物語の始まり Ⅶ
俺は使命を帯びていた。
それが何であったかは忘れたが、多分あの星を滅ぼせとかそんな類のものだ。
だが腹が減って仕方ない。何せもう100年間飲まず食わずだからな。だから俺が乗るこの小さな小さな星が地球に到着したらまずは適当に周りのもん喰らいまくってやる。
そんな考えを持ちながら俺はようやく地球に着いた。降り立った俺を待っていたのは、1人の男である。
ああ、少し線が細いがうまそうだ。俺は男の体よりも大きく口を開け、男に齧り付こうとする。
さぁ恐怖しろ。俺を楽しませろ。食事ってのは楽しく食うもんだからな。その為にお前の言語能力を模倣した。さぁ叫べ。
「俺を楽しませてみなぁ!」
しかし俺を見た男の口からは予想だにしない言葉が出た。
「ふむ、私を喰うのもいいが…私に付いてくるならもっと美味いものを喰わせてやろう。どうだ?」
男は醜く口角を上げ、俺に問いかけた。
「消え失せろ!」
田中はモーニングスターを避けたアクルスに今度は左手に形成した大砲を構えた。
アクルスは放たれた砲丸をすんでのところで回避する。
「危ねえ!クッソ、こっちの事情なんざお構いなしに攻撃しやがって…」
先ほど放たれた砲丸は公園のどこにも傷をつけなかった。いや、アクルスが水を操作し、砲丸を止めたのだ。
本来ならその必要はないが、アクルスとしては周囲に被害を出すのは避けたかった。
(早いわけじゃねえから対応は余裕なんだが…何だろうな、この違和感)
アクルスは田中の戦い方を不思議に感じる。アクルス自身はその違和感の理由にまだ気づいていなかった。
「ならこんなのはどうだ?」
田中はいつのまにかモーニングスターだった手を元に戻し、何かを握っている。
そしてそれを地面に投げ捨てた。
「ッ、まずい!」
アクルスは地面に捨てられたそれを土を含ませた水で全力で覆う。が、間に合わない。
あたりに閃光が走る。田中が投げ捨てたのはフラッシュバンだった。
「眩しッ!」
アクルスが目を手で覆うと同時、腹部を砲丸が貫いた。
「ガッ」
アクルスは腹の穴から血を流しその場に倒れる。
「油断したな」
もう戦闘は終わりだと言わんばかりに田中は踵を返し、逃げたクロたちを追いかけようと跳んだ。
そしてその勢いのまま地面に叩きつけられた。
「ぐぁっ!」
田中の足には水がまるで蔦のように巻き付けられている。
そしてすぐさま田中の首が何かに押さえつけられた。
「やるじゃねえか。油断してたわけじゃねえが、まさか人化解除されるハメになるとはな」
そこにいたのは、液体。全身を水で構成された人型の物体があった。先ほどまで血が飛び散っていた場所は赤ではなく土の色、つまり水が染み込んでるのみだった。
液体の、人であれば目に当たる部分が赤く光る。
「自己紹介がまだだったな。俺の名前はアクルス。アクルス・ノーイだ。つーわけで、落ちろ」
アクルスは田中の首をそのまま締め上げる。
「なんてな」
しかしすぐさまその手を離し、足に巻きつけた水もその締め付けを緩めた。
田中はすぐさまアクルスから距離を取る。その顔には困惑の感情が出ていた。
「鎌、モーニングスター、大砲にフラッシュバン…何で妙なのか納得いったぜ」
アクルスは田中を見据え、微笑む。
まるで田中の全てがわかったと言わんばかりの目だった。
「お前なあ、化け物のくせに人間らしすぎるんだよ。人間として、人間が作ったもんを武器に戦ってんだ。ハハッ、そんな宇宙人見たことねえ!今だってその気になれば首を切れば逃げれただろ?腕を一瞬で再生してたんだ、くっつけるにせよ生やすにせよ、全身再生するのに長い時間はかからねえはずだぜ?」
アクルスは田中に近づく。田中は手を鎌に変えもう一度戦闘態勢をとる。
「あん?どうした?あいつら追いかけるんだろ。さっさと行くぞ」
アクルスはそのまま田中の脇を通り抜け、公園を出る。
「…おい、貴様にとって私は敵だろう?!殺されたいのか!」
田中は何が狙いだとアクルスに問う。
「敵ではねえよ。敵なら最初っから殺す気で潰してる。それに今のお前に負けるほど俺はやわじゃねえ」
アクルスは話しながら同時に田中の全身に無数の水の刃を突きつける。
「!!」
「少なくとも今の戦いで俺はお前が悪い奴じゃねえと思った。今の行動にもなんかやむを得ない理由があるんだろうと感じた。俺はそれが知りたいのさ。別にお前が俺をどう見ようと勝手だ。だが今だけは一緒に行動しろ。その方がお前にも得だと思うがな?」
まあ、それでも俺たちと敵対するなら今から殺す気で相手してやるよ、とアクルスは笑う。
「…………」
田中はアクルスを睨みながら、
「…いいだろう。あとで俺が何をして貴様がどうなろうと、貴様の判断ミスだ」
と呟くと、鎌をおろしアクルスと共に公園を後にした。