第一話 『魔法学園』
揺れる馬車から外の景色を眺める。辺境である俺の——アングローリー家とはかなり趣が異なっていた。緑が次第に減っていき、人のにぎわいや、建造物が多く見え始めていた。
俺はこの魔法学園に進学するにあたり、父にある約束をしてきた。それは、士官としての勉学にて一定以上の成績を収める事だ。それも、もし6年で——小等部の間に学び芽が出なければ、完全に魔法への未練は断ち切る、という条件付きだ。
父はあくまでも俺の魔法学園への進学を、護身術を身につけ、魔法を理解する事で将来行うだろう戦術などの幅を広げる為のものだと俺に告げた。
結局、誰も俺の起こした行動について――どうやって相手を殺したのかについて、問いただす事はしてこなかった。父も右腕の事に気付いた素振りはあれど、何も言ってこない。
だからもしかすると、護身術などの事は建前なのかもしれない――俺にチャンスをあたえるための。俺には、右腕の力を使い何かを為してみろ、と言われているように感じられた。
貴族である俺は入学試験を免除されていた。だから、学園を訪れる事自体が、この入学式が初めてだった。が、その概要はそれなりに知っている。
優秀な魔法使いが多く在籍しており、新魔法の99%はここで生まれる。それだけ魔法に対する理解の深い者が多く、理解する為の資料が存在する。魔法の事を知りたければ魔法学園に行く以上の事は無い。
それは、俺のような地方に住んでいた者であっても知っている程の、常識。
「アーク様ぁー、もうすぐ着くそうでぇーす」
「ん、わかった」
御者と言葉を交わしたメイドの報告に頷く。半月近い旅もようやく終わりのようだ。
自身の目的を今一度思い起こす。視線は自然と右腕へと下りていた。右腕は今、上腕の半ばから指先までを包帯で覆われていた。
あれから俺は、訓練のために幾度もこの右腕の力を使用していた。
現状、副作用などは見つかっていない。効力は単純な身体強化、と言った所——そこまでは安定して力を発揮する事ができるのだ。が、賊に対して発動したような幻術? は起こせなくなっていた。
——『刻字の右腕』。
右腕に刻まれた正義の輝き。
この入学の目的はただ一つ。この力の事を知り、使い方を学び、そして、英雄となれるだけの力を身につける事だった。
* * *
都市に到着した俺は、両親の宿泊にも用いられていた別荘で入学式の準備と共に旅の疲れを癒し、数日を過ごした。
そして、
『皆様、入学おめでとうございます。今日こうして皆様を迎え入れられた事を、生徒会長として、また一生徒としても、嬉しく思います』
総勢1000名にも迫る入学生の一人として、その声を聞いた。
壇上には金の髪を後頭部で結い上げた、眉目麗しい少女。
『わたしは小等部6年生、ヒューマン王家が第一王女、”アイラ=V=ヒューマン”です。小等部の生徒会長として、皆様の学校生活を全力で支援させて頂きます。困った事や悩み事があれば、いつでも生徒会まで相談に来て下さい』
彼女は、まるで全人類を包み込むかのような、優しい笑みでそう言った——……
* * *
今日のスケジュールは、入学式とクラス分けのみだ。
貴族の入学試験は免除されている。とはいえそれはあくまでも学園に入学するまでの優遇。入ってしまえばそこでは実力のみが全てにおいて優先される——という建前がある。そういうわけでクラス分けの為の試験が実施される。
項目は『実技』と『筆記』。もちろん、それ以外の『権力』や『派閥』、『地位』といった要素が、余計なトラブルを未然に防ぐために関わってくるのだが。
俺は……ものすごく目立っていた。
「えっと、アークライト・N・アングローリー様。貴方様の魔力量は……」
貴族貧民含めて、最低の魔力値を叩き出したのだから。と、同時に。
「おい、聞いたか? 実力確認テスト、あれを満点とった奴がいるらしいぞ。なんでも、アークライト・N・アングローリーっていう辺境貴族で……」
そうして俺は、筆記のトップと実技のワーストを同時に取るという過去例を見ない記録を打ち立てての入学と、相成っていたのだった——……
* * *
「これは、仕方のなかった事なんだ……」
言い訳のように呟く。が実際、トップとワースト――こんなアンバランスな成績を出してしまったのには理由があった。
まず、実技——魔法の試験は大きくわけて二つある。一つは、技術的な面を問われる、魔法の行使。そしてもう一つが、魔力値の測定だ。
これらに関しては、誤摩化し様がなかったのだ。
