夢と希望と幸せが詰まった二つの果実
奇跡を目にした事はあるだろうか?
普通では絶対に起こりえない、まるで神が関与したかのような出来事。
それはおよそ一年半前。
居眠り運転が原因の交通事故だった。夜九時頃、信号待ちをしていた女性に向かって、突っ込んできた車。その時、女性を助け、身代わりになって撥ね飛ばされた男性がいた。
彼は全身を強く打ち、普通なら助からない程の怪我を負った。
にも拘らず、彼は助かった。
奇跡というには些か足りないかもしれない。
しかし、そこには壮絶な人間ドラマがあって然るべきである。
今回我々は、この事件にスポットを当てて取材を試みた。
そして当時、実際に男性の処置を担当した医師に話を聞く事ができた。
「普通では考えられませんよ。彼はいつ亡くなってもおかしくない重体だったのに、救急車が来るまでの間、しっかりと意識を保っていたんですから」
もし奇跡が起こらなければ、彼はどうなっていたと思いますか?
「非常に言いにくい事ですが、当時の状況から考えれば、救急車が到着する前に息を引き取っていた可能性が高いですね」
それほどまでに彼は重体だったということですか?
「ええ。詳しい内容は控えさせて頂きますが、彼が日常生活に戻る事は、到底不可能だと思ってしまう程には酷い状況でした」
しかし彼は今、何の問題もなく日常生活を送れていますよね?
「だから奇跡なんですよ。臭い言い方をするなら愛の力ってやつなのかもしれませんね」
愛の力。
確かにそうなのかもしれない。
男性は今、自らが助けた女性と交際をしているのだという。
事故当時には面識もなかった二人が、どういった経緯で現在の関係に至ったのか。事故のあった日、救急車を待つ二人の間で何があったのだろうか。
我々は当事者である女性に話を聞いた。
「救急車を待ってる時ですか?特別な事はしてなかったと思います。あの時は無我夢中で、止血する為に彼を抱きしめていただけなんです」
抱きしめていたのですか?
人命救助の為とはいえ、戸惑いはなかったのですか?面識はなかったのですよね?
「はい……。どうしてそうしたのかは分からないんですけど、私のせいで彼が死んでしまうかもしれないと思ったら、どうしようもなく怖くなってしまったんです。それで気づいたら……。本当はあんまり動かさない方が良いらしいんですけど、偶然にも私の行動は多少の止血に繋がったみたいです。それから彼の気道が確保されたのも良かったんじゃないかと、お医者さんからは言われました」
なるほど。素晴らしい判断だったようですね。
救急車を待つ間に彼とお話はされましたか?
「話と言える程ではないですけど、泣いてしまっていた私に、大丈夫だよ。と笑ってくれました。どう見ても大丈夫そうには見えなかったんですけどね。でも、その時の表情とか声とかが、凄く穏やかで、優しくて……。逆に励まされてしまいました」
随分と人間ができた方なんですね。
「はい、そう思います。でもそれを彼に言うと、そんな事ないって否定するんですけどね」
謙虚なんですね。
それで、彼と交際に至った経緯なんかを聞きたいのですが?
「大した話じゃないですよ。お見舞いに行ったり、リハビリに付き添ったりしてる内に、彼の優しさに惹かれました」
告白はどちらから?
「――彼からです」
何と言われたのですか?
「えっと、それは……。私が傍にいれば何でも出来る気がするって……。だからずっと傍にいて欲しいって言われました」
ごちそうさまです。
愛の告白というよりも、プロポーズみたいですね。
はぁ。羨ましい。
さて、最後に実際に奇跡を起こした男性から、お話を伺いたいと思います。
「奇跡なんて大それたモノではないですよ。彼女や医療関係者の方々が頑張ってくれたおかげです」
なるほど。
では救急車が来るまでの間、どうやって意識を保っていたのですか?
生きているだけでも不思議なくらいだったと伺っていますが……。
「――それは彼女のおかげです」
どういう意味ですか?
「だってあんな可愛い女性に、死なないでって泣かれちゃったんですよ。男として死ぬわけにはいきませんよ」
まさに愛の力ですね。
「そうかもしれませんね」
どんな所に惹かれたんですか?
「やっぱり柔らかい所ですかね」
柔らかいですか?
「ええ。インタビューした時に感じませんでしたか?上手く言葉で表せないんですが、優しく包み込んでくれるような、そんな気持ちにさせてくれるんです」
彼がテレビから彼女の方へと視線を移せば、それに気付いた彼女と目が合い、微笑んでくれた。同じように微笑み返して再びテレビへと視線を向ける。
画面の向こうでは、未だに彼へのインタビューが続いている。
こうして見ると随分と恥ずかしいが、彼女が嬉しそうにしているので良しとした。
それにしても、あの交通事故が随分と美化されたものである。
あの時、車に撥ね飛ばされた彼は、このまま死ぬのだと思っていた。
背中に感じるアスファルトは随分と冷たく、身体から流れ出ている血が、自らの命のようだと彼は思った。目の前に迫っている死は、既に避けては通れない。
大した人生ではかったが、それなりに楽しかった。
両親や友達、会社の同僚達には申し訳ないが、どうやらもう限界が近い。遠のいていく意識の中、不意に身体が持ち上げられた。
ついにお迎えにきた。
そう思った。
しかし違った。
「お願い、死なないで……」
すぐ近くで聞こえる可愛らしい声と、頬に落ちた滴。
そしてなによりも、自らを包み込む柔らかな感触。
その正体を知った時、彼は息を吹き返した。
――ノーブラ。
この感触、この柔らかさ、そして丁度頬の辺りにある小さな蕾。
間違いようがなかった。
なぜ彼女はノーブラなのだろうか。
一瞬にして様々なパターンが彼の脳内を駆け巡り、途切れかけていた意識をクリアにした。
きっと風呂に入った後で、コンビニにでも出かける所だったのだろう。
彼女から香る石鹸の匂いから答えを導き出し、内心で頷いた。
しかし実際は理由なんてどうでも良かった。
なぜなら、今彼女はノーブラで、自分はその胸に包まれているのだから。
まさに奇跡である。
彼は思った。
――死ねない。
死んでたまるか。
一分でも、一秒でも長く、この幸せを感じていたかった。
死ぬのは彼女が自分から離れてしまった後でいい。
でも出来る事なら、いつの日か知りたい。
この幸せの大きさを。
EかFか、それともさらに上なのか……。
彼は自らの下種な考えを押し込んで彼女に笑って見せた。
「大丈夫だよ」
その時、初めて目が合った。
可愛らしい人だった。
好みのど真ん中だった。
弱っていた心臓が強く脈打ち、全身に血液を運ぶ。
同時に出血量も増えた為に、これに関しては逆効果ではあった。
しかしそれを加味しても十分な程に、彼の身体は生きようと足掻き始めたのは事実だった。
やがて救急車が辿り着き、病院に運ばれた彼の容態を診た医師たちは一様に驚いた。
奇跡だと。
そう、奇跡だった。
これはノーブラが起こした一つの奇跡の物語。
エロは命をも救う。
かもしれない。
好みはいろいろ。
私は胸より脚派。