第三話 スペースダイバー(後編)
ミチは今回のテストにおけるアドバイザーでもあったので、オーランド達がターミナスの施設などを見学に回っている間ゼイガンと面談していた。
「ああ、そう言えば、先日はありがとうございました」
「『外』乱入か? 気にするな」
「あなたが口を聞いてくれなければどうなっていたことか」
「いや、いいさ……に、してもな」
「さっきのフェネクですね?」
「よくわかるな……手こずったよ。もちろん加減した上での話だけどな」
「あれも勘でしょうか。ところどころ、技術を凌駕する動きがありました」
「勘とは少し違うかもな。センスに近いように見えるが、もっと的確な根拠があるように思う。それがなにかはわからん。霊感というのもあながち冗談ではないかもしれん」
「あ、いや……それはともかく、あれが彼が第9に来れた理由なんでしょうね。なんだか少し納得しました。もしかしたら教官も噛んでいるのかもしれません」
「サモリ・ケイツか……それを踏まえた上でも、俺は納得できないな。どんな例外であれ、あんな育て方をするか?」
「妙なものは妙だと?」
「そのサモリ・ケイツな、もう知ってるかもしれんが原隊復帰するということだ。賭けてもいいが、これは特任が動いているということだぞ。きな臭すぎる」
「……フェネクに関係が?」
「ある。多分な。お前、あいつとどういう関係だ? いや、ヒデユキ・イワノダの教え子であるという点を除いてだ」
「それは、同郷で……それ以上は……」
「俺が教えてもらったことが全てとなると……パズルのピースが足りないな」
「気取った表現ですね」
「本当にね。僕についてだけど、特任が動いてるのは先日の幽霊事件でだよ」
急に声がしたので驚くミチとゼイガンを無視して、いつの間にか部屋に入ってきていたサモリが話を続ける。
「ほら、ヒルヤ先生いるじゃない? あの人、幽霊事件の現場あたりに家族がいるんだな。いや、『元』家族だね……あ、僕もコーヒーもらっていい?」
「家族……あ!」
ミチには思い当たる節があった。地下道でフェネクが言っていたことである。
「あの女の子、もしかして」
「ミチ、当たり。フェネクの言っていたこと、あくまで勘で根拠はないから普通には調べられないでしょ? だから特任で調べたのよ」
「なんの話で? ヒルヤ先生って学術部門だかの学者くずれでしょ?」
「くずれって酷いね……あのね、『外』乱入の時にフェネクが助けた女の子いたでしょ? 幽霊事件の時にフェネクがあの子とヒルヤ先生に関係があるって言ったんだよ」
「そんなことを特任が調べたので? それは越権でしょうに」
「越権じゃないよ。ちゃんと捜査権を拡張解釈したもん」
「……特任が」
「ゼイガン君、今はしがらみは置いといて。話しにきたんだから」
「教官、続きを」
「ああ、あの『外』乱入の時の子ね、モモ・ローレンちゃんていうんだ」
「ローレン? まさか、パル・ローレンの親族か?」
「そう。えーと、パル・ローレンの義理の息子の娘がモモちゃんだね」
「パル? どこかで聞きましたね……」
「蘭田の重役だな。軍寄りの」
「そうそう。それでね、ヒルヤ先生ってどうやらモモちゃんのお母さんみたいなんだね」
「あれ? ヒルヤ先生ってご結婚なさってたんですか? 確か、独身だったような」
「いやぁ、そう、非嫡出子だね。ローレンの方が奪い取ったようだよ。ローレン家って子供がモモちゃんしかしなくてね、義理の息子であるモモちゃんのお父さんは、モモちゃんをローレン家の跡継ぎにして、家での立場を強くしたいみたいだね」
「……ひどい話ですね」
「ああ、幽霊事件はローレンが軍をコロニーに入れさせた。そして、ヒルヤ先生はそれとなくそれを教えてくれた、と? 動機はローレンへの復讐心から」
「待ってください。サモリ教官は軍の行動を知ってたんですか?」
「いや、市長から幽霊騒ぎがあるとだけ聞いていた。でも、ヒルヤ先生の態度が変だったのと、お前たちが見た軍が気になってな。管理部だけが承諾済みって、変だろ? この案件。それで、フェネクの発言から今ゼイガン君が言ったようなことを予想したんだ。モモちゃんを調査してそれも一応裏付けできた」
