第二話 ミチとフェネクの大冒険(前編)
「それで、お前にはオーランド班に入ってもらうよ。ポジションはセカンドアタッカー。彼らがメンバーね。ほら、挨拶して」
『細長い』としか表現しようのなさそうな男、教官であるサモリ・ケイツに促され、フェネクが自己紹介をする。
その日、第9に登校したフェネクは班分けをさせられていた。
最終学年で転校してきたフェネクは他の学生と同じというわけにはいかないため特殊な班に回されることになっていたのである。実戦を前提として即戦力となりうる訓練に終始する予定であった。
ターミナスにおけるセカンドアタッカーはネクチサイドに搭乗し一番前に出るフロントマンの援護に当たる立場である。とはいえ実質的にフロントマンと変わらない位置に立つ。その差は主か副かの違いでしかない。
「オーランド・テイラーだ、ポジションはコマンダー。よろしく」
オーランドは体が大きいだけではなく、バランスの良い体型をしている。太い手足に太い首。体が資本と言わんばかりである。
コマンダーというのは何でも屋で、必要とされることを全てこなすのである。班長でもあるオーランドは普段は装甲車両にて指揮やオペレーターを行なっている。
「フロランス・ミアルです! フロゥと呼んでください! 担当はテールガンです!」
フロランスは金髪の内巻きボブと青い瞳が人形を思わせる少女である。
テールガンとういうのは要するに後方支援を含む『しんがり』であるのだが、ターミナス内ではネクチサイドが全方位警戒を行うので名前だけのものである。オーランドと同じく装甲車両内で主にオペレーターを担当する。
「そして私がフロントマンを務めます。改めてよろしくお願いします」
ミチがオーランド班のメンバーに並んで挨拶をするとその束ねた黒髪が揺れた。
オーランド班は全員特殊な事情がある。
まず、オーランドは任官を拒否する予定になっていた。ドロップアウトしたのではなく、レジデンスの公務に就くように行政から名指しで指示があったのである。ターミナスとのパイプ役ということである。
フロランスは他のメンバーより学年が下なのであるが、もとから地球からの研究生といった立場で、地球へ帰ることがはやくから決定していた。
オーランドとフロランスはそれらの仕事に向かう前に少しでも実戦を知っておきたいということだったので、特例としてこうした班が組まれたのだ。
ミチは他の学生と同じカリキュラムだったのだが、今回フェネクが来ることでオーランド班に一足はやく配属されていた。将来を約束されているミチは内部的にはもう触れることがないので、それならば実績づくりをという配慮でもあった。
「じゃあミチ、ここを案内してやってよ」
「なぜ私なのですか?」
「え? バディだから」
ミチとフェネクが校舎に見学に向かいサモリが教官室にもどったので、二人きりになったオーランドとフロランスは早速新入りの品評に入った。
「フェネクさんって何者なんですか?」
「さあな。でも、タダモノじゃないだろうぜ。なんせ最終学年で急に転校してきて、しかもミチのバディで、さらに初日に実戦に出たときた。そう、それはまるで流星のごとく現れた……アレだよ、宇宙的なアレ」
「あ、うまいこと言おうとしなくていいですよ。えーと、蘭田社でしたか? 軍にも兵器卸してるネクチサイドの会社。あそこのご子息だとかいう噂も聞きましたよ」
「ランデンの? それはないな。ターミナス向けのネクチサイドって言ったってあそこが関わってるのネックシリーズだけだもんよ。ばっちり軍寄りの企業だぜ」
「でも、その軍からなんらかの口利きがあったのは本当らしいんですよ」
「ほう……まさかな……」
オーランドとフロランスは目を合わせるとにんまりと笑った。
* * *
「ずいぶん静かにしてましたね。意外です」
「俺をなんだと思ってるんだ。挨拶ぐらいちゃんとやるよ」
フェネクが前を見たまま話すので、ミチは少し気を悪くしたが、その目線が何かを見ていることに気がついた
「なんです?」
ミチは足をとめてフェネクの目線を追う。先日の一件と同じく、フェネクのなにかしら知れないレーダーのようなものが働いたのかもしれないと思ったからだ。
しかし、その目線には一人の女性がいるだけだった。美人である。
「まったく……」
ミチはむっとしてフェネクを睨みつけるが、フェネクはやはりその女性を見つめたままだ。
「ちょっと」
ミチがフェネクに文句の一つでも言ってやろうと思った時、女性の声が聞こえた。
「やっぱり。あなたミチ・マエダね?」
「はい。お会いできて光栄です、プロフェッサー」
ミチは背筋をのばす。ネームプレートから、始祖虫研究で聞こえている女性だとわかったからだ。
「あら、知ってくれているのね。嬉しいわ」
「ヒルヤ・ヒリヤ先生と言えばターミナスで知らない人間はいません」
「なるほど、現場ではそうかもね。普通の学生は知らないわ。学会では爪弾き者だし」
「そんなことは……我々は先生のおかげで戦えているようなものです」
「あなたよくできた子ね。いい子すぎるぐらいよ。それで……?」
ヒルヤは無表情のままでフェネクを見る。フェネクはぼんやりとしていたが、ふと頭を下げた。
「ご挨拶遅れました。自分はフェネク・ギヨタンであります」
「ああ、例の……」
ヒルヤはそう言って髪をかきあげる。わずかにだが眉間が険しくなったようにミチには見えた。
「あなた達、仲いいの?」
「はあ……いえ、昨日今日会ったばかりですので」
「おい、一応同郷だろ」
「そういう意味じゃないんだけど……まあいいわ。あなた達、先日の『外』乱入に関わっていたわよね」
「は。ですが、どちらかと言えば巻き込まれたというのが正確です」
「そんなのどっちでもいいのよ。それで、あそこ、瓦礫が置かれっぱなしなの」
「はあ」
「始祖虫の処理だからターミナスが仕事終えないと行政が動けないわけ、調査とかね。それで、あそこ、私の知り合いがいるわけ」
「ええ」
「整備されてないと困るのよね」
ミチはヒルヤの言わんとしていることが理解できた。要するにクレームである。
学生が関わったことが気に食わないのか、ミチが気に食わないのかはわからない。しかし、ともかく、この一件について気に食わず、一言言ってやろうというのだ。
困ったもので、こうしう言われ方をしても対応のしようがない。闇雲に謝れば、そこに火がつくこともあるのだ。
「そりゃいかんな」
ミチたちの背後にいつの間にかサモリが立っていた。見た目も相まって幽霊のようである。
「教練学校とはいえ、ターミナスが市民の皆様に迷惑をかけるわけにはいかん……オーランド班、出るか。処理してこい」
「本気ですか?」
「オリエンテーションなんてやるよりよっぽどいいと思わない? やること考えてなかったし、ちょうどいいんだよね。フェネクは一応ネクチサイド乗れるんだよね?」
「はい!」
「ミチ、フェネクを格納庫に案内してあげて。オーランド達後で行かせるから、それまでにうちの装備説明してあげてちょうだい」
ミチとフェネクは逃げるようにその場を去る。見送ったサモリは頭をかきながらヒルヤに近づく。
「先生、こんなもんでどうかなぁ」
「いいのではありませんか? あなたの班なら本当にやるでしょうし」
「あのさ、あんまりいじめないでよ」
「人聞きの悪いこと言わないで。あなたが甘すぎるのよ」
「それならありがたいけど……ちょっとひっかかったものでね」
ヒルヤは背を向けるサモリを睨みつけたが、振り返る瞬間にサモリがあまりに暗い目をしたのでたじろいだ。