。そして、今のお主からは魔力が感じられぬ。つまり本来ならば体が崩れて死んでいてもおかしくない状態な筈じゃ」


 さっきも聞いた、魔力と生命力の関係。てっきり物凄く疲れはしても命に別条はないものかと思っていたけれど、普通に死ぬ……どころか体が崩壊する可能性があったらしい。だとするなら。


 何故、僕は今なんの不調もないのだろう?


「うむ、まだ死の兆候はない。情報も検証も足りておらぬ故、仮説とも言えぬ可能性の羅列ではあるが、魔力を持たぬまま永らえるのか、或いは生命の灯火が消えるまでの幾許いくばくかの猶予なのか、はたまた思いもよらぬ()()があるのか。いずれにせよ、じゃ」


 言いながら、クローネさんは腰掛けていた椅子からゆっくりと立ち上がり、そして一歩、僕が座るベッドへ近づく。


「改めて名乗ろう。儂は『大魔法使い』クローネ・ノワコルツ。魔法と魔力に関しては専門家じゃ。お主を死なせはせぬし、必ずや原因を究明してみせよう」

「クローネさん……」


 金色の双眸に断固たる信念と自信を漲らせ、クローネさんは堂々とした名乗りを上げた。必ず救うと宣誓する立ち姿はそれだけで信じるのに十分なものだった。

 それでも、問わずにはいられなかった。


「あの、見ず知らずの僕に何故そこまで?」

「一度助けた以上、死ぬかもしれぬ者を見殺しにするのは寝覚めが悪い。それに……」

「それに?」

「異世界からのおとない人に謎の現象。こんな面白そうなことを放っておける魔法使いなぞおらぬわ」


 照れ隠しとかではなく、むしろ八割くらいはそっちが狙いなんじゃないか。

 そう思ってしまうほどに、いい笑顔だった。

ウソ予告:世界を跨ぐ転移門を開発すべく、クロの魔法により過去と未来からやって来た二人のクローネ。凡人ですら三人寄れば文殊の知恵。それが大魔法使いなら……? 世界一しょーもない理由で繰り広げられる、世界一高度な魔法合戦を見逃すな! 次回、『女三人寄れば姦しいとは言うけれど、一人でも十分やかましい。』お楽しみに。

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