第20話 幕間・異世界転移したら美女の弟子になった話②
さらっと終わらせるつもりが思いの外長くなりそうでDKNの顔をしています。
「この世界の人間じゃない……? どういうことですか?」
困惑。ククルゥの顔にはその二文字が表れていた。
マキオは元の世界で創作物などから「異世界」という概念を知っていた。しかし、それは元の世界が発展し、多くの文化を生み出した結果だ。
例えば、危険な生物が跋扈する山奥で日々の糧を狩って暮らす原始時代に、或いは紛争が絶えず毎日を生きることに必死な場所で、世界の有り様に思いを馳せる余裕があるだろうか。ましてや魔法の存在する(若しくは存在しない)全く別の世界があるなどと考えられるだろうか。
そもそも「別の世界」という概念がなければこのような反応になるのが当然なのである。
「まあ、突然そんなことを言われても普通は信じられませんよね」
「ええ、と……」
「まあ、普通はそうじゃろうな」
「一発で信じた師匠が異常ってことですね」
「見識が広く、思考が柔軟で、適応力があるのじゃ」
それを知っているからこそあくまでも軽く、雑談の一つといった様子を崩さないマキオ。
そしてクロはいつも通り仲良く(※本人たちの感想です。感じ方には個人差があります)じゃれ合うばかりだった。
ひょっとして今のは冗談で、誂われたのだろうかと更に困惑を深めつつも、真偽を確かめる術がない現状では考察するだけ無駄というもの。それにこんな突飛な嘘を吐く理由もないのだから、ここは疑問も疑惑も飲み込んでそういうものだとククルゥは思うことにした。
通称、思考放棄。
「その、別の世界? から来て、どうして魔導書屋さんに?」
ただし、思考放棄したのはあくまでも真偽を確かめることについて。
別の世界が存在し、マキオがそこから来たという仮定に基づいて、何故ここで魔導書屋さんを営むに至ったのかという新たな疑問へと到達する。
「順を追って説明しますと、僕はある日突然、元いた世界からこの世界に迷い込んでしまったのです。まあ、どうしてそうなったかは未だに原因不明ですし本筋には関係ないので割愛しますが……ともかく元の世界に帰る方法を探す間、若しくは帰れないことが判明した場合にここで生きていく為にどうにかして身分を保証する必要がありました。その手段として冒険者登録をした訳です。師匠に助けられたのはそれから数日経ってのことでした」
「マキオ先生も冒険者だったんですね」
「ええ、と言っても最低限の実績を積んでからはそんなに活動はしていませんけどね」
この国には身分制度が存在する。身分の高い順に王族、貴族、平民。そして奴隷。
国を直接運営し、軍を持ち、国土を管理する、指揮系統の頂点である王族。
国土の一部を領地として与えられてその管理を委任され、領地の防衛に用する軍備も許される貴族。
農耕、狩猟、漁業、商業といった産業を担う平民。
ここまでが王国法に基づいて「人」であると保障される範囲。
奴隷は種族が「人」であっても「物」と同じ扱いになる。
と言っても、一部の例外を除けば労働契約に基づいた雇用と言うのが実態だ。
通常、奴隷は期間を決めて雇用主の所有物となる。その業務内容は契約に基づいて厳密に定められ、雇い主は奴隷に契約外の業務をさせることは出来ず、奴隷は業務を怠ることは許されない、というのが大原則で、細かな規則や規定は両者の間で決定される。
この制度で一番重要なのは、奴隷が財産と見做される為、雇用者にその管理責任が課せられるという点。即ち、所有する権利と引き換えに奴隷の行動管理、健康管理の義務が発生する為、著しく劣悪な環境に置いたり、食事を与えないなどの行為はその義務に反するものであると定められているのだ。
正しく用いられるならばという但し書きは付くものの、ある意味で現代日本の労働環境よりも余程公正なのである。
