第四話 流星SOS(後編)
「これは何事ですか?」
ミチは空き教室でゼイガンと合っていた。
「レジデンス管理部への協力、ということだ。学生は関係ないけどな。この場所がいるんだそうだ」
「ここを使うんですか?」
「ここだけじゃない。他にもターミナスの関連施設に『内』の人間が散っている」
「ん……ですから……いえ、なんでもありません」
ゼイガンが少し苛ついてるようにミチには見えた。
明らかに答えをはぐらかしている。答えられないが、何かを伝えたいのだろう。
「ミチ、フェネクの勘についてだけどな」
ゼイガンがぽつりぽつりと話しだした。
「ええ」
「あれ、反響定位かもな」
「え、コウモリが音で獲物の位置を知るような、あの反響定位ですか?」
「そう。ただし聞こえてない。詳しく言うと、最小可聴値以下、可聴域外の音を、知覚していなくても理解できる能力があるんだ。モモちゃんとヒルヤ先生の関係も、声から予想できたのかもな」
「どうしてそんな?」
「ABRってわかるか? 聴性脳幹反応」
「いえ……ですが、言葉から考えて、音の刺激で脳の反応を見るということですか?」
「そう。オスカー搭乗時に脳波モニターをしただろ? あの結果をABRに置き換えることができるんだが、フェネクのこれが異様なんだ。聞こえていないはずの音を拾っている。そして、それが処理されていることもわかった。ただ、それを意識していることを示す波形がないんだ」
「そんなことあり得るんですか?」
「いや、医者じゃねえからそこまではわからねえんだけどな。まあ、それでさ、ここからちょっと話が飛ぶんだが、いいか?」
「はい」
「始祖虫が反響定位できるってのは知ってるよな?」
「ええ」
「地球産の虫にはその能力はないんだよ」
「はい」
「ところが、地球産の虫を宇宙に出して代を重ねると、音響定位を持つ種類が出てくるってのが確認されたんだ」
「聞いたことありますね、先祖返りだとか……人間もそうだと言いたいんですか?」
「パンスペルミア説が証明された今、そこまでおかしなことじゃないはずだぜ。それでさ、そもそも音が伝わらない宇宙で、なんで始祖虫は音響定位なんて持ってると思う?」
「それは……」
「あれな、始祖虫には聞こえてるんだよ。奴らには伝わってるんだよ。振動を捉えて、どこになにが動いているか、全部わかるんだ」
「……そんな馬鹿な」
「例えばな、宇宙の濃度って昔は一定じゃなかったんだ。星の大気もそう。奴ら、宇宙線で見て、振動で聴いて生きてきたんだろう。宇宙全てがハビタブルゾーンだったんだ」
「でも、今は宇宙空間で活動できる始祖虫は一部の種類だけです」
「そうだ。だが、レジデンスに到達する始祖虫の半数が芽胞だって知ってるか? 虫体が卵の形態をとるんだ。宇宙という環境が厳しくなって、始祖虫は芽胞化を得たんだ。昔はそんなものなかった。虫卵だってそうだ、昔は宇宙に放出したりしなかった。人間と始祖虫は、もしかしたら人間と虫以上に近いのかもしれん」
「人間が宇宙に来たから始祖虫は……待ってください。それってどこかで……」
「ああ、聞いたことあるか? 俺はど忘れしちまったんだよ。誰の説だったかな、人虫同種説と一連の学説。唱えた天才学者は学会を追い出された、だったかな」
「…………」
その誰かが関係あるという意味だ。もちろん、以前にゼイガンが話したフェネクの転校の理由である。そして、それが、この事態にも関係がある。
「それだけだ。じゃあな」
「待ってください……前に言ってましたよね。私とフェネクの関係で、わからない部分があるって」
「ああ」
「今、思い出したんです。フェネクは……」
* * *
翌日、第9は休校となっていた。何が起こっているかは誰も知らない。ただ、その日、ミチは密かに家を抜け出していた。
「お前の言う通りフェネクがいない! 誰に聞いても知らんと!」
電話から聞こえるオーランドの後ろからはけたたましい音が聞こえている。
「町はターミナスが警戒だとかで溢れかえっている! 市長も何も知らされていない! 戦争でもはじめるつもりかこいつら!」
「オーランド、フロゥと連絡がとれません。何かありましたか?」
「俺もだ! あいつも何かあったのかもしれん! とにかく例の場所で落ち合おう!」
ミチとオーランドは、サモリやゼイガンの態度から何かあると考え、それぞれ抜けだして集まろうと考えていたのだ。
