le cadeau heureux〜幸せな贈り物〜
悪役の定義は十人十色。
冬童話2020
【le cadeau heureux〜幸せな贈り物〜】
私はある日、流行病に呆気無く倒れ事の次第を思い出した。思い出した内容は、現時点だと未来であり…熱に浮かされての妄想かと思った。
当人がそう思った位だから、他人になど迂闊に話さない。
私の名前は、ルクレツィア。
ロックハート公爵家唯一の愛娘であり、義弟アルマの姉である。そして、王太子アルフォンスの婚約者であり、宰相や騎士団、魔法省の大臣の子息と幼馴染である。
そしてその記憶は、恐ろしい事にネオロマ系乙女ゲーム。現実とゲームの世界が綯い交ぜになった「痛い子」の様になっていた。
私の精神的なライフはゼロよ!
因みにこの乙女ゲームは、王道中の王道のようなルートがある乙女ゲームで内容はこうだ。
ある日不幸にも身内を失い孤児院に引き取られた少女が、男爵家の養女として迎えられるのである。
16歳の時に学園に入り、18歳の卒業までのストーリーだ。
その少女が悪役令嬢からの嫌がらせ行為を受け、果敢に立ち向かい波乱万丈な試練を乗り越えて「誰か」と恋人になりハッピー・エンド。
他にはノーマル・エンドとバッド・エンドがある。
ノーマル・エンドは、逆ハー・エンドとも呼ばれる。特定の人とは恋人にはならず、全員に愛情を向けられたまま終わるのである。ゲーム・エンドの先は知らない。
バッド・エンドは、誰からも嫌われた挙げ句に養子縁組を破棄され修道院に送られるも道中で盗賊に襲われる。
これもゲーム・エンドの先は知らない。
因みにどのルートに転んでも処刑されるか、追放されるか、幽閉されるのが悪役令嬢。
その「悪役令嬢」が私、ルクレツィア・ロックハートだ。
さて、最初の「義弟」である「アルマ」はまだ居ない。
私の記憶だと、10歳の時に彼は来る。私はまだ6歳だ。
婚約もされていない。されていないのである。
大事な事なので2回言うが、私はフリーである。
親は仲良くとも、子ども達である幼馴染にはまともに会ってない。年一、二回の顔合わせくらいである。
ヒロインであるメリルは、まだミュラー男爵に引き取られてはない。
男爵は好々爺とした雰囲気の50代だ後半だ。
この世界の平均寿命が65歳と、私の知る世界よりだいぶ短い。私の知る世界なんて平均寿命80とか、100歳目指せとか普通に言われるくらいである。
なので、この世界では50代後半ともなると完全なおじいちゃんなのだ。
場合によっては曾孫すらいる世代となる。
アルフォンス・ルルーシュは、この国の王太子だ。
永きに渡り王女しか生まれなかった王は、25番目に生まれた王子が可愛くて仕方がない。
24番目までは、側室や妾など王妃以外から生まれた子ども達で異母姉妹だ。女にはできなくとも、男は同じ年に何人もの子どもを作る事が出来る。
妊娠の兆しが見えても、今までは数ヶ月も経たずに兆しが消えてしまった王妃が産み落としたのは男の子だった。
王妃の座を狙っていた者達は大層悔しがったが、国王夫妻に溺愛されて生き抜いた。
アルフォンス自身は、国王夫妻に甘やかされながらもやるべき事はやってきた男だった。
幼馴染達はアルフォンスより数ヶ月年下だが、国王が王妃の妊娠を知ってから数ヶ月後に信頼できる家臣に子作りを頼んだのであった。
イザーク・ブラッドレイは、宰相の息子。
才色兼備で頭脳明晰だと言われた男の子供である。幼き頃から多大なる期待と、嫉妬と羨望の眼差しの中で育った。
至極真面目で公正な男だが、父親と比較する相手は「仕事の駒」程度の認識にしかならなかった。
彼は肩書や生まれではなく「イザーク自身」を見てくれる相手が欲しかったのである。
ラファエル・グリムは、騎士団の団長の息子。
騎士の中の騎士と言われた、騎士道に対しては頭の固い男を親に持つ。
紳士的で真面目に生き、公正で潔白な判断を心掛けるが…根がお人好しだった。ルシウスには甘過ぎると怒られる事が多々ある。
ルシウス・メルヴィルは、魔法省の大臣の息子。
堅物3人の幼馴染とは対象的に、ルーズではないが柔軟な発想と寛大な心を持ち、他人のフォローに周りやすい男だった。