「では、軍を追ってらっしゃるので?」
「んー……」
「埒が明かん。ミチ、ヒルヤ・ヒリヤ本人に聞きにいくぞ。サモリさんから聞いたって言おう」
「あっ、あっ、待って。そう、追ってる。今わかってるのは、行動している軍が追うマルタイがいるのは間違いなさそうだってことだけ。どうなるかわからないから黙ってて、お願い」
「なるほど、対象がいるのですか……それがフェネクかもしれないし、仮想かもしれない、と……」
「そう」
「それを聞いて思ったけど、俺はそういう理屈じゃないと思うな」
「何がです?」
「モモちゃんも、元夫も、まだ彼女にとっては自分のテリトリーなんだ。自分が研究している始祖虫と、それを反映するローレンのネクチサイド、この二つを合わせて一つなんだろう。ターミナスはただの駒だとでも思ってるんじゃねえか。つまり、『外』乱入はただの駒に巣を荒らされた気分だったんだろう」
「それだと、地下の軍に繋がらないですね。ただの偶然から出た嫌がらせですか?」
「うん……いや、例えば、軍についての詳細はヒルヤ先生も知らなかったんじゃないか? それで、お前たちを使って揺さぶりをかけたと。正しくは、その裏にいるであろう蘭田、つまりローレンに対してのアピールだ」
「ちょっと苦しいですね。軍イコールローレンってわけではないですから」
「ヒルヤ先生は軍をローレンと見たてて、その眼前にターミナスを自分の代わりとして立たせて見せたんだよ。同時に、ターミナスに対しては、自分をローレンの代わりに見立てながらも、軍の動向を探らせようとした」
「それだと博士が乱心しているように聞こえますよ」
「そう、乱心してるんだ」
「うーん、論理的じゃないような」
「いやぁ、道理は通らないけど、心理を考えれば意外と論理的な理論だよ。さすがだね、ゼイガン君」
「ケツの穴が痒くなる物言いですな、尻の方扱うのははじめてで?」
「下品!」
* * *
「フェネクさん、足震えてません?」
「うん。膝が笑ってる。あの新型、負担すごいな」
「私で大丈夫なんですから、それほどだと思うんですけど」
「内容はともかく、時間だけで言えばミチに一番近かったかもな。あんな長時間よく保たせたもんだ」
見学を終え、フェエク達はミチとサモリを待っていた。
「お前さ、ミチと付き合い長いんだろ? 子供の頃のミチってどんなだったんだ?」
「あ! 私もそれ気になります!」
「んー、今と似てるな」
「昔からキリッとしてたのか? あっ! 錐だけに鉄の女なわけだな」
「……ほう」
「フェネクさん、感心しないでください」
「ああ、いや、そうじゃなくて、ミチは鉄の女じゃないよ。しっかりしてるようで、結構脆い。そこは今も変わってない」
「脆い?」
「イメージないな」
「そうか? 性格もあるだろうけど、どこか肩肘張りすぎてる」
「あれ、無理してるのか?」
「普段の態度が、というわけじゃないと思うんだけどな」
「なんですか、その『自分だけが知ってるミチ・マエダ』感は? 気持ちの悪い」
「私がどうかしましたか?」
「おう、終わったのか? 教官は?」
「ゼイガンと話があるようです」
ミチが席に座ると、フェネクがそわそわしだした。
「どうしました? フェネク」
フロランスは睨むような、笑うような目でフェネクを見ている。
「どうしたんです?」
「あのさ……今日の俺、どうだった?」
「本当にどうしたんです? 急に」
「いや、バディとして、お前に少しでも近づけてるのかなあ、と……」
「ふふっ、そうですか」
「おい、笑うなよ」
「ああ、ごめんなさい。進歩はしてるんじゃないですか? 瓦礫除去ではどうなるかと思いましたけど、杞憂だったようです」
「そうか。なら、少しはお前の気も楽になったか?」
「え? ええ、まあ……」
フェネクとミチの会話を聞きつつ、フロランスはオーランドを引っ張った。フロランスの目が据わっている。
「臭いませんか?」
「あ、すまん、それ俺だ。最近足がな」
