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8. アワ粥

 一年前の事件を酒の(さかな)に、コートナとニマニューの話は盛り上がっていた。近くに控えていたゲッティーモは、主人の婚約が破談になった内容なので苦い顔をしていたが。


「後聞きだったけど傑作だったよ。第三王子も、なんであんな事したんだか。

 あの後も大変だったらしいしねぇ」

「あ、すみません。私、その後のこと知らないんですの。

 お父様から、ほとぼりが冷めるまで自宅謹慎と言われて、あの後しばらく学園に出ておりませんでしたので。……そういえば、謹慎が解けてからカマワン様のことを見ませんでしたわね。

 話題も聞きませんでしたし……」

「それ、今思い出すのですか」

 

 のんきなコメントをこぼすコートナに、ため息交じりで口を挟むゲッティーモと、そんな彼の様子にクスクスと笑いをこぼすニマニュー。

 

「そういや、そうだったね。

 あの後、コートナ嬢との婚約を一方的に破棄しようとしたことを、国王が聞きつけてね。カマワン王子とのコートナ嬢の婚約は、王家との契約だったとかで、王子が破棄できるようなものじゃなかったんだってね」

「ええ。口頭の約束だけじゃなくて、契約の儀式も行ったはずなんですがね。

 あの事件のせいで、王子の王位継承権は破棄。今後、学園で顔を合わせることで不都合があると転校処置までされています。

 ……理由が理由なだけに、お嬢様に難癖つける連中も出ませんでしたね。おかげで、お嬢様が忘れているとは思いませんでしたよ。

 てっきり、忘れたいと思って話題に挙げないだけだとばかり」

「え?……いえ、覚えていましたよ。ええ。覚えていますとも。特に気にならなかっただけで」

「お嬢様がそんな淡白だから、周りからあの王子、『鶏肉に負けた王子』とか揶揄(やゆ)されてますよ」

 

 そんな話をしていたところで、ゲッティーモの肩に手のひらサイズの青い小鳥が飛び乗ってきた。

 彼はそれに気づくと、その鳥の額を指で小突いた。すると、小鳥がリボンのように体が解け、光とともに一片の紙片へと姿を変えた。

 離れた対象に言葉を伝える、【メッセージバード】の魔術である。伝言を書いた紙にこの魔術をかけることで、その手紙を鳥の姿にして目的の相手へ届けることができる。手紙の送付相手を探す手段は、対象の魔力を辿(たど)って届けるので、知り合いでなければ届けることができないのがネックである。

 更に、その鳥の姿は術士の意志で色を変えることができる。そのため、鳥の色で緊急性が決められている場合が多い。ゲッティーモが所属するボーショック公爵家の執事間では、青い鳥は緊急を示すものだった。

 そのため、ゲッティーモは緊張した面持ちで手紙を開いて中に目を通す。読み進めていくうちに、だんだんと強張った表情が、驚愕に開いていく。

 

「ゲッティーモ。どうしたの?」


 彼の様子にただならぬ雰囲気を感じ取り、コートナが声をかけると、ゲッティーモは表情を青ざめたまま、視線をコートナに向ける。

 

「お嬢様……クーデターです。カマワン王子が、蜂起(ほうき)したとのことです」

 

 その言葉に、ニマニューが目を見開いて驚き、コートナも珍しくその表情を強張らせた。

 

「――現状は、どの程度分かっていますか?」

「はい。カマワン王子は、飛ばされた辺境から兵を起こしています。スポンサーとして、いくつかの貴族が名を連ねておりますね。全て、過去から王家に対して不穏な活動をしているか、独自に傍若無人の限りを尽くしている、と名うての貴族たちです。

 兵力は招集された農民たちを主とした総計8000ほど、協力している貴族の領から出ている騎士団が総計3500ほどです」

「……全部筒抜けじゃないですか」

 

 手紙の内容を概略(がいりゃく)で聞いたコートナは、ぼそり、とそうつぶやいた。

 

