第11話 魔法入門②
構成とか考えずに勢いだけで書いてるのでツッコミどころや矛盾点を見つけたらそれとなく教えてください←
ククルゥが魔導書屋へやって来て七日目の朝。裏庭には今日も、クロとククルゥ、そしてマキオの三人が勢揃いしていた。
いつも通りドタバタと騒がしい朝食を終え、教官よろしく一人だけ前に座るクロと向かい合う形で並ぶ弟子二人は動きやすい服装に着替えている。
「では本日も魔法の基礎訓練を始める!」
「よろしくお願いします!」
「今日もまずはランニングからじゃ! 付いて来い!」
「はい!」
ククルゥの返事が青空に響く。元気溌剌という言葉が似合う、よく通る声だ。黒い影にしか見えない速度で走る黒猫の後を追い、軽やかに駆け出していく少女と、その後ろをよろよろと、歩くのと変わらない速度で追いかける青年の姿は、ここ数日ほどでお馴染みとなった光景である。
「マキオ! チンタラするでない!」
黒猫から青年へと叱咤が飛ぶのも、青年がそれを馬耳東風と聞き流すのも恒例だ。いや、聞き流すと言うより聞こえていないという方が正確だが。
そうして走ること数十分。途中にわざと遠回りを挟んで、一同は魔導書屋からそう遠くない位置にある川原へとやってきた。
「よし、十分間休憩!」
黒猫の号令一下、弟子二人は荒い息を整えるべく深呼吸を行なった。全速力に近い速度を数十分間も維持したものだから、脚は既に疲労限界に達しようとしている。むしろ、マキオに関してはとっくに限界を超えているようだ。虚ろな目で、生まれたての子馬よりもなお弱々しい足取りになりつつも辛うじて倒れ込むことだけは回避しているが、それも足元に大小の石が転がっているからであり、仮にここが草原であれば即座に体を投げ出していたことだろう。せめて少しでも休める場所を求めて、マキオはフラフラと川沿いの木陰へ吸い寄せられていった。
疲労の度合いで言えばマキオほどではないにしろ、ククルゥもかなりの体力を消耗している。冒険者として活動しているときでさえ、数十分の全力疾走する機会は殆どない。そんな事態にならないように準備をするのが冒険者であるし、そうなった場合は大抵命を落とすことになるからである。
さて、何故魔法の修行でこのような身体的追い込みをかけているのかといえば、それはククルゥがやって来て二日目、つまりは腸詰め争奪戦が繰り広げられた日に遡る。
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「ではまず、自分の中の魔力を感じるところからじゃ」
訓練一日目、早朝。
勝手口を経由して裏庭へとやって来たクロとククルゥ、そしてちょうど洗い物を終えたところを連れてこられたマキオの三人は丸く向かい合わせに立っていた。
「はっきり言えば、これから行なうのは魔法使いの素質がある者なら無意識にできて当たり前のことじゃ。じゃが逆に言えば、無意識にしかやっていない者も多い。『理屈は知らぬがなんとなくできている』というのと『どのように行なうか分かった上で無意識にできる』のとでは当然後者の方がより高度な魔力操作が、ひいては高度な魔法が使えるということじゃ」
黒猫が常になく真面目な顔をしているのは、魔法に対しては真摯に取り組む、魔法使いとしての性だろうか。
当然のように、少女もまた真剣にその言葉を聞いていた。なにせ(忘れてしまっていたとはいえ)幼少期の自分が魔法に憧れを持つきっかけを作ったまさにその人からの直接指導、その一日目である。自然と気合が入ろうというものだ。
一方で、以前から弟子の身分であったマキオはといえば、その表情は常と変わらない微笑みに見えた。しかしながら、付き合いの長い黒猫から見ればそうではなかったらしい。
「なんじゃマキオ、何か言いたそうじゃな」
「僕が? 師匠に? まさかまさか。洗い物は終わったけどまだ片付け物があったのにとか昼食の仕込みも済んでないのにとか全然思ってませんよ」
「ならば何も問題はないな」
