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気象予報士 【番外編】  作者: 235
はじめましてのごあいさつ
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はじめましてのごあいさつ6

 そよそよと頬を撫でていた風が、ふいに止んだ。

 同時に、視界の右端、芝生の上に影。あ、と思って顔を上げると。

「食べる?ポッキー」

 京子が口に細いそれをくわえて、こちらを見下ろしている。

「はい、あーん」

 返事をする前に、にこりと笑いながら差し出されたそれを。条件反射で口を開けて受け入れてしまった。口の中に広がる甘みは、何故だか肩に入った力を解放する。

「おいし?」

「うん」

 ぷっ、と彼女が噴出して。その勢いのまま笑い始めた。

「あははっ、河野さん、食べてる顔、なんか小動物みたい!!」

 楽しそうだな、と思った。自分が笑われているのだけれど、不思議とそれを嫌だとは感じない。

「・・・」

 ひとしきり笑ってから、京子が隣に腰を下ろす。

 何となく、そんな気がしていた。彼女がこの場にいるのは、他ならぬ自分に用があるのだと。

「えーと、今日は、来週の課外授業のことが、いくつか決まりました。うちのクラスは、芸術科目の選択が音楽なので、合唱します。なぜか八十年代の歌謡曲です、意味わかんないけど、まあいっか、と思いました」

 自分に向かって何かを言われるのだろう、とそう思い込んでいたから。

 京子の顔がまっすぐ墓石に向いていることに驚いた。

「日曜に買い物行こうかなぁ、と思ってます。おやつも買わないとだし」

 晴れやかな笑顔でそう話し続ける彼女の。

 明るい声が止まって、何か文句でもあるのか、とでも言いたげにこちらを見ていた。

「・・・あの、」

「これが本当のお墓参りだよ。河野さんのは、理子お姉さんが心配するだけ」

「だって、あの、」

 叔母の名前まで出されて、とにかく何か言わなければ、と思うのに、先が出てこなかった。

「なんか報告することないの?」

「・・・報告?」

「あ~もう」

 いきなり聞かれたそれに、ただ同じ言葉を返すだけになってしまって。それに対して彼女が心底呆れたように息を吐いた。ああ、怒っているのだろうな、と少々後ろめたい気持ちになったのだけれど、これでもう、京子は自分に構おうとはしなくなる。

「緋天!!」

「っっ」

 呼ばれた自分の名前は、怒り声ではなく、笑みを含んだもの。

「今日のお昼ご飯、なんだった?」

「えっと、鶏のから揚げ」

「うんうん、あれ、美味しそうだったねー、他には?」

「卵焼き、と、ほうれん草の胡麻あえ、トマトと、りんご」

 昼休み、隣でお弁当を広げていた彼女に、自分の食べたものが見えていたのだろう。分かっているのに、何故それを今言わせているのか。

「美味しかったでしょ?お母さんが一生懸命作ったんだから」

「うん」

「美味しいもの食べたら、幸せでしょ? ほら」

「うー、うん・・・」

 先程差し出されたのと同じように、また口元に一本。これまた同じように口を開けて。

「ねー、理子お姉さん、今日の緋天はいっぱい美味しいものを食べてます。あ、理子お姉さんにもあげるね」

 にこりと笑いながら、京子の手が墓石の前に手に持っていた数本を置いた。

「そうだ、日曜一緒に買い物行かない?」

「・・・」

 意外にも、というと失礼なのだけれど。

 丁寧に両手を合わせて、数秒、何か瞑想でもするように目を閉じたその、横顔。

 先日感じたように、きれいだ、とそう思った。

「緋天」

 ぱち、と目を開けて、問われたそれに。

 沈黙を返してしまったにも関わらず、促すように再度自分の名前が呼ばれる。

 行かない、と言うのは簡単だったはず。

「行、く・・・」

「そうこなくっちゃ!!」


 輝くばかりの、その笑顔。

「じゃ、今日はこの辺で。さー、帰ろう」

「えっ」

 つられてしまったのか、口元が彼女と同じように綻んでいたのに気づいたのは、すっと立ち上がった京子に右腕を引っ張られたからだ。

「もう夕焼けだよ、ほら」

「あ、・・・うん」

 重い体は、京子の助けで割と楽に立ち上がることができた。

 墓石の向こう側に、確かに赤い空が見える。

「はい、じゃあ挨拶! 理子お姉さん、さよーなら。明日もまた来るね」

 ぺこ、と上半身を折り曲げた彼女は、そのままこちらを向いて、同じ事を求めた。

「緋天、ほら、挨拶しないと」

「え、・・・あ、・・・明日もまた来るね」

「・・・うん、まいっか」


 一瞬、何か言いたげに、彼女の口が開いたのだけれど。

 すぐにその目が優しく笑った。京子に微笑まれると、どうしてか、嬉しい。


「あ、出たな、シスコン兄」

 柔らかな手に左手をつながれて、墓地の入り口まで歩いたところで。

「っ、・・・えっと、緋天?」

「お兄ちゃん」

 そっと外されたぬくもりは、そのまま背中を、とん、と押した。

 ほんの少し、足がもつれて。正面から抱きとめた兄の困惑げな声に答える間もなく、後ろを向くのが恥ずかしいのも手伝って、何となくそこに留まる。

「緋天・・・ああ、ちょっと嬉しすぎるんだけど・・・どうかした?」

「うわ、ほんとにシスコンだよー・・・、あ、今日は特に何も」

「・・・そっか。緋天? 帰るよ。市村さん、ありがとう。気をつけてね」

「あー、もったいない・・・緋天、じゃあね、ばいばい」

 ぎゅ、と抱きついていたのに、兄の腕がくるりと体を反転させた。

 挨拶をしなさい、と口に出さずとも、そう言われているのは分かっていたから。

「・・・ばいばい」

 先程は言えなかった、別れの言葉を音に出す。

「ふふ、可愛いなぁ、もう。じゃねっ」


 鮮やかだ、と魅入ってしまうほど。

 きれいな笑顔を浮かべてから、長い足で素早く駆けて行った。


「・・・まさかとは思うけど、緋天、狙われてないだろうね?」

「え???」

「いや、いいよ、こっちの話。可愛いのは確かだ」

 頭の上で満足そうに頷いた彼の目線は、もう小さくなっている京子の背中に注がれている。

「・・・日曜日、市村さんとお買い物、行く」

 そのまま優しい笑みで見下ろされて、先程誘われた事を口にした。

「えっ、どこに? 何買うの?」

「課外授業の、お菓子とか・・・同じ班なの。どこ行くかは分かんない」

 軽く見開いた目は、自分の答えに嬉しそうに笑う。

「そっか、良かったね。市村さんが同じ班なら安心だ」

「うん」

 喜んでくれると思っていた。友達と遊びに行けるほど、元気が出たとそう思ってくれると。

「市村さん、緋天って呼んでたね」

「うん」

 笑顔のまま、確認するようにそう言われて。

 頭のてっぺんを、くしゃりと撫でられ、こちらも口元がほころぶ。

「帰ろうか」

「うん」

 繰り返し、兄の言葉に頷くだけだったけれど。

 体の奥が、どこかぼんやり、温かかった。



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