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5. クビナシのフォアグラ ~黒山葡萄を添えて~

 次の日。森の民の集落の内、狩りを生業にする3人にニマニューとコートナを加えた5人で狩りの森に入る。目的のクビナシを狩るべく、手分けして狩りの準備――泉の近くに罠を仕掛ける。

 集落を出立したのが日が昇ってすぐの時間。準備が終わるころには、既に太陽は中天に差し掛かっていた。


「クビナシが、昼頃にこの辺りまで来るのは調査済みよ。

 そろそろ来るはず。全員、持ち場について」

 

 太陽の様子を見て、ニマニューが指示を出した。コートナも、プロの言うことに文句はない。いそいそとその身を隠した。

 やがて、森の奥が(ざわ)めいてくる。ベキベキと木々を薙ぎ倒し、それは姿を現した。ゴロゴロと回転しながらやってきたその物体は、不意に大きく跳ね、隕石のように落下して動きを止めた。

 その姿は、有体に言えば巨大な球だ。鮮やかなエメラルド調の緑をした毛皮は、その身に着いた水分が日光に反射し、て宝石と言うより金属の光沢を輝かせている。直径は、10mは下るまい。想像以上の大きさをしていた。

 もぞもぞ、と動き出したかと思うと、側面から亀のようにポコリと鹿の頭が顔を出す。その額からは、丸く渦巻くような角が顔の側面を守る盾のように生えており、ヤギの様だ。しかし、その角がメキメキとネのように空中へと広がって、その顔が鹿の類であることを知らしめてくる。

 少し体が浮いたかと思えば、地面に面していた部分から、4本の足が生えていた。その巨体に対しては随分と細いが、何の問題もなく移動している。

 ぐぐぐ、と頭が下に動いて泉に口を付ける。しかし、その体はわずかも傾いてはいない。どういう体の構造か、顔の部分を体の表面をスライドするように動かせるようだ。

 

「あれが、クビナシ」

 

 初めて見るその巨体に息を飲む。それが、クビナシ――正式名称『ファットマルジカ』の威容であった。クビナシ鹿、という仇名(アダな)は、太りすぎて首に当たる部分が体に埋もれて見えないことから呼称されている。

 そう、特異な体系をしているが、これは極端に()えているのだ。森の民的には、脂肪分の高い木の実の類を始めとして、森の恵みを根こそぎ食べつくしてしまう害獣なので、見つけ次第処分するタイプの魔獣である。

 しかし、()()は普段手が入らないような森の深い部分で栄養を蓄えてしまっていたのか、熟練の森の狩人でなければ対処できないレベルの魔力を持ってしまっていた。森の民は、魔力の高さが実力と比例する種族で、たとえ実際の戦闘能力が低くても、相手の内包魔力の量によっては本能的に縮こまってしまい、動けなくなってしまう性質を持っていたのだ。

 これが、探索者に依頼が必要になった経緯である。

 

「1番!」

 

 ニマニューの声に合わせて、その巨体に呆けていたコートナが、我に返って手元の魔石を砕く。指の間に収まる程度の魔石は、言わばスイッチだ。ぱちり、と小気味良い音がするや否や、クビナシの足元に魔法陣が浮かび、クビナシを囲む。


「グエェェェ!!」

 

 鹿ともヤギとも例えようもない不快な雄たけびを上げるクビナシ鹿。浮かび上がった魔法陣は、すっぽりとクビナシを囲い込み、その動きを封じる。その魔法陣の枷からは鎖が一本伸びており、行き着く先は魔石を割ったコートナの手の中だ。

 魔石とは、魔力を持った石のことだ。魔物の体内に生成される物質で、大きければ大きいほど価値も内包魔力も高い。内包する魔力は様々な用途に使われる。燃料であったり、魔法の媒介であったりと。今回は、後者の目的で使われる。

 すなわち、罠として設置された魔法陣の起動キー。魔法罠発動のための発火剤だ。

 クビナシの暴れる動きに合わせて、ギャリギャリと音を立てて、魔法の鎖がコートナの手の中で暴れる。

 ぐい、とコートナがその手に生まれた鎖を引けば、クビナシの不快な声が響き渡る。魔法陣が大きくたわんだところで、ニマニューが声を荒げる。

 

「2番!」

 

 ハッ、と我に返った森の民がその手の魔石を割る。大地に当てた手のひらから、雷状の魔力がほとばしり、クビナシの周りを囲む。更にはその円周上から茨のような触手が生まれてはクビナシの体に巻き付き、その体を拘束していく。

 

「グエェェェェェッ!」

 

 しかし、うっとおし気にクビナシが咆哮すると、あっけなくその茨は弾き飛ばされた。クビナシを囲む雷の円陣もはじけ飛び、残るのはコートナの手から伸びる魔法の鎖と魔法陣だけだ。

 クビナシの咆哮には魔力が含まれる。丸々と肥えたクビナシの魔力は、たとえそれ自体に攻撃力がなくとも、やはり森の民には効果的だったようだ。

 方向に怯んで、瞬間的に罠の魔法のコントロールをしくじったのだ。


「くっ……この、大人しくなさい!」

 

 一人でクビナシを抑えるコートナが苦戦している様子に、ニマニューが顔を青くする。この場に来る時までは自信満々だった彼女も、クビナシの魔力を帯びた咆哮は堪えたようだった。

 戦力不足だったか、と不安を強くしていると、コートナの当たり散らす声も強くなった。


「ええい、元気な子ね!ずいぶんと力が強いじゃない!

