【コミカライズ】婚約破棄のご利用は計画的に[なろう版]
一迅社様発行のアンソロジー「溺愛令嬢は旦那さまから逃げられません…っ♡アンソロジーコミック」にて北村シン先生にコミカライズしていただきました。
*ムーン様掲載内容を全年齢対象に編集しましたのでご一読して頂けたら幸いです。
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2018年ムーン様にて、日間総合ランキングで一位、日間短編ランキングで一位を頂きました。感謝です。
誤字報告ありがとうございました。
お目を通していただけて感謝しております。
「アミエーラ・ウィースクム公爵令嬢!お前との婚約は破棄する!」
王太子であるヴァランガ・アヴァランシュ殿下は会場に響くのも構わず声をあげた。
ーー婚約破棄された。
私アミエーラ・ウィースクムは公爵令嬢で、八才の時四歳上の王太子の婚約者となった。
幼い頃は四歳年上である王太子の容姿に目が眩み、淡い恋心を抱いていた。
そんな幼い恋心も王太子の浮名に簡単に砕かれた。お陰で目が覚めた私は冷静に周りを見て育った。
今では貴族の一員である以上、政略結婚は仕方ない事だと思っている。
今、学園卒業式後の夜会が開かれている。十六才で学園を卒業して次は社交界にデビューするのだ。
私も十六才となり今回卒業なため出席してる。
王太子と王太子の同級生であり側近扱いの宰相の令息イスム・ラントエンゲ、騎士団長の令息ロシェ・ルーペース、魔術師団長の令息リームス・シュラムの三人も出席している。
王太子は私の婚約者なために出席している、のではない。
王太子の愛おしい恋人の卒業式だから来たのだ。
まあ、陛下もお見えになる夜会なので、王太子の出席も当然なのだが。
冷めた頭で目の前の人物達を見つめればヴァランガ殿下はふんぞり返り、その隣には腕に絡まるようにくっついているラヴィーネ・ニウェース男爵令嬢が居た。
ラヴィーネ令嬢は可愛らしいくりくりお目々にさくらんぼのような唇。ピンクブロンドのウェーブヘアは艶やかに腰まで伸ばしている。ボンキュッボンなナイスバディにちょっと童顔よりの可愛い彼女にあっというまに虜になったヴァランガ殿下。浮名を流し女遊びの激しかったチャラ男はチョロ男でもあったようである。情け無い。
「ラヴィに嫌がらせをしていると聞いた!公爵令嬢ともあろう者がなんたる恥さらしだ!」
ラヴィーネ・ニウェース男爵令嬢が私に嫌がらせを受けた、と言っている。周りの腰巾着の伯爵や侯爵令嬢が口を揃える。
宰相令息イスム、騎士団長令息ロシェ、魔術師団長令息リームス。
揃いも揃ってラヴィーネ・ニウェース男爵令嬢の取り巻きになっている。
そして、その取り巻き令息目当ての令嬢達がラヴィーネに取り入っているこの状況。
はぁ。と溜め息をつきたいが王太子の婚約者が見っともない真似は出来ない。グッと飲み込み眼前を見据えた。
怯えるように肩を震わせながらヴァランガ殿下の腕に縋り上目遣いで見つめるラヴィーネ。
「わ、わたしは気にしてませんから。追求したら公爵令嬢であるアミエーラ様にご迷惑かけてしまうわ」
「ラヴィは優しいなぁ」
目尻が下がり口調が甘くなるヴァランガ殿下は別人のようだ。
「気にすることはありません。責を審らかにするのは大事だと思います」
宰相令息イスムは抑揚無く冷淡に言い放つ。
「自業自得だよねー」
魔術師団長令息リームスが呆れた風に肩を竦め苦笑し、騎士団長令息ロシェは厳しい視線を投げてくる。
それぞれ取り巻き達が言うのをヴァランガ殿下も、さもありなんと侮蔑の含んだ眼で私を見つめていた。
「君がそのような姑息なことをするとは思わなかった。逆に婚姻前に知れてラヴィに感謝だな」
冷ややかな口調で私を軽蔑するヴァランガ殿下を視線をそらさずに見返した。
それがカンに触ったのかヴァランガ殿下は顔を顰めた。
「証拠はございますの?」
「まだ言うか!往生際の悪い!」
「ですが、身に覚えは一切ありませんわ」
「何を言う!証拠はあるのだぞ!伯爵、侯爵令嬢からの証言もある!上位貴族の証言がある以上誤魔化しは利かないぞ」
「何故そちら側が正しいと思うのですか?」
ラヴィーネがヴァランガ殿下の腕に絡み上目遣いに私を見る眼は分かりやすい色がハッキリと浮かんでいる。『ザマー』と言う表情だ。
ラヴィーネの愉悦を浮かべ見下したその視線に私の思考は速攻で結論を出す。
ヒロイン気分で王太子に手を出すなんて馬鹿ねー。『物語』じゃないのよ人生は。
うん。貴女が転生者なのは知っている。
学園でハーレムが!って呟いてるのを聞いたから。
偽装して罪をなすりつけるなんて定番すぎて馬鹿らしい。物語が今のココに通用すると思うこと自体間抜けね。
そう。
私も前世持ち転生者。
でも私はゲームなんてしないから、この世界がゲームの世界なのかどうかなんて知らないけど。
学園に通い始めラヴイーネが編入してから聞いた単語がゲームか?ハーレムが!という言葉。
ゲームをしない私は理解出来ないけど、乙女ゲームは友人から聞いて知っている。悪役令嬢とかざまあとか逆ハーレムとか色々聞いて知識として覚えている程度だけど。
だから事前に動いていた。保身大事だし。
ゲームのように、なんていかせないわよ?
