拷問から処刑まで。
まだまだ、
新聞に小さく被害者遺族弔い法の被害者真鍋達郎の事故死が掲載されていた。
第1回の被害者遺族弔い法はそれを除いて成功している。
連日かつて加害者であった本部宏(被害者遺族弔い法により加害者は後無罪になるとして前科などは取り消されるとする。)
入院中の病院にマスコミが訪れあまりの変貌に気を失う物も出ているようだ。
当の本部宏は黙秘。本部宏の家族も黙秘を貫いている。
撮影等は一切NGにも関わらずネット等でその惨たらしい姿は拡散され一部のマニアからはそれを執行した死刑囚、山下真弓を神として崇める者まで出てきた。
それは彼女の容姿による所が大きい。
アーモンドのような形のいい切れ長の目。
ツンと尖った小さめの鼻やいつも微笑みをたたえている口元等は死刑囚とはとても思えない。
いわゆる美人なのだ。
ネット等では山下真弓は無罪なのではないかとの書き込みも見られる。
真鍋達郎は本当に事故死なのか?
そんな事を考えているのは日本中で俺くらいしかいないかもしれない。
喪服姿の彼女を見た時に心臓が高鳴るのを感じた。
化粧など全くされていないむしろ目は赤く腫れそれでも美しい女性はこの世にどれくらいいるのだろう。
私は自分の立場を忘れて立ち尽くしてしまった。
先輩、先輩!
後輩の山田に声をかけられるまでどれくらい彼女を見つめていただろう。
あの人キレイですよね。こんな場所で言うのも不謹慎ですが掃き溜めに鶴って感じですよ。
山田がニヤニヤしながらこちらを伺う。
馬鹿が。それより怪しい奴は居なかったのか?
自分が言うのも憚られたが一応捜査の一環で葬儀に参列しているのには変わらない。
いやー。全然見当たらないとも言えますし全員怪しくも思えるって感じですね。
近隣の証言だと家族が一番怪しいんですが、まぁそれはないですよね。それにしてもあんな手のこんだ事をするとも思えない。
山田はうーん。ともっともらしく唸り首を傾げた。
犯人は現場に戻ってくる。
ここ一週間は被害者の家を張ったり葬式に出たりと殆ど家に帰れていない。
それほど今回の事件は異常であり、異質だった。
マスコミにはまだ詳細は漏れていないがもし漏れたら大変な騒ぎになる事は目に見えている。
捜査本部も少数に押さえられ負担ばかりがのし掛かる。
気がつくと彼女を目で追っていた。
捜査の一環で話しかけるくらいいいだろう。
邪な考えだと分かっていたが葬儀に来ているのだから関係者には違いない。
さりげなく彼女に近づき話しかけた。
お悔やみの所申し訳ありません。警察の物です。
警察手帳を胸の辺りでかざして周りには出来るだけ気がつかれないように彼女に見せた。
彼女は泣き腫らした目をこちらに向けるとか細く
ご苦労様です。何かご用でしょうか…。
と丁寧ながら悲しみを邪魔された怒りを露にした。
もう少し後にすれば良かった。
彼女にどう思われるかを気にしている自分がやはり邪だと恥じた。
被害者との関係をお尋ねしたいのですが…。あと任意なのですがお名前を教えて下さい。
もっともらしい言葉だが後半はただのナンパだ。
彼女はうつむいたまま立ち話もなんですのでと、近くの喫茶店に案内した。
よく見ると寒さで震えている。なんて自分は野暮なんだと心で毒づいた。
ホットコーヒーを2つ注文し一息ついた所で彼女は話し出した。
山下真弓と言います。被害者である常山さんとは桐生総合病院で知り合いました。
私はそこで看護婦をしています。常山さんは脳梗塞で暫く入院されてました。
そこまで話すとまたうつ向いてハンカチで涙を拭った。
ただの患者のためにこうも泣いていては身がもたないのではないかと話を続けた。
関係はそれだけですか?
嫌な聞き方だと分かってはいたがそれしか言葉が浮かばなかった。
彼女は気にもしていないように答える
ええ、概ねはそうです。担当でもありませんでしたし。
ただ、よく話しかけて下さいました。脳梗塞で言語障害が少しありましたがいつも家族の事を特にお孫さんのお話しをよくされてました。
退院されてからも通院がてらにお昼をご馳走して頂いたりお世話になりました。
そこで話は途切れた。
常山は資産家であり脳梗塞を起こした時には遺族で相続争いが起こり入院中、初めは心配する素振りこそ見せたが最後には麻痺した手で無理やり遺書を書き換えさせようとまでする輩まで出てきた。
そこで常山自身が親族との面会はしないとしたという悲惨な物だ。
それでは退院したあと何か聞きましたか?
