はじめましてのごあいさつ9
「緋天はいつか変な男の人に騙されないか心配だなぁ」
ふわりとウェーブを描く髪と、つるつるした淡いピンクの爪の先。近寄ればどことなくいい香りがする彼女のことを、父とは幾分歳が離れているせいか、叔母さんと呼びかけるには抵抗があった。小さいころから、きれいなお姉さんであると認識していたせいか、理子お姉ちゃん、という呼び方が定着していたのだ。
「騙されるって?」
「うーん、緋天が好きになった人が、悪い人の場合ね、お金とか取られたりね」
「そんなことないよ、悪い人のことなんて好きにならないよ!」
「そうかな、心配だわぁ・・・あ、でもしーちゃんがいるから大丈夫かな」
そうやって。
ふふ、と柔らかく笑っていた彼女が、少し乱暴な口調の男と暮らし始めたのは、その頃だったように思う。小学校の卒業式を終えて、そのお祝いにと彼女がプレゼントを持って訪れた時の会話だった。もらったばかりの、大人びたデザインの腕時計を身に着けて、叔母の家に遊びに行ったら、彼と鉢合わせしたことがあったから。今思えば、彼女自身のことを背景に、そんな事を口にしていたのではないだろうか。
「・・・またぼんやりしてるな!」
唐突にかけられた声に顔を上げたら、すらりと伸びた足が目に入った。昼下がりの陽光に反射する白い頬と、いたずらを仕掛けたように輝いている目。彼女は頭のてっぺんから爪先まで美しい。
「い、ちむら、さん」
いつかと同じように、すとん、と隣に京子が腰を下ろした。
「課外授業の報告した?」
こちらに顔を向ける彼女に、首を振れば。
彼女は笑顔で墓石に向かう。
「んもう、緋天はのんびりだねぇ。理子お姉さん、課外授業は無事に終わりましたよ」
一泊二日の課外授業は、いつもの下校時刻よりも二時間ほど早く解散となった。学校帰りにそのままここに寄ることを、きっと彼女は見越していた。
「えーとね、昨日の夜、緋天がちょっと危なかったけど、ちゃんと私が助けたから、安心してくださいね! あとね、ご飯作るの楽しかったな。特に緋天がゼリー作ったのはすごいなって思いました」
昨夜も思ったが、彼女は生命力の塊のようだ。きらきらとした笑みを、惜しげもなくこちらに見せて、それが眩しいと感じるくらいに。合わせていた掌をそっと外して、今度はお前の番だと彼女の視線が促してくる。
何故だろうか。
墓石に体の正面を向けて、少し背筋を伸ばしたら。
「・・・昨日、ほんとはあの子達に、違うよ、って言いたかったの」
昨夜から胸の内で燻っていたものを、声に出すことができた。
手を合わせて、目を瞑っているからか、隣の京子の反応もあまり気にならない。
「キレイな子とか、地味な子とか、見た目が似たような人だけで仲良くする、ってのは、違うと思う」
それは、友達じゃない。
ただの分類だ。容姿による分類。
彼女の見た目は、極上だった。今までにも、美人だったり可愛いと称される同級生や、先輩後輩を見たことはあるが、その中でも群を抜いて彼女は美しいと思う。京子はそういった称賛に慣れているからこそ、昨夜、怒ったのだ。評判が落ちる、といった言葉に対して。
きっと、そんなもので自分や周囲を括りたくない、と人一倍感じてしまう環境に、彼女の意思など関係なく置かれてきたのだと思う。その美しい容姿が原因で。
目を開けたら、京子が嬉しそうに微笑んでいた。
「・・・市村さんは、すごくきれい」
思わずこぼれ落ちた言葉は、京子の目を丸くさせた。
何故彼女が、自分を気にかけてくれるのかが分からなかった。クラスで浮いていることは自覚しているが、それを改善しようとする気力がない今は、周囲にとっては、ただただ面倒な人間のはずなのに。
「迷惑かけて、ごめんね」
「それは何でそう思ったわけ?」
眉を少しだけ寄せて、笑みを消した京子がこちらを見据えている。
「だって、・・・もったいない」
彼女のような美しい人が、自分に時間をかけてくれることが。ものすごく、惜しいことのように感じてしまう。
「・・・んー、ちょっと分かんない、けど。いや、何を気にしているかは分かるけど」
言葉を探すように言い淀む彼女の、その仕草すら、とてもきれいだと思う。
京子の唇が、もう一度開こうと動くのを目に入れた、その時。
「あー、・・・友達か?」
ため息交じりの声と。
脱色された長めの髪の、彼。
京子の体の向こうに、手に小さなブーケを下げた男が見えた。
まだ続くのですが、ストック切れのため、番外編の毎日更新はしばらく休みます