「王太子として、このような公の場での発言の重要性をご理解しておりますか?こんな迂闊なことを簡単に口にしては王太子としての品位を落としますわよ?」
「失敬な!無礼だぞ!」
「会場の皆様が耳にした言葉は取り消せないのですよ?王太子として言葉の重みを常々申し上げておりましたのに。ご理解して下さらないとは」
「お前は生意気なんだよ!肩苦しいことしか言わないお前は息がつまる!ラヴィの方がどんなに淑女の鑑で女らしいか!!」
へー。淑女ね。
まぁ、たしかに女らしい、というか、女そのものよね。女として、したたかですし。
それより、女の外面を見分けられない男が王位に就くのは国が荒れるわね。馬鹿を王妃に据えれば国が傾くと理解できないんだから。
淑女の鑑、女らしい、と言われ頬を染めるラヴィーネに私が呆れた顔を向ければヴァランガ殿下は半眼で睨んできた。
「嫉妬でラヴィを恨むとは醜いぞ!」
「はい?殿下は勘違いなされていらっしゃるようですが、私達は政略結婚ですわよ?嫉妬する気持ちなど持ち合わせてはおりませんが?」
「なんだと!俺を愚弄するか!」
「愚弄と申されましても、政略結婚はある意味仕事ですよ?貴族であり国の政に関わる以上、身分に対する仕事ですからイヤでも熟すのが爵位持ちの義務です」
「なっ!!」
「とは言え、男爵令嬢の貴女ではその仕事は難しそうですけどね。学年最下位の成績では、ね」
「酷いですわ!私を辱しめようなんて!」
アミエーラに自分に興味無いと言われたヴァランガ殿下は怒りで顔を赤らめている。ラヴィーネは「ヴァランガ殿下〜」と表情を曇らせながらしな垂れ豊満な胸をくっつけている。あからさまな態度に脱力しそうになる。
「事実を申しただけですわよ?分からないようなら簡単に申し上げますわ。
馬鹿が国王の妻では恥さらしです、と言ったのですよ」
「何ですって!私みたいに綺麗で可愛い女はそう居ないのよ!それだけで充分なのよ!」
ぷりぷり怒るラヴィーネを慰めるヴァランガ殿下。
えー。ぷりぷりか?
醜いくらいに顔が歪んでるように見えるけど。惚れたらアバタもエクボねー。
「ラヴィを辱しめるとは!」
「イジワルだねー、君」
ロシェが睨み、リームスが庇うように前に出た。
取り巻きに慰められベソをかきながら健気な私を演じているラヴィーネ。
ヴァランガ殿下に縋り、私にイジメられたと泣きつく目は、恨み辛みの醜い色に染まっている。これのどこが淑女だか。
呆れて対応するのも疲れてきた。
「婚約破棄は構いませんが、ラヴィーネ・ニウェース令嬢の言う事は全て虚言であり、私を貶めるための妄言です」
「言い逃れするつもりか!」
「ラヴィーネ嬢がウソなど言うわけない」
「言い訳は見苦しいですよ」
「嘘つきはそっちだろー」
「お前のようにラヴィを虐げるヤツは国外追放だ!死刑じゃないことをありがたいと思え!」
殿下や取り巻きはか弱い姫を守る騎士の立場に酔っているのか豪い剣幕だ。
ラヴィーネは殿下の言葉にさっきと打って変わりニンマリと目を細めて口元を上げていた。
今振り向けばラヴィーネの醜い顔を観れるのに、と思いながら四者四様を眺めた。
「はー。ヴァランガ殿下。私は婚約後に陛下といくつか約束をいたしました。何より殿下は婚約した際の事をちゃんと理解しておりますか?」
「なんだと?」
「普通、要人に警護が付くのは当然。私も公爵令嬢であり王太子の婚約者である以上警護が付くのは当然ですわ。私はいつも一人でいるように見えたのでしょうが」
確かに警護がウロウロするのがイヤで見える範囲に人は配置させなかった。
「王太子の婚約者に何かあったら一大事ですもの。当然普通以上の警護がついてましてよ。ご存知ないのかしら?常識ですわよ?」
婚約した際に警護の増員を打診された。王家の一員になる以上受け入れなければならない案件だ。
話の中、ラヴィーネの顔色が段々と悪くなっていく。
蒼白になったラヴイーネはヴァランガ殿下に身を寄せて身体を縮こませている。
「だから何だと言うんだ!」
まだ分からないヴァランガ殿下。取り巻き三人は顔を見合わせて困惑している。
呆れてつい溜め息を零すと、その時、
ーーー陛下の来場が告げられた。
皆が控える中、ヴァランガはこれ見よがしに陛下に近づくと現状報告をした。
「……ほう。で、お前はそれらの証言を信じたのか?」