彼女は頷くとまた悲しみを露に話し出した。
全く本当に酷いんです。手の痺れはともかく言語障害が残りましたから。
でもちゃんと聞いていたら分かる程度です。
それなのに、遺族の方はって死ねだとかそういう事を毎日言うそうで常山さん家に居場所が無いって、でも常山さんは家族だからといつか分かって貰えると信じていました。
なのに、
そこで彼女はまたうつむき話は途切れた。
私は彼女に事件の事についての事は聞き終わってしまった事に気がついたがここで別れてしまったらもう会えないのではないかと焦っていた。
もし、何か思い出した事があったらこちらまで連絡を下さい。
お時間を取らせて申し訳ありません。
と自分の名刺を差し出した。
彼女は黙って鞄に名刺を閉まった。
私は伝票を抜き取ると遠慮する彼女を丁寧に断り支払いを済ませた。
今回の事件は尋常を逸している。
最初の通報があったのは12月20日クリスマスムードも高まり街は色んなイルミネーションに溢れかえっていた。
召集がかかったのはTVを見ながら微睡みかけた頃だった。
いつでも動けるようにと酒はここ何年も飲んでいない。
急いで駆けつけた。
数人見知った顔が見られた。むしろ見知った顔しか居なかった。
先輩!早かったですね!
一番の若手、そして何故か自分になついている山田がこちらに向かってくる。
他は現場で何度か会った程度の優秀な警察官と言われるエリートばかりだった。
こんな時間に召集なんて、ヤバそうな感じしかしないんですけど。
山田が不安そうに囁く。
皆、揃ったようですね。とにかく視聴覚室にて説明をする。
署長が強張った面持ちだ。
言葉では説明出来ないとばかりに視聴覚室に案内された。
再生された画像には一人の老人がいた。
音声は老人の音声のみで他はカットされている。
私は、孫に触れようとした手を叩かれた。こんな手はいらない。
無機質な老人の声。
また老人が椅子に座っている。
ただ明らかに違うのは両手が肩から無くなっている。
画像の加工なのかと思うほどに老人は腕だけが無くなっただけの状態になっていた。
足音が煩いと言われた。こんな足はいらない。
また画面が切り替わり今度は両足が無くなっていた。
淡々としているので現実味などない。
ハゲ散らかした頭がみっともない。こんな頭皮はいらない。
また画面が切り替わるが今度は生々しく頭皮が剥がされている。
そこかしこで悲鳴や嘔吐する音が聞こえる。
こちらを見るなと言われた。こんな眼はいらない。
嫌な予感がしたがその通りになった。
老人の両眼がキレイにくりぬかれている。
ざわつきが大きく席を立つ物まで現れた。無理もない。自分も限界だった。
口が臭い、こんな歯はいらない。
唇を切り取られむき出しになった口内にズームされる。
始めて吐き気を覚えた。
歯は全て無くなりそれを証明するように唇から全てが切除されている。
もう人の体として見ていられない。
こんなになってもまだ生きていられるのが不思議なくらいだ。
また画像が変わった。
最初の状態の画像に変わった。
タダ飯食らい。なら胃もいらない。
次の画面は衝撃的だった。
寝かされてはいるものの、胃袋の部分を完全に切り取られている内臓を写していた。
心臓や肺なども肋骨を外され晒されている。
医療には詳しくないものの、ここまでされても生かす技術に驚いた。
また最初の健全な老人の画像に変わる。
何を考えているかわからない。ならこんな脳はいらない。
次の画面は、正直目を伏せるしか無かった。
見終わって明るくなった部屋にいる物はまるでこの数十分で10歳程年をとったかのようにゲッソリしていた。自分もそう見えているだろう。
現在の情報はこれだけだ。映像の解析もしているが実際の映像である事は確認済み…。家族の通報で本人に間違えないそうだ。
常山は一週間前から行方不明。場所は不明。
