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気象予報士 【番外編】  作者: 235
My Little Sweet Girl !
10/41

2

「つーか、緋天ちゃん、自由だなぁ・・・ここ楽しい?」

 ゆっくりと食事を進める緋天がようやく箸を片付け、紅茶を飲んでいるところに。五分で昼食を済ませた関が、笑いをおさえながら彼女に問いかける。

「う?」

 話しかけられた緋天は、子犬のように素直に関を見上げ、それから司月に視線を向けて。

「確かに嬉しそうだね。何かいい事あった?」

「んとね、最近お兄ちゃんお家にいなかったから」

 小学生とはいえ、もう高学年のはずの緋天は。同じ年頃の女の子に比べ、怖ろしく純粋に見える。ものすごく嬉しそうな笑顔を恥ずかしげもなく浮かべる司月に反応して、またしても周囲からざわめきが聞こえた。

「最近って、・・・家には帰ってんだろ?」

 いぶかしげな顔で田辺が伺うそれに、司月は笑いながら頷く。

「緋天が起きてる時間に帰ってないだけだよ。起きてたとしても、顔を合わせる時間が少ない」


 さらさらの髪のてっぺんを、愛しそうに撫でられて。

 褒められて嬉しい、とでも言うように、緋天がそれを受け入れる。誰も立ち入れない空気がそこにはあった。司月にとっても、緋天にとっても、お互いが唯一の存在のように。


「緋天ちゃん、寝るの早くね?」

「そうなの?」

「いいんだよ、緋天は」

 関の言葉に、緋天が首を傾げ。

 助けを求めるように彼女に見上げられた司月は、柔らかい声で返すものの。その視線が関を咎めていた。曰く、変な事を言い出すな、と。


 最近帰りが遅い、というその理由は、この文化祭の準備の為だ。

 司月は規律厳しい剣道部所属ゆえに、部活が終わってから自分に課せられた仕事をするせいで、普段より学校を出るのが遅くなる。ただ、関がいぶかしんで問いかけたように、遅いと言っても八時、九時の話。緋天と同じ年頃の子供は、きっと起きている時間帯。

「・・・今日は何時に帰ってくるの?」

「ああ・・・うん、昨日よりは早いかな。忙しいのは、来週の土日までだよ」

「ん・・・、・・・あ、そうだ、愛ちゃんは?」

 しょんぼり、という音が聞こえそうなほど、眉を下げてしまった彼女が、気を取り直すように話題を変えた。

 変えたはいいが、皆、黙り込む。奇妙な沈黙が一瞬流れた。

「あのね、愛ちゃんの分もクッキー持ってきたんだよ」

「あー、っと・・・司月?」

 反応のない兄に、一生懸命、愛の名を出した理由を説明する緋天。

 関も田辺も、不用意に口を開かないのは、司月の反応を待っているからだ。それならば自分が代表して聞いてやろう、と彼の顔を窺った。

「・・・緋天、愛は隣のクラスだからね。ここにはいないんだよ」

「そっかぁ。ほら、愛ちゃんのはハート型なの。可愛いよね?」

 笑みを浮かべはすれど、微妙に司月の口元が引きつっていて。

 声音は変わらず優しさを含んでいるからか、緋天は兄のその笑みを気にせず、持参した焼き菓子の出来を聞いている。


 会話の内容に。

 誰もが耳を(そばだ)てているのが分かった。


 緋天は、今も司月と愛の仲が良いものだと思っている。

 緋天以外のこの場にいる全員は、司月が愛と別れた事を認識している。


 隣のクラスの彼女と司月の、いわゆる、男女交際というものは、実質半年ほど。その間、愛は緋天と仲良くなっていたらしいが、その兄とは先日破局しているのに。事実を知らず無邪気に振舞う緋天を見て、どうにも遣る瀬無い空気が漂い始めていた。


「篤史、緋天を連れてってやって」

「がってん」


 いたたまれなくなったのか、司月が早口にそう言って。

 こちらも速攻、了解の意を告げた。


「さぁ、緋天ちゃん行こうぜ~、愛ちゃんもきっと喜ぶよ~」

「えっ? お兄ちゃんは???」

「僕はちょっと用事があるからね、篤史と行っておいで?」

 不思議で仕方ない、と疑問をその顔に表して、緋天が司月と自分を交互に見る。兄の答えをそのまま受け取った彼女は、小さく頷いた。

「うん、・・・アツシお兄ちゃんと行く」

 ぴょこ、と唐突に立ち上がって、緋天がこちらを見上げた。澄んだ瞳が何か言いたげに揺れて、それから素直に後について来るのだけれど。

 ざわざわと様子を見守る級友達の間を通り抜け、廊下に出て。

 数歩足を進め、先程と同じようにドアの前から隣の教室をのぞいた。どこのクラスもざわついているのは同じだ。ざっと見渡して、女子の固まりの中に目当ての人物を見つける。

「おーい、後藤」

 中に入らないのは、何となく境界線のようなものを感じるからだ。自分のクラスとは違うから、ドアのところで用のある人間を呼ぶ。そんなルールが定着しているような気がする。出した声に顔を上げた彼女は、まず呼び出した自分に軽く驚き、それから視線を下げて隣に立つ緋天を認め、目を瞠った。