「ラヴィーネの言う事です。他の令嬢も申しております!」
「馬鹿か!!そのような世迷言を信ずるとは!!」
「陛下は王太子である私の事を信じて下さらないのですか!」
「お前の証言ではないであろう!それに下位貴族が公爵に対して否をとなえる不敬について言っておるのだ!順位を尊ばぬのは自身に返ってくるのだぞ!」
「私はラヴィーネ嬢を愛しております」
「馬鹿か!アミエーラが婚約者だろ!」
「破棄すると宣言いたしました!」
自信満々に胸を張っているヴァランガ殿下に絶句する陛下。
驚愕して言葉をなくした陛下に私は発言許可を求めた。
「陛下。恐れながら申し上げます。私が婚約した際にお願いしておりました事をここで審らかにお願い致します」
「そうか……」
私と陛下のやり取りに訝しむヴァランガ殿下や取り巻き達。それを尻目に側近から出された魔石水晶。
魔石水晶は記録して映像を保存できる魔石で会議などにも用意られるが貴重なため乱用はできない。
その魔石水晶が宙に映し出した映像に皆が固唾を飲み見つめた。
自分の教科書を破るラヴィーネ。
自分の靴を池に投げ入れたり、他の令嬢に部屋の鍵をかけてもらい閉じ込められたと自演するのが映し出されていた。
「なっ!なんで!」
「貴女って本当に馬鹿ね。次期王妃になる者に護衛も『影』も付くのは当然でしょう?私に敵対する者は直ぐに調査されるわ」
「そんな!」
ヴァランガ殿下の女癖の悪さに、逆恨みの女性から被害を受けそうだったため、陛下に魔石水晶での記録をお願いしておいたのだ。保身のためとはいえ、自分の行動も録画される緊張感に四六時中晒されるのは苦痛だった。
未来の王妃として汚点とならないように先手の行動を起こしていて本当に良かった。
婚約破棄でこの苦痛から解放されるなら喜びたいくらいだ。
ラヴィーネにチラリと視線を流し、王太子のお気に入りだから消されなかっただけよ?とほくそ笑むとラヴィーネは息を飲み目を見開いた。
「さあ、私の罪とやらの証言をされた方々も同罪ですわね」
「私脅されて!」
「私も!」
「みんな酷いわ!そんな映像作り物よ!ニセ情報で私を貶めるつもりよ!」
取り巻き令嬢達がこぞって反旗を翻すと慌ててラヴィーネがヴァランガ殿下に縋りついたが、ヴァランガ殿下も困惑している。
陛下はヴァランガ殿下に向くと厳しい視線を落とした。
「せっかくの場を荒立てたお前への処罰は後日だ。まずは、男爵令嬢は牢屋へ。他の令嬢も拘束しておけ。
宰相令息、騎士団長令息、魔導師団長令息は謹慎。沙汰を待て」
近衛兵に捕らえられたラヴィーネは怒りからか顔を紅潮させ喚き叫んでいる。
「私が一番なのよ!私みたいに綺麗で常識のある女は早々居ないのよ!私みたいにイイ女がモテるのは当たり前でしょ!私に惚れない男なんて居ないわ!私がヒロインなのよ!なんでアンタが追放されないのよ!」
最後まで叫び続けたラヴィーネの声が消え静寂が戻った。
「こんなことになるとは。アミエーラ嬢に何と言ったらいいか」
陛下の落胆は色濃くなり、言葉に力がなかった。
「いえ。陛下、お気になさらないでください。婚姻は仕事です。残念ながら契約不履行になりましたが、当初の約束通りにお願いをいたします」
陛下は不承不承ながら頷くと会場を後にした。
パーティーは途中から弾劾裁判となり卒業祝福ムードではなくなり有耶無耶な雰囲気の中終わった。
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後日、陛下の沙汰がくだされた。
上位貴族に不敬を働き無実の罪で陥れようとしたラヴィーネ・ニウェース男爵令嬢は公開処刑となった。
ニウェース男爵とヴァランガ殿下が軽減を求めたがウィースクム公爵が断固として譲らなかった。
男爵令嬢ごときに公爵が辱しめられたのだ。見せしめと権威誇示に変更はあり得ず、陛下も同意した。
王太子への処罰は廃嫡とし、北の塔への幽閉となった。
男爵令嬢に唆されたとはいえ女癖の悪さや言動に対し陛下も擁護しきれなくなったからだ。王太子の周りにいた貴族達も数々の醜聞と今回の騒動における迂闊な言動に対し見限り派閥を抜けていったのも要因だ。
ヴァランガは血筋に何かあった時用の子種要員としての存在として、他の王子が子を成し次の王太子が産まれれば用無しとなる運命。