あくまでもにこやかに、言葉の中身を聞かなければ敬愛する師匠への称賛を贈っているのかと思えるほどの満面の笑みでマキオが皮肉を言えば、クロも弟子のお株を奪うほどに目を細めて笑顔を作る。
短い沈黙。
「「はっはっはっは」」
全く笑っていない目で笑いを交わす師匠と兄弟子の姿に、ククルゥは気付かれないように少しだけ後ろに下がった。
「という訳で、マキオ。ククルゥに魔力操作のお手本を見せるのじゃ」
「なにが『という訳』なのかさっぱりですが」
一頻り笑いあった仲良し師弟だったが、師匠の方が唐突に指令を出した。
弟子は文句を零していたが、言葉とは裏腹に素直にククルゥに向き直ると先程までとは違う、裏のない笑顔で告げる。
「ククルゥさん、やってみせますからまずは見ていてください」
「あ、はいっ! よろしくお願いします」
慌ててぺこりと頭を下げるククルゥ。さらりと肩口から落ちた髪が朝日に輝いた。
マキオも会釈を返し、ククルゥが頭を上げると同時に自然な動作で手のひらを上に向けた右手を少女へと差し出す。その目線が右手に移ったことを確認して、
「では行きます」
短い言葉の後、マキオの右手に日光とは明らかに違う、淡い青色の光が集まり始めた。それは徐々に強く、十メートルは離れている魔導書屋店舗の壁に落ちた影を後退させるほどに輝きを増したところで、今度は徐々に弱くなっていき、最後には音もなく消える。
それは昨日、<記憶遡行>の魔導書を使った時の光にも似ていて、その幻想的な光景を思い出したククルゥは一連をただ無言で見つめていたが、光の消失と同時にほう、と溜息を漏らした。
「ご苦労、マキオ。見えたなククルゥ」
「は、はい。今の光が魔力なんですか?」
名前を呼ばれて急激に現実へと引き戻されたククルゥはそう質問をしながらも、記憶の中で幼い自分が見ていたものとは何かが違うように感じて首を傾げていた。そしてその違和感は黒猫によって肯定される。
「それは正確ではないな。今のは分かりやすいように光らせたが、本来魔力は無色透明なものじゃ。マキオ」
「はいはい。光無しでもう一回、ですね」
細かく指示されたわけでもないのに、マキオが気を利かせてくれていたらしい。さらに名前を呼ばれただけで次の指示を察する辺り、伊達に長く付き合っていないようだ。
「では、ククルゥさん。先程と全く同じ強さで魔力を動かします。今度のは少し見えづらいかもしれませんが、頑張ってくださいね」
「はいっ!」
今度も元気よく返事をするククルゥ。兄弟子はそんな妹弟子を微笑ましく思いながら、再び右手を差し出す。
食い入るようにマキオの右手を見つめるククルゥの目には、強い好奇心が見て取れる。さながら手品を見る子供のようだ。
「それでは行きますよ」
言われるまでもなく片時も目を離すまいとしていたククルゥだったが、次第に怪訝そうな顔になっていく。
「はい、お終いです」
「えっ?」
突然の終了宣言に驚いて顔を上げれば、その先ではマキオの細い目がククルゥを見下ろしていた。よく見れば微かに眉根が寄っている。
「どうでした?」
「ええと……」
「ふうむ……こうなるか……」
マキオに尋ねられても、ククルゥは何も答えられなかった。その様子を見たクロはクロで一人ひげを撫でながら呟く。
おぼろげに状況を把握しながらも、おずおずとククルゥは尋ねる。
「あの……何も見えなかったんですが、今、さっきと同じように魔力が動いていたんですよね?」
「うむ。同じようにどころか寸分違わず同じ強さ、同じタイミングでやっておったぞ。流石じゃな、儂」
「そこは僕でしょう」
問いかけに首肯しつつ自画自賛を始めた黒猫に、兄弟子の冷静なツッコミが入るが、クロは涼しい顔で返す。
「マキオを育てたのは儂、つまりマキオが凄いのは儂のおかげじゃろうが」
「それは――そうですね」
一瞬反論しかけたものの、一理あると考え直したのか、言うだけ無駄だと諦めたのか、マキオはあっさり折れた。
或いは小ボケを拾い続けていると話が進まないと、十年の間に培った勘が告げたのかもしれない。
「さて、ククルゥ。何も見えなかった、と言ったな」
「は、はい……」
