奇蹟の帰還
紗希が消えると同時に、ドアが蹴り開けられた。
軍人達は忌々し気に研究室内を見渡す。
ヨウゼとルルカは、凍り付いたような目を篁文に向けていた。
「どうして――!」
篁文は、黙って肩を竦めた。
「はあ。バカですねえ、君は」
ヨウゼは笑いながら溜め息をついた。
軍人はイライラと歩き回って紗希がいないのを確認し、篁文達3人を睨みつけた。
「まあ、いい。幸い残ったのはこちらだ」
「おい!人を物のように言うのはやめたまえ」
ヨウゼが表情を引き締めて抗議するが、彼はフンッとせせら笑った。
「自分が何をしたかわかっていますね」
3人は答えない。ただ、満足気にしているだけだった。
「連れて行け!」
「は!ええと、どこに?」
部下が訊く。
「務所にでも案内したいところだがな!取り敢えずは反省房でいい」
「課長。これでムショ仲間ですよ」
「ほお。それはそれは」
3人は仲良く連行されて行ったのだった。
気が付くと、紗希は白い天井を見上げていた。
「――篁文!?」
ガバッと起き上がると、そこは病室で、ベッドサイドには両親がいた。
「紗希!?」
「篁文は!?」
「篁文君?紗希は1人だったわよ?」
「紗希が無事で良かった」
紗希は、良くない、と思ったが、涙が溢れて来て言葉は出なかった。
検査に次ぐ検査。そして、何度も事情を訊かれ、答えても答えても、信じてはもらえなかった。幻覚剤か何かを使われたか、あまりのショックで記憶を捏造したのだとされ、触れないでいてあげようという扱いだ。
学校へ行けば皆が無事を喜んでくれた。
友達は信じてくれた子もいるが、それでも、
「綾瀬君はもうあきらめた方がいいよ。会えないよ、多分」
という事で、やたらと男子を紹介しようとしたり、男子が声をかけて来たりだ。
紗希は心からうんざりした。
騙されて映画館デートをさせられ、「殺し屋なんて忘れろ」「いい機会だ」と言われ、「ショックはわかるけど現実を見なさい」と言われ、とうとう紗希は耐えられなくなった。
カップ麺やお菓子、水、電気ポットを買い込んで部屋に籠城したのである。
皆で撮った写真を見る。
「これのどこが現実じゃないのよ。どこが合成よ」
壁にハンガーでつるしたジャージを抱きしめて、泣く。
窓が、コンと叩かれて、ハッと顔を上げる。
「篁文!?」
「ははは。いやあ悪いね、愚息でなくて」
「篁文のお父さん……」
「あからさまにがっかりされると、おじさん傷つくなあ」
笑いながら、窓から入って来る。
親子なのに、篁文はいつも仏頂面、父親はにこにこ。でも、ドアがダメなら簡単に窓から入って来るところがそっくりだ。
そう思って、クスッと笑った。
「うちの篁文は向こうでちゃんとしてたかな」
「うん。かっこいいよ。それに優しいし」
「そうか。それは良かった。ちゃんと紗希ちゃんを帰せて、ホッとしてるだろう。
紗希ちゃんが篁文を忘れないでいてくれるのは嬉しいよ。でも、囚われるのはやめてくれないかな。それは篁文の望みじゃないよ」
「そんなの」
「わかるよ」
「……」
「わかるんだよ。あれは、わたしの息子だからね」
紗希は、また涙が溢れるのを感じた。
ドアを叩いて、怒ったり泣いたり宥めたりして出て来いと言い続けていた親や医者の声はしない。
「篁文、約束破ったのよ。映画は篁文の好きなの見ていいから、服を買いに行くのと甘い物バイキングに付き合ってって言ったのに」
「仕方のない奴だ」
「私の夢は、篁文がいれば叶うから、どこでもいいって言ったのに」
「あいつは鈍いからねえ」
「フードファイター志望じゃないのに」
「プッ。それは、ププッ。失礼だねえ」
「篁文がいないと寂しいじゃない」
「ごめんよ、紗希ちゃん。篁文に代わって謝るよ。
それと、ありがとう。本当に、ありがとう」
紗希は、わんわんと、子供のように泣き出した。
泣いて、泣いて、泣いて、おかしくなるんじゃないかと思った頃、静かに篁文の父親は言った。
「籠城はおしまいにしよう。いいね」
「うん」
「学校にも行こう」
「うん」
「笑ってやってくれないか、紗希ちゃん」
「う……わかった。仕方ないなあ、もう」
紗希は、唇の端がひくひくしていたが、笑って見せた。
それを見て篁文の父親は、やはり泣きながら笑った。
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