第二話 『学園生活』
三ヶ月の学園生活の間に、俺の生活にはルーチンが出来ていた。
朝は屋敷の別荘で目を覚まし、メイドに着替えを手伝ってもらい、コックの用意した朝食を食べ、メイドを伴って馬車へと乗り込む。
学校へ着いたら、御者とメイドを帰し、俺が受講している講義の開かれる教室へと向かう。
授業は最前列で受ける。単純に話を良く聞く為だとか、教員の顔覚えが良くなるようにだとか、質問しやすいようにだとか、理由は色々あるが、一番は……やんちゃなクソガ——いや、同級生達も、最前列に座っている相手へはちょっかいを出してこないからだ。
いくら相手が高名な貴族の子息子女が相手とはいえ、あからさまに目の前で嫌がらせが行われれば、教員も注意せざるを得ないのだから。
勉強は意外にもそこまで苦ではなかった。きっと、目的がはっきりしているからだろう。寧ろ自分が知りたい情報の手掛かりになるのではないか、とそこからさらに自習まで行う事も、少なくなかった。
昼は、学校内にある貴族専用のレストランで取る——のが一般的なのだが、俺は違った。メイドに用意させたサンドイッチなどの弁当を、学校の敷地内にある芝生や空き教室で、魔法に関する資料を捲りながら取る。
もし両親やメイドに、こんな行儀の悪い姿を見られれば、大目玉は免れないだろうが。
午後の授業も受け終わると、俺は図書館に籠もる。やる事と言えば、授業の予習と、そしてこの学校に入学した目的でもある『刻字の右腕』に関する資料集めだ。
……が、最近は全く進まない研究に意欲は低下する一方だった。そしてますます研究資料集めが遅れていく、という悪循環に陥りつつあった。
夜がとっぷりと更けた頃に、迎えの馬車に乗り別荘へと帰る。
夕食を食べ、自室で右腕の扱いを特訓する。
「——<刻め、俺が勇者だ>」
突き出した右腕。左手で包帯を解くと同時に呪文を紡ぐ。右腕に文様が浮かび上がり、同時に青白い光が漏れ出す。身体の中心から魔力が強制的に引き出され、体内を循環し、そして右腕へと収束する。
身体の感覚が鋭くなったように感じる。意識が引き延ばされたように思考が明瞭になり、指の一本一本までを意識しながら動かせるような気さえする。
『刻字の右腕』の発動には本来、呪文はいらない。というより言ってしまうと、全ての魔法の発動が、呪文を必須とはしていない。だが、魔力に指向性を持たせるにあたり、言葉によりその魔法に”形”を与える事で、それがより強固なものになりやすいのだ。
つまり単純に、魔法の威力と発動速度が上がるのだ。
この右腕も同じで、これは自ら魔力を強制的に引き出すが、俺自身でも魔力に指向性を与える事で、能力の発現までの速度を短縮出来る。
そして、右腕の力を発動させた後は剣を握り振るう。自室には、素振りを行えるだけの十分な広さがある。
剣の訓練は、実家の辺境屋敷に居た頃からずっと行っている。屋敷に居た頃は、父の雇った護衛兼の教育役である信頼の置ける冒険者が見てくれていた。今は学校の授業中と、こうした自主練程度だが。
一心に素振りを続ける。相変わらず、不思議な事に魔力は全くと言っていい程に減らない。また、回復力の向上によってだろう、疲労も緩和され、長い間、素振りを続ける事が出来た。
そうなると自然、思考と行動は乖離し始める。頭の中にはぐるぐると、停滞した状況に対する『このままでいいのか?』という自問自答が巡り続けた。
その後、風呂に入り、眠り、俺の一日は終わる。
これが、俺の一日。
そんな進歩のない毎日の繰り返しに嫌気が指し始めていた頃だ。
——ある事件が起きた。
* * *
それはいつものように実技の授業で、貴族のおぼっちゃまグループにボコボコに伸された日。傷の汚れを落とすため、水道を目指して校舎裏を歩いていた時の事だった。
「だぁーかぁーらぁー、ねぇえチミィ〜? ボクちゃん達で共有してる別荘に来なよぉ〜?」
「まさか断らないよねぇ〜? 高名な貴族のボク達が誘ってるんだよぉ? どれだけ光栄かわかるよねぇ?」
「ほらぁ、早く行くよぉ?」
……なんと、まあ、胸くその悪い。
そこでは、中等部——13〜14歳らしき三人の男子生徒が、一人の女子生徒を囲っていた。壁際にまで追いつめられた少女は震えている。だが男子生徒達はそんな事おかまいなしに、肩に手を抱いたり、太腿に手を伸ばしたりとやりたい放題だった。
——吐き気がする。
女子生徒は平民だろう、容姿はとても優れていたが制服の各所からそれが見え隠れしていた。
貴族達はその権力の象徴として、制服のカフスボタンやタイピンなどを貴金属を用いた物へと交換するものだ。それが、女子生徒の制服からは見られなかった。
女子生徒は気の弱い性格らしく、助けも呼べず、目尻に涙を浮かべていた。貴族達はその様子に嗜虐心をくすぐられたようで、その手を女子生徒の胸部やスカートの裾へと伸ばした。
「……っ、……ぃ、や」
少女のまなじりから雫が溢れ、頬に線を引いた。同時に、俺の中で何かがキレた。
相手は自身の倍近い年齢。しかも三人。一方俺は、同級生にすら一対一で負ける戦闘力。
——それが、どうした。
右腕が、疼いていた。口の端がつり上がっていた。
——勇者ならこんな悪、見逃さないだろ?
俺は男子生徒の肩を叩いていた。
「……ぁあ? なんですかぁチミィ? ボクちゃん達は今とぉーってもいい所なんですよぉ。邪魔するなら……殺すボゲガァアアボボオオッ!?!?」
「「なッ——!?」」
俺は右腕の力を発動し、振り返った男子生徒の顔面を思い切り殴り飛ばしていた。男子生徒は十メートル以上もの距離をぶっ飛び、地面に突っ伏したまま沈黙する。その身体はピクピクと痙攣していた。
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