 クビナシは太っているだけの脂身だと聞いていましたが!この分ならモツだけじゃなくて肉の方も!期待ができますわね!」

 

 食欲全振りの悪態であった。学園に居た頃から変わらないその姿に、ふっ、とニマニューの息が漏れる。

 肩の力が抜けたニマニューは、笑みすら浮かべて他の森の民に叱責を飛ばす。

 

「……恐れるな!3番、4番同時起動!」

 

 思ったより余裕そうなコートナの姿に気が紛れたのか、同じく笑みを浮かべる森の民らが再び発動した雷の茨は、狙い違わずクビナシを拘束した。更に、一人が発動した茨の触手は、クビナシの口元に巻き付き、その咆哮を封じるファインプレーを見せた。

 

「グゥムェムムムム!」

 

 叫ぼうにも、口が拘束されてしまったのであれば、いくら声を出そうにもくぐもった呻き声しか出ない。

 

「よくやった!」

 

 ニマニューが最後に己の持つ魔法石を砕く。瞬間、びくり、とクビナシが震える。足元に生まれた魔法陣は、その四肢と首を拘束して、完全に動きを封じた。

 

「今だ、コートナ!」

 

 ニマニューの声に、手元の鎖を持ったまま飛び出すコートナ。

 たとえ叫べなくても、体からにじみ出る魔力に森の民は全力で攻撃することができなくなってしまう。止めは、誰かに任せるしかないのだ。

 そして、この場で言えばその役目はコートナのものだった。

 

「はああああぁぁっっ!!」

 

 腰から抜剣したコートナは、動きを止めたクビナシの顔を根元から切り取るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 その夜、森の民の集落は煌々(こうこう)と松明の灯りに照らされ、絶え間ない笑い声に賑わっていた。

 その広場の中央に鎮座(ちんざ)するのは、すっかり処理されたクビナシの頭蓋骨である。既に、その体は素材ごとに切り分けられ、処理されている。

 その上座でワクワクしながら料理の到着を待つのは、ご存じコートナ=ボーショックその人である。ちなみに、ゲッティーモはコートナに祭りで出ている食べ物を片っ端から渡すべく西に東に駆け回っていた。

 そう、既にコートナの両手にはクビナシの料理が握られており、その目の前には空の皿が5枚は積みあがっている。森の民は健啖(けんたん)家が少ないが、祭りに酒が回っており、その食べっぷりに引くこともなく、やんややんやと盛り上がっていた。

 

「お待たせ、お嬢様!こいつが、あんたのご所望のもんだ!」


 そこにニマニューがやってきて、コートナの前に皿を置く。

 

「あはぁ!これが!」


 念願の一皿を目の前に、コートナは両手を合わせて歓喜の声を上げた。

 白い陶器の上に鎮座した、ステーキのような一品。見た目は厚さ5cmのサーロイン肉500gくらいのサイズだ。ステーキと異なるのは、その表面がバターの断面のような滑らかさをしている事と、トウモロコシのような黄色をしている事だろう。

 表面には赤黒いソースがかかっており、レバーの脇に黒い実のベリーが葉付きでちょこん、と乗っている。

 

「このフォアグラはソテーにしてある。ソースはクビナシの血と脂肪をメインに、森のキノコを使ったもんだ。脂が固まる前に、熱いうちに食べてくれ。

 付け合わせに置いてるのは黒山葡萄(クロヤマブドウ)っていう実だ。潰してソースに混ぜると風味が変わるから、味を変えたいときに使ってくれ」

 

 ニマニューの言葉に頷くと、早速ソテーにナイフを入れる。

 

「んっ……?これは」

 

 ――手ごたえがない。

 ナイフの刃がすんなりと入ったこともさることながら、刃を進めても切った端からくっついていくようだ。一見まるで、切り目など見当たらない元のままの姿がそこにある。フォークで突き刺しても、持ち上げようとすればフォークがフォアグラをかき分けて持ち上がる始末だ。

 ではスプーンではどうか。しかし、用意された食器はフォークとナイフのみだ。スプーンで持ち上げては、グズグズに崩れてしまうだろう。それは、この料理への冒涜のような気もする。

 どうすればいいのか、とコートナがニマニューを見ると、彼女は意地悪が成功したと言わんばかりの笑みを向けていた。

 

「はっはっは、こいつは森の民の至高の料理だよ。食べられる森の民も厳選されるってものさ」

 