幸いにして、クロの方もショートコントを続ける気は無かったようで、興味の対象を少女へと戻した。
このとき、ククルゥは内心怯えていた。ひょっとして才能がないと見限られるのではないか。ヨロイトカゲはドラゴンにならない(※)と切り捨てられるのではないか。そんな不安が頭をもたげ、ククルゥ自身の頭は逆に力なく垂れ下がる。
「まあ、正直言うとじゃ、ここまでとは思っておらんかった。思ったよりも鍵を開けるのに時間がかかるかもしれん」
だが、クロの言葉は見捨てる類のものではなかった。どちらかと言えば、むしろ申し訳無さそうな響きを含んでいる。
そんな風に言われるのは予想外で、ククルゥは弾かれたように顔を上げた。
「いえ、そんな……! わたしこそ、全然だめで……」
「なに、ダメさ加減で言うならマキオの右に出るものはおらんじゃろうから、安心して良いぞ」
自分の至らなさを再確認してしまい、少し落ち込みかけたとき、クロは例によってカラカラと笑いながら兄弟子をディスった。昨日から度々飛び出すマキオへの辛辣な評価だが、言われたマキオも苦笑いを浮かべるだけで特に反論をしないのがククルゥには不思議だった。しかし、今は自分を元気付ける為に泥を被ってくれているのかもしれない、と思い直して一旦それについての考察は置いておくこととする。
「師匠、ククルゥさんの場合は目に頼りすぎているのではないかと思うのですが」
「ああ、儂もそう思う。そういえば初めて会ったときも魔力を『視て』おったようじゃしの。なまじそっちの才能が強いせいで、魔力を封じた今はその能力も使えなくなっておるのじゃろう」
「つまり、どうにかして魔力を引き出さないと――」
「魔法使いへの道は開かれん、ということじゃな」
そんなククルゥをよそに、師匠と兄弟子は今の短い時間でも何かしらを掴んだらしく協議を始めていた。いや、それは協議というよりは確認作業に近い。
そして、師弟そろって下されたこの判断こそが、ククルゥ(と巻き添えでマキオ)の運命を決定づけた。
「ククルゥ、少し修行方針を修正するぞ」
「え? あの、それはどういう……」
妙に優しげに笑う黒猫の顔に何故か良い予感がせず、ククルゥは本能的な恐怖を感じて、じり、と後退ってしまうが、次の瞬間には何かで縛られたかのように動けなくなる。正確には、呼吸もできるし目も動かせるが、前にも後ろにも動けず、指一本さえ動かせないという状態だ。
なんとか体を動かせる範囲で原因を探ろうと目を動かすが、それは次の言葉で中断させられる。
「なに、ちょっと死ぬほど走ってもらうだけじゃよ」
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そして現在、短い休憩を終えたククルゥは、クロの指導の元で内在魔力の感知を行なっていた。
「繰り返しになるが、今のお主らは体力が限界を迎えておる状態、言い換えれば死にかけじゃな。その状態では生存本能が刺激され、普段よりも魔力を感じやすくなる。まずは自分の中に魔力が存在することを知覚するのじゃ」
黒猫の厳かな声が、疲労でぼんやりする頭に沁みる。
「ククルゥ、お主は目が良い。目が良すぎる。じゃからそれに頼ろうとする。目を瞑り、自身の内側を探れ。まずはそれからじゃ」
言われるがままに、ククルゥは目を閉じた。走ったことで速くなっている心拍は、未だ治まらずにドクドクと耳の裏と胸の奥で鳴っている。体の中は熱く、外は汗に当たる風で冷たい。その狭間に体があることを感じる。生命の脈動、などと大仰に言うつもりはないが、生きている限り感じ続ける熱であることは間違いない。
ここまでは、この数日間でも感じられたことだ。だが、その先へは進めていなかった。クロ曰く、体の感覚と同じように魔力を感じるのだというが、どうにもその感覚が掴めないでいた。
「力を抜くのじゃ。何なら寝てしまっても構わぬ。その上で、体の奥底を覗くのじゃ」
クロの言葉はいかにも抽象的だ。体の奥底と言われても、普通そんな所を見た経験はない。
