はじめましてのごあいさつ3
「・・・うーん、部活か・・・」
「京ちゃん、どこ入るの?」
帰りのショートホームルーム。
担任のやる気のなさそうな声が、そろそろ所属する部活を決め、提出し始めろ、と。そう告げて、解散となった。まだどの部活も見学時期なのだが、早々に入る所を決めている人間は、もう既に通常の部活体制へと移っている。
「運動部はパス、活動日が多い文化部もパス」
「えー!何で!? 中学の時、バレー部だったんでしょー!?」
斜め後ろの席の副委員長が大声を出しながら、目を丸くしていた。初日の自己紹介で述べた、中学時代の部活を覚えている事にこちらが驚いたのだけれど。
「あー、私には日本の体育会系のノリが合わないんだよね。できるならバイトしたいし」
「うはぁ・・・なんか分かるような分からんような・・・そっかぁ、でも京ちゃん運動神経いいからさ、先輩方もがっかりしてんじゃない?」
彼女のその言葉に、ここのところほぼ毎日、勧誘しにくる先輩達を思い出した。その中には、純粋な戦力としての勧誘以外にも、マネージャー、という立場も多く。それが、この自分の容姿のせいだ、とクラスメイトの間で囁かれているのは充分自覚している。
「大丈夫だって、それよりさ、必修日だけ活動してるとこで、どっかいいとこ知らない?」
「えっとね・・・不良の溜まり場系クラブは除くとしたら・・・週一程度で活動してるのは、パソコン部、英語部、調理部、手芸部、写真部、書道部、文芸部、茶道部・・・ってとこみたい」
各部の説明が書かれたプリントを出してきて、わざわざ説明してくれる。
根っからの委員長タイプらしい。
「へぇー、結構あるね。んじゃ、今日はその辺見回ってみるよ。ありがと」
今日は必修クラブの日なのだ。担任も見学を示唆していたに違いない。
椅子から立ち上がり、彼女に礼を言ってから廊下に出る。各クラスの生徒達が同様に教室から出て廊下は混雑し始めている。その中で、下駄箱方向へ向かう後姿を見つけた。
「あ・・・帰っちゃうのか・・・」
昼間に微笑を見せた彼女だけれど、やはり気になってしまう。
中途半端に事情を知ってしまったからこそ。
もしかしたら、彼女は既に部活を決めているから、帰っているのかもしれない。反応が怖くて、引き止める事はしなかった。
――― ごめんね、せっかく来てくれたのに・・・誰だか判らないの。
白いベッドに上半身を起こした叔母が、そう言って。
怖かった。一歩、後ろに下がった。
――― ごめんなさい・・・何で、っ何で忘れちゃうんだろうね、名前が出てこない!
唐突に泣き出して、大きな声を出して取り乱した。
目を背けた。
父が叔母の背を撫でて、落ち着かせてからも。まともに彼女を見れなかった。
「・・・ん、なさい」
いつものように、墓石の前で謝罪する。
誰も答えはしないけれど、それでいいのだ。謝らなければいけないのは、自分であって。まだまだ謝り足りない。こんなものでは、償えない。
「ご、めんなさい、・・・ごめんなさい、っごめんなさい」
涙がせりあがって、止めかけていた息を吐き出しながら、また謝る。少し息を止めただけでこんなに苦しい。でもきっと、もっと苦しまなければ許されない。
いつ、叔母は自分の前に現れてくれるのだろうか。彼女が亡くなって、灰になってから。毎日ここに来ているのに、一向に会うことはなかった。一度天国に昇ったら、こちらに戻ってくるのは大変なのだろうか。小説や、テレビで流される話などでは、割と簡単そうに描かれているのに。
頭がぼんやりとしていて、時間の感覚をつかめなかった。
芝生の上に座り込んで、謝って、それから彼女が現れるのを待つ。
「・・・まだ、かな・・・」
風が頬を撫でる。それが少し冷たくて。昼間は暑いくらいだったのに、と思った。
いつの間にか、勝手に涙が流れていた。最近、これが慢性化していて、授業中でもそんな時があった。学校にいる間は、さっとそれを拭いて、もう流れないように目を閉じる。その繰り返し。
「・・・河野さん」
上から降ってきた声に顔を上げたら、見覚えのある女の子がそこに立っていた。
「何、してんの?」
少し怒ったようなその口調が、今日の朝、それから昼休みに言葉を交わした彼女とは違い、怖くて。制服のスカートが風に揺れる。鬱陶しそうにそれを押さえた彼女は、整った容貌だから、余計に怖い。
「・・・お墓、参り」
見下ろしてくるその目も、どことなく冷たい。
早くこの場から去ってほしかった。彼女にしんみりした空気を押し付ける気もないし、一人にしてほしい、というのが本音。
他人がいたら、叔母も出てこない気がする。
今まで、自分ひとりでも姿を現さなかったけれど、本当にそんな気がしたから。
「市村さん、あの、」
「違うよ? こういうのは、お墓参りって言わない」
悪いけれど帰って、と。
遠まわしに言おうとしたら、それを遮られた。すとん、としゃがんだ彼女が横からこちらを覗きこむ。その声音が、随分と優しかった。
「でも・・・」
「こんな事してても、きっと亡くなった人は喜ばないよ」
す、と出された言葉。
同じ事を、両親にも、兄にも言われた。それでも。
「でも、」
「喜ばない。断言する。帰ろ? 送ってあげるから」
彼女の頭越しに、夕日が見える。
とても綺麗だった。お世辞ではなく、彼女は美人で、浮かんだ笑みは綺麗としか言いようがなかった。腕を引っ張られて、ようやく我に返る。
「・・・そ、んな事ないも、ん」
「え?」
「理子お姉ちゃんは、喜ぶかもしれないもん」
罰を受けなければいけないのだから。
ここで叔母を待って、罰を与えられなければいけないのだから。
言葉にして、また涙が流れていく。
止める術が分からなくなって、流れるままにそれを放っておいた。クラスメイトの前で泣くなんて、避けたいのに。どうしようもなく、涙が溢れてくる。
まだ、忘れてない。
最期に見た叔母の顔を、まだ、忘れてない。