本人はそれを理解していないのかまだ、「王太子だぞ!不敬だ!」と騒いでいるらしい。
北の寒空の下見張りの兵達は呆れて肩を竦め合っていた。
ヴァランガの取り巻き三人の処罰は、まず親の監督不行き届きを指摘され、親達はそれぞれ宰相職、騎士団長職、魔導師団長職からの降格処分となった。流石に国に携わる人物を子供の不始末で処罰しては人材不足になる。
なにより、罪を犯した三人はもう二十歳であり成人している以上、本人達に対する罪状に重きを置いて言い渡された。
子息達はそれぞれの領地にて謹慎。王都入城禁止が渡された。
いわゆる、王都に来るな、というのはエリートコースに乗れない人生が決定したということだ。そんな相手に三人達の婚約者は離れていき彼等は領地で埋もれる人生となった。
だが、ラヴィーネの犯した罪は重い。
ニウェース男爵家はお取り潰しとなり平民に落とされた。
「ウソよ!私は悪くない!ウィースクムの子が悪いのよ!私は未来の王妃よ!ヒロインなんだから!」
牢屋の中でも散々騒ぎ立てていたラヴィーネ。
「私みたいなイイ女はそういないのよ!王妃に相応しいのは私よ!」
反省のない態度に陛下はラヴィーネの口を聞けぬように指示を出した。そして公開処刑として市民が見つめる中で施行されラヴィーネは刑に処され人生を終えた。
ヴァランガが廃嫡となりアミエーラは正式に婚約破棄となった。
次の王太子は第二王子が選ばれた。生まれた順を継承順としていた王家。慣例になった王位継承順位がヴァランガを怠惰に傲慢にさせたのか、第二王子は兄を反面教師にしたようで聡明だそうだ。
王太子の婚約者として教育されたアミエーラの立ち居振る舞いは他の令嬢と一線を画す。幼い頃より婚約者として教育されたアミエーラを手放すのが惜しい陛下は再度アミエーラに他の王子との婚姻を勧めてきた。
だがアミエーラは丁重にお断りさせてもらった。
ーーー私はこれで、全てから解放される。
騒動後私は公爵邸に戻った。
そして家族に今後を伝えた。
婚約破棄の代償に陛下から領地の一つを貰い受けたので、一人のんびりと過ごしたい。
一生独身でいる、と伝えた。
勿論大反対を受けたが私は陛下と約束をしている。
今回の騒動の代償に私の自由にさせてもらえると。
それが約束の一つ。
もう一つはーーー。
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私は父が持ついくつかある領地の中で一番僻地にある屋敷に居を構えた。
陛下から貰い受けた領地はここの隣続きの領地だからだ。
この領地は森と平地が多い田舎。
怒涛の日々にいささか疲れた身体を休めるにはちょうどいい。
長椅子に座りぼんやりと月を眺めていると窓をコンコン、と叩く音が聞こえた。
窓に視線を向ければ黒い影がぬっと現れる。
その黒い影は部屋へと滑り込んだ。
ーー全身黒づくめの侵入者。
長身で身軽な装身軽な装束を身に纏う人物は目元意外布に覆われている。
目元の布をすっと下げると通った鼻筋と彫りの深い目と形の良い口元が現れた。
優しく緩む目元と笑みを浮かべる口元は柔らかく弧を描いている。装束からは夜陰に紛れて部屋に忍び込んだ曲者だが、その浮かべた表情からは程遠い。
黒尽くめの男は躊躇なくアミエーラの前に歩み出ると片膝をついて首を垂れた。
「姫。陛下より書状をお持ち致しました」
「ありがとう」
差し出された王の紋章が刻まれた押印を開け書状を確認した。
今回のことで、貰った領地の書類と女領主となった証明書を届けに来た彼は王家の影だ。
ーーそして、もう一枚の紙。
それに目を通していくうちにアミエーラの頬が染まり顔が熱くなってきた。
戸惑いながらも期待を込めて目の前の男を見つめた。
「では、正式に?」
「ええ。私は貴女のものです」
崩れ落ちるようにカルムと呼ばれた影に抱きついたアミエーラ。
「ああ、カルム…」
「やっと貴女を抱きしめられた」
「ずっと諦めていたの……」
「私もです。姫」
「カルム……好き、よ」
「姫をお慕いしております」
縋り付くアミエーラを優しく抱きとめ首筋に顔を埋めたカルム。腰に手を回し愛おしそうに髪をなでた。
跪きアミエーラを抱きしめた彼は王家の影。今回の騒動の証拠を集めた立役者でもある。
カルム・ヴィントシュティレは王太子の婚約者となったアミエーラの影として護衛に付いた。