見えない敵の正体を知ろうとして、先手を打ったつもりだった。だが、その相手はその動きにさえ先回りして見せた。
オーランドの指定した場所は市の管理する慰労施設である。郊外にあたる場所であるため、ターミナスもそこは使用していなかったのだ。
ミチは町の様子を観察しながら慰労施設を目指す。
今までに見たことのない数のネクチサイドが配備されており、オーランドのいう通りさながら戦争である。
――別地区のネクチサイドまで……第五地区を包囲している?――
ネクチサイドは、本来はレジデンス各地に分散されて配備されている。それが集合しているというのがミチの印象である。
郊外に行けばターミナスの数は減っていく。第五地区は幽霊騒ぎのあった地区とそう離れていない。いや、むしろ『吹き抜け』に近い場所である。
慰労施設ではオーランドが一人で待っていた。電話をしていたようだ。
「まずい、実にまずいぞ。ターミナスの裏にいるのは十中八九で軍だ。これはクーデターかもしれんぞ」
オーランドは最悪の事態を考える。場合によってはイズイトが戦場になることさえあり得るのだ。
「ゼイガンとの連絡も一切とれなくなってしまいました。ターミナスは完全に非常態勢に入っているようですね」
ミチはオーランドに比べれば幾分落ち着いている。フェネクが巻き込まれているのはほぼ確実であり、ならば、その理由があるはずだからだ。それは、軍事クーデターからは少しばかり遠いもののように思えるものだった。
「オーランド。実は、フェネクについていくつかわかったことがあるんです」
ミチはオーランドに現状でわかっていることを話した。自分とフェネクとの関係は伏せたままで。
「じゃあ、ヒルヤ先生はまだ蘭田に未練があると?」
「はい。フェネクと始祖虫を同一視している可能性があります」
「軍にフェネクの能力を評価させ、それを通じて蘭田に再び自分を売り込みたいのか?」
「まだこの予想は穴だらけなのでなんとも言えません。ただ、状況から言えば……」
「そんな権限彼女にあるか? それに、フェネクが来たのは、たしかヒデユキ・イワノダの……」
「その岩野田先生がオフレコですが認めました。ヒルヤ先生、地球の軍からの権限をちらつかせたそうです。第9はもちろん、レジデンス管理部だって詳しいことは何も知りません」
「……まとめると、軍主導の計画にフェネクが巻き込まれ、そこにヒルヤ先生が絡んでいた、ということか。そして、おそらく、その結果がこの事態だと」
「はい。ただ、わからないのはフロゥです。あの子がなぜ……?」
「いや、不思議じゃない。あいつがテールガンなのは伊達じゃない。意外なほど人を見ている。状況とかじゃなく、フェネクの様子から何かに気付いたのかもしれん。しんがりは最後に全部まとめてフォローするポジションだ。大方、フェネクが狙われてるのを本能で理解し、フォローに行って巻き込まれたってところだろう」
「……あの子、みんなに黙って」
「いや、俺達がビビりすぎたんだ。裏なんてとってる場合じゃなかった。フロゥは俺達よりよっぽど先にいたんだ」
「これからどうすれば……」
「まずは連絡待ちだ。今更だが、一応裏をとる必要がある」
オーランドはそれとなくニュースをつける。
何を期待してのことでもない、報道で手に入る情報などはたかが知れている。真実を流すマスコミは、とうの昔に滅んでしまっていたからだ。
「臨時ニュースです。第五地区にて多数の始祖虫が出現しました。第五地区はターミナスの緊急配備がされており、この事態を予期していたものと思われます。現在、ターミナスからの発表はありません」
珍しくキャスターが慌てている。
「なんだ? 古臭い演出だな」
オーランドがこぼす。ニュースさえ消費を煽る道具となってから随分の時が経つ。ライブ感を演出に使う手法は、この時代にあってはもう古いものとなっていた。
「現地で撮られた映像を入手しました。非常に衝撃的な映像です」
内容さえ信じていなかったオーランドが映像を見て飛び上がる。
「始祖虫……いや、ちょっと待て! なんだあのサイズは!」
「大型始祖虫……!? 嘘でしょ……」
作られた映像ではない。始祖虫駆除をはじめ、戦闘の伴う現場をリアリティをもって作成できる手腕を持つ人物は、この時代のメディアには存在しないからだ。
「ターミナスを使った動きはこれの警戒のためだったのか?」