『刻字の右腕』を用いて魔法を偽造する事は出来る。が、どうせ魔力がない事は誤摩化し様が無い。となれば、魔力がないのに魔法が使えるという矛盾が生まれる。すなわち、実技はどうしようもなかった。
——ならばせめて、筆記試験の手を緩められなかったのか。
それは、成績によって得られる優遇制度が理由だった。
学園で受講出来る講義には、必修科目と選択科目がある。そして、この入学試験で好成績を収めたものは、いくつかの必修科目を免除されるのだ。端的に言えば、基礎的な算数レベルの授業を受けずに済む。
そうなれば単純に、『刻字の右腕』の研究を行う時間が増える。あるいは、研究に役立つだろう他の講義を受講する事が出来る。
加えて、学費の免除。両親から勉学に十分な資金を渡されてはいるが、学費の免除があれば高価な研究材料を購入し、様々な実験を行う事も可能になる。
ここで手を抜き目立つ事を防ぐよりも、ずっとメリットが大きかったのだ。さらに言うと、貴族で魔力がない、という時点で既に目立つのは避けられず、であればいっその事……という気持ちになったのもあった。
――それが満点、とまでなってしまったのは、本当に事故としか言いようがないのだが。
ちなみに。
成績順位などは公開されていない。にも関わらず、俺の事を先生だけではなく、生徒までが知っているのは——なんでも、どこかの先生が”うっかり”口にし、それを”偶々”聞いた生徒がいたから、だそうだ。
……貴族の関係性とは、実に恐ろしい。どこにどんなパイプがあるかわかったもんじゃなかった。
そういう貴族独特の付き合いには、到底慣れられそうにはなかった。
* * *
そんな学生生活は、あっという間に三ヶ月以上が経過していた。
が、初っぱなに色々と良い意味でも悪い意味でも話題になってしまった俺は、友人も出来ず、たった一人、巨大な図書館で、魔法に関する資料を捲っていた。
——無駄な時間を人付き合いに喰われずに済んで、願ったり叶ったりだ……ほんとに。
そんな事を思ったとき。
「っ痛てて……」
ページを捲る手が止まる。実技の模擬戦闘で魔法をぶつけられた所が痛んだのだ。
普通、模擬戦闘は怪我をする程やったりなんてしない。なんたって貴族の子息や子女なのだ。そこまでやれば、過保護な親達からの圧力がかかる事は想像に難くない。
だからこれは——。
「あー、くそ。あのバカ共……遠慮無しに魔法叩き付けてくれてからにぃ……」
嫌がらせ。
地方貴族、魔力を持たない、毎日図書館籠もり、そして、座学トップ。これで目を付けられないわけがない。だが、苛めというには可愛いものだ。まだ幼く純粋だからこそ、シンプルな暴力や罵倒で訴えてくる事しかしない。
カチンとくる事はあれど、仕返しをしてやろう、という気にはならなかった。
もしこれが陰湿な、ウチのメイドへの嫌がらせや、教科書や私物の汚損をしてくるようになれば……少しばかり、痛い目を見てもらわなければならないが。
流石に『刻字の右腕』の力を使えば、一流の魔法使いならともかく、魔法を習いたての子供にくらいには勝てる。
——そう、右腕の力を使えば遅れなど……!
「ふふふ……ふふふふふ……」
言っておくが、負け惜しみではない。大人の余裕だ。
——って、俺は誰に言い訳をしてるんだか。
俺は首を振ると、『刻字の右腕』を発動させて治癒力を高め、傷を癒しながら次のページを捲った。乱れてしまっていた集中に活を入れ、本への没頭へ戻ろうとする。
が、すぐに意識は逸れてしまう。何せ、入学から三ヶ月、右腕に関する手掛かりを一切得られていないのだ。魔法自体に関する理解自体は深まった。が、魔法とは全く異なる原理で動くこの右腕に関しては、その存在すら記述を見つけられない。
——いくらなんでもここまで資料が見つからないものか?
何か、根本的に探し方を誤っている気さえする。まるで、物理学に関する蔵書の中から、『林檎を手から離すと宇宙へと向かって飛んでいく』という法則が書かれた本を探しているかのような——そんな空想を見つけようとしているような……感覚。
——概念さえ、この世界にはまだ存在しないのだろうか。
そんな疑問さえ鎌首を擡げてくる。
わかった事は、それだけこの右腕の力が異常、という事だけだ。
「はぁー……どうすっかなぁー……」
俺は途方に暮れ、大きく溜め息を吐いた。
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