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第三話 『見逃せぬ悪』

「今のうちに」


 男子生徒達が呆然としている間に、女子生徒に声を掛ける。彼女はハッと我に返ると、吹っ飛ばされた事で開いた包囲網の隙間から抜け出す。が、そこで足を止める。俺と残りの男子生徒の間で視線を行き来させていた。

 自身よりずっと年下の俺を置いては逃げられない、という事らしい。だが強く視線を向けると、今の一撃を思い出したのか吹っ切るように駆け去っていった。


「この餓鬼ゃああああッ! いきなり何をしやがるクソがぁああァッ!」


「僕達が誰だかわかってんのか君ぃいいいいッ!」


 遅れて我に返った男子生徒が、怒りの形相で暴言を浴びせてくる。同時に杖を——俺には使えない、”魔法の杖”を取り出し、構えた。


 魔法の杖の構造はシンプルだ。魔結晶に持ち手を取り付けた——ただ、それだけ。もちろん、持ち手部分に使う材料や、魔結晶自体の質によって性能はピンキリだ。が、どんな貧相な物であろうと、あるとないでは魔法の性能は全く変わってくる。


 つまり、彼等は本気で攻撃魔法を俺に仕掛けようとしていた。


「……ははっ」


 恐怖がわずかに、俺の心に生まれた。普段の授業とは違う——同年代の拙い魔法とは、教員の目がある場所とは、救護班が控えている状況とは、違う。

 だが、同時に、恐怖以上の、何かもっと異なる感情が湧き出していた。それは、俺の頬をさらに吊り上げさせていた。


「餓鬼がァあああッ! 死ねェッ!」


「死んで僕達の邪魔をした事を、後悔しろッ!」


 その身体や杖から、緑色の光が——魔力が溢れ出す。

 彼等は同時に唱えた。


「「——<放て>!」」


 それは最も基本的であり、同時に最も強力でもある魔法。魔力が、指向性のもった運動エネルギーに似た性質へと変化させられ、放たれる。


 ——空気が、震えた。


 破裂音にも似た音が響き、目には見えない脅威が迫る。空気の疎密の変化で、一瞬、視界に歪みが生じた。

 それを俺は——


 ——躱した。


「——っ……ふぅ」


「「なっ!?」」


 <放て>——この魔法が最も強力、といったのにはある理由がある。それは、”攻撃が見えない”事にある。

 魔力は変質されると、その特徴的な緑色の光が失われる。だから、まずもってこの透明な打撃を躱す事など不可能、のはずなのだ。

 だが、今の俺は違った。彼等の放った魔法が——一瞬の視界の揺らぎをはっきりと視認していた。迫り来る空気の疎密を見極め、攻撃を躱す事が出来ていた。


 驚きに、二射目の準備が遅れた彼等の懐へと、一気に俺は踏み込んだ。


「なっ、速っ……!?」


 俺は深く沈み込んだ姿勢から、一気に跳ね上がり、身長差を活かして相手の頭を蹴り上げようと狙う。しかしギリギリで男子生徒の魔法が間に合った。


「<吹き飛ばせ>ッ!」


 男子生徒を中心に、風邪が巻き起こる。それは体重の軽い俺を軽く持ち上げる程の強風。俺は押し戻されてバランスを崩した。


 ——マズっ……!?


 そこへ、もうひとりの男子生徒が準備していた魔法が発現する。

 彼は地面を強く踏み鳴らすと同時に叫んでいた。辺りに広がった緑色の光が、その性質を変化させる。


「<穿て>ッ!」


 地面に転がっていた小石が、跳ね上がる。それらは弾丸のような勢いでもって、俺へと殺到していた。それら全てを俺ははっきりと視認しながらも、空中では自由が利かず、躱す事が出来ない。


 ——くッ!


 なんとか身体を捻り、致命傷だけは避けんとした——その時。


 ——澄んだ金属音が、辺りに響き渡った。


 同時に、複数の事が起きた。俺へと殺到していた石つぶてが見えない壁に弾かれたかのように、あらぬ方向へと飛んでいく。俺の身体が急に重さを増し、地面へと押さえつけられる。それは、二人の男子生徒も同様だった。


 金属音の聞こえた方へ視線を向ければ、そこには金の髪を持つ女子生徒——入学式で挨拶をしていた、小等部の生徒会長かつ聖女、さらにはこの国の姫でもあるアイラ=Vヴィーナス=ヒューマンが立っていた。


 俺はさきの金属音が、彼女の持つ錫杖が地面と打ち鳴らされた音である事を、知った。と同時に、呪文無しでこれだけ複数の魔法を同時に扱った、凄まじい技量に息を呑む。


 ——だが、なぜ彼女がこんな所に?


