物語の始まり Ⅰ
「…ねぇ、こんな話知ってる?」
「また噂話?アンタ大好きね。今度はどんなの?」
「"田中太郎"っていう人が最近有名になってるの知ってる?」
「えぇ、火事とか空き巣の現場に現れては逃げ遅れた人を助けたり泥棒を捕まえたりするっていうヒーローよね?それがどうかしたの?」
「その人なんだけどさ…実はどの現場で目撃されてるのも"別人"だっていう噂があってね…何でも見た人の話に出てくる容姿がバラバラなんだって!」
「…最初の"ヒーロー"に憧れた一般人が真似してるだけでしょ?そうじゃなきゃ、"田中太郎は自由自在に姿を変えられる"事になるじゃない」
「…もしかしたら全部同じ人かもよ…?ほら、素顔を隠すための変装とか…」
「ル○ン三世か!」
「あいつはとんでもないモノを盗んでいきました…あなたの心です…なんてこともあるかもね」
フフフ…
アハハ…
少女達は笑いながら学校から帰る。
するとふと、片方が思い出したように話し出す。
「そうそう、アンタの話で一つ思い出したんだけど…」
「なになに?珍しいねぇ」
「……"ブラックバスターズ"って、知ってる?」
「……ごめんください…こちらは、"竜野黒"様のお宅でしょうか…?」
雨が降りしきる住宅地で一人の女性がインターホンを押すと、玄関のドアが開く。
中からは白髪の青年が姿を現した。背が高く、顔も良い。所謂イケメンだ。
「お待ちしておりました。ようこそ"ブラックバスターズ"へ」
白髪の青年は女性を迎え入れる様にドアを抑えて立つ。
「さぁどうぞ中へ。"依頼"の詳しい内容をお聞きしたいので」
女性は招かれるままその家に入る。応接室兼リビングに通された先で目にするのは異様な光景だった。
「…アンタが"神奈川紗希"さん?この度は"ブラックバスターズ"にご依頼ありがとうございます。俺が代表の"竜野黒"です」
代表を名乗りソファに座るその男は紛れもなく中学生だった。上はワイシャツ、下は学ランのズボンであろう格好にソファの隣には"鷹島中学"と文字の入った学生カバンが置かれている。
「…ほら、だからもうやめようっつったんだよ!もう俺やだよこんな"え?こんなちんちくりんのクソガキが代表?あっちの人の方が良い…"みたいな目で見られんの!」
神奈川紗希の反応を見た黒が青年に愚痴る。
「事実代表はお前なんだから仕方ないだろ?第一俺が代表をやってたらそれはもう"ブラックバスターズ"じゃないからな」
「それはそうだけどよぉ…はぁ、まぁいいや。失礼な反応は見なかった事にして話を進めるか」
黒はため息をつき目を手で隠す様に抑えると、真面目な顔になる。
「…アンタの依頼は何だ?どうせマトモな事じゃねぇんだろ?"馬鹿みてぇな話でもちゃんと聞いてはやる"から内容を正確に話せ。それを受けるかどうかはそれからだ」
これから語られる内容がまるで馬鹿げている話だと断定するかの様に黒は話す。
「…確かに馬鹿な話、ですね。それでも聞いてくれるというのであればお話します。依頼は、ある人を探して貰いたいんです。知っていますよね?"田中太郎"さんにまつわる噂…」
紗希は自嘲気味に笑うと期待のこもらない声色で話し始めるのだった…
「…どう思うよ、アニキ?」
黒が青年に意見を求める。
「…俺も噂は聞いたことあるが、噂じゃどれも容姿が違うんだろう?あなたが探しているのは一体どの"田中太郎"だ?」
黒の隣に座る青年はひとしきり悩んだ後自分で淹れた紅茶に口を付け紗希に聞く。
「…あの、こんな事言っても信じてもらえるか分からないんですが…あの人達は"全員同じ人"なんです。つまり、"事件現場に現れる田中太郎を連れてきてほしい"っていうのが…」
「アンタの依頼と。"田中太郎"が一人だっていう理由は?」
黒は紗希の言葉を継ぐとすぐさま問い返す。 気になったからである。何故容姿の全く違う複数の人間を"同一人物"とみなせるのか。普通なら最初の"田中太郎"以外はその真似をする別人だと考える。
恐らくそこが依頼の根底にある問題…"ブラックバスターズ"までわざわざ依頼を持ってくる理由だと黒は考えた。
「…勘です」
「……ほう」
勘。つまり明確な理由はないのだ。ただそう感じる。それだけで神奈川紗希という女性は田中太郎を一人だとみなした。
「…もし本当に勘だけで言ってるなら依頼は受け兼ねるな」
青年が紗希に疑いの目を向ける。黒はそれを否定出来ないといった顔で苦笑する。
「そんな…!」
「当然だろう?全くの勘で話す事など妄想と同じだ。人がそれでよし受けようとなると思っているなら、俺たちは随分甘く見られてる事になる。たとえ金が出るのだとしてもな。」
青年は冷たく言い放つ。
「っ…」
紗希は言葉に詰まった。
青年の言葉は正しい。依頼内容が"田中太郎を連れてくる事"である以上、受けてしまえば黒や青年には依頼通りの田中太郎を見つける義務が生じる。仮に田中太郎が複数いた場合、黒や青年はその中から本当の田中太郎を見つける必要がある。しかも…
「…そもそもアンタが言う"田中太郎が1人"っつう話、容姿を変えたのはどういう手段だよ?変装は無理があるだろうし、まさか整形でもしたってか?現実的じゃねぇなあ。」
依頼内容に対する根拠が薄い、あまりにも発想が突飛すぎる。黒はそう告げた。
「………」
紗希は沈黙の後、
「…今の話は忘れて下さい。」
そう言って荷物をまとめると、再び雨の中に消えて行った。
「…とは言ったものの、やっぱり気にはなるよなぁ、アニキ?」
黒はしばらく経ってから青年に問う。
「…俺だってちゃんと考えているさ。おそらく噂通りなら田中太郎そのものに害はなさそうだしまぁ言っていることも本当なんだろうさ。」
青年はため息をつくと、
「…だが、だ。ただでさえ少し前まであの依頼にかかりっきりだったんだ。もうこれ以上嫌な予感がする…いや、嫌な予感しかしない依頼はこりごりだ。普通の依頼を受けたいんだよ」
と言いながら眉間を押さえる。
「…なんだ分かってたんじゃねぇか。じゃあやる事は一つだろ?」
「…ああ畜生!だからお前らのお守りは嫌なんだよ!」
ニヤリと笑う黒と頭を抱える青年。見事なテンションの違いである。
「お前らがそういうのに首を突っ込まないように俺が受付担当をしているのに、お前らがそういうのばっか引き寄せたら意味ないだろうが!財政が逼迫してて金になるかもわからん依頼など受けたくないのにだ!」
(……でも依頼者ここに呼んだのアニキだろ?)
(開いてたメールに勝手に返信したのはおまえだろうが)
両者が無言の圧力をかけあう。
「……"アクルス"が帰ってきたら対応を考えるぞ。どうせそっちがらみなら俺たちも出ないとまずいのは事実だしな。」
青年が折れた。
「いいか今回だけだ!次はまともな依頼を受けるぞ!」
「…そうこなくっちゃあな!」
黒は立ち上がると机の準備を始めた。
彼らは知っている。
噂であれ都市伝説であれ、怪談であれ。
現実離れした何かが、この世には存在するという事を。