第三話 スペースダイバー(前編)
「ほらほら遊びじゃないぞ」
イズイトレジデンスターミナス本部。オーランド班はこの日、新型ネクチサイドの評価試験に参加していた。テストに際しミチに強力要請が出ていたのである。
現在のターミナスで最強候補の一人と言われる男、ゼイガン・エイオンが新型のテストパイロットを担当していたのだが、模擬戦となると相手できる者がいなかったのだ。
「蘭田が誇るNECシリーズネクチサイドの最新作、オスカータイプです。人型により近いその姿は伊達ではなく、搭乗者の意識をより反映させることができ、それに見合う柔軟な運動が可能です。それでいながら始祖虫との格闘戦に耐えるだけの堅牢さとパワーを兼ね備え、様々な装備の互換性もある。どこをとっても最新、最高、最強。テストとはいえこれに搭乗できるなんて夢のようです……」
ミチはうっとりした目でオスカーを見る。
テスト段階のオスカータイプはまだ装甲といえる装甲もなく味気ないものであったが、その姿は十分にその能力を読み取らせるものであった。
「ミチさんって結構趣味人ですよね」
「ネクチサイドフェチだな」
「二人はあの美しさがわからないのですか? ああ、あの機能美……」
今、ゼイガンの相手をしているのはフェネクである。ついでということで、ミチの後でオーランド班の全員がオスカータイプでの模擬戦を行なっていた。
「教官、NECシリーズってあんまり見ないからどう凄いのかイマイチわからないんですけど、どうなんです?」
サモリは眠そうに頭をかいている。
「もともとNECシリーズは大型始祖虫の駆除を考慮した唯一のシリーズでね、むしろそれに特化していたと言ってもいい。高価なのはともかく汎用性が低くてねぇ、どこでも持てるもんじゃなかったんだな」
「確か大型始祖虫ってほとんど伝説と言っていい存在ですよね?」
「そ。そしてそれを倒せれば、倒した奴も伝説になるってね。出現件数は本当に数えるぐらいしかないんだ。だからデータが乏しくて、通常のネクチサイドはおろか既存のNECシリーズだってどれほど効果があるかわかったもんじゃなかった。しかし、このオスカータイプは『生きる伝説』ヒデユキ・イワノダの監修とともに過去の情報を再解析して反映してある。そしてそれだけに頼らない基礎能力。オスカータイプはネクチサイドの新たなスタンダードになるかもねぇ」
「ふーん。まあ、どうでもいいか」
「え、興味ないなら聞かないでよ……」
「情けないですよフェネク! オスカータイプの性能をもっと引き出すのです! ゼイガン相手だからと言って、その機体でそんなザマでは先生に顔向けできませんよ!」
ミチが檄を飛ばす。フェネクの動きは悪くはないのだが良くもない。
より人間に近いシルエットを持つオスカータイプ同士の模擬戦は、どこかプロレスを思わせるものだった。
腕をとり、足をとる。殴る蹴るまで有効な攻撃手段として想定されたその新型ネクチサイドは、まさに巨大な肉体を与えられた人間なのである。
ミチとゼイガンの『試合』は一番最初に行われ、ギャラリーまでできるほどだった。生物的な運動能力を持つオスカータイプとミチの相性は抜群で、最強候補のゼイガンを首の皮一枚というところまで追い詰めたのである。菩提活殺術をもっと反映させることができたなら、ミチのオスカータイプはゼイガンをも上回るかもしれない。
「長いな。お前たちどう見る?」
「フェネクの方は要所要所で捕まらないようにしてますね、目端がきくというか」
「そうですね。ただ、そこ差し引いても及第点ですかね」
「うん、そんなとこかな。ミチ、お前はどう思う?」
「フェネク! あなたそれでも岩野田先生の教え子ですか! 相手はゼイガンですよ! もっと腰を入れなさい!」
ミチは柵から身を乗りださんばかりで、サモリの話などまるで耳に入っていなかった。
「あー……そういうわけで、僕、用事あるから、勝手に見学でもしてて」
サモリは眠そうにしながらどこかへと行ってしまった。
「最近特にサボタージュがひどいですね」
「教官か? ああ、確かにな。言われて気づいた」
「フェネクさんが来る前後からですよ」
「あの人原隊復帰が決まってるからじゃないか?」
「原隊? ターミナスですか? 戻ってどうするんです?」
「どうするって、『外』の特任部隊の仕事をするんだろうさ」
「え!? 特任に行くんですか! あのサモリ教官が? え? え? なんで?」
「なんでって、サモリ教官はもともと特任だからだろう」
「特任って、例外的に『内』より格上って、あれですよね?」
「ああ。名目上『外』なだけで、実際はターミナス内の独立部隊だなんて言われてるな。すんげー小さい部署らしいけど」
「……実は教官ってすごい人なんですか?」
「何言ってる? イズイトでの特任部隊立ち上げの時のメンバーだぞ」
「知らなかった……」
「第9に来た理由は知らないけど、青田買いじゃないかって噂もあったんだぞ」
「それは知らなくて当然ですね」
「あれ? ミチさんもういいんですか?」
「終わったみたいだから」
「あ、ほんとだ……フェネクさん負けちゃったんだ……」
「知らなくて当然ってのは、なんか裏話があるのかよ?」
「教官の話は一部の先輩だけが知っていて、それを教えられたのは一部の後輩にだけなんです。青田買いの話も半分は事実で、『内』行きが確定している者達に少しずつアプローチをかけていっていたんです。今ではそれを知っている者達は特別クラスしかいません」
「それは俺も知らなかったな」
「あ、フェネクさん」
フロランスの声でミチとオーランドが振り返ると、フェネクとゼイガンが向かってきていた。
「死ぬかと思った……」
「よう、お前ら。お疲れ」
気兼ねなく笑うゼイガンの顔は最強候補という肩書が感じられない爽やかなものだった。どちらかというと美形である。
「こってりしぼられたな、フェネク」
「あの程度で、情けない」
「いやー、十分じゃないですか? ゼイガンさんの強さって尋常じゃないですもん」
「まあな。本職のターミナスが学生に手こずるわけにはいかないさ。ミチ・マエダは例外として、だがな」
「さすがゼイガン・エイオン! 頼もしいですねぇ!」
「お嬢さん、安心して俺に身も心も委ねてくれていいんだぜ? 力を全部ぬいてリラックスした方が気持ちよくなれるってもんだ」
「下品!」
ミチが呆れながら叫んだ。