はじめましてのごあいさつ2
「行っておいで。・・・そんな顔するなよ、笑ってれば友達ができるよ」
割と朝は早い方だ。
早めに学校について、次々と登校してくるクラスメイトを出迎えるのが好きだったりする。
だから、登校ラッシュなんて何のその、同じ制服を着る生徒達がちらほらと見受けられる道を、すいすいと自転車で進んで校門を通り抜けたところで。そんな声が耳に入った。
ロータリーに停まる、ダークグリーンの車。
そこから聞こえたのは、週末に墓地で聞いたものと同じものに感じて。
「緋天。ほら、元気出して。笑って?」
助手席にいた彼女が外に出る。それに更に声をかける彼。
車の前を回り込んだ彼女に、彼は窓から手を伸ばしてその柔らかそうな黒髪を撫でた。そしてようやく、ほんの少しだけ、彼女が微笑んで。
「帰りは一人で帰れるね?」
こくり、と頷く彼女に、彼もほっとしたように微笑む。
ああ、本気で心配をしているのだ、と。
痛い程にその表情から読み取れる。名残惜しそうにしながらも、ゆっくりと車を発進させた彼。それを見送った彼女の頬は、元に戻っていた。先週ずっと教室で見せていた、固い表情に。
「・・・河野さん!!」
自分でも何をどうしたいか良く判らないながら、口は勝手に動きだす。
とぼとぼと昇降口に向かう彼女の横顔は、こちらを向いて。
「おはよー!! 一緒に教室行こっ」
間違ってない、とそう思った。
彼女に声をかける自分、その行動は決して間違ってはいない。
先ほどと同じように、こくり、と頷く彼女を見て。そう思った。
「ちょっとー、何であんな地味な子と一緒にお昼食べるワケ?」
入学して、まだ日の浅い教室。
周囲の人間を完全に把握しきれていない、その余波か。クラス内の女子は、席の近い者同士、大きく3つのグループに分かれ、その中でお互いを探りあっていた。言い方は悪いかもしれないが、この言葉がぴったりと当てはまると思う。きっとあと少し時間が経てば、本当に気の合う相手とのグループに分岐していくのだ。
言わばこれは、友人ができるまでのお試し期間。和気あいあいと、大人数の中で相手を探す合コンのようなもの。
「・・・地味な子って?」
女子に生まれた自分が面倒くさい、と心底思った。
トイレの個室から出て、手を洗い、ついでに濡れた手で髪を整えようとしていた時。入り口から入ってきた、派手めのクラスメイトがそうのたまわった。高校デビュー、というやつだろうか。スカートは他の女子より更に短く、髪は明るい茶色、そして化粧をしているのが判る肌色。
彼女は自分の横の席で。
顔を合わせた日から、何かとこちらに話しかけてきた。明るいのは良い事なのだけれど、話す内容が外見通り、今時の女子高生像、それも悪い方のイメージを壊さないものばかり。何となく、自分に取り入ろうとしているような気がして、少々困惑していたのだ。
「だからぁ、今日、お昼に入れてあげてたじゃん? コウノさん」
「何? それが悪いの?」
「キョーコみたいな子には合わないって! あんな暗い子、うちらがダサく見えるじゃん」
こんな馬鹿な女が何故、自分と同じ学校に進学しているのだ、と。
心内で汚く罵りはしたが、口に出したのは、ふーん、という味気ない声だった。
それは意外にも彼女のお気に召したのか、明日のお昼はうちらだけで食べよう、などと勝手にしゃべり始めている。香水を首筋にシュ、とふきつけ、イイでしょコレ、と得意げな笑みを浮かべていた。その彼女の向こう側で、似たような女子が2人、同じ笑みを浮かべて立っている。
「あのさ」
もうグループができてるなら、自分を入れなくてもいいではないか、と。
そう言おうとしたが、やめた。自分の顔が目立つのは知っている。後ろの彼女達も、なかなかに整った顔立ちで。男子にモテる集団を作りたいのだと、一瞬で判ったから。
「私、ご飯はおいしく食べたいんだよね。香水、キツいの嫌いだし」
するり、と横に立っていた彼女と、入り口を塞いでいる2人の間を抜ける。
早足で教室に戻り、昼ごはんを食べるために島になったままの一画へ。地味な子、と言われた彼女は、隣の机の女子と何か言葉を交わしていた。乱暴にその逆隣の席へ腰掛けると、2人が驚いた顔を見せる。
「どしたの、京ちゃん」
「いやー、ちょっとね。まさか高校生にもなってこんな事が起こるとは」
「あはは、何それー。なんかあったら言いなよー?」
緋天を挟んで、奥から人懐こい笑みを浮かべた彼女が声をかけてくる。極めて普通の反応を見せてくれた彼女に嬉しくなった。副委員長に任命される位なので、頭もいいのだろう、と思う。
「市村さん、手、濡れてるよ」
「・・・へ? あ、うん。トイレ行ってきたから」
自分達のやり取りを、黙って見ていた緋天が。怪訝そうな顔で口を開いたので、それに驚いた。驚きつつも答えを返すと、彼女はブレザーのポケットから淡いピンクのハンカチを取り出し、こちらへ差し出す。
「はい」
「あ、ありがとー」
きれいなそれに、戸惑いを覚えながら、手を拭いて。
笑いはしないが、人への気遣いをする余裕はあるのだ、と気付いた。
「・・・はい、ありがとね」
「うん、どういたしまして」
たたみ直したハンカチを、彼女のポケットに自分で入れてみると。微かに笑みを浮かべてくれる。隣でそれを見ていた副委員長は、大笑いをしてくれたのだけれど。
でも、それは。
その笑みは、本物ではないと知っていたから。
これ以上、彼女の中に、無断で踏み込んでもいいのだろうか、と。
不安。
それが脳内をかすめた。