「ええ。そもそも、カマワン王子……もう、王子でもないですね。

 カマワンは、お嬢様への暴言が原因で僻地(へきち)へ飛ばされてますから。もちろん飛ばされた先は、監視もできるよう、ボーショック家の寄子(よりこ)の領ですよ。

 兵が集まっている時点で、既にボーショック家には連絡済みです」

「なるほど……それで、私には何か伝言がありますか?」

「ええ。進軍速度から、おそらく一ヶ月ほど鎮圧にかかるとのことです。その間、公爵(ボーショック)領には戻ってこないように、と」


 コートナは、ふむ、と顎に手をやって考え込む素振りを見せる。

 

「そういうことならしょうがないね。うっとおしいやつが多いかもしれないけど、しばらくこの村でゆっくりしていきな。

 皆も、コートナ嬢なら歓迎するだろうしね」

 

 話を聞いたニマニューは、コートナとゲッティーモにそう、提案した。しかし、コートナはそれに答えずにゲッティーモに訪ねた。

 

「ゲッティーモ。カマワン様が送られた領の名前は何というのですか?」

「え?ええと……ムギノーカ男爵領です」


 それを聞いたコートナは、すっくと立ち上がると。

 

「わかりました。今すぐ向かいましょう」

 

 と、言った。

 

「お嬢様!?話を聞いておられましたか!?」

 

 想定と真逆の回答が飛び出てきたことで、思わず声を荒げるゲッティーモだったが、コートナはニマニューを向いて頭を下げていた。

 

「ニマニュー様。申し訳ありませんが、今すぐ向かわなければいけない用事ができました。いずれ、また。」

「ふぅん、まぁ、コートナ嬢がそう言うなら何かあるのかな。そう言うならしょうがないね。

 その男爵領で、何かあるのかい?」


 何かを感じ取ったニマニューは、机に肘をついて、ニンマリと笑った。

 そんな彼女に、コートナは花が咲くような笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 カマワン王子は、王家の第三王位継承者であり、現王家の次男である。男女平等に王位継承権のあるこの国では、第一王位継承者は、長女のトーゼン王女である。

 そのため、カマワン王子は幼い頃から家臣への下賜(かし)が決められている存在であった。長男のモチロン王子はシィゴ王女――シィゴ次期女王の宰相となるべく教育を施されていた。そして、彼自身もそれに足る資質を持っていると、国内外で評判であった。

 そんなデキる長女・長男を持った次男のカマワンは、物心付いた頃から劣等感に苛まれていた。元々、プライドの高い性格が、彼自身の向上心を阻害してしまっていた。そのため、自分の都合の悪いことは、自分が原因であるという考えを完全に排除した行動を繰り返し、家族からの信頼をほとんど失うこととなっていた。

 そう、ほとんど、である。

 父である現国王のア・ターボゥ王は、それでもカマワン王子の将来を懸念し、下賜先を国内でも最も安定した領であるボーショック公爵家と交渉して、婚約をまとめていたのだった。

 しかし、それすらもカマワンは一時の気の迷いで()()にした。彼と婚約することで成り上がろうとした平民ソーティーの暗躍を下地にして、彼女の言うことを真に受けた結果、コートナに婚約破棄を宣言したのである。なお、彼女は王家に事態が発覚した時点であっさりと自作自演がバレたことで処罰を受けている。詳しくは、伏せるが。

 それはともかく、コートナへの暴言と対応に、ボーショック公爵家から公式に婚約破棄が通達されたことで、御破算になった。これには温厚と評判の高かったターボゥ王も激怒し、カマワン王子を僻地へと追いやることになる。

 しかし、カマワン王子は懲りなかった。

 ソーティーが処罰されたことも、自分が僻地に追いやられたことも、彼がコートナへ叩きつけた婚約破棄の悪評をかき消すために、コートナが悪略を巡らせたと思い込んだのだ。

 そしてどこにでもいる、現状に不満を覚えている貴族がカマワン王子に口当たり良くそそのかした結果、カマワン王子を旗頭に、僻地から兵を起こしたのである。

 ムギノーカ男爵領から一週間ほど進行したところで、カマワン反乱軍はキャンプを張っていた。

 既に王国から反乱鎮圧軍が出立している情報を取得していた反乱軍の軍師イータマは、この先にあるモトサ・ヴァーク盆地で接敵するのが最適であると判断したのである。

 キャンプを敷いた陣の奥、一際大きなテントの中で、今後の予定について軍略が行われていた。テントの真ん中に置かれたテーブルの上に、近辺の地図が広げられていた。上座に座るのは、軍の神輿(みこし)であるカマワンであった。