 ニマニューは、普通の手段では食べられない料理であることを黙っていたのである。

 周りもそのつもりだったようで、森の民はその馬鹿笑いで盛り上がり、コートナはむすっとした表情で頬を膨らませるも。しかし、コートナは意地悪なニマニューの言葉に、食べ方のヒントが忍ばせてあったことを悟る。

 コートナは、その手に魔力を滲ませる。攻撃や防御の意思を持たせない魔力は、ぼんやりと陽炎のように空間を歪ませ、ただそこにあるだけだ。しかし、数瞬の後、コートナの手の中の陽炎は、フォークの形を象っていた。

 周囲の馬鹿笑いがぴたり、と止まる。にやにや笑うのはニマニューとコートナだけだ。ニマニューは、確かにコートナに食べ方も教えないという意地悪をした。一方で、他の森の民にコートナがクビナシのフォアグラを食べる資格を持っていないわけではないことも黙っていた。二段仕込みだったわけである。

 すなわち、風の魔力を食器状にして、その魔力で持ち上げる。魔法に特化した森の民ならではの食べ方だ。

 これは、学園にニマニューがいた時に、食堂でニマニューに遭遇した際に、たまたま彼女のトレーに食器を忘れられた時、ニマニューが披露した食べ方であった。コートナは、その様子を見ており、今それを思い出して実践したのである。

 先ほどとは違って、驚愕にシン、とした空間で。コートナは一切れ風のナイフでで切り分ける。くっつこうとする断面を魔力の風が切り離して、きっかりと一口分が切り取られた。それを風のフォークで口元に持ってくる。零れようとするフォアグラの切れ端は、これまた風の障壁でしっかりと形を留めたまま持ち上げられている。

 

「ぁむ……ほ」

 

 口の中に入れ、舌の上に。その瞬間、言葉を失った。

 それまで形を整えていたフォアグラの欠片は、舌の上でとろり、と溶けきる。それは、濃厚な生クリームのような触感だった。しかしそのクリームは、液体のように零れるのではなく、まるで意思を持っているかのように舌にまとわりついてくるようだ。しかも、徐々に下あごから歯茎へ、包み込むようにと広がっていく。

 そこで、コートナは気づいた。これは、溶けたフォアグラの触感ではない。味なのだと。

 一瞬、触感として物理的に感じた刺激は、驚くことにフォアグラの持つ旨味であった。甘みにも錯覚するレバーの旨味が、一切れだけでコートナの口内を蹂躙するように広がったのだ。

 それでいて、付け合わせのソースに仕込まれた刻まれたキノコが噛む楽しみをもたらす。一噛み毎ににじみ出る苦みを伴うキノコの風味は、一層ソースの油の甘みを引き立たせる。それが、レバー独特の獣臭さとも相まって、まるで森の中にいるような爽やかさが広がる。

 気が付けば口の中には何もなく、それでいて油やレバーのくどさは全くない。

 

「これは――美味しいですわ」

 

 ほぅ、と息をついて言葉を出せば、ニマニューはコートナが満足していることを把握し、喜びに顔をほころばせた。

 

「そうそう。さすがにお代わりは無理だから、ゆっくり味わって頂戴ね」

「ええ。この場限りと思って、堪能させてもらいますわ」


 コートナの言葉は、あながち間違いではない。

 実は、クビナシ自体の討伐難易度はそこまで高くない。それが、エルフの脅威となるほどのサイズであったとしてもだ。しかし、何故クビナシの肝臓(レバー)がレアであるのか。

 それは、クビナシを森の民以外が狩ることが稀なのである。エルフがクビナシの素材を卸す場合、そのほとんどは脂身か肉だ。内臓はというと、薬の材料になったり祭りや儀式に使われる。

 その結果、肉自体もそれなりの希少価値があるものの、内臓系と比べるべくもない。まして、それを食せるなど一国の王でも中々手が出せないものとなる。

 今回は、エルフの推薦がないと得られない『聖女(アマス)』の称号を持つことで依頼を受ける資格があったこと、集落の長の妻と顔見知りであったこと、今回の狩猟のMVPであることから、祭りの参加と肝臓を口にすることができたのである。

 クビナシは、その肥えた姿から解る通り、あらゆる部分に脂肪分が多い。特に、レバーは脂肪肝(フォアグラ)状態となっており、その全てがほとんど油になっていると言っても過言ではない。

 その一方で、過剰な魔力により、生物が食べるには適さないものとなっている。そのため、下ごしらえからして森の民由来の料理法しか調理できない、高難易度の食材であった。

 シェフですら、その技術を学ぶ機会を得られなかった故に、コートナは今の今まで諦めざるを得なかった一品である。森の民の主張の妻であるニマニューは、彼女の知る中で、唯一この下ごしらえと調理法ができる存在だったのだ。

毎度、ご拝読ありがとうございます。


フォアグラ。食べたこと無いんですよね。

材料から考えると、モツ鍋も厳しい私には厳しそうだ。

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