表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/12

4. マンティピードの素焼き

 たき火の周りに、串刺しになった黒い団子状のものが刺さっている、その数20を超える。ぱち、と火花が散っては黒い団子に当たり、さらに爆ぜる。

 その光景を、ワクワクとした表情で見ているのはコートナ=ボーショック嬢。王国の食物庫の異名で知られるボーショック公爵領の末子である。

 さらに、そんな彼女をうんざりした表情で見ているのは、彼女の護衛であり、専属執事である『ゲッティーモ=ノスキズッキ』。


「お嬢様……本当にそれ食べるんですか?普通、貴族の令嬢が食べるものじゃないですよ」

「それを言ったら、普通の令嬢はこんなところには来ないわ」

「そうですね」

「じゃあここにいる私は普通の令嬢?」

「違いますね」

「それなら食べてもいいんじゃない?」

「そうですね。……あれ?」

 

 会話の流れで期待していた着地点と違う所にたどりついたことで、首をひねるゲッティーモ。そんな彼をさておいて、串に刺さった黒団子を見ていたコートナは、その表面にぴしり、と一つヒビが入ったことで歓喜の声を上げた。

 

「食べごろだわ!」

 

 火傷防止に分厚い革の手袋を着けて、串を一本取り出した。そして、何を思ったか、団子に入った日々に素手の方の手で指を突き入れた。

 

「あっちゃ!!あっち!?」

「何してんですか!?」

 

 主の奇行に慌てた声を上げるゲッティーモ。当然の結果に、想定外だったと驚くコートナは、ゲッティーモがタオルを持ってきた時には、団子に突き入れた指を咥えて涙目になっていた。

 

「罠だったわ」

「当然の結果です」

 

 やれやれ、とコートナの指に回復魔法をかけるゲッティーモ。

 その後、両手に革手袋を身に着けたコートナは、改めて団子の日々に指を突っ込んで、大きく引きはがした。みちり、と音を立てて開いたその中身は、ピンク色の肉塊がたき火の火を油で照り返して鎮座していた。

 それは、全身で「私は食べ頃です」とアピールしているようだった。ちなみに、コートナの感性100%の情景である。

 

「まぁ!うふふふ」

「お嬢様。かなりやばい顔されてます」


 たき火の灯りに浮かび上がるコートナの顔は、ゲッティーモにはアウト判定だったようだ。

 ゲッティーモが顔を青くして、コートナに食すか尋ねていたこの団子の正体は、先ほど彼女が仕留めたマンティピードの一節の足を削いだものである。

 マンティピードとは、一節が大人が両腕を使って抱えられるほどのサイズをしたムカデである。特徴としては、そのサイズも(しか)ることながら、全長3mに及ぶ長さと、頭部から生えたカマキリのような巨大な鎌状の足が挙げられる。

 大木を締め付けて体を磨く習性があり、森にダメージを与える害虫として知られている。森の民からもっとも忌み嫌われる魔物であり、積極的な討伐が推奨されている。

 一方で、その巨体と青銅程度なら両断する鎌足により、討伐難易度が高い。コートナも、つい先日ようやく討伐可能なランクに上がったばかりであった。

 今は、依頼がてらさっそくマンティピードを討伐したその夜なのであったりする。

 ゲッティーモの苦言を聞いて、頬を膨らませるコートナ。

 

「だって!ようやくこの地域に来るのが解禁になったんですのよ。どうしても食べてみたくって」

「お嬢様。虫ですよ?正気ですか」

「虫も牛もタンパク質ですわ。

 では!いただきます!」

 

 ゲッティーモの止める暇さえあればこそ。令嬢にあるまじき、直接かぶりつく、というワイルドな食べ方でコートナは実食に入る。ゲッティーモの「あああぁぁ」という悲壮のこもったうめき声とたき火の薪の爆ぜる音をBGMに、もしゃもしゃと食べ進めていくコートナ。その感情豊かな表情には、10歳のころの影は存在しなかった。

 

