表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/11

運搬

 フォッカーはニコニコしながら僕を待っていた。500個もあるドラゴアイを詰めた大きな頭陀袋を用意して。袋代はサービスらしい。形だけ感謝してそれを受け取って、金

を渡す。

 それで、太いお客様の件は、と聞いてきたので、たっぷり余裕の表情を見せて解決したと伝えてやった。

 フォッカーの表情から余裕がなくなり、そうですかと詰まらなさそうに一言。それではかわいそうなので、結局、欲を張りすぎないのが一番だ。金貨1枚とこの不良在庫分を損しちまったと悔しそうに言ってやると、また余裕の表情が彼の顔に戻り、いつでもお待ちしていますよと一言。随分と性格の悪いやつだ。


 頭陀袋はさすがに重い。ドラゴアイは大きさこそ大したことは無いが、不自然なほど大きさに見合わずずしりとしている。僕はまだ筋肉の発達していない子供だから、余計に重く感じるのもあるのだろうが。

 殆ど引きずりながら歩いていると、街行く人に大丈夫かと声をかけられた。中には手伝おうと嬉しい申し出もあったが、それを固辞して帰路を進む。

 結局、うちへ戻ったのは1時間以上経ってからだ。荷物が重かったのもあるし、なるべく人目を避けるために大通りを避けたというのも大きい。


 さすがにへとへとになって、龍樹の根っこを見つけたときには、ほっと胸をなでおろした。扉を開き、最後の一絞りでドラゴアイの入った頭陀袋を地面に置くと、そのまま僕は地面にへたり込む。

 かしゃりかしゃりと金属質な足音が近づいてきて、僕の目の前で止まった。


 「ご苦労。・・・本当に用意できたんだな。・・・感激だ」


 「・・・あぁ、もう来てたの。お金は?」


 「アイラに払った。・・・これは個人的に君の仕事に対しての報酬だ」


 言って、騎士の女は座り込む僕へ銀貨を1枚手渡した。価値でいうと、日本円で1万円くらいだ。十二分に働いた分相応の報酬で、それを受け取る。


 「アイラから話は聞いたよ。・・・頭がいいんだな、カーチス」


 「僕の名前まで知ってるのか。急に仲良くなったんだな、アイラと」


 「ああ。気のいい娘だ。賢いし、将来、いい商人になる」


 「同意。商品知識は凄いし、薬草も全部アイラが作ってるんだってさ」


 「それ以上に君のほうが凄いがな。まさか、あの商人ギルドの連中を出し抜くなんて。しかも君は12歳だって?・・・言葉も出ない」


 「前提が僕に有利だったんだよ。"負けようとする賭け事"程簡単なものは無い。それに歳は関係ないよ。アイラだって、11歳の割りにすごくしっかりしてる」


 「それを差し引いても大したヤツだよ。機会があるなら、是非、近衛兵団の会計役にでもなって欲しい。志願できるのは15歳からだが・・・3年後の君はより素晴らしいだろう」


 「・・・考えとくよ。・・・それで、どうやってコイツを持って帰るんだ。僕みたいに人の手で運んで帰る?アホの王様みたいで、きっと気分がいいと思うけど」


 「鍛錬として悪くは無いが、・・・目立ちたくも無い。・・・いい案は無いか?」


 「いい案?!・・・僕に丸投げなのか?」


 「何かプランは無いか?・・・丸投げなのは申し訳ない。・・・あぁ、そうだ。名乗り忘れていたな」


 「・・・名前聞いても何の役にも立たないけどね。・・・聞くよ。名前は?」


 「フレデリカ・ジェイドファース。貴族だ。こう見えて騎士称号を持ってる。・・・まぁ、ジェイドファース家の人間は、生まれたときから騎士称号を持っているんだがな」


 「・・・貴族だったのか」


 詳しくは知らないが、僕やアイラは"平民"階級に属する。一番下の階級だ。比べて、貴族階級には切り捨て御免的な特権があるという。気に入らなければ殺していい、なんとも暴虐的な権利なのだ。


 「臆しなくていい。我々貴族が平民を切り殺すことは大して多くは無い。一応、殺した理由を領主に報告しなければいけないし、領主が納得しなければ殺人の罪を負うことにもなるからな」