「・・・緋天ちゃん? なんでここにいるの?」

「あのね、あの、」

「っていうか、目的、司月君しかないよね」

 驚いた顔のまま寄ってきた彼女は、緋天に目を落とし。

 答えを返そうとする緋天の言葉を途中で遮る。その声が、ぞっとするほど冷たく感じた。口元は笑みの形になっているのに、一瞬のその声音に、緋天の体が強張ってしまったのが分かる。

「えー、あー、あのさ、緋天ちゃん、渡すものあるだろ?」

「・・・うん、これ。・・・愛ちゃん、クッキー好き?」

 ふる、と小さくびくついた緋天は、可哀想になるくらい、必死で愛に話しかける。

「あ、ごめんね、好き好き。くれるの?」

 緋天が怯える様子に、愛がはっとした顔をして謝って。その口調はいつもと同じで明るくなっていた。それでようやく緋天も緊張がとけたのか笑顔になる。

「愛ちゃんはハート型だよ。アツシお兄ちゃんはネズミさん」

 女の子が好きそうな、模様の付いた透明の。きれいにラッピングされたその袋を、愛に差し出す緋天を見ていたら。先程の必死な様子も手伝い、まるで、愛に気に入られようとしているようだ、と。そんな風に見えた。

「ありがと~、後でおやつにするね」

「うん! 愛ちゃん、今度また遊んでくれる?」

 絶え間なく聞こえている、賑やかな声を背景に。またしても奇妙な沈黙が流れた。

 愛が口を噤んだ理由は、先程の司月と同じ。もうお互いに親しく声をかけるつもりはないのに、緋天だけが事実から置き去りにされているのだ。

「・・・もう無理かな。緋天ちゃんとはもう遊べないよ」

 ふ、と切なげに双眸を眇めた彼女が。

 するすると何かを吐き出すように、そんな事を言う。嘘でもいいから、この場限りの言葉を出せばいいのに。そう思ってから、意図的に真実を告げているのだ、と気付いてしまった。

「な、んで・・・?」

「大人の事情だよ。緋天ちゃんのこと、嫌いになったわけじゃないからね」

「・・・っ、だ、って、そしたら、お兄ちゃん」

「お兄ちゃんとも、もう遊ばないから大丈夫。じゃあね」


 女は残酷だ。

 言いたいことだけ言って、後は放置ときた。

 くるりと背を向けた彼女なりの、精一杯の嫌がらせがこれなのだろう。


「緋天ちゃん」

「あ、・・・どうしよう、愛ちゃんが」

「あ~、あのなぁ、あれはさ、・・・っていうか、ちょっと落ち着こうぜ。司月が心配する」


 今にも泣きそうな顔をして、どうしよう、と繰り返す緋天を。

 とにかく扉の前から連れ出して、司月のいる教室へは戻らず、長い廊下の奥へと進む。司月と緋天の兄妹と付き合っている年数が、愛よりも長いのだから。パニックに陥っている緋天を司月に返したら、どうなるかは容易に想像できた。



 特別教室が集まる棟に続く、人気のない階段に緋天を座らせた。

 自分が歩いてきた方向を不安そうに見やって。緋天の小さな口が開く。彼女には罪はないのに、ここまで追い詰めなくてもいいではないか、と少々腹がたっていた。

「・・・愛ちゃんは、お兄ちゃんの彼女じゃなくなったの?」

「うん、そうだな」

 意外にも、愛の言葉で事態を悟ったらしい。すんなり出てきた問いかけに、こちらも素直に答えた。

「だから遊べないって言ったの・・・?」

「・・・うん。そういうこと」

 膝を抱えるようにして座る緋天の表情は、カーテンのように頬を覆う髪で隠されている。

 ぽたり、と。

 紺色のスカートの上に、水滴が落ちた。


「っほんとは嫌だったの・・・でも、愛ちゃんと仲良くできないと、お兄ちゃん、遊んでくれなくなっちゃう」

 ふぇ、と小さな泣き声を漏らして、緋天の顔がついに膝に埋まった。

 推測だったが、あながち外れてはいなかったと、妙に冷静に緋天の後頭部を見ながら思う。悪い言葉を使えば、愛に媚びるようだった、先程の緋天。好かれよう、気に入られよう、とずっと一生懸命に、愛と接してきたのだ。そうしないと、司月が緋天を除け者にして、愛と二人だけの時間に彼の多くを割いてしまう、と。

「・・・嫌だったこと、愛ちゃんに気付かれちゃった・・・っ緋天のせいで、お兄ちゃんが嫌われちゃった・・・!」

 ぽつんと小さくなって、緋天の震える声が届いてくる。

 こんな事を言うなんて、随分と信頼されていたのだな、と場違いにも嬉しくなってしまった。兄妹の家に遊びに行った時にだけ聞ける、余所行きの言葉遣いではない事からも。

「緋天ちゃんのせいじゃないって。単純に、司月が愛ちゃんを好きじゃなくなったんだよ。それだけ」

 よしよし、と髪を撫でてやって。いつもは司月の役目であるはずの、都合のいい言葉を選んで伝える、というそれをやってみた。破局の理由は、本人がたった今言った通り、緋天が原因だ。ただ、緋天が除け者にされることを恐れていた、という理由ではなく、緋天の存在そのものが司月の中で大きかったという理由だけれど。

「・・・うそじゃないよ。司月に聞いてみ。まぁ、ここじゃ見世物になるから家帰ってからね」

 うん、と頷く緋天を確認したら、何となく胸が熱くなる。

 俗に言う、母性本能、に近い気がした。母性ではなく父性か、と一人で正して口元が緩んだ。


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