「そんな……いえ、これで表向きはターミナスの行動に矛盾はなくなります。しかし、そもそも現行のシステムで大型始祖虫を見落とすわけがありません……! これがレジデンス内にいることそのものがおかしい!」
「ターミナスの裏にいる軍はこの大型始祖虫が目的か? 何に使う気だ? いや、なにかに使えるようなもんじゃない、使うとしたらこの状況、か?」
「フェネクはヒルヤ先生が、大型始祖虫は軍が……ああ、もう!」
ミチが頭を掻く。嫌な予感しかしない。
「連絡待ちって誰からですか?」
「サモリ教官だ。『外』に協力を仰ぐつもりだろう」
「もし、相手がそれも織り込み済みだとしたら……?」
「軍はレジデンス管理部と結託、ヒルヤ・ヒリヤはそれに食い込みターミナスを支配している。あり得るな」
「動きましょう。場所は?」
「知らされていないが予想できる。ポートだろう。あそこは出入りの動きが激しい分どこへでも行ける。しかもうまく巡回すればしばらく潜伏できるからな」
「向かえば拾ってくれるはずですね」
「その公算は高いな。いや、行くのはいいが抵抗が予想されるぞ。捕まるのがオチだ」
「ターミナスの無人倉庫がこの近くにあります。ここに来る前、セキュリティが解除されてるのを確認しました。あれなら突破してネクチサイドを持ち出せます」
「設置型の緊急用ネクチサイド格納庫か。グレードは落ちるがないよりマシだな。欺瞞もできる」
「行きましょう」
* * *
「あの大型を見落としていたにしては他の始祖虫の数が少なすぎる」
「そう、飛来時はかなりの数がいたようだ。半ば選択的にあいつだけ残されたと言えるね。軍の言うマルタイとは、フェネクどころか人間のことじゃなかった。あの大型始祖虫のことだったんだよ」
「あの大きさ、最悪ですな。生活環から考えればもう産卵している可能性がある」
「うん。これは大変なことだよ。あれを倒せなければイズイトが大型始祖虫の巣になるかもしれないねぇ。『敗北したレジデンス』の噂が現実になる」
「これはオレの予想ですが、ヒルヤ・ヒリヤからフェネクを第9に送る要求を受けた時にヒデユキ・イワノダは行動に出ていたんじゃないですか? 『外』乱入はその結果だ」
「それで間違いないと思うよ。あの時間帯、レジデンスの防衛能力が極端に落ちていたのを確認したからね。加えて『外』の幹部に探りを入れた。何人かがこうなることを確信して独断でマルタイ撃墜行動に出ていたんだ。証拠がないからそうするしかなかったんだね。空間上で群れの大半を駆逐できたがマルタイだけはできなかった。おそらくマルタイには軍の護衛がついていたんだ」
「『外』乱入は少数の暴走じゃなく『内』に来るまで生き残っていられたのがあの数だっただけか。なんてことだ……全部事故で処理されたぞ」
「『内』のエリート化の弊害だね。見事なまでに管理部の私兵と化しているよ。何が真の目的かは知らないけど『内』を使って極めて心象のいいカバーストーリーをつくれる」
「ヒデユキ・イワノダは『外』に期待するしかなかったわけか……」
「いや、おそらくそれも逆だ。『外』の連中は以前から薄々『内』の傀儡化に気付いていたんだろう。最悪の場合には自分たちでどうにかするしかないと覚悟していたようだ。ヒデユキ・イワノダはその報告を受けていたと思われるね。彼、イズイトにも関わってるから」
「……それで、どうされますか? オスカータイプの出動までもう時間ないですよ」
「どうしようもないよ。これはオスカータイプのために用意された戦場だ。そこを崩せるならこの計画全てを崩せるし、とうにやっているよ」
「……では」
「死なないように祈るしかない」
「承服できません。こっちでNECシリーズのインディアタイプを一体確保しています。自分を動けるようにしてくれれば万が一にも勝てるかもしれません」
「不可能だよ。君は今あれを前にして知識を置き去りにして実感が薄れている。だから厳命する。君は混乱に乗じてオスカーを回収しこっちへ向かってくれ」
サモリからの電話をきりゼイガンは舌打ちした。
「『生ける伝説』でさえ一つ先手を打つので精一杯か……イズイト最強だと? クソの役にも立たん肩書きだ」
遠くに仰向けになったオスカータイプが見える。実戦用に調整されているところだ。
オスカーの周囲にいるのは蘭田から来た技術者ばかりでターミナスの人間は一人もいない。パイロットすら現役のターミナスではないのだ。
「死ぬなよ、二人とも」
ゼイガンはインディアタイプに乗り込みながら、何に祈ればいいものか迷った。