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第一話 昆虫惑星(前編)

「リョウマ・サカモトだよ。19世紀のニホンで活躍した、えーと、スシだっけ?」

「志士ですね」

「そう、シシ。本で知って感動したよ。あんな人がいたんだな。ファンが多いっていうのも納得だよ」

「偉人としてなら認めますが……」

「政治家で実業家で、しかもブシだったんだろ? 憧れるなぁ」

「武芸者としての彼の評価は私の中では最低ランクですね。鼬にも劣ります」

「イタチってなんだよ……お前もニホン人の血をひいてて、しかもブジュツ家だろ? どうしてリョウマの評価が低いんだ?」

「坂本龍馬は銃を帯びた上で不覚をとったのですよ? それもスミスアンドウェソンのリボルバーです。当時の米国でさえペッパーボックスのような安価な銃を持つ人が多かった中、ハイエンドな金属カートリッジ式リボルバーを持ちながら討ち取られた。しかも活躍させることもなく、です。これ以上に上塗りすることができないほどに恥を塗り重ねています」

「自分が置かれた状況を読み取ることに関しては達人クラスだったっていうぜ? 銃じゃ駄目だと思ったんだろう」

「リボルバーの優位性って、なんだかわかりますか?」

「頑丈で信頼性が高いんだろ? 常識だぜ。でも当時はオートマチックなんてなかったんだから関係ないだろ?」

「いいえ、関係あります。リボルバーの利点にはたしかに信頼性というのもあります。でも技術が発達すると信頼性はそう変わりないものになり、そのうち逆転するまでになった。そうなるとオートマチックの方が戦闘力としては上です。なのになぜいつまでも信頼性があると言われるのか? それは、構造が単純だからです」

「ああ、メンテナンスもしやすいとか。じゃあ、シンプルなのが利点? なんだそりゃ」

「メンテンスがしやすいということは重要です。また、使いこなせるかはともかく、銃に慣れてない人間も撃つことが容易というのは大きいです」

「初心者向けってこと? じゃあ慣れた人間には意味がないのか?」

「いいえ、そうではありません。シンプルなことの最大の利点、リボルバー最大の利点は即応性なのです。弾を発射するまでの手順が単純な分、すぐ使える」

「ああ、そんな銃を持っていながらやられたのが駄目なのか」

「はい。つまり全く使いこなせていなかったということです。ただでさえ一度寺田屋で失っているとされている。シングルアクションリボルバーなんて多数を相手にできないのはわかりきっていたはずです」

「ああ……」

「命を狙われていることを知っていながら敵の動きを把握できず、銃を持ちながらそれを使いこなせず、数の暴力に負ける状況を回避できなかった。どこが状況把握の達人なのでしょう?」

「で、でもよ、カタナの方が慣れてただろうしさ、仕方ないじゃないか」

「なら、使いこなせもしない銃を持っていた理由は? 威嚇? 自衛のため? そもそも、安心を金で買った時点で武芸者としては下の下です。それなら刀を捨てるべきでした。捨てていない時点でそういった評価を下されるのは当前のこと。刀という誇りは捨てず、しかし、銃という火器に頼る。見下げ果てた性根です。反吐が出ますね」

「ほら、手段を選ばないっていうのも戦闘においては重要でさ……」

「正しい認識です。そう、戦いにおいての根本として、手段を選ぶ必要なんてない。でもそれはなぜ? 勝てばいいからでしょう? 手段を選ばず、しかし銃という手段は使いこなせず、なのに刀という手段にこだわっている相手に負けた。これを恥と言わずしてなんと言うのでしょう?」

「あああ……」

「歴史的に重要なのは置いておくとして、王政復古ってクーデターですよ? 取り繕った誇りをぶら下げたままクーデターに協力し、貿易で儲けていたのが坂本龍馬です」

「そんなジダイゲキのアクダイカンみたいな言い方するなよ……」

「世が世ならそうなのです。見方によっては成敗されただけ。所属していた派閥こそ勝って官軍となりましたが、その前に彼は倒れている。それで全てです」

 話をする二人を乗せた電車が町を進む。遠くに暗い地面が見え、そこから宇宙が見えていた。

 宇宙に人類が進出するようになってもう数百年が経つ。スペースレジデンスと呼ばれる物が現実のものとなり、地球に行ったこともない世代が普通に見られるようになっていた。

「見えてきました。あれが第9です。このレジデンス『イズイト』の第9ターミナス学校」

「おおー!」

 電車の窓に張り付いて喜ぶ男を見て、女がため息をつく。

「これでやっていけるのでしょうか……」

 宇宙に出た人類は、着々とその生活圏を広げていたが、地球にいた頃には見られなかった未知の脅威と出会っていた。

 脅威の名は始祖虫(しそちゆう)