アミエーラを影から見守り続けたカルム。
嫌がらせの濡れ衣も、彼が用意してくれた魔石水晶で無事晴れた。
ヴァランガ殿下の悪癖も何度か陛下に注進していたカルム。
だが陛下は男爵令嬢ごときにヴァランガが籠絡されるとは思わず聞き流していた。そもそも浮名を流していたヴァランガに対し一人くらい熱を上げた相手でも一時的なこととタカを括っていたのだ。
それについてアミエーラ自身、心が傷つかない訳ではなかった。
政略結婚でも、理解し合えるようにアミエーラは努力してきたつもりだった。それでもヴァランガ殿下に嫌われて拒絶されれば少なからず心が痛む。
アミエーラを堅物婚約者、肩書きだけの婚約者と詆る者もいた。
それでなくとも王太子婚約者を僻み妬む者も多く、一人で過ごすことが多かった。もちろん利権目当てにアミエーラに擦り寄る者達もいたがアミエーラはそれを嫌い一人を選んだ。最低限の社交の付き合いをこなし、学園にいる間は四阿で一人本を読み過ごすことが習慣となった。
そんなアミエーラがぼんやり本を開いていれば、何処からともなくポトリと本の上に落ちてきた花。
白い素朴なその花は押し花にして栞にして大切に今でも持っているアミエーラの宝だ。
ヴァランガ殿下からは肩苦しいと言われたアミエーラだが、年相応におっちょこちょいなところもあれば、慌てん坊なところもある。そんなアミエーラをコケそうならコッソリ支えたり、授業準備中に物を落としそうなところを支えてたり、細かいところまで見守っていたカルム。
忘れた書類が机の上に乗っているのを見たアミエーラが苦笑いしたこともある。
そんなカルムの行動にアミエーラが最初は、ちょっとストーカーっぽいかも、と思ったのは内緒だ。
沈み込んだ心を影からこっそり支えてくれたカルムにアミエーラの心が引かれていったのは致し方ないことだろう。
だが、アミエーラ自身この淡い恋心は表に出すつもりは無かったのだ。
王太子の婚約者としての矜持がそれを許さなかったからだ。
ーーーでも……。
アミエーラも一人の女。
恋をした。
叶わないのは知っている。
でも、恋心だけは自由だと思ったから。
表には出さず、想うだけ。
想うだけなら許して欲しい。
そう胸の奥に宝物のようにしまいこんでいた。
想うだけで心が解けるように暖かい。
片思いなのは重々理解していている。
それでもこの恋心があれば政略結婚も我慢できた。
それは、彼はーーー
私が殿下の婚約者じゃなければ出会えなかった人だから。
ーーーそう思って胸に秘めた。
王太子に嫁ぐのだから、と覚悟を決めた。それが婚約破棄で消えた。
解放された心はひたすらカルムへと向かった。
影に向かって小声で囁いた。
「カルムが、好き……」
想いが伝わるとは思っていない。
ケリをつけないと前に進めないと思い口に出した想い。
それを聞いたカルムが覚悟を決めたのだ。
アミエーラを我が姫として生涯支える、と。
カルム自身、影として付き従ううちにアミエーラに只ならぬ感情を抱いてしまった。
ある時などは姿を見せてはならない影がアミエーラを助け姿を見せてしまった。
その時アミエーラは彼の名を知った。花をくれたのも彼だと知りカルムに惹かれていった。
そしてお互い密かに知られることなく恋心を抱き続けていた。
アミエーラはカルムの覚悟を知り、陛下へ最後の約束を伝えた。
ーー陛下との約束。
それは、王太子としていささか器量に欠けるヴァランガの伴侶として全力で尽くすアミエーラに陛下は我儘を一つ聞いてくれる約束をした。出来の悪い息子の親としての罪悪感からかアミエーラにそう約束した。
学園入園前に決まった婚約に学園生活を送る上で何かあれば陛下が手を貸すという意味でもあったのだが。
アミエーラはその約束を使わずにとっておいたのだ。
ーーカルムを私専属に戴きたい、と。
その願いは叶い、カルムはアミエーラの元へ参じた。
「本当に私で良いのですか?姫」
「姫と呼ばないで。アミエーラとよんで」
少し拗ねたアミエーラが上目遣いで見上げればカルムは眉を寄せて苦笑いしている。「敬語もいや」と我儘を言えばカルムは微笑し、「わかった」と答えた。
アミエーラの頬に手を添えて視線が交わるとお互い蕩けそうな熱に包まれたように感じた。
意識して触れ合うのはお互い初めてだ。