そして、身分制度というのは簡易的な戸籍制度を兼ねている。王族、貴族であれば言わずもがな子の出生が確かなものとして保証される為、家督を継がない次男以降の兄弟であってもある程度の職には就くことが出来る。
対して、平民では通例的にどこの家の生まれであると認識される程度。それすらも基本的に家業を継、併せて納税の義務を負うことになる長子や、長子の補佐、兼予備としての価値がある次男、三男程度であればまだしも、四男以降ともなればその身分保証は雑で、人頭税の計算程度にしか活用されない。
その上、将来的には独立が求められることになるが、職業選択の自由などというものは殆どないのが現実であり、商人や職人の元へ奉公に出るか自ら奴隷になるかという程度だった。
その抜け道、セーフティネットとも言えるのが冒険者という職業だ。
開拓予定地及び周辺の先行調査や害獣駆除、薬草や各種素材の採集、行商人の護衛など、その任務は多岐に渡るが、その殆どに生命や財産の危険を伴う超絶ブラックな業務内容だけに、死亡率や引退率もそれなりに高く、国籍・身分を問わず常に広く募集されている。その代わり、冒険者登録標を持っていれば組合が最低限の身分を保証してくれるという訳だ。
無論、組合の信用を貶めるような行為をすれば相応の処罰が下るが、逆に言えば活動実績のある冒険者はそれだけで信用が高くなり、各街々の移動や関所の出入りにも有利に働くのである。
マキオはこの国の生まれではなく、したがって出生を保証するものも、身分もない。
住所不定無職。おまけに出身地も不明。まっとうな仕事に就くにはあまりにも条件が悪い。
働くだけならば奴隷になるという手もあったが、元の世界へ帰る手掛かりを探すという目的を果たすには行動の自由がなくなるというデメリットが大きすぎた。
マキオが冒険者になったのはそれ以外に取れる手段がなかった為と言える。
「うむ、そういえばククルゥは知らんかったか。いや、昔ククルゥに初めて会ったときにそう言ったような?」
「あれ、そうでしたっけ……?」
「いえ、あのときは確か『魔法使い』としか自己紹介していなかったかと」
「そうじゃったか?」
むむむ、と首を傾げるクロ。ククルゥの記憶遡行を行なった際にその場面を見ている筈(※第5話参照)だが、忘れてしまっているらしい。
「ボケるには早いんじゃありませんか、師匠?」
「ハッハッハ、誰がボケたじゃと?」
「もう、二人ともケンカはダメですよ」
煽るマキオと、わざとらしい笑い声を上げつつも目は一切笑っていないクロ。隙あらばじゃれ合う二人の間にククルゥの一声が割って入る。こんな仲裁も慣れたものだ。二人共、最早その仲裁ありきでじゃれ始めているまである。
「まあそんなこんなで色々あって、最終的には弟子入りしたんですよね」
「雑すぎるじゃろ!」
こほん、と咳払いを一つ挟んで戻ってきた本筋は一瞬で打ち切られる。これには流石のクロもツッコミに回らざるを得なかった。突然のツッコミチャンスでもタイミングは完璧だ。この辺りは流石のコンビプレーと言える。
「まあ、話すと長くなりますからね」
「うう~……じゃ、じゃあせめてクローネ師匠に助けられてからのお話をもう少し!」
元々訓練の合間のちょっとした雑談であり、それに時間を取られてしまうのは本末転倒。理屈ではそれが正しい。しかし一度疼き出した少女の好奇心を止めることなど出来る筈もない。おねだりは少女の特権でもある。
敢えて拒否する理由もないマキオは簡単に折れた。
「休憩の間に話せるところまでで良ければ」
「ククルゥも押しが強くなってきたのう。良いことじゃ」
元・少女であるクロはそんな風に素が出せるまでに馴染んだククルゥを微笑ましく見守り、年頃の少女らしさを見せるようになったことを喜ぶ。殆ど近所のおば……お姉さん目線であった。