「むぉ」


 思ったように噛み千切れず、はしたない声が漏れてしまった。

 肉に噛みついて引きはがそうとすれば、ぶちぶちと繊維が切れる音。しかし、その粘りは脅威的で、可能な限り口元と手元の肉を引きはがしても千切れはしなかった。

 仕方がないので、むぐむぐと前歯で噛み切る。だらり、と器代わりの甲殻から、伸びたモッツァレラチーズの様に噛み切った肉の繊維が垂れてしまうが仕方がない。うまく地面に足れないように甲殻を受け皿にする。

 咀嚼している肉質は、思ったより柔らかめだった。噛みしめた時の歯応えは、何層にも重ねたバラ肉を一気に噛み千切ったような感覚。しかし口を開けば、歯の隙間に絡んだ肉の繊維が粘るように糸を引く。口寂しい時のガムのように、もっと咀嚼したくなる不思議な感覚に陥る。

 

「あら、意外に淡泊」


 すりつぶすような咀嚼で溢れる味わいは何とも淡泊。上品な白身魚を彷彿とさせる淡い甘さだ。しかも何度噛みしめてもいくらでも味が出てくる。

 とはいえ、淡い味わいだけではだんだんと飽きが出てくる。そこに、ふと食いついた一角で、ガツンと舌に来るのは塩とハーブのスパイス。調理のちの字にも入らないような素焼きではあるが、コートナはある程度手を加えていたのである。

 節々を一つ一つ切り離し、塩と毒消し草を漬けた水に沈めて毒抜き。味付けはシンプルに、焼く前に甲殻の上からまぶした塩とハーブだけだ。

 使用したハーブは『パナモゲ』と呼ばれるもので、コートナのお気に入りだ。人の鼻のような形をしており、いくつもの房が円陣のように固まっている。使うのは、この房の中身だ。使い過ぎは体を壊す、とシェフから聞いているので、あくまで適量の使用を心がける。

 取り出したのはパナモゲを乾燥させたもの。これを植物の種から抽出した油に漬けておくと、油自体にパナモゲの成分と香りが付くのだ。このパナモゲ(あぶら)とでもいうべき油をまんべんなく塗り込む。この時、前もって塩をまぶしておくと、不思議と甲殻の上からでも中身の肉に塩味と油の風味が付く。塩がなければ、不思議と甲殻の表面にしか香りが付かないのだ。

 シェフから教えてもらった、固い甲殻の魔物を調理する際のテクニックだった。しかし、付けが甘かったのか満遍なく味が染みわたっていない。

 だが、これがコートナのセンスにヒットした。食べる場所で味が変わるのである。これにより、一節500gは下らない肉の量を楽しく食べ終える事ができた。

 ちなみに、コートナがマンティピードに下味をつけているころ、ゲッティーモは周囲の探索をしたり、今日の寝床を作ったりしていた。なぜなら、彼は虫が苦手だったからである。

 

「これ!結構いけるわよ。ほら!」

「いやいやいやいや」

 

 そういうわけなので、嬉々としてコートナが押し付けてくるマンティピードの肉を、必死に避けては細々保存食の干し肉で己の食事を(まかな)うゲッティーモであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 今回コートナたちが向かうのは、森の民の集落の一つである。コートナが引き受けた依頼は『森の害獣の長の退治』であった。

 森の民は、その名の通り森の中に集落を作る。その見た目は(はかな)(うるわ)しい。長身の色人種のような体格をしており、最大の特徴は色人種のように顔の真横から生えている、尖って天高く伸びる耳である。

 彼らは、別名『狩りの民』とも呼ばれるほど森の中の狩りが上手い。しかし、今回の魔物は運悪く、森の民の集会で村長や重役を兼任していた名だたる狩人が集落を離れているときに発生してしまったのだとか。

 さらに間の悪いことに、残った面々の内、リーダー格の森の民が妊娠してしまい、現場に出られなくなってしまったのである。そのため外部から探索者を雇って、魔物の退治と相成ったのであった。