 「そうかい。・・・で、フレデリカさん。普通に馬車で運ぶのは無理なんだよな」


 「私の権限で馬車は出せる。・・・が、領主家の紋章が入った公用馬車か、ジェイドファース家の家紋が入った私用の馬車しかない」


 「どちらにせよ、怪しまれる?」


 「ああ。馬車は大通りしか走れない。どちらの馬車も、でかでかと紋章があるから、馬鹿でも近衛兵関係の馬車だと気がつく。・・・誤魔化せなくは無いが、リスクがある程度以上あるので、できれば避けたい」


 「近衛兵だと気付かれても、"何かを運搬している"と気付かれなければ問題は無い?」


 「・・・まぁ、それなら問題は無い。正直なところ、領民に気付かれるよりも、貴族や事情を知らない近衛兵、商人に、何かを運搬していると気付かれなければ問題ない」


 「ふぅん。・・・じゃあ、兵士はどのくらい動かせる?」


 「兵?近衛兵か?・・・そうだな。これでも近衛兵団副隊長だ。父上・・・隊長だな。それ以外は全員」


 「この一件を知られたら不味いのを除くと?」


 「・・・私と近しい近衛兵だ。・・・13名だな」


 「フレデリカさんを含めたら14人か。・・・よし、決まりだな。もうちょっとお金出せる?」


 「・・・具体的には?」


 「うぅん・・・。・・・なぁ、アイラー!」


 はぁい、とカウンター奥のリビングからアイラの声。暫くしてぱたぱたと音を立てて足早にアイラが姿を現す。簡素だがエプロンをつけていて、新妻に見えなくも無い。


 「天雫草のお茶って、一杯いくら?」


 「ふぇ?・・・一杯いくらじゃ置いてないですよ。そうですねぇ。茶葉をがさっと掴んで1レブリスですね」


 「それじゃダメ。一杯いくら?」


 「お茶一杯でお金取れませんよ・・・」


 「じゃあ14杯でいくら?」


 「うぅん・・・。がさっと掴めば10杯くらいできますから・・・手間賃含めて2レブリスですかね?」


 「んじゃあ10レブリスくらいある?銅貨一枚」


 「・・・守銭奴だな、本当に。何をするのか知らないが、私の部下に茶を振舞うんだろう?・・・5レブリスで手を打て」


 「作戦料含めてだよ。それプラス、お土産の包装代」


 「土産?」


 「そう、土産。まぁ聞いてよ」


 「聞こう。カーチスは本当に頭がいい。私が考えるよりも、ずっといい考えがあるんだろう?」


 言って、フレデリカが僕の頭を撫でた。悪い気分ではないが、僕の中身はもう37歳にもなる。年下の娘っこに撫でられるのは、些か屈辱的でもあり、数秒我慢した後にそれとなく払った。寂しそうにフレデリカは眉を下げる。


 「お茶を出そうと思ってね。薬屋だけど、茶も楽しめる。どう?」


 「ほう。面白い試みだな。・・・しかし、いいのか?レストランギルドに何か言われるのでは?」


 「アイラ、言われるの?」


 「お茶くらいなら大丈夫だと思いますよ。薬でも、試飲したりしますし、それの延長線上だと主張すれば、レストランギルドも何もいえないと思います。・・・お茶を出すんですか?」


 「うん。出す。でもまだ試験段階。色々と意見が聞きたい。・・・僕とフレデリカさんは知り合い。・・・友達、かな」


 「友人になるのか。勿論。君なら歓迎する」


 「じゃあ、友人の店がお茶を出すわけだ。部下を呼んで、お店の利益に未来に貢献したくない?」


 「ふむ。・・・私は商いには詳しくないが・・・。友人の店で茶を出すようになった。コレは分かる。商いは常に新しいことを求め、発見し、提供している。

 ・・・しかし、私の部下を呼ぶのは賛同しかねるな。私事に部下を巻き込むのはいかがなものかと」


 「・・・"お茶を出すことになったから、僕は友人のフレデリカさんに頼んだ。出来るだけ多くの意見を聞きたいから、部下も連れてくるようにお願いした。"・・・どう?違和感はないだろ?」