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黒歴史と言うにはまだ真新しくて、黒曜石みたいに鋭く心に痛みを与えてくる失敗談をなんとか心の奥底にしまい込んで、改めてクローネさんと話をすることにした。
でも、その前に。今の時点で無いのであれば望み薄だろうけど、一つ確認しておきたいことがある。
「ところで、僕の眼鏡を知りませんか? 多分、路地裏で落としてしまったのだと思うのですが……」
「メガネ? なんじゃそれは」
「ええと、視力を矯正する為の器具です。このくらいの大きさで、レンズが二つ繋がっていて……」
驚いたことに、眼鏡は存在しないらしい。
身振り手振りでどうにか形を伝えようとしたけれど、予備知識のない人に形を言葉で説明しようと思うと意外と難しい。身近で誰もが知っている物を改めて言葉だけで説明するって、普段中々しないし無理もよね、と自分を正当化しておこう。
「ふむ……よく分からんが、要するに落とし物があると。気付かんかったが、まあ後で探しに行くか」
「重ね重ねありがとうございます。眼鏡がないと遠くが見えなくて」
「目の病か」
「病気、というわけではなかったと思います。眼の機能の異常というか……」
中には病気に分類されるものもあるけれど、僕の場合は単純近視。眼科の先生によると、小学校から中学校くらいの間に発生するから学生近視とも呼ばれるんだそうだ。実は近視の原因はよく分かっていないらしく、遺伝や環境が影響する可能性が高いとは言われているけれど、その根本的な原因は未だに不明なのだそうだ。
「生まれつきではないのか?」
「確か小学校……ええと、十歳くらいまでは普通に見えていました」
この世界の教育制度がどうなってるかはまだ知らないけれど、冒険者登録の際に名前を書けるか聞かれたってことは識字率が低い筈。まあ、僕もこの世界では読み書きのできない側なんだけど。恐らく義務教育は普及していないんじゃないだろうか。小学校と言っても通じない可能性を考えて年齢で答えておく。
「ふむ……」
「え……な、なんですか?」
「じっとしておれ」
急に、クローネさんが僕の顔を間近で覗き込む。ち、近い……!
っていうか近くで見たらすごい美人さんだ。年齢は二十代半ばに差し掛かるくらいだろうか? どことなく猫を思わせる、形の良い金色の目が凄く綺麗で、じっと見つめられると心拍数が上がるのが分かる。
あと、その……む、胸元が。
その視線を感じたわけではないだろうけど、不意に目隠しをされた。少しひんやりとして柔らかい掌の感触。その後にじんわりと温かい熱が目の奥に――
「どうじゃ?」
「っ……!」
目隠しをされたときと同じく、唐突にその手が外されて景色が戻ってきたけれど、驚きで一瞬声が出なかった。
「み、見える……見えるようになってます……」
「おお、成功したか。さすが儂!」
初めて眼鏡を掛けたときにも似た感動だ。それまでぼやけていた背景がくっきりと鮮明になり、世界の解像度が上がった。モザイク模様の壁だと思っていたのは壁一面を埋め尽くす本棚だったし、本が積まれすぎて見えないけれど机と思われる場所がある。寝室と言うよりは書斎?
あと、寝かされていたベッドの足元側や床には脱ぎ散らかされた服が散乱していた。実は結構ズボラなのかな?
あ、なんか下着っぽいものもある。あまり見ないでおこう。
「い、今のは?」
「うん? 治癒魔法じゃが」
強い意志で部屋の一部から視線を外して尋ねると、当たり前のようにクローネさんが言った。冒険者組合なんてものがある時点でなんとなく察していたけれど、やっぱりあるんだ、魔法。
今更だけど本当に異世界なんだな。
「…… ……っぐぅ……!?」
「どうしたのじゃ?」
痛い。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!
頭が割れそうだ!