 始祖虫は人類が初めて出会った地球外生命体である。虫であって虫ではない。宇宙時代における外敵であり、この上なく危険な()()()()()である。

 始祖虫の特徴はまず、幼虫でさえ人間大がザラに見られるほどに巨大であること。次に人間をも捕食すること。最後に繁殖力が凄まじいこと。

 多くは宇宙居住区(レジデンス)に到達する前に防衛機能によって撃ち落されるのであるが、小型のものはその網を突破することがある。それが人間の住む場所に現れた時に大きな被害が出ることになるのだ。

「始祖虫は地球にいる虫の祖先なんだろ? 皮肉だよな、あの化物との接触で宇宙飛来説が実証されたんだから」

「フェネク、その化物と戦うのが私達の役目なのですよ?」

「わかってるよ。『天才』ミチ・マエダほどじゃなくても、俺だってやれるさ」

 ミチはため息をつく。

 ミチとフェネクは始祖虫を駆除する駆除員の候補生、つまり学生である。

 宇宙に浮かぶ人工居住区レジデンスにおいて始祖虫の駆除はターミナスと呼ばれる対始祖虫専用の組織によって行われていた。過去には軍や警察が行なっていたが、レジデンスの構造をなるべく傷つけない戦いを行う必要があったため徐々に専門性を帯びていったのである。

 『警察以上軍未満』のターミナスには能力もさることながらそれ以上に強い責任感が求められる。ミチからすればフェネクにはそれが足りないように見えるのだ。そして事実、フェネクは劣等生であった。

 第9学校に転校してくる者は珍しい。なぜフェネクが例外的に転校してくるかと言えば、フェネクが劣等生であるが特別だったからだ。

 ミチとフェネクには共通の恩師がいた。駆除員の間で『生ける伝説』と呼ばれるヒロユキ・イワノダである。どうしてもターミナスに入りたいというフェネクのために彼が口を利いたのである。そして、ヒロユキからの頼みでミチがフェネクの指導役となったのだ。

 ミチとフェネクは地元が同じだったこともあり小さい頃から面識があったが、深い付き合いがあるわけではない。

――なんでこんな人を――

 『天才』などと呼ばれ聞こえているミチはすでに指導役に近い仕事を学生ながら持っていた。しかしそれはターミナスにおける臨時の指導員で、卒業も近いミチにとってはそれが経験にもなったからしていたのだ。フェネクの場合はそれと違う。同じ年齢の同じ学生の教師となるというのは苦痛なものなのである。同等な関係にあるはずの者に対し自分の地位を無理に上げられるというのは不愉快なものだ。そう思えるミチだからこそ、フェネクにいい印象を持てない。

 フェネクが真剣に何かを見ているので、ミチがその目線を追ってふと窓の外に目をやると、どうにも喧騒のような気配を感じだ。

 レジデンス内の景色が普段とどこかが違っている。

 うっすらと砂埃があがっており振動しているように見える。ミチがまさかと思いを巡らせた瞬間、建物の合間から、広い道にロボットが倒れ出てくるのが見えた。

「ネクチサイド!」

 ネクチサイドとは始祖虫駆除用の乗用機械である。達磨に手足をつけたかのような不細工な姿ではあるが、始祖虫と直接接触して格闘することを想定されている。

「始祖虫が町に出たのか!」

「妙ですね。あれは空間戦闘装備です」

 そのネクチサイドには、およそ4メートルほどのサイズであるネクチサイドのサイズに合わせた銃が装備されていた。レジデンスへの破損を考慮し、レジデンス内のネクチサイドには強力な火器は配備されていない。

 いや、レジデンス外でさえめったなことでは使用されるものではない。ネクチサイドを運用する状況で、強力な火器が必要な状況は少ないからだ。

「『外』から来たのか……降りよう!」

 ミチはフェネクの発言に驚いた。駆除員候補とはいえ、学生である自分達にできることなどないからだ。

「行くつもりですか? できることなんてありませんよ!」

 そう言いながら、ミチもフェネクに続いて駅に出る。

「待ってください! ターミナスに問い合わせますから!」

 ミチは電話を取り出しながらフェネクを追いかけた。

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