だが、そう。これはあくまでもイメージの話。どこまでもどこまでも深いところへ沈んでいくイメージ。例えるなら眠りに就くときのような。ゆっくりと暗い場所へ沈み、段々体の端からどこかへ溶けていくようなあの感覚。
体の熱と鼓動の音が生命の感覚ならば、これはさながら死の感覚だ。死は恐ろしいもののはずなのに、こんなにも心地よい。
ククルゥがゆったりとその感覚に身を任せた瞬間、体の中心に一つの熱を自覚した。それは小さな小さな塊。握りこぶしよりもなお小さなそれは、しかし確かな熱を伝えてくる。
「あ……」
唐突に、ククルゥは理解した。これはあの日、両親を吹き飛ばす直前まで自分が集めていた『ぽかぽか』だと。
一度は心にトラウマを刻んだはずの、実に十年ぶりに触れるその感覚は、それでも恐ろしさよりも懐かしさと安心感をもたらした。
「あったかい……」
その温かさにもっと触れたくて、ククルゥは無意識に手を伸ばす。湧き上がる熱はその手の先に――否、最早ククルゥの体全てに伝わって行き、かつてと同じように加速度的にその熱量を増していく。
「それじゃ、ククルゥ」
聞こえた声と共に、集まっていた熱が不意に霧散した。
「あっ……あれ?」
あまりにも呆気なく、そして突然に消えてしまった感覚に、ククルゥは思わず目を開けた。そこにはクロ、ではなく。
「ふふ、一週間か。悪くないの」
人の姿に戻ったクローネがいた。どういう訳か風呂場のときとは違って全裸ではなく、黒いローブを纏っている。その右手はククルゥに向けて広げられており、僅かに魔力が立ち昇っていた。
「あ、え? あれ、クロ……ーネ、さん?」
「よくやったぞククルゥ。魔力を引き出せたの」
「わひゃっ!?」
カラカラと笑うその顔は当たり前だが少女の師、クローネその人で間違いない。つかつかと歩いてきたかと思えば、わしゃわしゃと無遠慮に頭を撫でられて、ククルゥはくすぐったさに耳をバタつかせながら声を上げた。
「いやあ、元々の才能もあろうが、こうもあっさりできるようになるとマキオの立つ瀬がないのう!」
「…………」
なおも頭を撫で続けるクローネは、愉快そうに兄弟子であり今も疲労から絶賛撃沈中のマキオに水を向けるが、返事はない。不審に思った二人が兄弟子の方へと目を向ければ、川から少し離れた位置で木に凭れているマキオがいた。遠目に見てもぐったりしている様は屍のようだ。
二十代半ばとはいえ、普段は家庭菜園に毛が生えた程度の畑仕事くらいしかしないマキオにとって、ここ数日繰り返されたマラソンはまさに命を削る思いだったのだ。実際の所、筋肉の疲労や損傷は魔法で治癒することもできるのだが、今回は体をいじめ抜いて擬似的な死を体験することで魔力の覚醒を促すという、荒療治を通り越した荒行だった為、最低限、翌日走れる程度に回復させる為の<回復促進>以外は魔法による治癒は禁じられていた。
よく考えればマキオは師匠命令という理不尽でその荒行に付き合わされているだけであり、回復魔法を使用しても何も問題はないはずなのだが。
そんな訳で、十代半ばのククルゥでさえ疲労困憊となるこの修業において、マキオの体力は本当にギリギリ――ただしアウトの方に――だったのである。
「ふふ……正直、助かりましたよ。明日はどうやってでも休むか回復魔法を使おうと思っていたところでしたから……」
「あ、あはは……すみません、付き合わせてしまって……」
「いえいえ、悪いのは師匠ですから」
「よーし! では今日はここまで! 帰って飯にするぞ!」
小さく右手を挙げて感謝を示した兄弟子に、ククルゥが小さく頭を下げて謝意を示せば、マキオは首を横に振ってから真顔で師匠を見つめた。さながら真犯人を確信した探偵のような目つき。
だが残念ながら、そんな視線程度で怯むことなく師匠は全く意に介さずに上機嫌で鼻歌を歌うのだった。
ウソ予告:遂に魔力を取り戻したククルゥ。その大いなる力に酔いしれ、やがて彼女は魔王となる。魔王降誕の責を一身に受け、クローネは隠してきた力を解き放つ。次回、『師匠として譲れないものがある。夕食のでかい肉とか』お楽しみに。