怜悧な男であった為に、お人好しなラファエルが悪意に曝されない様に親友として隣りにいた。
そしてヒロインの「メリル・ミュラー」
ゲームだと美少女。そしてプレイヤーにもよるが頭脳は明晰な方。運動神経も良い。
ある意味で機動力抜群。
イザークルートとルシウスルートでは、上位一桁に入らないといけないので頭が良くないと攻略できない。
ラファエルはダンスと乗馬。運動神経が高い事を示せば興味を持たれ、お菓子や料理まででき、孤児院にボランティアをしに行くと攻略できる。
アルフォンスは「優しい心」である事を示せれば、成績や運動神経は関係ない。王子は王道中の王道故かハードルが低いのである。
悪役令嬢はヒロインに対して、多種多様な意地悪をする。
意地悪が始まる前段階は、嫌味という名の注意である。
男にばかり媚びを売る様に見えるヒロインに、要約すると男は一人に絞れと言ったり、婚約者のいる男に手を出すなという事である。
私の感覚的に、注意しても聞かない相手に婚約者を誑かされて腹に据えかねただけに思える。
まぁ、乙女ゲームだからヒロイン視点の夢仕様だ。現実問題は総スルーされている。
意地悪の内容は、近付かれた時に飲み物を掛けたり話し掛けられても無視したり程度だが、取り巻き達が盛大にやらかしていた。
物を隠したり壊したり、突き落としたり足を引っ掛けたり、悪口嫌味は挨拶並みに口にしていた。
悪口と嫌味は、ヒロインと貴族令嬢の間にある常識の差よりも、ヒロインの攻略対象に対する行動が原因な気もしなくはない。
そして、私の努力は始まった。
まず、ワガママは言わない。ゲームのルクレツィアは大変にワガママだった。この特徴とも言えるワガママを無くす。
次に、勉強と教養。これはゲームでも極めていたけど、頭が良い分には何も問題は無いので極める。
8歳になってからは教会通いと寄付、孤児院のお手伝い、自然災害の際の援助等もした。
そして魔力は私が私になった日から、ひたすらに増やしに増やした。
日照りが続けば水魔法を応用して雨みたいにしてみたり、山火事になれば焼き畑みたいにやった山を花樹苑として観光地にしてみたりした。果樹ではなく、花樹。
飢饉になれば率先して食料を提供し、畑や家畜を元通りになる様に助力した。
この時点でルクレツィアの人気は領民の間で鰻登りで上がり、天井知らずに上がった好感度は神子として捉えられるようになっていた。神の命を受けた子だ。
執事や侍女にも溺愛され、未来の領主として尊敬されていた。
本来無かった「神子」という存在は、ゲームを基準に考えていたルクレツィアは気付かなかった。ただ戦々恐々としながら、バッド・エンドしかない未来の回避を目論み善行を重ねようとしていた。
10歳になると、やはり義弟は来た。
ゲームでは目を覆いたくなる程に、冷遇していた相手だ。
実母と姉を強盗に襲われて亡くし、義弟自身も大怪我をした。顔には半分程の面積になる火傷痕と、左耳と左手に火傷痕がある。強盗の手によって、消えたばかりの暖炉にアルマは放り込まれたからだった。
私は、心を完全に閉ざしていたアルマに優しく接した。
一緒に食事をしたし、勉強も同じ部屋でした。マナーや教養の授業も復習のつもりで付き合ったりした。
12歳から18歳の間は学園に通うので、それまでに火傷痕を治してあげようと研究を重ねた。
結果、私が学園に入る少し前にヒロインが完成させるはずだったエリクシールを完成させた。表向きには全く公表しなかったが、義弟の怪我はすっかり綺麗に治った。
ヒロインのフラグを粉砕し切ってしまったが、私は全く後悔はしていない。
12歳になり、幼馴染達と友好な関係を築いた。
王太子の婚約者になりたいとワガママを言うイベントは全力で回避していたので、攻略対象とされてる人達とはとても友好的な距離感だ。
この時点で学園では、身分差を超えて誰にもとても親切で優しい令嬢という認識をされていた。
既に全ルートの攻略条件をクリアしていたルクレツィアは、完全にヒロインからフラグを全て奪い取って破棄が完了していた。
