はじめましてのごあいさつ10
明らかに気まずそうな表情で、視線を緋天の顔から少し外す、その男。
右手に持っているのは、暖色系でまとめられた可愛らしいブーケで、左手には水の入った手桶。ダメージ加工を施した細身のジーンズとポロシャツを身に着けた彼は、緋天の親族なのだろうか。明るい色の無造作な髪を見る限り、最近目にした司月や、隣にいる緋天の真面目な容姿とは、どこか一線を画している気がした。
声をかけられた緋天を見やると。
きゅ、と口元を引き結んでいる。
少なくとも、顔見知りのはずだ。彼の方は、そういった声の掛け方だった。それなのに、緋天の目は少しばかり険しく、彼の問いに答えようともしていない。知り合って日は浅いが、基本的に緋天は礼儀正しい部類の人間であるのに。
「緋天?」
大丈夫か、という意味も含めて、彼女の顔をのぞくと。
「・・・オレのことは気にしなくていいよ。そいつに嫌われてるんだ」
仕方ない、とばかりに声に嘆息を交えてそれを言う彼の言葉に。びくん、と緋天の肩が揺れる。
「っ、明日は来ないで!」
「分かってるよ。だから今日来たんだって。お前がいるのは誤算だったけどな」
ああ、泣きそうだ、と緋天の震えた声を聞いて思った。
実際にその横顔を見れば、目に涙をためて、必死で彼に立ち向かっていた。
明日、というのは何か特別な日なのだろう。緋天の叫ぶような要求に、先ほどと同じトーンで、心得ている、とばかりに答えたそれとは反対に、意地悪そうに追加された言葉には、どこか違和感を覚えた。
まるで、意図的に、緋天に嫌われようとしているみたいだ、と。
緋天が彼を更に嫌うように、誘導しているようだ、と。
握りこまれた緋天の拳に、そっと触れる。このまま二人を向き合わせておくのは、何となくだが、良くない気がした。墓参りにやってきたスタイルの彼は、緋天が墓石の前を譲らなければ、その花を供えることもできない。
「・・・緋天、行こう?」
硬くなっていた緋天の手を強引に開き、自分の手につないで、彼女を少し引っ張った。抵抗されるかと身構えていたが、緋天が素直に立ち上がる。
「じゃあ、私たちはこれで」
軽く頭を下げてから、つないだままの緋天の手を引いて、歩道に出た。こちらに会釈を返しもせず、男の方は、だだじっと立ち止まったまま。同じように黙り込んだ緋天は、若干速足になるのも構わずに、自分についてきた。
背中に彼の視線が突き刺さっている気がして、悔しいが、逃げるように足が動いてしまう。
「ふぅ」
完全に霊園を抜け出してから、ようやく肩の力が抜けた。同時に深く息をついたら、緋天の足の運びも緩くなる。
「えーと、あのさ、・・・さっきの人、知り合いだよね?」
「うん」
とぼとぼとした歩みになりながら、つないだ手はそのままに、緋天が答えを返し、そして、足元を見ながら口を開く。
「・・・明日、月命日なの」
誰の、とは聞かずともさすがに分かっていた。ぽつりと落とされたその言葉は、彼女の心情の端っこを、こちらに明かそうとしているように聞こえた。
「あの人には、来てほしくない・・・っ」
ふつ、と緋天の目の縁に、水玉が浮かんで。
アスファルトの上に、それが落ちていくのを目で追った。




