物語の始まり IV
クロとアクルスが家を出たすぐ後のこと。
ヒカドラと紗希は向かい合ってお茶を飲んでいた。
「…しばらくここにいてもらうぞ。まだ聞きたいことがあるからな」
「…」
紗希は沈黙する。
「話もしたくないか。まぁ当然か…最悪勝手に動かなきゃそれでいい。何かあった時に困るからな」
「…」
「まだカレーは余ってるから食べたければ好きにしろ。それとも本でも読むか?なんならゲーム機もいくつか…」
「あなたは孫が来て張り切るおじいちゃんですか……なんで」
おじいちゃんと化していたヒカドラに紗希が口を開く。
「なんで最初受けないなんて言ったんですか?あの子が言ってたように依頼を受けたいと思っていたならなんで一度突き放したんです。教えてください」
紗希はヒカドラを睨む。ヒカドラはお茶をそれぞれの湯呑みに注ぎ、紗希に向き直った。
「……以前のことだ。お前と同じようにある存在を探してきてほしいと依頼された事があった」
その口調は重い。
そこにあるのは依頼の窓口としてではない、依頼を受けた者として、依頼者と対等に向き合うヒカドラ…ヒカルの姿だった。
「詳しい内容は伏せるが…その依頼で依頼者の裏切りが起きた。その結果…いや違うな。俺たちは心の何処かで驕っていた。たとえそんな事があっても大丈夫だろうと。それが1番の原因で、その依頼は最悪の結末を迎えた」
紗希が唾を飲む音がする。最悪の結末とはなんなのか、それは紗希には分からないが、少なくとも正しい形で終わらなかったのは確かそうだった。
「だからお前が田中太郎を連れてこいと依頼してきた時俺たちは突き返した。聞きはしていないが連れてきてほしい理由を言わなかったからな。何かに悪用しようとしている可能性がある以上、その助けを俺たちがするわけには…ちょっと待て」
ヒカドラはおもむろに立ち上がる。
その刹那、
ドドドドドド‼︎
銃声、それも機関銃の音が鳴り、窓が割れる。
「きゃあ!」
紗希は驚いて頭を抱え机に突っ伏す。
「それでいい!そこでじっとしていろ!」
ヒカドラは周囲を視る。
(敵は3人…躊躇がなかったところを見るにそういう事に慣れてるな…あと、)
ヒカドラは紗希の方を見る。
(…狙われてないな。つまり殺したいのは俺だけ、神奈川は生かして連れて行きたいってところか…ならば)
ヒカドラは慣れているかのように極めて冷静に状況を分析した後、割れた窓から侵入してきた重装備の男たちを睨みながら、手につかんでいた弾丸を投げ捨てる。
「いいだろう…情報を引きずり出してやる」
ヒカドラは口角を上げる。するとヒカルの手が光り出した。
「死ねぇ‼︎」
男たちが機関銃を構え、弾を放つ。ヒカルはその全てを掴んで見せた。
「なっ」
「その程度か?なら次はこちらの番だ」
一瞬。そう、まさに一瞬でヒカドラは敵のそばに詰め寄り、外に向かって蹴り飛ばした。
(今ので二人…なら)
「動くな!」
ヒカドラの背後から声が上がる。
そこには紗希に拳銃を向ける最後の1人の姿がある。
「動けばこいつの命はねぇぞ!大人しく手を上げて膝をつけ!」
男はヒカドラに脅しをかける。
「……」
「早くしやがれ!」
「貴様はバカか?」
その声は男の背中からした。声と同時に男の拳銃とそれを握る右手が宙を舞う。
「次があるかは知らんが、次からは生かして連れていかないといけない対象を人質にとるんじゃなく俺を直接殺しに来るんだな。わざわざ目の前の敵に隙を作るのは悪手だ。俺を狙う方がまだ可能性がある。まぁ貴様らごときに殺されるほど弱くはないが」
「がぁっ」
ヒカドラは先ほどと同じ窓に男を蹴り飛ばし、切り落とした右手を放り投げる。家の前に襲撃者の鏡餅が生まれた。
「さて…邪魔もいなくなったんだ、事情を話してもらおうか?」
ヒカドラは紗希の背を起こしたあと穴だらけの椅子に座り汗と返り血を拭う。
紗希は目の前に座る無傷で血だらけの男に驚愕を隠せなかった。
そこにアクルスとクロが帰宅する。
「おい、何があったんだよヒカル?」
アクルスはあーあーと割れた窓ガラスを拾う。
「説明するがちょっと待て。警察が来る前にここを離れるぞ。面倒だ」
ヒカドラは帰ってきた二人に荷物を放り投げると玄関から外に出る。3人もそれに合わせて家を後にした。
「さっきのやつらの情報だと、奴らはこの辺り一帯を縄張りにするヤクザらしい」
家から大分離れた公園、そこにあるベンチに一人座りヒカルは敵の事を話す。
「…ん?」
さっきのやつらの情報というのは?紗希の疑問など御構い無しに話は進む。
「ウチを襲った目的はこいつ…神奈川紗希を連れていくためだったわけだが…あいつらはその理由は知らなかったみたいだ。さて神奈川紗希、話してもらうぞ、お前の事情を」
ヒカドラは紗希を睨む。
「…その前に教えてください。あなた達は一体何なんですか?銃で撃たれた弾を手で掴んだり高速で移動したり」
紗希の問いにクロは少しムッとする。
「何者、ですらなく何なのかって聞いてくるとは失礼な。これでもれっきとした生物なんだぞ?」
「人ではないがな」
「まぁそうだけどよ…」
ヒカドラが口を挟みクロはため息をつく。
「みんなして化け物化け物って言ってくるのは中学生にとっちゃ悲しいことなんだよ…」
クロは周りからの評価に思うところがあるらしくふくれっ面で話を進める。
「…俺たちは宇宙人なんだよ。あんたにわかりやすくいうなら」
「宇宙人?」
「そう、宇宙人」
「………はぁ?」
紗希は理解が追いつかない。
「とある星の王子さまたち、それが俺たちブラックバスターズだ‼︎」
アクルスは全力のキメ顔をしながら自分を指差す。
「………」
「無反応は傷つくわぁ…」
アクルスはしょんぼりして紗希に背を向け縮こまる。
「…まぁいいです。尋問したわけでもないのにあの人たちからの情報と言ってるのもあなた達が宇宙人だからってことですね」
「貴様を連れて行くとか目的は知らないというのはあいつらが入ってくる前に喋ってたのが聞こえただけだ。生かして連れていく云々は奴らの立ち回りから推測した。別に俺が特別なわけじゃないだろう?」
ヒカルは推理しただけ、そう主張する。
(……でもあの時って外無音だった様な…)
一般人に聞こえない大きさの音を聞くのは十分特別では?紗希は訝しんだが、とりあえず納得することにした。
「…おそらくあの人たちは私が持ってるこれが欲しいんだと思います」
紗希はカバンから小さなプラスチックケースを取り出す。
「!そいつはさっきおっさんが絡まれてる現場で見たな……まさかそれって…」
クロが何かに気付いた様に目を細める。
「もう見てたんですね…そうです。これは薬です。人を獣に変える薬…人体獣化薬、ハイビースト。私の父がつくった薬です」
紗希はケースを見つめながら持つ手を握る。
「これのせいで…私の父は死んで、大勢の人が不幸になりました」