 「意見を募るために部下も使いたいと。しかし、さっきも言ったが・・・部下を出すのは。それに、今はそれどころではない。後でいくらでも付き合ってやるから・・・」


 「はぁ・・・。呼ぶんだよ。部下の人を。

 それで、僕は部下の人たちにお土産を渡す。さっき言った、13人の事情を知る部下と、フレデリカさんの合計14人に。お茶の試飲に付き合ってもらったんだから、お礼だね」


 「いや、仮に部下を連れてきたとしても、土産は必要ないぞ?」


 「・・・その土産の中身は"ドラゴアイ"だったとしても?」


 「・・・は?」


 「大量のドラゴアイを運びたいんだよな、フレデリカさんは。でも僕が運ぶわけにもいかないだろ。平民が近衛兵のトコへ商品を納入したら、無茶苦茶目立つ」


 「そう・・・だな。普通は商人ギルドに発注する」


 「で、フレデリカさんが運んでも目立つ」


 「愚問だ。・・・勿論、私の部下が運んでも目立つだろう。近衛兵団の鎧を着込むからな」


 「その鎧を脱いだら?」


 「それは・・・まぁ、鎧を着込んでいる時よりかは目立たないだろうが・・・。いや、それにしても大きな袋を持った男がいたら目立つ。そいつが近衛兵の建物にその袋運ぶとしたら、尚更だ。近衛兵の建物周辺には貴族も住んでいるし、下手をすればお父様・・・じゃない。隊長にも出くわす」


 「一人で運ぶとは言って無い。"鎧を着込んでない近衛兵"が、"少しずつ運んだら"どうだろう。皆で手分けしてさ」


 「確かに目立たないかもしれないが・・・」


 「そ。でも、近衛兵が私服で集団行動ってのも、特別な理由が無い限り怪しい。・・・どっかに落ちてないかな。その"特別な理由"が」


 「・・・ははぁ。考えたな。それでお茶の試飲会か」


 「そゆこと。フレデリカさんは、友人の僕に頼まれた。"お茶をお店で出したい。意見が欲しいから部下も連れてきて"って。

 で、フレデリカさんは部下を連れてやってくる。勿論、仕事の後で。部下の人たちはお茶を試飲して、ひと段落したら帰っていく。

 僕がお礼に渡す"お土産"を手にしてね。お土産の中身は──」


 「ドラゴアイ・・・って事だな。・・・なるほど」


 「仕事の後じゃないと、お茶の試飲会に参加するのは不自然だよな?」


 「そうだな。公務中に私用に出る事は硬く禁じられている」


 「んじゃ、仕事が終わったら直接来て欲しい。・・・近衛兵はどこに住んでるんだ?」


 「基本的に中流地区だが、明日はリズ様の誕生会だ。近衛兵宿舎に帰るぞ」


 「じゃあ決まりだ。近衛兵が集団になっても怪しまれずにすむ」


 「ああ、そうだな。すぐに帰り、準備をしよう。夜まで待っていてくれ」


 「お土産だから、怪しくないサイズにしか包めないからね。ポケットの大きい服を着るように言って欲しい。一人25個以上、ドラゴアイを持てるのが理想。・・・まぁ、人数も多いし、どうにでもなるよ、多分」


 「分かった。任せてくれ」


 「でも早まってポケットの多い服を購入するのはダメだから。無理だったら、そのときはそのときで考えよう」


 「・・・私の心を読んだのか?」


 「そう考えてるかなぁって。・・・フレデリカさん分かりやすいしさ。自然体が一番。いい?あくまでもフレデリカさんは"友人の薬屋が、お茶を出すサービスも始めた。その試飲に付き合って欲しいとお願いされて、部下を連れてくる"わけだからね」


 「自然、だな。・・・自然、自然・・・。よし。・・・行ってくる」


 「はいはい。言ってらっしゃい」


 二人でフレデリカを見送ると、しゃなりしゃなりと鎧の音をさせて扉の向こうへ消えていった。僕はと言うと、新妻風の格好をしたアイラを見て、お互いに合図したわけでもないのに、大きなため息をついたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