「違います馬鹿、あの二人です。なにやらいい雰囲気じゃないですか?」
「ん? ああ……そうかな」
「ミチさんはただの同郷なんて言ってますが、フェネクさんのあの言いよう、ロマンスの予感がしませんか?」
「ふーん……まあ、こういうのは外野が口出すことじゃないって」
「反応薄いですねぇ」
「それよりよ、違うっていったけど、違わないだろ。ほら、足」
「やめてください。ボミりそうです」
「ボミット、つまり嘔吐。応答なしだけに反応が薄いってな」
「そろそろ手が出ますので、そのつもりで」
「はい」
* * *
「フェネク・ギヨタンですが、腕も頭も一流とは言えませんね。私としては彼以外考えられませんが、そちらはよろしかったので?」
「いや、それだからいいんだ。こっちもあれぐらいがサンプルとしていい。過ぎた才能では応用性を欠く」
殺風景な部屋でヒルヤが男と話ている。男は深い皺が刻まれた顔をしており、おそらく、この二人は相性が悪い。
「本当に実行する気ですか?」
「地球の政府は宇宙進出の象徴である第一号コロニーを是が非でも取り戻したいらしい」
「悠長なことですね。あそこが始祖虫に占拠されてどれくらいになります? 今やあそこから始祖虫が飛来しているというのに」
「宇宙居住区域軽視、認識の甘さ、不要なプライド、その他体制の全てが原因だな。実際、第一号居住区の場所も悪いがな。ミサイルで一発とはいかない。そもそも言えば妥協した戦略しかなかったわけだ」
「そしてそれを曲解された。まあ、私は自分の研究さえできればどうでもいいですが」
「そう思わないとやってられんな。これがオスカータイプのテストに必要なことか? 雰囲気だけで決めたとしか思えない。ネクチサイド音痴で始祖虫音痴、実験音痴だな」
「お節介かもしれませんが」
「言ってみろ」
「なんらかのカバーが必要ですよ。オスカーがどれほどのものでも、並の人間が乗ったものではあれには勝てません。まして、学生ではとてもとても」
「ふむ。考慮はしておこう。だが……」
「なんです?」
「君はあれを過大評価する傾向があるようだしな。いや、あれだけではなく始祖虫全てを、な。専門職の性か」
「…………」
「怖い顔をするな。既に適当な名目で小隊をねじ込んである。いざという時はそれに始末させるさ」
「それだけですか? 倒せば伝説と呼ばれるような相手ですよ?」
「それは『警察以上軍未満』のターミナスでの話だ。そもそも初めから火器を使えばいいだけの話なんだよ。虫に食い殺されるより、銃で起こる事故で死んだ方がマシだろうに」
男はそう言い残し、ネクタイを外しながら奥の部屋へ向かう。
「専門の性、か。お互い様だ、戦争屋め」
ヒルヤはそう発すると、服を脱ぎながら先ほど男が入っていった部屋へと消えた。
* * *
「帰るよー」
サモリが部屋に顔を出す。ずいぶんと時間がかかったせいで、フェネクなどは眠ってしまっていた。
「ほら、フェネク起こして」
ミチはサモリが小脇に抱えた書類が気になったが、特に触れることはなかった。
「うわ、いてててて」
時間が経ったことで、足の負担が強くなったのである。フェネクは立ち上がるのに悲鳴をあげた。
「生まれたての子牛みたいだな」
「ぶふーっ!」
外は夕暮れとなっていた。夕暮れといっても、レジデンス内の光度が落ちるだけであるが。
空の向こうに隠された宇宙は、今、どんな色をしているのかとミチは思う。ミチは前を歩くフェネクを見て、勘の鋭いフェネクならそれもわかるのではないだろうかと思った。そして、そうならばどれほど素晴らしいだろうかと思った。
ミチは不思議な気分だった。あれほど印象の悪かったフェネクを、今も基本的にはそう思っているはずなのに、どこかで認めている部分がある。そして、それは、ずっと昔からそうだったのだと思い出した。
幼い頃、ミチはフェネクに何か大切なことを教わったのだ。恩義があるような、そんな、大きな一つのことだ。だが、その一つを思い出そうとしても、どうしてもそれが思い出せずに、もどかしく思った。