3.登場人物紹介(1)
ここで、一旦、登場人物の正体などを明かしておこう。
①心臓は電気信号で動いているという話
登場人物の性格や行動パターンを理解するには、心臓の動きの基本を理解しておかないといけない。心臓が収縮したり拡張したりする動きは、実は電気信号の流れによって起きている。大きな静脈と心臓が接する付近に、自動的に電気信号を発信できる洞結節と呼ばれる場所がある。心臓の場所でいうと右側にある心房の上あたりだ。そこから特別な伝導路が心臓の各場所に延びている。言い換えると、そこから電線がつながっているイメージでよいかもしれない。
洞結節から出た信号は心房内に張り巡らされた電線を通る。電線からの信号はその周囲にある心房の細胞にも伝えられる。主要な電線は心房と心室の間にある房室結節という部分に一旦集まる。そこで信号が整理されて、さらに心室に張り巡らされた電線へと再び伝わっていく。同じように電線からの信号は心室の細胞に伝えられる。この信号の伝わり方によって心房が収縮すれば心室が拡張し、心房が拡張すれば心室が収縮するというように規則正しい動きをして、全身に血液を送ってくれる仕組みになっている。
②電気信号の正体と森の精と山の精
心臓が収縮したり拡張したりするのは、実際には心臓を形作っている個々の細胞が収縮したり拡張したりして全体の動きにつながっている。細胞の外部と内部とでは電気的な環境が違っている。内部は外部に対して常にマイナスの電気状態となっているのだ。これらの電気環境を作るのはイオンと呼ばれる物質だ。たとえばナトリウムやカリウムやカルシウムは水に溶けるとプラスの電気を帯びるようになる。一方で塩素やリン酸などは水に溶けるとマイナスの電気を帯びている。そしてそれらの存在量にもルールがある。
ナトリウムは細胞の外での量が圧倒的に多く細胞の中の約10倍近くも存在している。一方でカリウムは細胞内の量が圧倒的に多くて細胞外、つまり血液中の約38倍近くも存在している。カルシウムは細胞外の方が若干多い程度だが、その量は厳格に制御されている。
実はナトリウムは森の精小男のNaとして、カルシウムは森の精小男のCaとして物語に登場する。一方のカリウムは山の精の小男Kだ。
洞結節から発生した電気信号が電線を流れてきて、その電線に触れた細胞はまずナトリウムイオン専用の入り口が開く。この入口の蓋は二重構造になっていると考えられており、細胞表面に近い蓋が開く。細胞内部に近い蓋もともと開いており、ナトリウムイオンはすんなりと細胞内部に侵入していける。何しろ細胞内部はマイナスの電気状態なのでナトリウムイオンのプラスとは相性が良いわけだ。
プラスが一気に細胞内に入るので間もなく細胞内の環境はマイナスからプラスへと変化する。その変化を受けて、今度はカルシウム専用の入り口の蓋が開く。その時、ナトリウム専用の入り口の奥の蓋が閉まり、ナトリウムイオンは中に入れなくなる。
ちなみに各種イオンの出入り口のことを専門用語ではチャネルと呼んでいる。ナトリウムチャネルとカリウムチャネルという具合だ。
今度はカルシウムイオンが細胞の中に入ってくる。大した量は入ってこないが細胞内にあるカルシウムイオンの貯蔵庫に刺激を与えて、そこから大量のカルシウムイオンを細胞内に放出する。心臓の細胞は筋肉の細胞なので細胞を縮めるシステムにカルシウムイオンが働きかけて細胞が収縮し始める。
少し遅れてカリウム専用の出口が開く。カリウムは細胞の内側から外に向かって徐々に出て行く。カリウムはプラスの電気を帯びているので、細胞内部は徐々にマイナスの電気状態に戻っていく。
十分にマイナスの電気環境になると筋肉細胞の収縮が終わり、拡張していく。
細胞の収縮前とはナトリウムやカリウムの位置関係が逆転しているが、これはまた別の仕組みがあって、静かに元の位置に戻り、次の電線からの信号を待機する状態になる。
この辺りの表現を本文中では、登山道に穴が開いたり、閉じたりするという形で示してみた。
頻脈では、ナトリウム、カルシウムやカリウムの細胞内外の往来が通常より早くなるわけである。早い脈を打つ状態を本文では地震として表現した。
一方、電気信号が伝わるという表現だが、細胞の表面はプラスやマイナスに変化して、それが次々と隣へ伝わっている。これがプラスの電気が移動しているように見える。なので電気信号として伝わるという表現になるのだ。電線に相当する伝導路も同じような仕組みになっている。
③不整脈の薬
いろいろなイオンの出入りが早くなることが頻脈性不整脈の原因にもなるので、イオンの出入りを遅くする薬が不整脈の薬になる。まず1人めがラミドだった。
ラミド:
本名をジソピラミド。これはナトリウム・チャネルの外側の蓋を開きにくくする薬で、全体の収縮と拡張の周期を延ばして頻脈性の不整脈症状を治す。ナトリウム・チャネルに働きかける薬の集まりをⅠ群と呼んでいる。その中でも3種類あって、ジソピラミドはⅠa群と呼ばれる。Ⅰ群の中では中程度の強さを持っている。さらにカリウム・チャネルの蓋も開きにくくする働きも持っている。
一方で副交感神経という神経の作用を邪魔する作用も持っており、口の渇き、便秘、尿が出にくいなどの症状として現れる場合があり、これは副作用となる。また、まれに不整脈を治すはずの薬が、逆に不整脈を誘発してしまう場合もある。これを催不整脈作用と呼んでおり、不整脈の薬が大なり小なり持っている重大な副作用になる。
さらに血糖値を下げるインスリンというホルモンの分泌を活発にする働きも多少あるため、糖尿病の薬を使っている人では低血糖になる可能性がある。