「うっ……ぐぅあっ……」
「なんじゃ、何が起きておる!?」
クローネさんが何か言っているみたいだけど、全く頭に入ってこない。
人生で初めて味わう強烈な痛みに、ただ呻くしか出来ない。
「っはぁっ……はっ……はっ……」
どれくらい続いていたのだろうか。
痛すぎて時間の感覚なんて吹っ飛んでしまった。
滲んだ視界で、涙を流していたことに気が付く。鼻をすすりながら、目を拭う。
「だ、大丈夫か?」
横合いからクローネさんの声。顔を向けると、心配そうに眉をひそめたクローネさんが見えた。
「はい、痛みは治まったみたいです」
「そうか。よくあるのか?」
言葉は短いけれど、表情からは本当に心配してくれたらしいことが分かる。初対面なのにいい人だな。
「いえ、あんな頭痛は――」
「ああいや、それもじゃが、そうではなく。魔力の暴走の方じゃ」
てっきり頭痛について聞かれたのだと思って答えようとしたら、言葉を遮られた。
今、なんて?
「魔力の暴走……?」
「まさか自覚がないのかの? あれだけの魔力を暴れさせて?」
思わずオウム返しに聞いてしまった。クローネさんは驚いた顔をしているけれど、むしろ僕の方が驚いている。
当たり前だけど、僕は魔法なんて使えない。日本には魔法なんてフィクション以外には無かったし。ネットでは三十歳を過ぎると、なんて言われていたこともあるらしいけど。
それが、魔力の暴走?
異世界転移物の小説なら読んだことはあるけど、そういうのだと大抵何かしら凄い能力が身に付いていたりするのがお約束だった。中学生の時分にはもしも自分がそうなったらなんて想像もしたものだけれど。
本当に異世界転移してしまったらしい今、ひょっとして――
「ええと、僕には魔力があるんですか?」
「ある……筈じゃ」
自分で凄い魔力があるみたいなことを言っていた割に、歯切れの悪い答え。疑問が顔に出たのだろう、クローネさんが言葉を続ける。
「お主を見つけたときも、怪我を治す為に治癒魔法をかけたときも、魔力は一般的な範囲でしか感じられなかった。逆に言えば一般人レベルにはあったのじゃが、不思議なことに今は全く感じ取れぬ。じゃが、先の魔力暴走ではかなりの魔力を感じた。どうなっておるのじゃ……」
そんなことがあり得るのだろうか。
魔法のない世界からこちらに来た僕に、魔力がある。この時点でおかしいが、それでも百歩譲ってこの世界に来たことで人並みの魔力を持ったとしよう。
そうすると今度は「突然大きな魔力を感じた」ことと「今現在全く魔力を感じ取れない」という現象と現状を説明できない。
どうなっておるのじゃ……。
クローネさんの真似をしてみても、答えなんて出る訳がなかった。
「どうなっているんでしょう……?」
「儂が知りたいわ。何か心当たりはないのかの?」
心当たりと言われても、そもそも魔法なんて創作の中か某ランドくらいにしか存在しない世界から来たので――いや、待てよ?
なんか自然に受け入れちゃってたけど、異世界に来たってだけでも十分おかしなことじゃないか。魔力云々に関係ないとしても、聞いておくべきなんじゃないか?
でも「異世界から来たんです」なんて言われて「はいそうですか」とはならないんじゃないだろうか。
少なくとも僕ならそういう設定で言っているとして流すか、そうでなければヤバい人だと断定して色々な意味で距離を置く。
とはいえ、魔法のある世界だ。もしかしたらこの世界では異世界からの訪問者が珍しくない可能性もある。ここは――
「関係あるかどうかは分かりませんが……実は、僕はこの世界の人間ではないんです」
そうして、僕はこの世界に来てから今までのことをクローネさんに話し始めた。
ウソ予告:なんやかやあって魔法使いとしての道を歩き始めることになったマキオ。最初の修行は……屋敷の掃除!? 無為に家事をさせられているだけのような毎日だったが、ある日街に飛竜の群れが向かっているとの情報が! 次回、『燃えよドラゴン、ただし物理的な意味で』お楽しみに。




