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7. 断罪のスモークチキン(ルカイン樹のチップ仕立て)

「コートナ=ボーショック公爵令嬢!お前との婚約を破棄させてもらう!」

 

 それは新入生と上級生の交流の場として用意された学園の懇親会(こんしんかい)の場だった。

 わいわいと表面上はにこやかに過ぎていった時間だったが、予定時間の中頃。ダンスタイムが始まる直前に、一人の新入生が壇上に登った。

 何事か、と誰もが壇上(だんじょう)の生徒に目をやって、驚いた。彼は、コートナと同時期に入学した王家の第三皇子カマワン・ディ=ホナラナンだったのだ。

 金髪碧眼に、王家の記章(きしょう)を胸につけた堂々たるその姿は、正に王族の末子であることを知らしめる輝きを放っていた。

 

「在校生の皆様には、この場を借りて不愉快な思いをさせてしまうことを、まずはお詫びしたい。

 私は、この場でどうしても言わなくてはいけないことがあるのだ」

 

 彼は壇上に上がると、場の司会からマイクを受け取って頭を下げた。そして、冒頭のセリフへと向かうのだ。

 彼が断言し、指を指した先を会場の皆が視線を追えば。そこには、キョトンとした顔でカマワンを見る令嬢が居た。入学前から既に話題になっていた公爵令嬢「コートナ=ボーショック」その人である。

 彼女は、きらびやかな明るい紅の生地で作られたドレスに、要所要所のワンポイントに細やかなアクセサリーを飾っていた。それは、公爵令嬢、という立ち位置にしては周りよりも控えめな装飾であったが、それでもなお周りの女性達よりもひときわ目立つオーラがあった。

 ただ、それよりも目を引くのはその周りにある皿、皿、皿……。何故か彼女の近くの机には、既に10を超える皿の塔が3つはできていた。

 傍に控える従者もその手に料理を載せた皿を持って控え、彼女の手にもまた、スモークチキンが5切れ乗った皿があった。

 彼女は、一切れを口に入れたタイミングで名を呼ばれていた。その口にフォークを加えたような呆けた姿は、何とも緊張感を削ぐものだった。

 これ以上ないインパクト共に宣言した絶交宣言が、この上なくマヌケなオチに落ち着いてしまったので、宣言したカマワンもまた、まさかそんなタイミングだったとは思わず、続く言葉が口から出ない様子だった。

 

「――ゴホン」

 

 どうやら仕切り直すらしい。

 カマワンは一つ咳をすると、改めてコートナに指を指した。

 

「どうやら聞いた言葉が聞き間違えかと思っているらしいな。では、改めて宣言させてもらおう、コートナ=ボーショック公爵令嬢!

 私は、お前との婚約を破棄させてもらう!」


 二度目ともなればインパクトこそ薄くはなるが、その内容は到底冗談では済まされないような内容だ。周囲の生徒たちは、この事態を固唾(かたず)を飲んで見守っていた。

 当人の一人であるコートナ公爵令嬢は、首をひねった後、もぐもぐと咀嚼(そしゃく)をしてとりあえず口内のスモークチキンを嚥下することにした。

 それに対して「これは時間がかかる」と判断した従者――つまりゲッティーモは、主の代わりに王子へとその真意を尋ねることにした。ボーショック領の人間は、ちゃんと良く物を噛んで嚥下(えんげ)するように教育されるからだ。

 もちろん、コートナもそれに従っている。

 

「カマワン王子。私からよろしいでしょうか」

「許す」


 口に食べ物を入れている時に喋らないのは、勿論だがテーブルマナーによるものだ。食事の途中に話を始めてしまったのはカマワンの落ち度であることはこの場の常識として認知されているので、コートナが口を挟まないのは、礼儀的に問題がない。

 なので、カマワンは苦虫を噛み潰したような顔でゲッティーモの言を許可した。カマワンとしては、コートナに反発してほしかったのだが、今の状態では、コートナが口を開くことを待つ間は、話が進まないためである。

 このいたたまれない空気の中で待たされるのは、彼としても御免であった。


「ありがとうございます。それでは、主に変わってお聞きしたく存じます。

 先程の話、どういった根拠によるものでしょうか。到底、気の迷いで済まされるような話ではありませんが」

 

 期待通りの内容を尋ねてくれたことに、内心拍手を送るカマワン王子だったりする。少し機嫌も上がり、腕を組んでは勝ち誇った顔で口を開いた。

 

「理由は簡単だ。コートナ公爵令嬢は、王家に輿(こし)()れするに相応しい人間ではなかった。そういうことだ」

 

 ドヤ顔でキメるカマワン王子ではあったが、その実、中身は何も説明されていない。

 どういうことだ、とざわめく周囲に、「理解できなかった」という自分の感性が正しいと確信し、ゲッティーモは反論する。

 

