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第二話 ミチとフェネクの大冒険(後編)

「もういい? フェネクはどう?」

「大丈夫です。問題ありません」

「いや、問題だらけなんだけどね。各方面に後で報告して回らないといけないし」

「すいません教官、自分のせいで」

「ああ、いや、そんなことはないが……それで、今回は瓦礫処理になるんでよろしく。装備は教練用だから、みんな大事に使ってよ」

 サモリはそこまで説明すると表情が変わり、怒気を含んだような声で叫んだ。

「出撃!」

 装甲車両がコンテナを引きながら第9を出る。第9の学生達は珍しそうに見ていたが、それがオーランド班であるとわかると、ほっとしたような、興味がないような、嫉妬するような様々な表情をした。

「やっぱり変です」

 コンテナ内でパイロット用装備のミチが問いかける。

「なにが」

 ヘッドセットから聞こえる声にフェネクが答える。フェネクは既にコックピットの中だ。

「あなたです。ヒルヤ先生と会った時、妙にぼんやりしてましたよ」

「あれな」

「『外』乱入の時の、声が聞こえたとか、その辺もあいまいすぎます」

「そっちは説明できねえな」

「そうやって隠すのやめてください! 私達は……!」

「説明できないようなことでも可能な限り共有し、把握する。行動を同調させるには重要なことだよな、バディなんだから」

「……わかってるんじゃないですか」

「そうだな、例えばヒルヤさんだけど、あの時の女の子と関係があるな。知り合いがどうとか言ってたが、もっと深い関係だ」

「どうしてです?」

「その説明には時間が必要だ。しかし、俺達には時間をかけている時間がない。その存在しない時間を埋めるためにはタイミングが必要だと思うんだ」

「うわあ……フェネクさん説明下手ですねー。そりゃ時間もかかるわ」

 フロランスが半ば笑いながら通信に入り込む。笑いのツボらしく、我慢しているが喉が鳴っているのが聞こえる。

「やめとけよフロゥ。いやー、すまんね、気を悪くしないでくれよ大将。あんたみたいにスケールがでかい男は見たことないんで緊張してるんだよ」

 装甲車両を運転するオーランドが、どうかしたかのような表現でフェネクを持ち上げる。

「いや、別にいいけど……スケール?」

「それより班長、向こうに着いてからの予定が皆無なんですが」

「現場にいるターミナスに適当に話つけて適当に瓦礫を積んで帰ればいいだろ。自己目標みたいなもんで」

「では、作業訓練ですね。フェネク」

「おう、いっちょ腕試しだな」

「ヨッ! 気合入ってるね、大将! さしずめ……うん」

「思いつかないならやめてください」

 ミチはため息をつきながら走行車両の音声を小さく絞る。

 オーランド班のメンバーは、こうして様々な事件に関わるのである。関与の深さはともかく、皆、始祖虫との実戦も経験していたが、たいていはこうした雑用をさせられていた。これも、重要と言えば重要である。


 * * * 


「フェネクさん後ろ! ぶはっ!」

「フロゥ、ちゃんとしろ」

「だって……あはははっ! こけっ! こけたっ!」

「ぷっ……くくっ……」

「嘘! 嘘! あの基本操作用のでこけるなんて奇跡ですよう! ぶふーっ!」

 ネクチサイドに乗ったフェネクの動きはそれはそれはひどいものであった。

 周囲にいた『内』のターミナス職員もあきれている。

 『外』と『内』では同じターミナスでも差がある。最終防衛線であり決戦の必要がありながら、被害を最小限に食い止めることが求められる『内』の方が格上なのだ。言わばエリートである。

「フェネク、いったん作業をやめて、立てなおすことに集中してください。フロゥもちゃんと誘導する」

 フロゥは笑ったが、ミチは仕方ないと思っていた。第9で教練に使われているネクチサイドは基本的に『内』専用なのだ。『外』のものと似ているようで大きく違う。民間作業用などは比べるまでもなくて、ネクチサイドにただ乗れるというだけではフェネクのようになって当たり前なのである。

