はじめましてのごあいさつ5
「きょーうちゃんっ」
六時間目のロングホームルーム。来週に迫った一泊二日の課外授業の説明を受け、クラスでの出し物を無事に決めたところでチャイムが鳴った。そのまま解散となり、いつもより十分早く帰れる、と帰ろうとして。
声をかけてきたのは、副委員長の細川。
「なに、細ピー」
「いやぁっ、細ピーって中学時代の仇名! どこで知ったの!?」
「ふふ、さる情報源からね」
体育の時間に、隣のクラスの女子からそう呼ばれていたのを耳にしていたのだ。ひとしきり女子高生らしくはしゃいでから、ふ、と彼女の顔が真面目な表情になる。
「・・・あのさ、河野さんのことなんだけど」
ひそめられた声が、個人名を紡ぎ出す。
周囲を見わたすと、本人は見当たらない。既にクラスメイトの半数以上が、教室からいなくなっていた。
「ちょっと・・・中庭行こうか」
誰に聞かれるか、分からない。彼女の顔から、真面目な話だと悟ったからこそ、人目につかない場所に移動したくて。ここから出ることを促す。
素直に頷いた彼女と一緒に、中庭のベンチへと移動した。
葉桜になりかけた桜を見上げてから、細川の口がゆっくりと。
「気分悪くなる話、するよ」
「うん」
トーンを落として、そんな言葉。
「・・・河野さん、いじめのターゲットになりかけてる」
「うん。誰?」
耳に届いたそれに、特別驚く要素はなかった。
腹は立つが、高校生になり立ての男女の集まりだ。いじめだとか、そんな事が起こりえないなんて、とてもじゃないが断言できない。ひどいものに発展するかしないかは、この集団の中に、どれだけまともな人間がいるかどうかにかかっている。それだけだ。
「それらしい事しそうな子、見た目で判断しちゃっていいよ」
「ああ・・・うん。分かった」
一年生のクラス分けは、文系理系や成績順では振り分けられない。
単なる、芸術系の科目の選択肢による振り分け。成績もバラバラな40人がひとつのクラスに集まれば、こんな風に馬鹿なことが起こるのだと、偏見だったが、そう思った。
もし成績順に組分けがなされていたなら、緋天がくだらない人間の被害に遭う確率は格段に減っていただろうに。頭がいいものは、大抵、常識や協調性を身につけている。表立ってわざわざ誰かをいじめようなど、捻くれた考えを起こす人間は少ない。
「半分は、私のせい」
「え、何で?」
思い当たる事が大有りだ。
昨日、トイレで起こった一悶着。それを根に持ったあの女子達が、緋天をいじめようと言い出しているのだろう。この自分を相手にすれば、勝ち目がないから。
不思議な顔をする細川に、どうせだからと、手短に話す。
教室に戻った時に、苛立っていた自分を目にしていた彼女は、納得したとばかりに頷いた。
「あの子達さ、影でこそこそ仲間増やそうとしてるんだけど。やっぱり戸惑っちゃう子の方が多いみたい。今日だけで三人、どうしようって言いに来た子いたもん」
「あ、割とまともな子の方が多かったか・・・細ピー、信頼されてんじゃん」
「いやぁ、照れるわ・・・って、これは置いといて。男子はちょっと一部がヤバいの」
ざわ、と風に煽られた枝が揺れる。
同時に、その音が心臓の近くで鳴った気がした。
「ほとんどがね、くだらね~って、我関せずな感じ。でも、あの子らと仲いい男子が、なんかやらかそうとしてるかも。これ、まだ勝手な推測だけど」
「あー・・・なんかさ、ほんと分かりやすいね。バカだね」
「うん。馬鹿だね。もうちょっと頭使えばいいのに」
くす、と笑って肩をすくめる彼女。
この言いようのない気持ちを分け合っている彼女が、随分と頼もしい。
「細ピー、情報収集してくれたんでしょ、偉い」
「まぁね、副委員長ですから」
ひとりの女子がいじめられようとしているのを、止める気でいる。
信用できるな、と思って、しばらくどうすべきかを相談しようとしたら。
「でさ、ちょっと情報収集ついでに、河野さんのこと、同じ中学の子に聞いたの」
「でかした!」
仕事が速い、となると、もういよいよ彼女の気質が気に入った。
決して興味本位などではなく、本気で緋天の事を気にしているからこその、その行動。
「4組のね、美佳ちゃんて子。中三の時、同じクラスで仲も良かったって。で、すーごい心配してた。春休みに親戚が亡くなっちゃって、河野さん、それ以来、あんな風に落ち込んだまんまみたい」
「うん、その美佳ちゃんは、他になんか言ってた?」
自分の予想通り。
この目で見てきた材料で判断した、緋天の元気がないその理由。
「高校に入ってからも、春休みの時と変わらないから、クラスで浮いてないか?って。せめて自分が同じクラスなら良かったのにって」
「あちゃー、やっぱ悪い意味で目立っちゃうか・・・」
「うん、あれだけ元気がないとね」
浮かれている同級生達の、その中で。
何をしても元気のない緋天の異常さに、環境に慣れ始めた人間がぽつぽつ気付く。あの暗いのは誰だ、そう言って、影でからかいの対象になる事は必至。
「とりあえずさ、班割りはしばらく私と一緒だし。細ピーは、野郎共の監視、引き続きよろしく」
いざとなったら、担任に言うしかないな、と思ったが。
担任の性格を見極めてからでないと、下手に騒ぐと事態が悪化する。泣きつく大人は、選ばなければならない。幸運にも、出席番号順で並べられた机は緋天と近く。その延長で分けられた、来週の課外授業用の、男女混合の六人グループも、緋天と同じだった。四六時中くっついていれば、そうそう馬鹿な真似はできないだろうと思う。
「うん。あと女の子達も、できるだけまとめておくよ。馬鹿な子に感化されないようにって」
「お、さすが~。お主も悪よのぅ」
「うふふ、京子さま程ではございませんわ」
ふざけあって、同時にため息を吐いて。
ああ、やっぱり女子高生ってのは悪くないな、とそう思う。この楽しさに、緋天を混ぜて一緒に笑って欲しい。
彼女本来の優しさは、あのハンカチを差し出された時に、とっくに気付いていた。それから、司月と名乗った兄がああやって心配するのは、それだけ緋天が愛しいからだ。そんな子と、仲良くなれない訳がない。
「よし、じゃあこの集まりを、河野さんをきゃぴきゃぴにする会と名付けよう」
「っあはは、女子高生らしく?」
やれる気がする。味方もできた。何たって天下の女子高生だ。
「そう、女子高生だからね。楽しくしなきゃ損。お兄様にも頼まれてるし」
ぷっと吹き出した彼女に、言葉を繰り返す。
「え!? いつの間に?・・・かっこ良かった?」
「うん、中々だったけど、極度のシスコンだった」
「えー!何それ~!? 見てみたいなぁ」
もったいない、と朝の司月を思い出しながら、笑い混じりに立ち上がる。
「では、細ピー隊員。私は一足先に失礼するよ」
「あっ、ずるい。あたし部活行かなきゃ。京ちゃんも早く決めなよ?」
背中にかかる声に、手を振ってから。
足は昇降口へ。
行き先は、決まっている。家じゃなくて、あの墓地に。
きっと、緋天がいるはずだ。