「王子、それでは何もわかりません。もっと具体的にお話ください」

「……なに?……ふん、どうやら従者にも隠してやっていたということか。それとも、単に貴様もとぼけているのか?」

「……なんのことでしょうか」

 

 既に周知の事実だと言わんばかりのカマワン王子の言いぶりに、ゲッティーモはなにか見落としがあるかと思い返すが、到底「コートナ嬢が王家に輿入れするに相応しい人間ではない」事例など思い浮かばなかった。

 ゲッティーモは、自分だけが知らない周知の事実なのか?と周りを見渡すが、周囲もまた「何のことやら」と首を捻るばかりであった。

 そんな周囲の様子が理解できたのか、カマワン王子の表情がみるみるうちに怒りに染まっていく。

 

「ええい、薄情な奴らめ!しかし、知っているぞ!

 これも全て、コートナ嬢の仕向けたことであることだとな!」

「あの……そもそもどういった理由で、王子はこのようなことをおっしゃっているのでしょう?」


 遂には、観衆の中からツッコミが入る始末である。一言、断りも入れずに話しかけられたことで、王子の怒りも最高点に達するところであった。

 ちなみに、本来であれば年齢が上でも立場や地位が上の者に、許可を得ずに語りかけるのはマナー違反である。この場において、従者であるゲッティーモにはそのルールは当てはまるが、生徒間において学園在籍者は等しく生徒である、という暗黙の了解があるので当てはまらない。

 もっとも、入学してほとんどクラスメートとの交流ができなかったカマワン王子には、その暗黙のルールに慣れていなかったので、口を挟んだ生徒に対して理不尽にも怒りを覚えたのである。

 なお、これは入学半年目の懇親会である。目上の地位の人間が、そのルールを破って上級生に(たし)められるのは、もはや恒例行事であったりする。

 

「貴様らも知っておろう!このコートナ嬢が、卑怯にも地位を傘に来て、その派閥と権力を持って一平民の女性を虐めていることを!」

 

 カマワン王子の言葉に、観衆がざわめく。その内容に驚いたのは、もちろんゲッティーモも同じである。

 

「なっ、なんですって!

 しょ、証拠はあるんですか!?」

「はっ!証拠も無しに糾弾などせぬわ。さぁ。こちらへ来るのだ」


 ゲッティーモが鼻息荒く反論をするも、それに対してカマワン王子の呼びかけに応じてやってきたのは、貴族の紋章のないドレスを身に着けた、一人の女性であった。

 話の流れから、彼女がコートナが虐めているという件の平民女性の生徒であろう。その女性を見てざわざわと反応するのは当然、新入生諸君である。一方、二年以上の在校生は、やはり誰なのか判らない、といった様子で首をひねっている。

 その少女を、あろうことか隣に立たせ、カマワン王子は口を開いた。

 

「コートナ嬢。見覚えがないとは言わさぬぞ。

 お前が、学園に入った直後から、私生活、学園問わず、嫌がらせをしていたソーティー嬢だ。彼女が、勇気を持って告発してくれた。

 そして、俺はその勇気を、全面的に支持する!」

 

 ソーティー。字のない、ヴィッタィ街に住む平民の女子である。彼女が、どうやら高貴な人間に虐められているらしい、というのは、新入生、特に同じクラスの生徒たちには有名な話であった。

 私物がなくなったり、あるいは誰も見ていないうちに破壊されたり、というのは日常茶飯事であり、ともすれば彼女自身が水浸しになっていたりと言った直接的な被害を受けていたりと、噂話には事欠かない存在であった。

 カマワン王子によれば、それはすべてコートナ嬢の仕業であるという。追従するように、王子の隣に立つソーティーは、今まで彼女が受けた被害を涙流らに訴える。

 ゲッティーモが口を挟もうとすれば、その度にカマワン王子の側仕えの騎士から、威圧じみた視線を飛ばされ、口を閉ざされる。その間に語られる凄惨な話の内容は、事実かを示す具体的な物品こそ無いものの、悲壮感に満ちた訴えは場の空気を変えていく。

 ゲッティーモは、この場の空気が冷えていく感覚を、肌身に感じていた。

 

「さぁ、もう十分だろう。コートナ嬢。おとなしく罪を認め――いつまで食ってるんだお前はッッ!!」

 

 ああ、遂に言ったんだ。

 今、正に断罪の時、というタイミングでカマワン王子の放った怒声は、違わずその場の全員の気持ちを一つにまとめた。10分ほどの演説の後に、カマワン王子が改めてコートナに目を向けた時、あろうことか彼女は新しく持ってきたスモークチキンの皿に手を伸ばしているところだったのである。