「ふう……フェネクさん、怖がらずに大きく動いた方がいいです。その方がバランスとれますから」

「……生まれたての子鹿みたいだな」

「ぶはーっ!」

 オーランドの独り言を聞いて、フロゥが大きく吹き出す。フロゥは笑い上戸であった。

「みな、緊張感をもって」

「まあまあ。賑やかで結構じゃないか」

 通信機から声が入ってきた。男の声である。

「あ、市長、おはようございます」

「お疲れ様、オーランド君。学生なのに現場仕事とは大変だね」

「いやあ、とんでもない。うちの班も関係ありますからねぇ」

 オーランドと市長は知り合いである。

「市長こそ大変そうで。今日は現場の監督ですか?」

「それがな、うちの管轄なんだけど、市政はターミナスには関われないんだな」

「あ、またそういうことおっしゃる。全くというわけじゃないでしょう? それに、厄介事はターミナスがちゃんと自分で持ち帰ってるでしょうに」

「いや理解してるよ。調査に手を抜くわけにはいかないしな。ただ、時間がねぇ」

「ほら、監視しにきたんじゃないですか」

「はは……君、サモリ君に似てきたね」

 フロゥは相変わらずフェネクの動きを見ながらクスクス笑っている。

 仕方ないのでオーランドは通信を自分のインカムに繋いで装甲車両を降りた。

「いや、今回は本当に違うんだよ。なにやら不審な報告を受けたもんでね」

「不審な報告、ですか?」

「ん、それでちょっとお願いがあるんだな。えーと、そっちか、行こう」

 車から降りてくる市長が見えた。市長はオーランドの方へ向かってくる。

「あの子、危なっかしいね」

 市長は小柄でお腹の出た中年男性であるが人柄は良さそうである。

「ああ、新米で」

「ふーん、あの子か……聞いてるよ」

「あの、妙な報告とは?」

「幽霊だよ」

「はい?」

「幽霊だ。地下から何か聞こえるというんだな。何か蠢くような」

「始祖虫ですか?」

「違うんだな。報告というのはここのターミナスからあげられたものでな、レジデンスの設備か何かで思い当たるものはないかと言うんだ。ところがこれが思い当たる節がないんだよ。これが解決しないと調査は終わりにならんので、現場に来たはいいが、どうにも途方に暮れていてなぁ」

「ああ、ここのターミナスが調査に入ろうにも、『外』が話を通せと言ってるんですね」

「そうなんだ。ところが、市政から話を持って行くと今度は門前払いというわけだ」

「『外』は『内』に頭を下げさせたい。でも『内』が『外』に頭を下げるわけがない……そこで自分達ですか」

「そう。君等なら文句を言われる筋合いはないだろう? 学科ごとのゴタゴタにも縛られていない」

「隔離場所みたいなもんですからねえ……引き受けましょうか。サモリ教官もそのつもりだったんじゃないですか?」

「さあねえ。ただ、本当に心当たりはないんだよ。ここのターミナスも始祖虫じゃないと言うし。一番近いのは人間なんだが、いるわけないんだよな。警察やら管理部門でもいいんだが、万が一始祖虫だと困るしな。その点君等は一応実戦経験もある」