恐る恐る触れるその手は壊れ物を扱うより丁寧に優しく撫でていく。
「……アミエーラ。私のアミエーラ」
「もっと名前を呼んでカルム……」
アミエーラの潤む瞳に応えるかのようにカルムの目元も赤く色付き情が乗った視線にアミエーラは射抜かれたように痺れていく。
「アミエーラ。愛してる」
「ああ、カルム。私も愛してるわ」
アミエーラは頬を撫でていた手に顔を寄せて擦り寄った。カルムはアミエーラの頬を撫でていた手をアミエーラの唇に寄せると親指の腹で撫であげた。熱い吐息を指に感じると自然と顔を寄せ二人の影は重なりあった。
「アミエーラ。愛してる」
「カルム……ずっと一緒、よ」
「ええ、死が二人を分かつとも、生涯かけて」
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新しい領地に屋敷が建てられ、アミエーラの新天地が整うと隣の父の領地から引っ越した。
僻地の小さな領地は小さいながらも慎ましく素朴な豊かさを感じる。
次期王妃として教育を受けたアミエーラの多岐に渡る豊富な知識は上に立つ者として詰め込まれている。
おまけにアミエーラは自分の持ち得る前世の知識を総動員して領地の経営に勤しんだ。
河の護岸工事や土地の品質改良、街道整備、福利厚生の充実。ありとあらゆる知識は領主としての地位を確実なものとした。
用水路の確保、衛生管理、物流網の整備を着実に整え領民の生活向上に努めた。
地味ながらも豊かで充実した領地経営はのちに伝えられる。
女領主が生涯をかけて領地を育て、賢女として讃えられた。そしてその女領主は、生涯独身を貫いた、と。
ただ女領主の隣には影のように付き従う者が必ずいた。
女領主は正式な伴侶は持たずただ唯一、その彼のみを傍らに置いた。
慈しみ愛おしい瞳で見つめ合う二人は夫婦のようだと皆口を揃えた。
年月が経ち死が二人を分かつ時は来る。
年老いて女領主が先に儚くなると彼は影のように消えたという。
賢女と消えた影はいつまでも尊敬の念とともに領地に伝えられている。
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【 カルム視点 】
幼い少女の護衛が仕事になった。
ヴァランガ殿下の婚約者だ。幼いわりに聡明で賢くその知識は年齢不相応に感じた。
王太子の婚約者として知識と身嗜みを学ぶ彼女。歳を重ね学園に入園するとさらにその賢女ぶりが発揮された。
教師達と遜色ない議論を交わし発案する姿は学生には見えない。時折学者や専門家などとも論議をするが政治の話、計算の速さ、物流や世界情勢に至るまで並々ならぬ知識で周りが驚愕していた。俺は彼女の聡明振りに一人の人間として尊敬の念を抱いた。
だが申し分ない王太子の婚約者としての彼女をヴァランガ殿下は邪険にした。
浮名を流し女癖の悪い殿下にとって賢女な彼女は疎ましくて仕方ないようだ。寵愛を受けた令嬢達が婚約者の座を狙い彼女を貶めようと画策する。
裏で何度か阻止してきたが、度重なる嫌がらせに辟易した彼女から保身の為と魔石水晶による記録を願い出された。
確かに証拠があれば立件が楽だ。
だが、彼女自身も記録対象になる負担に顔を曇らせていた。
生活を記録される苦痛を思うと同情したが今後のためだと飲み込んだようだ。
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聡明な彼女も普段は普通の令嬢だ。
いや、たまに気が抜けようになると何もないところでコケたりうっかり物を落としたり忘れ物をしたりする。
常に気を張る殿下の婚約者と言う肩書き。ふとした拍子に素に戻ると意外におっちょこちょいのようだ。
俺はコケる瞬間腕を掴み阻止したり、物が落ちる前に戻したり。もちろん気配なく音もなく風すら揺るがすことなく仕事をする。
彼女に姿を見られることもなく手を貸しているが、本来なら影として手は出さず見守るのが原則だ。コケてもそのまま見守るべきなのだ。
だがつい手を出してしまった自分は影失格だな。
自嘲を浮かべ今日も彼女を見守った。
殿下の寵愛合戦に彼女も少なからず被害を被る。それを軽くあしらうのも貴族の仕事。それでも誹謗中傷に傷ついた顔で四阿に逃げ込むように引き篭もる彼女。
曇る顔が気になり俯く彼女に白い花を飛ばした。