 

「では、敵軍を率いているのは兄上なのか」

「こちらで調べた限りでは間違いありません。兵の数はこちらが有利、ですが敵軍の兵の構成は騎馬中心。歩兵が主軸のこちらとは相性が悪いでしょう」

「む……敵軍……」


 イータマ軍師の物言いに、思わず苦い顔をするカマワン。王家に向けての不満を爆発させて、言われるままに兵を起こしたはいいものの、いざ戦端が開かれるという緊張感と、敵が身内であるという自覚が、今更ながら沸き起こってしまったのである。

 そんな感情で口をつぐむカマワンの姿に、同席していた将軍スディーイの一人が机を叩いて発破をかける。


「王子、もはや今、敵を敵と断じねば士気が下がりますぞ!?」

「ぐむ……わ、分かっている!」

 

 反骨心だけは一人前のカマワンは、その言葉に大声で返し、机上の戦略図を睨む。

 

「……それで、こちらは不利なのか?兵の数で勝っているなら、兵をうまく使えば勝てるのではないか」


 机上を見てもピンとこなかったらしいカマワンは、ふわっ、とした感想で意見を募る。何を当たり前のことを、と呆れた表情を隠しきれない面子も居る中で、しかしイータマ軍師は、そんなあいまいなカマワンの感想に破顔する。

 

「ええ、ええ!そのとおりですとも。さすがは王子!王の器に相応しい着眼点です!」

「む?そうか、そうだな!ふははは!」

「もちろんですとも!では、私達はその方針で作戦を立てます。

 王子はお疲れでしょう。ゆっくりお休みください」

「む?そうか、そうだな!よし、後は任せるぞ!ふははは!」

 

 カマワンは、満足そうな顔で高笑いをしてテントから出ていった。

 跳ね上げられた入り口の布が、ぱさりと元の位置に戻ったところで、会議の参加者全員が「……はぁ~~~~~~」と大きなため息を吐いた。

 

「……さて、皆様。改めて会議を開始しましょうか」

「うむ。ご苦労さまですな、イータマ殿」

「いえいえ。ああいった状況でも、的確に助言してくださること。王子の機嫌を損なわぬように口を(つぐ)んでいただいていること。感謝しておりますよ。

 ……ああ、ちょうど飯時ですね。あまり旨くはないですが、食事をしながら軍議といたしましょう」

 

 そう言ってイータマ軍師が手を叩くと、テントの向こうに待機していた兵から、机に付いている将軍らに持っていた料理が並べられる。

 

「この戦が終われば、このみすぼらしい食事からも開放ですかな」

 

 将軍の一人がそうひとりごちると、周囲の面々が苦笑する。

 今、目の前に並んでいるのは木皿一つ、次いであるのは穀物を水多めに湯がいたもの――つまり、お粥だ。

 ムギノーカ男爵領は、「最低限、領の体を成している」と揶揄される領地であり、その特産はこの王国で主食の麦種の一つ、泡麦(あわむぎ)。王国全体の生産で言えば、おおよそ5%を輸出している。輸出以外は全てを領内で消費しており、結果、この軍――いや、群隊(ぐんたい)もその兵站(へいたん)で補給される食料はその麦である。

 また、王国では酒の素に使われる麦種であり、食料として使われているのは王国から離れた領、特に貧困にあえぐレベルの場所くらいである。

 この粥は、そんな主食の麦を湯がいただけのものであり、味付けは辛うじて塩が少々。もちろん、旨い旨くないという問題ではなく、腹の足しになればよい、程度のものであった。

 旗頭(はたがしら)であり、神輿でしかない王子のご機嫌のため、その上等な食料の全てを回しているため、将軍といえども日々の食事はこのようなものであった。

毎度、ご拝読・評価ありがとうございます。


ちなみに私は、ビールが苦手です。飲めなくはないのですが、旨さは未だにわかりません。

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