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気象予報士 【番外編】  作者: 235
はじめましてのごあいさつ
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はじめましてのごあいさつ4

 唇を噛みしめて、悲痛な声がもれないようにして。

 はらはらと、彼女の目から涙がとめどなく零れ落ちていく。


 それを。

 その様子を、見ているしかない自分が、たまらなく嫌だ。彼女がこうして通いつめる墓石の、その対象となる故人の名前が分かったくらいで。自分が口にした、彼女を動かそうとした言葉が、随分と他人事だったのだと痛感した。

 そう、これは他人事だ。

 緋天にとっては、ものすごく重い死であったのだが、その彼女にこんな墓参りをやめろと言う自分にとっては、他人の死であって。どうあっても、軽い言葉としてしか響かないのだ、と。泣き続ける彼女を見て、そんな事にようやく気付いた。


「・・・暗くなっちゃうよ」


 なんだか、ひどく。

 彼女の泣き顔を見ていて、こちらも悲しい気持ちになってしまって。

 夕焼けの色だけが、優しいものに思えた。けれど、もうすぐ暗くなる。それを思って、ぽつりと出した言葉。黙って緋天の涙を見続けて、もうどれくらい経ったのだろうか。


「うん・・・」

「っ、帰ろう。送る」


 小さな小さな声で、彼女が返事をした。

 それだけで、とても嬉しかった。悲しいけれど、嬉しかった。


 緋天自身、どうしたらいいか判らないのではないだろうか。そう思ってしまうくらい、行き場のない悲しみが、ずっと彼女に纏わりついている気がしたのだ。

 ゆっくりゆっくり立ち上がって、墓地の入り口へ向かう緋天の。背中を一瞬見て、横に並ぶ。どうすれば、彼女は深い悲しみから這い上がれるのだろう。このまま高校生活を続けても、心無い人間の行為できっと彼女は潰れてしまう。


「緋天」

「あ」

 そろそろ墓地を抜ける、というところで、静かな声が耳に届いた。顔を見るのは、これで三度目の彼。思わず上げた声に、彼が自分に目を向ける。

「・・・えっと、友達?・・・この間・・・」

「はい。同じクラスの市村京子と言います」

 正面から自分を見て、困ったように目を細めた。自分が、緋天に対しての害になるかどうか判断しているようでもあった。先日、同じ場所にいたことも気付いている。

「もう遅いから一緒に帰ろうかと・・・でも、お迎えに来たんですよね?」

「ああ、・・・うん」

 彼女の濡れた目は、もうとっくに彼の視界に入っていた。自分から緋天へと再度目を移した彼の眉が、ほんの少し寄せられて。けれど、何かを問うような気配もなく。

「緋天、帰ろう」

 優しい声を出しながら、彼は受動的な緋天の背を軽く押して、帰ることを促す。

 その光景を見て、彼がいれば大丈夫なのだろう、と。

「じゃあね河野さん、ばいばい」

「うん」

 手を振れば、元気はないが頷いて反応してくれる。

 心配、という表情を全面に出した彼にも目礼をして見送る。肩を並べて歩いていた二人が、自然と手をつなぐのが見えた。

 自分と、彼女の間にはない、強い絆も。





 記憶がない、と。

 叔母の病状を詳しく聞いたのは、病院から逃げるように家に帰った、次の日。

 頭では分かったつもりだった。ただ、気持ちがついていかなかった。彼女の元に再び行くのは、怖くてたまらなかった。

 今日は行かない。

 今日も行けない。

 一日、二日、三日、と。一緒に行こうと誘う家族を見送る日々を重ねて、一週間後。


 息を引き取った。

 会えないまま。

 亡くなる前日に、記憶の戻った彼女が会いたい、と口にしたそれに応えられないまま。



「・・・緋天。緋天、朝だよ」

「ぁ、・・・っ、お兄ちゃん・・・」

 夢が唐突に終わる。目を開ける前に、耳に届いた優しい声にほっとして。

 何の夢を見ていたか分からないが、怖かった、という空気が全身に纏わりついている。

「うなされていたよ。・・・起きられるかな?」

 額に浮いていた脂汗を、シャツの袖でそっと拭われる。背中を支える腕に甘えて、体を起こしてもらった。自分の部屋のベッドの上にいる、と。ようやくそれを実感して、肩から力が抜けていった。

「・・・甘えたさんだね、僕としては嬉しいけど」

 昔のように抱っこをしてもらっているような。

 そんな感覚が恋しくて、体重を預けたままにしていたら。頭を撫でながらも笑われる。

 もうそろそろ着替えて学校に行く支度を始めなければいけない、と思うけれど、中々体を動かす事ができなかった。それを理解して待ってくれている兄に、ようやく笑顔を見せる余裕ができる。

「起きる・・・」

「よし、いい子だ。今日はイチゴがあるよ」


 誰かに手を引っ張ってもらわないと、うまく前に進めない。

 早くそんな状況から抜け出さなければ、ともがくのに、今はまだ、甘えていたかった。そうしないと、怖くて縮こまりそうになるから。





「おはよーございまーす」

 今日もお見送りか、と。ダークグリーンの車を校門のところで見つけて、自分で近付いた。びくびくと怯える動物を一生懸命撫でているような、そんな雰囲気で、彼は緋天の頭に手を置いていた。

「あ、市村さん、だっけ。おはよう」

「・・・おはよう」

 彼の言葉に続いて、緋天が小さな声を出す。昨日の事を気にしているのだろうか、遠慮がちなその反応に、少々強引だったかな、と反省した。

「昨日はきちんと挨拶できなくてごめんね。緋天の兄の司月と言います」

「っええ!? お兄さん!?」

 にこ、と。

 笑顔を浮かべて自分を見る彼が、軽く頭を下げる。

「え、いや、あの、その・・・彼氏かと思ってました」

「ああ、うん。よく勘違いされる」

 自分にとっては衝撃の事実、だ。

 その、勘違い、とやらを少しも嫌だと思っていない笑みで返事をされた。

「・・・シスコン、って言葉、知ってます?」

「なんだかトゲがあるなぁ・・・美人なのに。ね、緋天」

 くすくすと笑いながら否定すらしない彼に、本物だ、と思ったのは、声に出さないことにした。その柔らかな視線を向けられる当の本人は、きょとん、とした表情。

「あ、そろそろ行こっか」

「うん・・・」

 素直な反応に気を良くして、兄だと名乗った彼に頭を下げる。

 そういえば、目元が少し似ている気がする。人畜無害な笑みも。

「よろしくね」 

 よろしくと言うその対象は、緋天なのだと。もう分かっていた。

 落ち込んで、外部との接触を何ら気にしていない彼女を、せめて好奇の視線に晒さないでくれ、と。頼まれている気がした。そうされる理由は、自分が緋天を気にかけているという事が悟られているからだ。彼の視線が随分と親しげなものになっていて。


「任せて下さい」


 答えたそれは、何か、自分の中で大きな活力を生んだ。

 ぼんやりとした様子の緋天の左手を、無許可で自分の手の中に入れて、昇降口に向かう。足取りが軽くなったのが、自分でも良く分かった。



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