物語の始まり Ⅸ
「離してください!」
紗希はボスの拘束に懸命に抗う。しかし、それも儚いものだった。
「うるせぇ!」
紗希の頬に拳が入れられる。紗希の顔は腫れた。
「うっ」
紗希は項垂れる。
「そいつを離せ外道。命が惜しければな」
彼らの目の前に現れたのは田中太郎だった。
「…お前は何者だ?」
ボスは目を細める。ヤクザであるかどうかは関係なしに、ボスの勘は鋭く、田中の存在の異常さを無意識に感じとった。
「…そうかなるほど!お前がmetamoniumか!待っていたぞ、これで私の悲願が叶う!」
ボスは今までで一番口角を上げ田中を歓迎した。その姿にはどこか余裕がある。
「メタモニウム?ああ、そういう事か」
田中はその単語を聞き何かに納得した。
「もし俺がそれであるとして、お前にはいそうですかとついていくと思うのか?」
田中はボスを睨みつける。
「こうすれば、お前は無視できまい」
ボスは紗希の首にナイフをあてがう。紗希は先ほどの拳で意識を失っていた。
「………」
「この娘を殺されたくなければ従え」
ボスはナイフを少し強く首元に当てる。紗希の首元から血が一筋流れる。
「…好きにしろ。別に俺はそいつが死のうが関係ないからな」
田中は言い放ち腕を大砲に変化させ構える。
「なっ、いいのか!?この娘が死ぬんだぞ!」
「ああ、構わないぞ。出来るならだが」
突如ボスは後ろから腕を掴まれる。そしてそれを驚異の握力で握りしめられた。
「いだだだだ!」
ボスはナイフを落とす。紗希も同時にボスの支配から解放され地面に倒れた。
後ろから襲ったのはクロである。
「よぉ、数分ぶりだなぁ。その人は返してもらうぜ?」
倒れた紗希を田中が回収する。
「ふん、遅かったな」
「テメェこそ変にイチャモンつけといてアクルスのアニキに勝ててねぇじゃねえか。ざまぁねぇな」
田中の煽りにさらに煽り返すクロ。
「っ、テメェら調子のんじゃねぇぞ!」
ボスの体が突如膨らみ始める。クロは手を離し田中のいる方に下がる。
「チッ、副作用が怖いが仕方ねぇ!」
ボスは白い毛並みに縞模様の獣へと変化する。同じようだが、当然シマウマなどではなかった。
それはライオンと虎の混血種、ライガーのようだった。獰猛そうな顔面、鋭い牙、それはまるでライオンを彷彿とさせる。
「…ふははは!当たりだ!私は最強だ!お前達なぞ一捻りにしてくれる!」
ボスは高らかに笑い、クロ達を睨む。
「あれもオリジナルってやつか?いいぜ叩き潰してやるよ!」
「都合がいい。これでようやく約束を果たせる」
それぞれ思惑は違えどクロと田中はボスと戦う気満々で構える。
「おいおい邪魔すんなよ」
「邪魔なのはお前だ。せいぜい流れ弾に注意しろ」
「ならテメェも注意すんだな。間違って手が滑るかも知れねぇ」
2人は睨み合うと、同時にボスに突撃した。