この映像は桐生総合病院に送られた物だ。看護婦はまだこの患者が入院していると思った人物からの物だと思い、家族に連絡をして渡されたそうだ。
宛名は常山宗男。以前桐生総合病院に入院していた患者であり被害者だと思われる。
署長がそう告げるとどっしりと椅子に身を預けた。
他に、何か指紋とか消印とか、何かなかったのですか。
自分は無駄だと確信しながらたずねた。
切手も消印もあるが消印は偽装されている物である、指紋は今照合中だが無数の指紋がついている。過去に犯罪歴のある物の指紋はゼロ。
そこまで言うと署長はまた大きくため息をついた。
桐生総合病院にどれ程の人間が出入りしていると思う?千ではきかないんだ。
外来患者入院患者、職員、業者…。これをしらみ潰しに当たらなくてはならない。
そして大々的な捜査は出来ないとしてここに集まった物だけで捜査を開始する。
意味は、わかるな。
わかる。それは映像を見た物と常山宗男の地位を知っている物なら誰でも納得せざるえない。
常山は資産家でもあり法務省とも関わりのある人間だ。
それがこんな犯罪に私欲で荷担したと分かれば…。
皆、沈んだ顔をしているがそれも分かる。
何処をどう切り取っても常山自身が自分の死に荷担しているのは明らかだ。
殴られた跡もなければ、脅されている様子もなかった。
堂々と自分が切り刻まれる事を宣言している。
縛られている様子もない。
最後の映像まで活力にみなぎっていた。
それがこの映像の不気味なまでの狂気の中核になっていた。
(嘘だろ、公開捜査でも難しい案件なのにこの人数で…。)
山田の顔を見るとまるで同じ事を思っているようだ。
他の者にしても絶望ともとれる顔で辺りを見回していた。
その日はその場で解散になったが秘密裏の捜査だけあり警察署では目立ちすぎるとの事で署長の保有している別荘の地下でこれからは捜査を進める事になった。
捜査に必要な物は一通り揃えているようだったがそれでも多勢に無勢。
やれる事といえば遺体の発見。
遺体があればの話だが、遺族への接触くらいしかない。
捜査本部に連絡をし、まだ遺族仮の遺族への接見を申し出た。
アポイントを取ったのは山田だ。
まだ若く物腰の柔らかい話し方はこいつの得意とする所だ。
まるでセールスマンのように家族の心を解きほぐし家に招く事を了承させた。
いけますよ!先輩!
取り乱しまくってましたけどなんとかなりました!
要約も要約だが、それもいつもの事。
あんな映像を見て正気でいられる者はいないだろう。細かい事を聞かなくてもとにかく家族の話が聞けるという事実には変わらない。
早速常山邸に向かった。
アポイントを取った山田がインターホンを押す。
こんにちは。山田です。ええ、あの今日はありがとうございます。
等一方的に話すと門が開いた。
あの映像を見た家族は、と思うと他人ながら心が痛むと同時にそこまで追い詰めた加害者でもある家族はどうしているのだろうか、好奇心を押さえながら山田の後ろについていった。
こちらへどうぞ。
宗山辰子。
常山宗男娘。長女でありこの宗山邸を仕切っているといっても過言出ない人物。
婿養子の宗山宏は居ないようだ。
家政婦は払われ実質自分と山田、そして辰子の三人で話す事になった。
今日はありがとうございます、こちらつまらないものですが。
言いながら山田はクッキーの詰め合わせを差し出した。
辰子は一瞬顔を輝かせて
まぁ、これって銀座の~で新しく出た~って所の!
よく分からない会話が続くが山田のこういった所は警戒されている状況では助かる。
山田が目配せをする。合図だ。
そこで自分は事件の発覚までの流れを確認した。
はい、その通りです。
辰子はうつむき通報した経緯を説明した。
でも、でも、それでも酷くありませんか?
遺書をあんなふうに書き換えてからだなんて!そんな、なら死んでしまったら私たちはどうなるんですか?
