蒼羽のつぶやき:解凍作業1
気象予報士3.5部、「サンスパングルの白銀姫」の後。
大晦日にひとりぼっちの蒼羽。
視界の隅を横切っていく珍しい色が見えた。
手に取った分厚い革表紙の本を一度閉じて、顔を上げる。
「あら」
「・・・何だ」
こちらに気付いたアルジェが、その銀の髪に真昼の陽光を反射させながら、困惑した声を上げた。同時に、その眉が少し上がっていて。
「緋天さんといるのかと思って」
「・・・緋天は家にいる」
疑問を混ぜながら出された声に、事実を告げた。
緋天はあと数日を家族と過ごすのだ。年を越し、伝統的な行事を守る彼女の家族に、まだ自分は割り込めない。あと半日で今年は終わりを迎えるが、緋天もおらず、調べものに没頭していないと、寂しさに腕が空を切りそうだった。
「ふふ、分かりやすいわ」
くす、と笑われて、腹は立つのに言い返す気になれない。彼女の言う通り、緋天がいないせいで何となく気落ちしていたのは確かだったから。
静かな部屋に、アルジェが本を出し入れする音が響く。
彼女と二人だけというのは、妙な空間で。何故彼女が、年越しの集まりなどに参加せず、人の少ないセンターにわざわざ出向いて、更に人のいない図書室などで時間を潰しているのか。
「・・・ベリルが探してるんじゃないか?」
「何?」
アルジェがベリルのパートナーとしてこなすべき仕事を、まるごと放棄できる訳がない、と。それは何となく分かっていた。彼女の性格から予測するに、嫌だからと言って勝手に動き回れるほど自由でもない。
それなのに、掌を返したように冷めた声を発したアルジェに、この話題が機嫌を悪くしたのだ、と気付いた。だからと言って、緋天ではないので、あえて彼女の気分を良くしよう、などとは露にも思わず。
「今日はベリル主催の飲み会だぞ」
「ええ、誘われたけど、断ったの。そもそもお酒そんなに飲めないし」
す、と窓の外へ一瞬目を向けて、アルジェの視線は元に戻る。
自分なら、ありえない。
緋天に誘われたなら、喜んで応じるのに。男と女では、違うのだろうか。それともアルジェだけ、何か冷めているのだろうか。
「確認するが、・・・ベリルと付き合ってるのは間違いないか?」
「っっ、蒼羽からそんな事聞かれるとは思わなかった」
「真面目に聞いてる。答えろ」
先日、緋天と二人で見たベリルとアルジェは、確かにパートナーのように見えた。ベリルが一方的に彼女を手に入れようと画策していたその結果、報われたのだと。そう確信したのだが。
「・・・付き合ってるんだと思うわ」
「それなら、今夜の意味も分かるだろう?」
「本人から何度も説明されたしね。プライベートな集まりだって」
毎年、彼の親しい友人を招いての、小規模な飲み会の。
年を越して開催される、二日目の元日こそに意味があるのだと。彼女の口ぶりからは窺えない。もしかしたら、ベリル本人が一番来て欲しいはずのアルジェに、元日の意味が伝えられていないのではないか。
「プライベートだからこそ、ね。サンスパングル家に加わったばっかりの私が行くのは、かなり勇気がいるのよ。サー・クロムのお友達の前で失敗したくないもの」
言い訳をするように言葉を発するそれに、どことなく寂しさのようなものが垣間見えた気がした。そんなものを察する自分にも驚いたが。
「お前、ベリルの誕生日がいつか知ってるか?」
「誕生日?・・・そういえば、聞いてないけど。いつ?」
急に話題が変わったことに、怪訝そうにするアルジェを見て。
緋天ですら知っていることを、あえて言わなかったベリルを、少々気の毒に思う。言えば、彼女が気を遣うと分かっていたのだろう。そんなイベントに縛られず、アルジェの意思で、彼の傍にいて欲しかったのだ。
「明日」
「うそっ!!」
口元に両手をあて、双眸は驚愕に見開かれていた。
勝手に彼女に伝えた事を、悪いとは思わない。逆に、ここで知らない振りをすれば、後々アルジェに恨まれるような気がして。
「何で教えてくれないのよ、言ってくれれば断らないのに!」
「行かないと見せかけておいて行けば、それはそれでベリルも喜ぶんじゃないか?」
半ば憤慨したように声を荒げるアルジェに。
そう声をかける自分が、ベリルの肩を持っているようだ、と。何となく口元が緩む。たまには、彼を喜ばせてやってもいい。
「・・・緋天は料理本とエプロンをやるって言ってたぞ」
「どうしよう、何もないわ」
急に弱った声を出して俯いた彼女そのものが。
ベリルが一番欲しいものだと、何故分からないのだろう。
「そのまま行け。・・・ああ、着飾った方が喜ぶかもな」
「そんな、手ぶらで行くなんて・・・」
「言うことを一つ聞いてやればいいんじゃないか? 多分、浮かれるぞ」
黙りこんで、ゆっくりと扉へ向かう彼女の背中に、もう一度声をかける。
その背から滲み出る、焦燥と後悔。
「脱ぎやすい服を着ていけ」
「っっ!! 何言ってるのよ!? 」
「説明して欲しいか? ベリルは間違いなく喜ぶだろうな」
どうせ脱がされる。
そこまで口に出さずとも、アルジェの表情でこちらの言いたいことを悟っているのは分かったが。彼が喜ぶ、と同じ言葉を使うと、アルジェはまた沈黙する。
「・・・覚えてなさい」
捨て台詞、としか取れない、苦々しい声音を最後に。
ぱたん、と図書室の扉が閉まった。
閉じていた本を再び開き、今夜は緋天に電話をしよう、と息を吐く。
暇は潰れた。
だが、相変らずの手持ち無沙汰は解消されなかった。