俺らしくもない、と苦笑した。
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そんなある日園外研修で彼女はとある令嬢達に謀られ窮地になった。
足場が崩れるように細工されたその場を踏み彼女が池に落ちそうになった。
流石に姿を見せずには済まず、引っ張り上げるために姿を現さざるを得なかった。
「いつも影から見守ってくださる方ですか?」
「……ああ」
本来なら口を聞くのもご法度だ。
「お名前を教えては頂けませんか?」
ーー名前。影たる暗殺者が本名など名乗らない。だがなぜか彼女に偽りの名を伝えたくなかった。自分の本当の名を口にしてもらいたいと言う欲望が微かに湧いた。
「我は影ゆえに名は、……いえ。カルム、と申します」
「貴方の名は心にのみ留め置いておきますね」
俺への配慮から気遣ってくれた彼女は名を秘すと言う。
俺が立ち去ろとした時、再び声をかけられた。
「花は。……花をくれたのは、貴方ですか?」
肯定とし頷くと彼女はふんわりと笑みを浮かべた。
「カルム様お花をありがとう」
花が綻んだような暖かい彼女の笑顔を目に焼き付け場を辞した。
それからは彼女は何かしらあると周りをキョロキョロと見回し何かを探すようになった。多分影である俺を探しているのだろうか。
彼女の希望で視界に入らないように護衛が配置されている。それは近場には誰も居ないとも言え、近々の窮地に間に合わないかもしれない距離だ。その距離を埋めるための影。その隙を狙い幾度なく刺客が送られてきたり曲者の接近を阻止してきた。気付かれぬままに始末して片付ける。彼女の憩いの場は侵略させない。
四阿でのほほんと過ごす彼女は肩肘を張ることもなく緊張感を解す。
そんな彼女に時折花を舞わせたりするのは内緒だ。
目を細め朗らかに笑う彼女を見守ることが俺の仕事だ。
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今夜は学園卒業の夜会だ。
学園も卒業となり、成人となれば正式に婚姻の準備に入る。
彼女にとって残り少ない自由な時間だろう。
感慨深く彼女を見守っていれば殿下は信じられない行動に出た。
婚約破棄。
あり得ない、と絶句した。
だが心の何処かで喜んだ。あの殿下のものにならずに済むのかと安堵したのだ。女癖の悪さに一時的に熱を上げただけでなく彼女に婚約破棄するほど籠絡されたとは情け無い。責め立てられても冷静に対処する彼女の姿は健気だ。
在らぬ疑いをかけられた彼女だが元より証拠は揃い踏みだ。
陛下が来場し、御前にて証拠を審らかにされた令嬢や取り巻きは捕らえられた。令嬢の自己中心的で醜い罵詈雑言は聞くに耐えない。
最後まで毅然とした彼女こそが淑女の中の淑女だろう。
この時俺は孤高に奮闘する彼女の姿に少なからず惹かれたのかもしれないーーー。
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「カルムが、好き……」
彼女の言葉が衝撃となって俺を襲った。
騒動後まだ彼女の護衛として影ながら見守っていた。婚約破棄となれば近々影は解除される。任務が終われば彼女から離れることとなる…。
彼女の言葉で俺は気持ちを確実とした。
アミエーラを我が姫として生涯支える、と。
影として付き従ううちにどうやら俺はこのお姫様に惹かれていたようだ。
姿を見せ名を伝え、無意識にも動いていた自分に改めて気がつき笑いが込み上げそうになった。
「淑女の勇気ある告白に応えないわけにはいかないですね」
お姫様の前に姿を現わすと驚愕の表現を浮かべている。彼女の前に跪き見上げた。
「貴女を我が姫とし生涯お護りする許可を頂きたい」
「カルム……いいの?」
「一生お側に」
俺の答えに姫は意を決して行動に出た。
陛下との約束に俺を貰い受けたいと申し出たのだ。それに伴い俺は陛下に呼ばれ一旦城へ呼び戻された。その間は次位の影が姫についた。かなり不愉快だが致し方ない。要件を済ませて手早く戻ろう。
陛下から書類を渡された。アミエーラ嬢への書類だ、と短い言葉と他に出されたもう一枚の紙。
如何なる事があろうとも王家に関わること、国に関わることを口外しない。
そんな内容が書かれた書類。