16歳の時、王太子からどうしてもと求愛されて婚約者に収まった。王妃教育は全て滞る事なくクリアした。
本来ならヒロインが入る場所に、ルクレツィアはしっかりと収まっていた。
ある意味、物語を破棄したという点では「悪役令嬢」を全うしたのである。
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メリル・ミュラーは焦っていた。
男爵に引き取られる所までは完璧だったのに、学園では悪役令嬢であるルクレツィアが蝶よ花よと愛されキャラになっていたからである。
何をするにも空回り。
最近では、気が長く優しい王太子にすら呆気無くあしらわれてしまった。
「ルクレツィア嬢はとても優しく、何でも卒なく熟す。悪口は止めてくれないか?」
義弟はシスコン気味だ。
「姉様は此方が不安になる位には優しい。その姉様が、人を陥れる訳がないでしょう。寝言は寝てから言いなさい。」
イザークルートを選ぼうとしたが、悪役令嬢が居る所為で上位に入れない。
「私は、頭の足らない方は好みません。せめて、ルクレツィア様のように常に上位の成績は修めて欲しいものです。」
ルシウスルートも同じだ。
「魔法学が苦手な人とは、会話が噛み合わないので勉強は見れません。」
そして、本来ならあった筈の条件が無い為に好感度を満たせずルートを選べない。
ラファエルはダンスと乗馬が出来なければならないが、ダンスの相手に選んでもらえないし遠乗りにも誘ってもらえない。
「ルクレツィア様が私と踊ってくださいますし、馬術ならルクレツィア様の方が安心感があります。」
好感度を上げようとお菓子や料理をしてみたが、悪役令嬢が既にしていた。形式的な毒見役が嬉々として仕事をする。
孤児院にボランティアをしに行けば、そこには慕われる悪役令嬢が居た。
「ルクレツィア様は神の御使い様だと思います。とても優しくて、愛らしくて、いつでも真摯に向き合ってくださいます。」
そのまま、のらりくらりと悪役令嬢に避けられながら卒業も間近になった。正確には、私が害をなすと見做されて近付けない。
私はヒロインとして脚光を浴びなければならないのに、攻略対象に邪険にされている。納得いかない。
バッド・エンドまっしぐらだった。
「ルクレツィア様のように」と、みんなに比較され続けた。
その度に彼女は極悪非道な悪役令嬢だと主張したが、冷ややかな対応しかされなかった。
悪役令嬢に「ざまぁ」をしようと立ち回れば立ち回る程、ヒロインはヒロインとして成り立たなくなった。
悪役令嬢が困った顔をして「困ったわね…」と苦笑すると、本来なら私の攻略対象達が慰めに行く。
「才色兼備で性格も非の打ち所がない」と言われる様な令嬢ではなかった筈なのに、設定が狂っていた。
ゲームだからと努力しなかった結果、バッド・エンドに向かう。
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卒業式の日、赤いアネモネが空に舞った。
在校生達と攻略対象達が、魔法で降らした。
悪役令嬢・ルクレツィアは微笑む。
「予定調和なんてさせない」と思いながら。
そっと王太子から贈られたアネモネの花束は、幼馴染達と決めたそうだ。
「薔薇や百合も似合いますけど、今日はアネモネを贈りたいと思いました。」と。
正しく努力をしなかったヒロインは、バッド・エンドを進んだ。養子縁組を破棄され、修道院に送られると聞いた。
叫んでいた内容的に、もしかしたら彼女も転生者だったのかもしれない。もし転生者なら、正しく努力をしていたら誰も不幸にはならなかったのではないかと思う。
それでも血の滲むような努力の結果として、赤いアネモネが贈られたルクレツィアは盤上をひっくり返して勝ちを得た。
悪役令嬢として、ヒロインをバッド・エンドに追い込む。
ネオロマ系乙女ゲームのストーリーを破壊した令嬢は、正しく悪の娘である。
赤いアネモネは「君を愛す」と告げる花。
長編で書いたら、やたらと長い悪役令嬢の異世界転生綺譚になりそう…?
今回はスピーディーに短編にしましたが、希望があれば長編を視野に入れます。