 コートナが、この依頼を見つけたのは偶然であったが、見た以上、この依頼を受けたのは彼女にとって必然だった。

 森を抜け、森の民の集落にたどり着いたコートナは、依頼書を門番に渡して集落の中に入った。案内人に従って、一緒に依頼主の元へと向かう。

 たどり着いたのは、この集落の村長の家だった。そこには、コートナがこの依頼を受けた理由が居た。

 

「よく来たわね、コートナ=ボーシャック」

 

 村長の家の前で、体の前で腕を組み、仁王立ちで立っていたのは今回の依頼の依頼人。

 

「ええ、来たわ。ニマニュー先生」

「今は先生じゃないわ。この集落の長の妻、エルフナのニマニューよ」

 

 『金の髪の森の民』の字を持つ、去年までコートナの担任であった森の民。典型的な森の民の麗しい顔つきをした、金の長髪をなびかせる女性。

 

「久しぶりね」

「ええ。まずはご懐妊(かいにん)おめでとうございます。仲睦(なかむつ)まじくされてらっしゃるようで、何よりです」

「今回はそれが裏目に出たけどね。まさかこんなに早く子供ができると思わなかったわ」


 ニマニューは昨年の学期終了時に、寿退社(ことぶきたいしゃ)の形で学園を退職していたのだった。しかし、その時点ではまだ妊娠はしていないはずだった。加えて森の民は長命種であり、子供ができるのは一家庭につき100年に1度あるかないか、程度である。

 今回の妊娠は、集落的には本当にタイミングが悪い出来事であったのだ。

 コートナは、恩師の出した依頼だったので引き受けたのである。もっとも、それだけが目的ではないのだが。

 

「この依頼を受けたということは、報酬に上乗せが必要かしら?」

「ええ。もちろん。こんな辺鄙(へんぴ)なところまで私が来たからには、それ相応も見返りがないと」

 

 ニマニューの言葉に、コートナの回答に、傍にいた森の民の案内人が戸惑う。先ほどまでの和気あいあいとしたやり取りから、ピリピリとした空気を感じたのである。

 加えて、彼は報酬の上乗せが必要になるとは思っていなかったのだ。

 森の民の蓄えは少ない。まして、ただでさえ外界の通貨は貴重である。今回の依頼はなけなしの通貨を使って依頼を出したと聞いていたのだ。

 しかし、そんな案内人の心配を横に置き、コートナはにやり、と人の悪い笑みを浮かべた。

 

「討伐対象の『クビナシ鹿()』の肝臓。下ごしらえもお願いしたいところね」

「あらあら強欲ね。労力はさておき、流石にそんな稀少(きしょう)部位は渡せないわ」

「ここまで来たのだから当然それが目的よ。わかってるでしょう?

 角や革は全部渡すから、心臓だけはこちらに欲しいわ」

 

「ん?」と案内人が首をひねる。ピリピリとした空気だったものが、ゲッティーモのため息と共に流れが変わった感覚があった。

 魔物の皮や爪、角と言った部位は探索者にとって最も価値があるものだ。ともすれば金属よりも強靭で、魔法よりも神秘的な力を秘めるそれらは、上手く加工できれば驚異的な戦力になる。ただ持つだけでも、その魔物を討伐した証として名声が得られるからだ。

 一方、肉や内臓に関しては(はし)た金にしかならない。もちろん、希少な魔物であればその限りではないが、それも比較対象がなければこそだ。武具に使える部位に比べれば、やはり圧倒的に安い。

 

「今回は集落の危機。この困難を超えれば、祝いの席は必須でしょうね。もちろん、調理は私が直々に手を出そうと思うの。

 そのメインディッシュはクビナシ鹿一頭丸ごと」

 

 コートナの悪い顔に対して、ニマニューもまたニヤリ、と人の悪い笑みを浮かべる。

 

「その上乗せ。撤回してあげるなら、祝いの席に参加させてあげる上に、いいところを提供するわ。もちろん、心臓も」

「乗った」

 

 しっかりと握手して、商談成功をアピールする二人。

 その茶番のノリに乗れないのは、その場では女性二人の傍らに控える男二人だけであった。

毎度、ご拝読ありがとうございます。


パナモゲ油はいわゆるオリーブオイル的なものを想像してください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