 ちなみに、ソーティー嬢が話している間、カマワン王子が彼女の涙に目を奪われていた間も、コートナ嬢は食べていた。黙々と食べていた。

 おかげで、ソーティー嬢の涙の訴えは、どこか白けた空気になってしまっていたのである。それに気づいていないのは、王子とソーティー嬢だけである。

 一方、怒られたはずのコートナは、しかしキョトンとした表情でカマワン王子を一瞥(いちべつ)するのみで、すぐにフォークをチキンの一切れに刺した。

 

「待て待て待て待て」


 流石にもはや看過(かんか)はできず、守るべき予定のソーティー嬢も置いてコートナの元へ向かう程に怒りを隠しもせず、のしのしと肩で風を切ってコートナの下へ向かうカマワン王子。

 近くまでやってきて、ようやくコートナはカマワン王子に微笑みかける。

 

「あら、カマワン様。カマワン様もお食べになります?」

 

 そう言って、手元の皿を持ち上げる彼女に、カマワンはこめかみに青筋まで浮かべる。

 

「あのな!貴様、今までの話を聞いていたのか!?」


 遂に貴様呼ばわりである。しかし、普通の淑女であれば、王族のそこまでの剣幕に気絶しそうなものであるが、コートナはというとその威圧を涼しげに受け流し、にっこりと笑みを崩さない。

 

「ええ。私がそのソーティーという見たこともない女性を虐めたという話でしょう」

「見たこともない!?貴様、ここまで来て白を切る気か!?」

「白を切るというのは、()()()()()ごまかすと言うことですわ。私、その方を全く存じませぬもの。白を切る必要がありませんので、その言葉は間違っております」

 

 そう言って、コートナは一切れを更に細かく、器用にフォークで切り分け、半口程度のサイズにしたスモークチキンを口に入れる。

 軽く咀嚼し、嚥下しては花が咲くような笑みを浮かべた。

 

「そんな戯言(たわごと)よりも、このスモークチキンの素晴らしさを堪能するほうが優先せざるを得ませんわ」

「戯言、だと!?」


 コートナの言葉に、激高で返すカマワン。しかし、コートナの視線は既に手元のスモークチキンに向けられている。


「ええ。この一切れですら素晴らしい逸品ですもの。

 表面に残った油の、ぷるぷると滑らかな舌触りから始まって、ホロリとほぐれるような程よく熱が通った鳥の身の触感。

 噛みしめれば、しっかりとした繊維の歯ごたえと、ふわりと香る爽やかな木の香り。これは、ルカインズィア領の特産、ルカイン樹のチップですわね。

 あの樹は、(まと)った朝露(あさつゆ)ですら眠気覚ましに使える、と言われるほどの香味を発する希少な植物。使い方も当然難しいのですが、それをこのモーブ(どり)に使ってここまでの味を出せるというのは、とても良い料理人が携わったのですね」


 そう言ってコートナは、カマワンに持っていた皿を差し出した。

 

「お腹が空いていては、冷静な話もできませんわ。まずは、一口いかが?」

 

 次の瞬間。

 破裂音の後、けたたましい陶器の割れる音が、静かになった会場に響いた。

 カマワン王子が、怒りのままにコートナの手を払ったのだ。

 

「下らない貴様の感想をダラダラと!それこそが、時間の無駄!戯言だ!そう、空惚けるのであればこちらも容赦せぬぞ!貴様の悪事の数々、国外追放すら言い渡しても――」

 

 次の瞬間。

 カマワンの怒りの言葉は、再びなった破裂音に遮られた。

 会場の面々が見たのは、頬を抑えるカマワン王子と、両手を空にしたコートナの姿。

 

「食べ物を粗末にするなと、習わなかったのですか!食事中のマナーも未だにできてないような人とはお付き合いません!すぐに、婚約破棄させていただきます!よろしいですね!

 ゲッティーモ、行くわよ!」

 

 一息にそう言って、コートナは呆然とするその場の全員の視線を背に、ずんずんと怒りに肩を切らせて会場から出ていった。

 少し後に、我に返ったゲッティーモが、慌てて彼女の後を追う。

 

「……えぇ……?」

 

 そのしばらく後に、カマワン王子が絞り出すように困惑の声を上げたのは、コートナが会場を出て、たっぷり30分は経った後だった。

 その時のことを、その場に居た一人はこう語る。

 

「婚約破棄を言い渡したら、婚約破棄を言い渡されていた。

 何を行っているかわからないと思うが、俺も何を言ってるのか、わかっていない。痴話喧嘩とかそんなチャチなものじゃない。

 もっと根本的な話のすれ違いを感じたよ……」

毎度、ご拝読・評価ありがとうございます。


この話が書きたくてこの作品を始めました。

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