俺はその誓約書に無言でサインした。陛下は終始気難しげに眉をひそめ溜め息をついていた。
「長らくお側で仕えさせて頂けたことに感謝致します。畏怖と尊敬を永遠に陛下へ」
本来なら忠誠を、と言うのだが。皆まで言うな、と陛下の瞳が細められた。
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窓越しから見える彼女の憂い顔。流石に疲れた様子だ。部屋に滑り込み書類を渡して早く彼女の憂いを払いたかった。
書類に目を通していくうちにアミエーラの頬が染まり赤く色付いく。動揺に視線を泳がせながら見つめてきた。
「では、正式に?」
「ええ。私は貴女のものです」
新しい主人の元へ行こうとも、国と王家に関わることは口外しない。
契約にサインをしたと言うことは、そう言うことだ。
「ああ、カルム…」
「やっと貴女を抱きしめられた」
「ずっと諦めていたの……」
「私もです。姫」
「カルム……好き、よ」
「姫をお慕いしております」
「本当に….…私で良いのですか?姫」
「姫と呼ばないで。アミエーラとよんで」
眉間を曇らせても可愛さに遜色ないアミエーラを今すぐ食べ尽くしたい衝動をグッと堪えた。「敬語もいや」と上目遣いをされたらお手上げだ。「わかった」と答えるのがせいぜいだ。初めて触れる頬は柔らかく掌が蕩けそうな熱を感じる。
「……アミエーラ。私のアミエーラ」
「もっと名前を呼んでカルム……」
「アミエーラ。愛してる」
「ああ、カルム。私も愛してるわ」
アミエーラの甘い声が脳の奥にまで響き酩酊感に襲われ熱い吐息すら奪いたいと逸る気持ちを必死に抑えた。触れ合うような口付けからゆっくりと深く唇を重ねた。
「アミエーラ。愛してる」
「カルム……ずっと一緒、よ」
「ええ、死が二人を分かつとも、生涯かけて」
止まらない恋情にアミエーラが気絶するまで貪ってしまい翌朝は謝罪から始まったのは秘密だ。
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アミエーラの日々の生活は女領主として領地を視察し改善点を見つけ指示を出したり、領民の話を聞いたり忙しい。
時折、アミエーラの美貌に誘われた害虫を駆除するのは俺の仕事だ。影の時とは違いアミエーラの背後で無言で付き従う。他にも護衛は居るがアミエーラの隣に付くのは俺だけだ。時には、足場の悪いところでは横抱きに抱えたり突風から遮るために抱き締めたり俺の存在を堅持した。実際、アミエーラを狙い既成事実を作り領主の座を狙う不届き者もいた。アミエーラを力尽くで奪取を画策する者は徹底的に滅したのは当然だ。
アミエーラの偉業で領地は繁栄した。
眼下に広がる豊かな実りの田園風景。
「景色を観ながら外で食べるのは素敵ね。開放的で気持ちいいわ」
昔と変わらない彼女の朗らかな笑顔。それを隣で並んで見られる幸せ。見つめ返し視線に包まれる柔らかさに酔いしれる。
こうして穏やかな日々は過ぎていった。
長い年月が経ち領地を遠縁の親戚に譲りアミエーラは隠居した。
長くて短い幸福な時間も歳月には勝てず寝込みがちなアミエーラの寝台の隣が俺の定位置となった。
「凄い幸せだった……。婚約破棄されたけど、あの婚約が無ければ出会えなかったものね」
うふふと柔らかに笑うアミエーラは歳を重ね皺も増えたが昔と変わらない。
儚く笑う彼女に心臓が掴まれるように痛む。
君は逝くのか。
追ったら君は怒るだろうから。
なら自分は君の遺したものを守ろう。
前と同じく。
影から見守るよ。
この領地から悪漢、盗賊の被害が激減した。亡くなった領主が守護者となり御使いを使わされたとも戯に噂された。姿を消した領主の守護が守っているとも言われたが真相は定かではない。
領地は今日も平和に金色に色付く稲穂が風に揺れている。
若干、コミカライズ内容と本編は違いがあると思います。長い内容を掻い摘んで忖度して精査して漫画に描き起こすのは大変な作業ですからね。無いシーンな所など、この本編で捕捉してもらえたらと思い、なろうさん用にR部分をカットしてこちらにも載せてみました。
一迅社様からのメールと自分の作品が絵に描き起こして頂けた僥倖に部屋で舞い踊った程です。
北村シン先生には素敵な絵に描きおこして頂き本当に感謝しております。ありがとうございました。