その通報した時は知りませんでした。
遺書の存在。でももう、遺体をもし、発見されてしまったら、私達、家なき子になるんですよ。酷い酷い、
辰子はソファーに突っ伏した。
山田は軽くウィンクをすると、
ですよね、本当に酷い!、と声を荒げた。
遺産は有名なボランティア団体に分けて全て寄付する、家も全て
最新の遺書にそう書かれていた物がしかるべき所に納められていた。
一人で手続きするには難しい事と思われるを家族に知られずにあの麻痺した体でやってのけたようだ。
常山宗男に心から同情したのもこの時だった。
山田は、そうですよね、お気持ちは痛いほど分かります。と涙まで浮かべて手をとっている。
なるほど、山田のやり口に感心していた。
公開捜査ではない事を逆手にとって相手の懐を探る。
これで家族の線は無くなったという訳か。
自分はただ頷きそれを報告する。
山田はまだ辰子を慰めているが反面嫌悪を端々に自分には見せていた。
あっかんべー等子供ポイ事を此方に見せてきた。
これは、善意の第三者なのか、ただこの家族に恨みを持つものなのか、
選択肢をしぼるのには充分な収穫だった。
次の日の捜査特別会議では皆が怯えるような面持ちでそろそろと集まった。
バラバラにされた遺体が桐生総合病院の遺体安置所から発見されたようだ。これにより、
桐生総合病院に出入りしている患者や職員関係者に捜査に切り替わった。
この人数ではとても足りない。
それは承知していた。
だが遺体が発見されたことにより葬式など外部との接触も可能になり、自分の性格からしたら現場に出向き捜査してしまうんだろう。だけど頭の中はもう勘弁してくれ、とばかりに暗くなっていく。
そして葬式で真弓に出会った。
自分の糞真面目な性格もたまにはよい働きをするもんだと少し前向きになったのも事実だ。
そして、次の被害者が出た。
今回は常山宗夫ほどの大物ではないにしろ、同じ手口、しかもかなり日がたってからだった。
なにせ、老人の行方不明等この世の中に溢れ帰っている。
捜索届けを出しても何もしないなんてザラにある。
交番に届けられたテープは被害者であろう孫から。
おじいちゃんがバラバラになってる‼️とテープを渡されたが落とし物として扱い、その駐在が暇ついでに見てみた所繰り返しになるがあのようなスナッフビデオだったのであわててこちらに届けられた。
そして立て続けに4件。
紛失物や落とし物に映像を記録している物は直ちに本庁に送ることとだけ通達しただけだった。
常山宗夫の事があるにせよ公開捜索をせざる得ない状況になりいくらか肩の荷が下りたように感じたが全ては桐生総合病院の元患者であり、ふいに真弓の顔が浮かんだ。
病院に真弓の名前を告げると半月前から病院を辞めていた事が分かった。
真弓から連絡が来たのはほどなくしてから、昼間に知らない番号から着信がありそれが真弓からだと何故か分かっていた。
もしもし、
消え入りそうな真弓の声。
あの、ニュースを見たんですが、亡くなった方、私凄く仲良くしていて、今田舎に帰っているんですが凄く悲しくて、
ご迷惑なのは承知なのですが、申し訳ありません、
涙ぐんで言葉が続かないようだった。
とにかく会いましょう。
そう告げて、車を走らせた。
真弓の実家。
都内からも一時間程でつく。
とにかく真弓に会いたかった。
相手が悪魔や死神であろうとも、俺は真弓を拒否する事は出来ない。
捜索は公開にしてから凄まじいスピードで点と点を繋げ、もう殆どがわかっていた。
真弓が眩いまでに美しいからこそ見えなかった事も、沢山の監視カメラに写る真弓に似ている人物。
捜索礼状が出るのも時間の問題だった。
道中、信頼をおける唯一の部下の山田に留守番電話を残した。
一度だけ。
着信に気がつかないのも
無理もない。
疲労困憊なのは彼女も同じだろう。
人一倍自分に尽くして捜査に尽くした彼女は今、少しの着信ですら無視するほどの深い眠りについてしまったんだ。それは攻められる事ではない。
いつもは出るまでならし続けたコールも、留守番電話サービスに繋がった時点でやめた。
留守番電話には
いまから死神に会ってくるよ。
場所は、~町~だ。お前は無理するな。
勝手な上司でごめんな。ありがとう。好きでいてくれたのは知ってた。もっといい男探せよ。
そして、自分も携帯の電源を切った。
ほどなくして都会からさほど離れていないのに田んぼが広がった。
そこから獣道のような道を車で走り、真弓の実家についた。
そこは人里離れていて、周りには何もない。街灯もなければ民家もない。
来てくださったんですね。
後ろから声をかけられる。
真弓がニッコリと微笑む。
皆さんそうでしたよ。皆さん、とても辛くて、こんなになんで辛いのか、そう仰ってました。
だから、辛かったこと全部聞いたんです。
そしたら、周りが変わったって…。
辛かったこと、聞かせてください。
そう言うと真弓は注射器を首に刺した。
頭が重い、体が痛い、目を開けたら真弓が微笑んでいた。
目覚めましたか?
いままでと違ってお時間がかかりそうだったので心苦しいんですが固定させて貰いました。
痛いところとかありませんか?
本当に心配そうに顔を覗き込む真弓の美しい顔、匂い。
わたし、今回新しく法律で作られた、
遺族弔い法。
これには大反対なんです
反対?…。
目覚めた俺の頭がクラクラする。
ええ、反対なんですよ。
税金を納めてる人しか人権を認めない、今の日本ではそれが全てです。分かってますよ。
でも、お金があって、市民権。ここでは言い換えましょう、税金を納めてない人であったり、それに準ずる人はそれを利用すると思いませんか?
