はじめましてのごあいさつ7
とんとんとん、と若干ゆっくりとしたリズムであったが、乱れることなく、たまねぎがスライスされていくのを見守って。
「いやー・・・まさかの・・・お料理できる子であった」
「うんうん、お米とか洗剤で洗っちゃうタイプかと・・・」
包丁を握る緋天を横目で見つつ、ついこぼした本音は、カレールーの箱を開ける隣の女子に拾われた。今日一日、緋天の様子を伺いながら言葉を発する彼女は、全くの無害。幸運なことに、至って普通の感覚を持ち合わせた生徒だった。緋天の無口さも、その表情の暗さも、何らかの理由があるのだと察してくれている。
「河野さん、上手だね、えらいね」
切り終えたたまねぎをザルに移した緋天の頭を、遠慮がちに撫でる彼女が同じ班で良かった、と。ほっと息を吐く。
「お、照れてる? ほっぺた赤いぞ!」
「ほんとだー」
褒められたことが引き金だったのか、白い頬を赤くした緋天を発見して、思わずそこをつついてみる。そうすると、耳まで赤く染まった。
「うーむ、実はこの中で一番うまいんじゃない? 見てよ、うちらがぼんやりしてる間に、カットされたこの野菜の山」
「あはは・・・」
調理台から少し離れた広場では、同じ班の男子生徒三人が、ようやく火を熾し始めている。
緋天の手元のたまねぎで、下準備は完了だ。小学生のようにじゃれ合いながら作業をする男達を見る限り、まだ炒め始める段階に入れないようで。
「時間余りそうだね」
こちらの視線につられたのか、隣の彼女も彼らを見やって苦笑する。
「ほら、あっちの班なんか女の子もふざけてるから、全然進んでないよ」
「ほんとだ、ここは優秀だねー・・・って、えー! 緋天、何してんの?」
手持ち無沙汰の女子二人を放置して、もくもくと手を動かしていた緋天を振り返ると、ヨーグルトをボウルに移している。
「それ、カレーの隠し味に持ってきたやつだよね?」
「うん、そうだけどさ・・・」
食材はそれぞれが分担して持ってきているのだが。何を隠そう、ヨーグルトは絶対入れるものだと思ってそれを持ってきたのは自分だ。大きなパックの全てカレーに入れるわけにはいかないので、余った分は皆でデザートに食べればいいと思っていたのだけれど。
「あ、それ、誰かが持ってきた桃缶?」
カレーに入れる分のヨーグルトをきちんと残して、緋天の手はフルーツの缶に伸ばされる。こういった集まりで必ず出てくるのが、ノリで持ち寄られる食材。単品で食べられるだけ、この班の男子はまともだろう。
「・・・調味料のところにゼラチンがあったの」
緋天の手の動きが全く分からない、という思いが伝わったのか、彼女の遠慮がちな声がやっと聞こえた。あまり答えになってないが、一応、目的を教えてくれているらしい。
この課外授業が行われているキャンプ場は、調味料を貸し出している。中央の調理台に置いてあるから取りに来い、と。怪我への注意と一緒に、体育教師が大声で生徒に言い渡していた。
「えーと、ゼラチン、ってことは、ゼリー作ろうとしてる?」
「うん。・・・ヨーグルトも余っちゃうし、そのまま食べるよりはいいよね・・・?」
自分には分からなかったが、隣の彼女には、緋天の言葉で理解できたらしい。嬉しそうに緋天に問いかけて。当の緋天は、こちらの顔色を伺うようにして答えている。
「あのさ、ちょっと私にはお料理スキルが足りないみたいなんだけど・・・ゼリーって作れるの?」
「うん」
「やったー、京ちゃんに勝った気がする!」
こくり、と頷く緋天。その横で飛び跳ねる彼女。
「つまり・・・ヨーグルトの残りと、その桃缶から・・・ゼリー? すごくない?」
「えらいね、河野さん、えらいね! あはは、京ちゃんの顔!」
「ちょ、意味わかんない! どうやって作るの? 手伝う!」