「要するに見てくればいいんですね? 任せてもらいましょう」


 * * * 


「何もねえな。そっちはどうだ?」

「ネガティブ」

 ミチがオーランドに答える。

 進行方向に二体のネクチサイド。その後ろをオーランドとフロランスが続く。

「こっちも何もない」

 意外にも、地下に入ってからのフェエクの動きはまともだった。

 レジデンスの地下は、つまり外壁にあたる。もちろん全て人工物であるが、巨大なため人間が全て把握しきれるものではない。

 始祖虫はこの外壁部分に潜むことが度々ある。ターミナスによる始祖虫の駆除率は10割とされているが、どこのレジデンスでも数匹の始祖虫はいるものというのが常識なのだ。

「私、わかってますよ」

「なにが?」

「あそこにいると邪魔だからこっちに回されたんです。フェネクさんのせいですね」

「え、ごめん」

「これだからお坊ちゃんは駄目なんです」

「お坊ちゃん?」

「フロゥ、どうしたんです? 無駄口多いですよ」

「あ……すいません」

「ミチの言うとおりだ」

「オーランド、あなたが注意しないといけないんですよ?」

「ん……すまん」

 フェネクという新参者が来たことで浮かれているのかもしれないとミチは考えた。だが、それも悪いことばかりではない。基本的には受け入れようという姿勢なのだから。

「疑わしい区画のメインとなっている通路はこれでほぼ全てですねー」

「やっぱこれあれだな。市長も言ってたように幽霊……」

「班長!」

 ミチがオーランドの言葉を遮る。

 フェネクがコックピットを開放して何かを探している風だった。

「おう、言ってた勘ってやつか。フェネク、思ったことがあったら言ってみろ」

「……向こうが気になるな」

 フェネクのネクチサイドが向いた方向は、全くなにもない道である。

「あっちって、『吹き抜け』ですよね」

 『吹き抜け』は、厳密にはレジデンスの継ぎ目のような場所であり、緩衝部などと言われているが、実質的に使い道のない空白部にあたる。

 危険な上に入り組んでおり、切羽詰まった犯罪者ですら行かない場所である。

「あんなとこ始祖虫でも行かんだろう」

 とはいえ、他に思い当たる場所もない。

「まあ、行くだけ行ってもいいんだが、お前ら前衛だけな」

 幸い『吹き抜け』はそれなりの広さがあるのでネクチサイドで入ることができる。基本的に環境としては地下道とあまり変わりはない。ただ、それを保障できないのだ。

 仲介する設備もないので通信も不確かになるのだが、始祖虫の気配もないので、ここを潰しておけば、後は面倒ではあれ市政の方でなんとかできるはずだった。

 通じる扉を開放する。閉鎖された壁であるが、密閉はされていない。迷わないように塞いでいる置物である。

「ミチ、大将が満足したら戻ってこい。それで仕事は終わりだ」

「はい」

「ミチ……」

「なんです?」

「俺の勘について言っておくことがある。ヒロユキ先生が言っていたことだ」

「……なんです?」

「ヒロユキ先生は俺の勘をレーカンだと言っていた。それだけだ」

「霊……感……」

 ミチのネクチサイドの動きがほんの僅かにぎくしゃくしだす。

「そう、その俺のレーカンが告げている。間違いない。この先にいるぞ」

「え? そ、れはインスピレーションという意味ですよ、ね……?」

「行くぞ」

 ミチがフェネクに続く。あからさまに動揺が見られている。

「ミチさんってもしかして」

「おう、なぜか幽霊話だけ駄目なんだ。そうだな、あのー、例外的に霊が……」

「いえ、いいですから」

 奥に続く道からひんやりとした空気が流れていた。

 『吹き抜け』はまるで迷路である。直線や曲線が入り乱れ、先がなかったり、ギリギリのところで通れたりと規則性は見られない。

 基本的に道なりに進んでいるとは言え、ネクチサイドに搭載されている記録装置がなければもといた場所に戻れるかどうかさえ危ういだろう。

「フェネク……」

 すぐ前にいるはずのフェネクが遠い。ミチは恐怖を抑えこむ術を知っていたが、それがなぜかできないでいた。

 人間苦手なものはあるもので、そこに感情が伴うことを責めることは誰にもできない。

 宇宙に出るほどになった人類がいまだ幽霊の話をするのも、思考の及ばぬものに対し、畏敬や畏怖を感じるのが一種の本能のようなものであるからだ。ミチほどにもなればそこに反動が起きて大きくなるのも不自然ではない。人はアンビバレンスだ。

 薄暗く、人気のない中で息を潜める。ネクチサイドの音さえ消えて、人の建造したものでありながら、まるでそこに人がいてはいけないかのように思い空気が沈んでいる。

「ミチ、構えろ……」

 フェネクの合図でミチは震えそうな手を抑えながら操縦桿を握る。 

 フェネクの位置取りが、曲がり角の奥にそれがいることを示している。

 わずかではあるが何かが動く音が聞こえる。不自然な気配。

「3……2……1……」

 カウントダウンに恐怖する。しかし、体は動く。ミチは覚悟を決めて、フェネクに合わせてとびだした。

 ネクチサイドの投光器が影をひき、曲がり角の奥に、その音の原因を照らしだした。

「ハアアアッ!」

 ミチが声にならない声をあげる。

 そこにあったのはいくつもの銃口であった。人の集団である。

「ターミナス? ここでなにやっとるか」

 集団の後ろにいた代表らしき人間が前へ出てくる。ミチは口から大きく息を吐いて、操縦桿から思わず手を離してしまった。


 * * * 


「それで、軍の演習だったんですか?」

「ああ。しかも秘密裏に、というわけでもないらしい。市長は知らなかっただけで、レジデンス管理部の許可はとってるんだと」

「本当に人騒がせなことです」

「ビビってたくせに」

「しかもフェネクさんは蘭田とも軍とも関係がないと」

「お前が言い出したくせに」

「オーランド?」

「オーランドさん?」

「オーランド班これより帰投する! フェネク! コンテナへの搭載急げ!」

「イエッサー!」

 その後、結局その部隊の行方は現場ではつかめず、しかも軍となれば滅多なことは言えないので、報告をあげられることはなく、未解決なままで調査は終了となった。

 なお、この周囲で地下幽霊伝説が広まるのにそう時間はかからなかった。

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