 その答えは、彼女の背後から顔を覗かせた、先ほど助けた女子生徒の姿を見て理解する。どうやら彼女が、偶然通りがかったアイラへ助けを求めたらしい。


 アイラの端麗な容姿と実力、そして聖女という立場から学園でも注目を集まる彼女に引かれ、大勢の人間がこの場所へと集まり始める。


「あなた達、一体何をしているのですか?」


 ただ、問うただけ。だが圧倒的な魔力量の差から感じる圧迫感に、全身から汗が噴き出す。<重圧>の魔法は既に解かれたのに、身体が未だ酷く重く感じられた。

 先に声を発したのは男子生徒の方。


「これは、アイラ様に置かれましてご機嫌麗しゅうございます。実は、こちらの少年に”いきなり”僕の大切な友人が殴り飛ばされまして……」


 彼は視線を、地面に倒れている男子生徒へと向ける。アイラは「なるほど」と頷く。


「事情は理解いたしました」


 ——なッ。


 俺は頷いたアイラと、そして上告した男子生徒を思わず怒鳴りつけそうになる。これでは俺が一方的な悪役ではないか。悪いのは彼等の方——俺は助けようとした側なのに。

 しかし、アイラは俺が想像していたよりもずっと察しのいい女子生徒だった。


「あなた達はこちらの女性に強引に迫っていた所を、”いきなり”そちらの男子生徒に殴り飛ばされたのですね」


 男子生徒が、女子生徒へとキッと視線を鋭くする——『チクったのか?』と。しかし女子生徒は首を激しく振っていた。


「人族を守るため、魔法を学び、優秀な魔法使いとなるべくするあなた達が、守るべき人族に——女性に、そのような視線を向けてはなりませんよ」


「っ……い、いえ。今のは……」


「あなた達は無理に女子生徒に迫ったりなどしない——優秀な魔法使いの卵です。そうですね?」


 アイラはちらりと、周囲に集まっていた大勢の生徒を視線で示しながら、男子生徒に問うた。男子生徒は、


「「……は、はい。もちろんです」」


 としか、答えられるわけがなかった。

 また、今後もし彼等が同じような事をすれば、即座にこの場に立ち会わせた証人から違反が通報される事だろう。彼等としても、国でも最高位にほど近い権威を持つ聖女に目を付けられる事が、いかな愚行かはわかる。


「それで、あなた。いかな理由があれど、暴行があったのはこの状況を見るに明らかです。教員の方にもきちんと報告させて頂きます。ご同行、していただけますか?」


「……は、い」


 苦々しくも頷かざるを得ない。

 俺は、いつかどこかで聞いた言葉を思い出した。


 ——先に手を出した方が負け。


 そうして下された判決は、謹慎3日だった。


   *  *  *


 謹慎明けの授業終わり。俺は図書館へと向かっていた。謹慎処分に不満がない……と言えば嘘になるが、助けた女子生徒から貰った感謝の言葉を思い出し、なんとか怒りを鎮めていた。

 今日の図書館での作業は、授業が飛んだ事で理解が追いつかなかった分の復習が中心となってしまうだろう。


「はぁ……」


 図書館に入ると、溜め息と共に指定席へと歩き……。


「……あぁ? チッ、誰だよ。ったく」


 普段、俺が使っている席に、一冊の本が出しっ放しになっている。座席取り、と言った様子ではない。


「ちゃんと片付けとけよ……くそっ」


 小さな事に苛立ってしまっている自分を自覚しながらも堪えられない。俺は乱雑に、その本を退けようと手に取った。

 と、気付く。


「んだぁ、これ? 魔法学園に読み物の本がなんであるんだ?」


 魔法学園の図書館は、あくまで学問や魔法に関する資料を補完する場所だ。こんな、表紙に勇者や魔王が描かれた本があるとは知らなかった。

 読み物の本なんてこの世界では、屋敷にあった、魔族に攫われた恋人を助けにいく青年の話や、貴族と平民の身分違いの恋愛話、少年が力を身につけ勇者として魔王を倒しにいく話、くらいしか見た事がなかった。


「ふぅん……」


 俺は最近、娯楽に触れていなかった事を思い出し、気晴らしのつもりでページを捲った。始まるのは、異世界から召還された勇者の物語。彼は勇者の名に相応しい力と雄心を持ち合わせ、仲間達と共に、魔族の王たる魔王を倒すための冒険に——


「——こ、れ……!?」


 と、俺は気付いた。この本には、絶対にありえない文章が存在したのだ。

 それは——『”召還された”勇者』という単語。

 なぜなら、


 ——この世界の人間は、勇者が”異世界”から来る事を、知らない。


 この世界における勇者とは、人族の中から突然変異のように生まれる、事になっている。突発的に生まれた特異な魔力や能力の持ち主が、勇者と呼ばれるのだ。


 それに、よくよく読んでみればこの本、倒置の量が多過ぎる。それに、おかしなタイミングで改行が入ったり、誤字や脱字が散在したいる。

 この世界の本は、前世のもの程、精巧な物ではない。そういった事は資料でも少なくない——が、その量が多過ぎる。そして、そのミスに規則性のような物が感じられた。


 ——視線。


 はっ、と俺は顔を上げて振り返る。本棚の影に誰かが立っていたような気がした。


「誰だッ!」


 俺は本を抱えたまま駆け、本棚の裏を覗き込む。が、誰もいない。まるで消えてしまったかのように、人の気配ごとなくなっていた。しかし、そこに誰かが居た、という残滓ははっきりと残されていた。

 俺の頬を、僅かな魔力の燐光が撫ぜた。


「……」


 誰が、なんの目的でこんな本を置いたのかはわからない。だが、この本には俺が喉から手が出る程に欲しい情報が秘められている可能性があった。

 乗せられている、と思わなくなかった。だが気付くと俺は、今日の復習そっちのけで、その本の解読を開始していた——……


 次話の投稿は1時間後です。

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