「あたしもー!」
何か良く分からないけれど。
女子特有の、きゃあきゃあとした雰囲気に包まれて、楽しいと思ってしまう。ああ、これで良かったんだ、と。緋天が戸惑いながらも、ぽつぽつと言葉を発してくれるのを見て確信した。
「あれ?」
暗闇の中、盛大に燃えている焚き火を囲んで。
同年代の男女の騒々しい声が、山の中にあふれていた。
食後のお楽しみであるキャンプファイヤーの時間。自分たちのクラスの出し物である、歌の披露も無事に終わり、他クラスのよく分からない演劇が、火のそばで繰り広げられているのだけれど。トイレから戻ったら、緋天の姿が見当たらなかった。
つい先ほどまで、自分が座っていた場所の横にいたのだ。
トイレにいく為に、ジャージの上着を彼女に預かってもらったのだが、きちんと畳まれたそれが、座っていた場所に置かれている。
ざっと辺りを見渡しても、彼女が見当たらない。
「ねえ、緋天知らない?」
少し離れた場所にいた、三人組のクラスメイトでもある男子に問いかける。
「え? 緋天って・・・あー、河野さん? 市村さん、一緒じゃないの?」
「うん、さっきまで一緒にいたんだけど、トイレに行ってたから」
列を作って座っているわけではなく、各自、自由にグループを作って座っているせいか。
それとも、健全にレクリエーションの時間を楽しんでいるせいか。
「あっちの女子は?」
「あー、聞いてみる、ありがと」
明確な答えは返らず、右隣に固まっている女子を示される。
「ねぇねぇ、緋天見なかった? ちょっとトイレに行ってたんだけど、戻ったらいなくてさ」
数人は他クラスなのだろう、知らない顔が混じっている五~六人の女子達。
楽しそうに炎の方を見ながら話に花を咲かせている彼女達に声をかけると、その内の一人が副委員長だった。
「河野さんいないの? 誰か見た?」
瞬時に反応した彼女の表情が硬い。
自分と同じく、嫌なパターンを想像しているのだと思う。心臓のあたりが、ぎゅ、と何かに握られているようだった。
「ん~? 河野さんってどんな子だっけ?」
「あたし、知らないな~」
「さっきまで京ちゃんと一緒にそっちにいた、大人しそうな子! 見てない!?」
のんびりとした反応を見せた二人に、細川が若干焦った声を出す。
何か様子がおかしいと悟ってくれたのか、周りにいる彼女達が静かになった。
「あ、あたし見たかも・・・」
「いつ?」
確信はなさそうだが、そう声を出した彼女に、思わず勢い込んで聞いてしまう。
「さっきまでそこにいた子だよね? 誰かは分かんないけど、三人くらいかな? 女の子たちと一緒にあっちの方に歩いてたよ」
「あっちって・・・?」
彼女が伸ばした人差し指の先を見やると、炊事場の方向。
もうとっくに食事の後片付けも済んでいて、誰も用がないはずなのに。
「京ちゃん、あたしも行くよ」
「うん、悪いけどお願い」
すっと立ち上がった副委員長に、もう一人のクラスメイトが、眉根を寄せる。
「細ピー、もしかして、この間言ってたこと? 先生呼んでこようか?」
「待って! もしかしたら違うかもしれないし、ちょっと待ってくれる? 先に確認だけしたい」
きっと細川に概要は聞いているのだろう。
自分たちの様子に、事態を察した彼女が密告を申し出たけれど、それを断った。誰が悪で、何をしていたかを、この目で見て確かめないと、教師に上手く説明できない。おまけに、味方になってもらえるかも分からない。
「分かった。とりあえず、あたし、他の達にも聞いておくよ」
「よろしく」
何事かと顔色を変える他クラスの女子に混じって、不穏な会話を交わし、三人で視線を合わせる。
まだそんなに時間が経ってないから、大丈夫なはず。
そう自分に言い聞かせ。
炎を背にして、炊事場へと足を向けた。