真弓はニコニコしながら話す。
なら、私は貴方を殺します。
公務員の貴方を、弱い立場の人を守りたい。それは老人であったり命の平等としては皆が同じですもの。
お金を持っていたから、政治で権力を持っていたから、それで沢山の人を見殺しにしたんですよ?
早く公開捜査にしたら良かったのに…。
真弓は笑いながら泣いた。
だから、貴方は死んで私の遺書を体に埋めましょうね?
喉に何かが押し込まれた。
ふいに扉が開く音がした。怒号が響く。山田が真弓に威嚇射撃をしている。確認など何もせずに。
警察官としてはあり得ない。
咄嗟に俺は叫んだ。
山田、これは的じゃない、撃つな!
弔い法を許すな!
心から叫んだ。
弾丸は
真弓の頭をかすめ、胴体をかすめはしたが強靭な体力で持ち直した。
真弓は冷ややかな声で山田にある提案をした。
私にも聞こえるように。
お前が死ねばこいつを生かす。
死ぬ前に一時間、一時間だけお前に時間をやる。
何故そう持ちかけたか考えて。
そして、一時間後、こいつの縄をほどく。
だけど、殺す。
喉元にメスを突き立てられている。
猶予もなく今殺してもいいのよ、
銃を渡しなさい?
渡さないと今何もしないで血を見るけど?
さっきの言葉が伝わったのか
遂行していた銃を素直に山田は渡した。
都内まで一時間、近くの交番に言っても最近の事が過ぎるので、最短でも30分。
理解してもらうのはもっとかかるだろう
近隣に何もなかった事を考えたら都内に戻った方が早い、
だが、何も早くない…。
山田の顔を見ると、
今までなかったような覚悟を決めた顔で背中を向けた。
いつもならヘラヘラして、そんなやつなのに、
真弓は、山田の銃を山田の頭に向けて俺の首筋にはメスを当てて
分かったならいきなさい、と顎をしゃくった。
山田は脇目もふらずに外に出た。
ごめん
君には選択肢は無かったんだ
俺が出来ることは、この押し込まれた紙を絶対に人目にさらさないこと。
真弓は間違いなく捕まる
だか、この遺書が公務員の自分の言葉だとひとつも思われない事。
自分がこの一時間に出来ることはそれだけだ。
ごめん。
真弓に言う。
その法律は間違いなく可決される。もう決まっている。
なら、君が出来る事は一つだ。
君が、それを間違っていると思うように俺も間違っていると思う。
だから、俺を今すぐ殺せ。
そして山田には何もするな。
大丈夫。君は賢い、きっと転機が訪れる。命乞いなんかではない。私も、何も持たない人間だ。君の言うように、辛いことばかりだ。
最後の遺書として君に託せる事があるなら。
死刑囚に早くなれ。
そしたら君は無敵になれる。
この無法国家の頂点に立てるんだ。君ならなれる、むしろ最初の依頼は君に来る。
絶対だ。
来なかったら真っ先に山田を殺せ。
君なら出来るだろう?
そこまで怒涛に話した、嘘も本当も何でも良かった。
真弓は、最後に微笑んでいた。
分かったわ。
それだけ言い俺の喉元から異物を取り出してからゆっくりとメスを首に当てた。
伝えられることはこの紙切れ以上ですもの。
真弓はその紙を自分で頬張った。
ニュースです。
~県の~村で殺人がおこりました。
加害者は複数の殺人と関与している模様。
分かっているだけでも4件の殺人を…。
高山さん。死ぬって分かってて、私をいかせた。
私を生かす為に。
そして私も分かっていた。
高山さんが最後に言った言葉。
これは的じゃない!
あれで弾丸は反れた。
本来なら、絶対に殺せてたはず。
だって私はいつもなら標的を外さない、試験では適当に的を外していたけど、
女が射的等上手くていいはずもない。
高山さんはそれを見抜いていた。
射的の最初の試験で
お前、手を抜いたな?わざとだろ?分からなくもないが俺はからっきし射的はダメでよ。
羨ましいぜ、俺からはまぁ、良く言っとくからこれからは自分をいつわらない時代が来るといいなぁ、
って言ってくれた。
分かりました。
真弓の事は私が管轄に回れるくらいには出世します。
その為に刑事のエリートの彼氏も作りました。
彼氏は真弓を悪だと思ってますが、それで正解です。
女が世の中を決めるなんてあり得ない事を、真弓と私で
月と太陽でやっていきます。
高山さんの奥さんが男女平等を吟い、路上デモ事故で亡くなったのは知ってます。
私は生きています。そして、真弓も。